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4 他人との朝食


「――うわっ!すごい顔!」


「本当だわ。どうしたのリリアーナ?」



 翌日、朝食の席に着いていると、後から来たブレースが声を上げた。

 一緒に来ていた公爵夫人は、心配そうに私に近付いてくる。



(ごめんなさい。私のせいでしなくてもいい苦労をさせてしまって)



 しかし、そんな公爵夫人の顔を私は見られない。


 顔も知らない他人の子どもを自分の子どもとして育てることは、一体どれだけ大変なことだっただろうか。

 そう思うと申し訳なさと罪悪感が募る。



「昨日本を読んだら面白くて夜更かししてしまったのですわ。感動のあまり泣いてしまって……恥ずかしいですわ」


「姉上って見た目の割に意外に抜けてるよね」



 まぶたが腫れていることの言い訳をすると、ブレースが少し馬鹿にしたように言いながら席に着く。


 いつもは腹が立つのだけど、今日ばかりはそんな気持ちにもならない。

 寧ろ、こんな私を姉と呼ばせてしまってごめんなさいという謝罪の気持ちでいっぱいになった。



「母上、父上は?」


「今日は忙しいみたいなのよ。もうお城へ出仕してしまったわ」


「へぇ、そうなんだ」



 会話を聞きながら私は2人を横目で観察する。

 公爵夫人は癖のある金髪に緑の瞳をしていて、優しそうな顔立ちだ。はっきりした顔立ちの私とは、似ている要素がどこにも見当たらない。


 一方でブレースは、私と同じ銀髪に青い瞳だ。

 でも、その髪は公爵夫人のように癖毛でふわふわとしている。瞳には緑が混ざっていて、キラキラと輝いている宝石のようだ。


 同じ配色なのに、ブレースは人に好かれ易い。怖いと言われる私とはまるで正反対。



(――って、何を考えているの。血が繋がっていないのだから似ていなくて当然じゃない)



 無意識の内に、2人と自分の似ている所がないかと探していた。


 まだ現実が受け入れられなくて、似ている所を探すことで希望を持ちたいのかもしれない。



(お父……ファビュラント公爵がいなくて良かった)



 私はずっと公爵似だと言われてきた。


 今まで意識したことはなかったが、もし今日ここに公爵がいて、似ている所を見つけられなかったら……。

 私は、誰とも似ていない事実に絶望していたかもしれない。



「そう言えばさ、何か噂になってるよ。姉上が求婚されてたって」


「えっ……」



 会話に加わらずに淡々と食事をしておると、ブレースが唐突に言った。


 何で、と言い掛けて思い直す。

 あれだけ所構わずに愛を叫んでいたら噂されるのも当然だろう。



「あらあら、お相手はどなた?」



 公爵夫人は驚いたように口に手を当てて、ブレースに聞く。

 私に聞かないのは、恐らく私が言いたがらないと思ったからだろう。



「ホーネスト伯爵家の次男だってさ。次男と言っても継ぐ爵位もあるみたいだし、婚約者もいないことだし丁度良いんじゃない?」


「丁度良いって……」



 ブレースの身も蓋もない言い方に呆れてしまって言葉も出ない。


 ブレースは要領が良く外面も良いが、私に対してだけは何故か歯に衣を着せぬ言い方をする。

 家族だと気を許しているからなのだろうか。


 そうだとしたら嬉しい、なんていつもは絶対に思わないことが頭に浮かんだ。



「そんな風に言ってはいけませんよ」


「はーい」



 公爵夫人に窘められると、ブレースは素直に返事をした。

 それを尻目にルーク様のことを考える。



(昨日は色々ありすぎて頭から消えてしまっていたけど、そういえばルーク様の問題もあったわ)



