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3 愛情の行方



 自室に戻った私は椅子に座ってぼんやりとしていた。

 食欲も出ず、夕飯は要らないと侍女に伝えると心配されたが、風邪を引いたかもしれないとだけ返した。


 心配した侍女が温かい飲み物を用意してくれたが、それに手を付ける気にもならず、1人にさせてもらう。



『私の子どもではない』



 日記に書かれた言葉がぐるぐると頭の中を回る。 


 あの後私は、ファビュラント公爵が帰ってくるまで日記を読んでいた。

 赤ん坊は1週間ほど生死を彷徨っていたが、その後回復したらしい。それまでの間に、公爵夫人との話し合いが設けられた。産後で心身ともに疲弊していたにもかかわらず、公爵夫人は夫の言葉を信じた。

 それ程強い絆だったのが伺える。


 だが、問題は赤ん坊だ。容体が安定してくると、孤児院に預けるという話が出た。

 しかし、平民には珍しい銀髪の赤ん坊は、どのような扱いを受けるかが分からなかった。上手く生き抜けばいいが、下手をすれば人攫いに売られることも考えられた。


 ――何より、赤ん坊を見た公爵夫人が孤児院に預けることを嫌がったのだ。



『私に似た髪と瞳を持つ子を見捨てるなんて出来ない。生まれたばかりのブレースに顔向けが出来ない。そう言われて私は覚悟を決めた。この子を正式にファビュラント家の子として育てよう』



 日記にはそう書いてあった。

 拾うにしても使用人として育てることをしなかったのは、あまりにもファビュラント公爵と似た色彩を持っていたからだろう。

 後は、赤ん坊が突然現れたことを何と説明するかだ。貴族の養子に入る平民もいる。しかし、公爵ともなれば話は別だ。


 だが、それも直ぐに解決することとなった。丁度一週間前に子を産んだばかりの公爵夫人は、まだ使用人の前にも姿を現していなかった。


 生まれたのが男児だと発表されてはいたが、産後に生死を彷徨っていたために発表しなかったと言えば、実は双子だったと言っても問題はない。

 赤ん坊は生後1か月にもなっていないという話だったし、栄養状態が悪かったのか体も小さかった。これなら双子と言われても違和感はないはずだという結論に至った。



『この子には酷な真実だ。本当のことは告げずに育てていこう』



 最後にはこのように締めくくられていた。その後はいくら探しても、日記の中に赤ん坊が捨てられた子だという話題は出てこなかった。時間がなかったから見落としていたのかもしれない。

 だが、意図的に書かなかったのではないかと私は思っていた。



「私は二人の子どもではない……」



 口に出しても現実感が湧かない。物語を読んでいたような気分だ。

 でも、その事実は私の心を確実に蝕んでいた。


 帰ってきた公爵に「お父様」と声を掛けたかったのに、その一言だけはどうしても言えなかった。きっと「お母様」と言うことも出来ないのだろう。



「どうして……」



 ソファにもたれて目を瞑る。どうしても信じられない。

 幼い頃の公爵夫人が頭に浮かぶ。


 幼い頃の私は何をするにもブレースより早かったがその分失敗することも多かった。逆にブレースは要領が良く、失敗する私を見て学ぶのだ。そんな私たちを見て、いつも微笑んでいた公爵夫人。

 「本当に正反対ね」と笑っていた彼女は、何を思っていたのだろうか。


 公爵は忙しい人だったが、私が話しかければいつも真剣に聞いてくれた。

 幼い頃抱っこされた時の温かさを今でも覚えている。


 私は確かに愛を感じて育ってきたはずだ。



「……このまま一人で考えていても意味がないわ」



 真実を知らないままでいれば、これまでのように純粋に父母と呼んで慕うことが出来ただろう。

 しかし、知ってしまった以上、今までのようにはいかない。


 でも、愛を感じた瞬間は嘘ではないはずだ。

 たとえ彼らの本当の子どもじゃなくても、本当の子どものように私のことを愛してくれているのなら。


 私はもう一度、彼らのことを父母と呼ぶことが出来る気がした。



「よしっ!」



 椅子から立ち上がった私は、気合を入れるために両掌で頬をペチンと叩いた。

 そして、覚悟を決めて執務室へ向かったのであった。



――――――


 私は、逃げたがる足を叱咤しながら執務室へ向かった。


 執務室に近付くと、少し開いた扉から明かりが漏れていて、薄暗い廊下に光が差している。内容までは分からないが、話し声も漏れていた。


 不用心だと思ったが、この家にはファビュラント家の者しかいないし、聞かれて困る話はしていないということなのだろう。



「ふー……」



 執務室の扉の前に立った私は、気持ちを落ち着けるために深く深呼吸をした。


 勝手に日記を読んでしまった負い目もあり、声を掛けるのが躊躇われる。

 しかし、いつまでもここに居る訳にはいかないと、扉をノックするために右手を上げた。



「ーーお嬢様のご結婚はどうされるつもりですか?」



 その時、執務室から声が聞こえてきて、手を止めてしまった。声の主はセバスチャンのようだ。

 執務室の前に来たことで、話している内容まで聞こえるようになったのだろう。



(どうしましょう。私のことを話しているみたいだわ)



 自分のことが話題に出ているせいで、声が掛け辛い。

 出直そうかと考えていると、公爵の声も聞こえてきた。



「どういうことだ?」


「旦那様……分かっていらっしゃるでしょうに」



 公爵の誤魔化すような言葉に、セバスチャンのため息が聞こえてきそうだ。


 内容はどうやら私の結婚についてらしい。

 ルーク様に求婚されたこともあって、私も気になっていた。

 そのせいだろうか、声を掛けずにもう少し聞いてみようという気持ちが湧いてしまった。


 しかし、それは間違いだった。



「……どうするも何も、結婚なんてさせられる訳がないだろう」



 氷のように冷たい公爵の言葉を聞いた瞬間、私は心臓が止まりそうになった。


 「結婚なんてさせられる訳がない」というのはどういう意味?

 公爵家の血が入っていない子どもを、それを隠したまま貴族に輿入れさせる訳にはいかないということ?



「しかし、お嬢様はもう17歳です。いつまでも婚約者すらいないのは周りにも変に思われますよ。それに、お嬢様のように美しければ求婚されることもあるでしょう」


「お前は分かっているだろう。どうしてリリアーナを嫁に出せるというのだ」


「……いつまでもこのままではいられないと思いますが」


「私も分かっている!」



 疲れたようなセバスチャンの声と、公爵の怒鳴り声が聞こえてきて、私はたまらずその場を逃げ出した。


 ちゃんと本人の口から本当のことを聞きたいを思っていた。

 でも、今ので十分すぎるくらい分かってしまったわ。



(私には愛すらなかったのね……)



 自室に滑り込むと、何とか支えていた膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。 

 涙が溢れ出して止まらないが、それを拭う力すら残っていない。


 愛されていると思っていたのは勘違いだった。

 彼らはかわいそうな捨て子に同情していただけだったのだ。


 成長した捨て子は厄介者で、今はただ、どうすればいいのか頭を悩ませる存在になってしまった。



「うぅ……」



 辛い事実に、私はただ声も出さずに泣き続けることしかできなかった。




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