 私は求婚されて、考えると言ってしまったのだ。それは撤回できない。

 でも、そもそも貴族の血を引いてるのかも分からないのだから、貴族の家に嫁いで良い訳がない。


 婚約したいと思えたのは初めてだったけれど、断ることになってしまうのは仕方ないことだ。



「……求婚は断りますわ」



 暗い気持ちを隠しながら言うと「あら、そうなの?」と公爵夫人が首を傾げる。



「なんだー、面白くないなぁ」



 私はブレースの軽口にも何も返さず、ただ微笑むしかできなかった。


 そんな私を心配そうに見る公爵夫人の視線を感じたが、私は目を合わせることが出来ないでいた。

 視線を感じながら何とか朝食を胃に押し込むと、私は礼をして一足先に自室へ下がった。



――――――


 自室に戻り学園に行くまでの間、侍女に目元を冷やしてもらうことで、私は何とか普段の様子を取り戻せた。


 馬車に乗り込むとこれからのことを考える。

 目下の悩みは今日も来てくれるであろうルーク様のこと。


 彼は私が貴族の血を引かないということは知るはずもない。

 そのことはファビュラント家に関わることなので、言うつもりもない。



(でもそれだと、彼になんて説明してお断りすればいいのかしら……)



 きっと貴族であることを前提に求婚してきているはずだから、貴族の血を引かないというのは断る理由にはなる。

 でも、その理由を言えないとなると他にきちんとした理由を言わなければ、納得してもらえないかもしれない。



(もうすぐ学園に着くのに何も思い浮かばないわ……)



 馬車の中、私は一人で頭を抱えていた。


 ルーク様は、毎日人目を憚らずに愛を伝えてくる方だ。私が考えると言ったことで期待をさせてしまって、もしかしたら馬車から降りた所で待っているかもしれない。


 早く考えないと、と思えば思うほど、何も考えられなくなる。


 だが、無情にも馬車は学園に着いてしまったのであった。




――――――



 学園に着いてもルーク様は現れず、私は拍子抜けしてしまった。


 それどころか、一向に現れる気配がない。

 もしかしたら私1人だけ盛り上がっていたのかも、と恥ずかしくなる。



「ふ……真に受けて馬鹿ね」



 あんな言葉を信じるなんて馬鹿みたいだ。


 大体、断るつもりだったくせに、ルーク様が現れなかったことを残念に思うなんて、自分勝手にもほどがある。

 言い訳も考える必要もなくなったし、良かったじゃないと私は自嘲の笑みを漏らす。



「リリアーナ様!」



 そうして帰路に着こうとした時、背後から私を呼ぶ声がした。

 振り向くとそこにはルーク様が走ってきていて。


 私は嬉しい気持ちが込み上げてきて、息と共にそれを飲み込んだ。



「何でしょうか?」



 はぁはぁと息を切らして私の前に立つルーク様。

 務めて冷たい声を出すが、ルーク様は気にした様子もなく「遅くなってすみません」と言った。



「今日お返事を頂けると思ったら緊張してしまって、なかなかお傍に行けずにいて……!」



 顔を赤くして必死に説明するルーク様を見て、私は胸が痛んだ。


 彼は、緊張するほど私と婚約したいと思っているのだ。

 嬉しいと思ってしまう。でも、頷く訳にはいかない。



「申し訳ありませんが、この話は無かったことに」



 私は短く言い切ると、ルーク様に背を向ける。



「そんな……!」


「失礼致します」


「り、理由を!せめて理由を教えて下さい!駄目な所は直しますから!」



 去ろうとするが、ルーク様は私の前に回り込んできた。


 きっと彼は、私を優しいと思っているから「考える」と言ったのに理由もなく断るはずがないと思っているはずだ。

 真っ直ぐに私を見つめる瞳が、そう物語っていた。


 どういう理由で断ればいいか、彼を傷付けない方法はないかと、頭の中でぐるぐると考える。

 彼は傷つけたくない。――なら、いっそのこと嫌われてしまえ。



「あなたに興味がないからですわ。伯爵家の者だから考えようと思いましたが、何も利がないようなのでお断りした。それだけです」



 そう言った瞬間、ルーク様はとても傷付いたような表情をした。



(傷付けたくなかったのに……)



 結局、浅はかな私はルーク様を傷付けてしまった。

 ――でも、これでもう、彼は私に近付かないはずだ。



「今度こそ失礼致します」



 これで良かったのだ……。




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