13 愛を叫ばれた令嬢は
2話更新しています。先に12話を読み下さい。
「出生のことでリリアーナに辛い思いをさせるくらいなら、一生公爵家の者として過ごすか、修道院で穏やかに過ごして欲しいと思っていた。……だが、これは私の押し付けだ」
「お父様……」
「ルーク君。爵位は継ぎなさい。今まで貴族として生きてきた君が平民になれると思わない。仮になれたとして、本当にリリアーナを幸せに出来るのか私には疑問だ」
お父様の言葉に、反論しようと口を開きかけたルーク様だが、手で制されて続きを待つことにした。
「それほど平民の暮らしというのは一筋縄ではいかないのだ。これは結婚を許す条件だ」
つまり、子爵位を継ぐのなら結婚してもいいということだ。私たちは顔を見合わせて頷き合った。嬉しさが溢れてくる。
そんな私たちを見て、お父様は「だが」と水を差した。
「リリアーナの出自のことは誰にも話すことは許さない。ホーネスト伯爵にもだ」
疲れた様子から一転、厳しい表情を見せるお父様に、私は息を飲んだ。隣では、ルーク様が姿勢を正している。
「出生のことが明るみに出ればただでは済まないだろう。だから、二人はこのことを決して誰にも話してはいけない。たとえお互いであってもだ。いつか子どもが出来た時に、その子どもに伝えることすら許されない。公爵家を離れてしまえば、どこで漏れるか分からんからな」
「そんな……」
秘密を守る為とはいえ、ルーク様のご両親やいつか生まれるかもしれない自分の子にすら話すことが許されないなんて……。
ショックを受けてルーク様に視線をやったが、彼は真顔で、何を考えているのかは分からない。
「これはお前たち二人を守るための契約だ。私もあの日記は燃やすことにする」
お父様は上着の内側に手をやり、日記帳を取り出した。そしてセバスチャンを呼んだかと思うと、その手に持つろうそくを受け取り、徐に火をつけた。
私たちが驚く間もなく日記は燃えていく。前もって用意されていた灰皿へ日記を投げる入れると、日記はどんどんと燃え盛り、数分の内に完全に灰になってしまった。
それを見届けると、お父様は部屋に満ちた静寂を破った。
「『嘘も通せば真になる』。お前たちは死ぬまで、誰にも話してはならない。そして、真実にするのだ。……それが、結婚の条件だ」
結婚したら、この先何十年という間、私たちは嘘を吐き続けなければいけない。
これほど大きな嘘を真実にするには、長い時間がかかるだろう。それでも、お父様は私たちにそれを課した。
これはきっと、私の将来を心配したお父様の、父としての願いなのだ。
「元々リリアーナ様の出自のことは、父にも言わないつもりでした」
お父様が話を終えると、ルーク様は口を開いた。
「それが結婚する条件だというのなら、私は死んでも口にしません」
「私もですわ!」
真っ直ぐお父様を見つめて言ったルーク様に続いて、私も同意する。燃えた日記を見て、私も覚悟が決まった。
しばらくそんな私たちを見つめていたお父様だったが、やがて深く息を吐いた。
そして次に口にしたのは、私たちが待ち望んでいた言葉だった。
「――二人の覚悟は分かった。結婚を認めよう」
その言葉を聞いて、私は飛び上がりそうな程嬉しくなった。
お父様がルーク様を……私の気持ちを認めて下さったというのが何よりも嬉しかったのだ。
ルーク様も喜んでいて、今にも叫び出しそうなのを手で塞いで何とか抑え込んでるといった様子だ。
「――ただし!」
手を取り合って喜びを分かち合おうとすると、手が触れる前にお父様の叫びにも似た声が遮ってきた。
「一年の婚約期間を経てからだ!そう簡単に嫁にはやらん!」
「お、お父様!」
ルーク様を指さして宣言するお父様と、それに慌てる私。
そんな宣言をされても嬉しそうに「一年経てば結婚できるんですね!」と空気を読まない発言をするルーク様。お父様はそれを聞いて「やっぱり許さん!」と怒り出してしまった。
さっきまでの真剣な雰囲気は一体どこへ行ったのか。
――でも、私は今とても幸せだ。
――――――
「リリアーナ様は本当に愛されているんですね」
何とか場を収めて、逃げるように庭園へ来た私とルーク様。正確には、私がルーク様を引っ張ってきたのだが。
そうでもしなければ、お父様が結婚を許すと言ったのを撤回しそうだったからだ。
「恥ずかしいですわ」
先ほどのお父様の様子を思い出して、照れくさいような嬉しいような気持になっていると、ルーク様は立ち止まって私の手を取った。
「恥ずかしくなんてありません。だからこんなに素敵な女性に育ったのだと納得していたところですよ」
そんなことを恥ずかしげもなく言われて、私は「もう!」と言って頬を膨らました。
しかし、子どもっぽかったかしらと慌てて頬を戻してルーク様を見るが、彼はとても楽しそうに笑っていた。その笑顔があまりにも甘くて、今度は頬を赤くさせることになってしまった。
「姉上!」
「ブレース」
立ち止まっていると、私を呼びながらブレースが駆け寄ってきた。
興奮したように声を掛けてくる様子を見て、お父様かセバスチャンに話を聞いたんだというのが察せられた。
「良かったじゃん!上手くいったんだね。僕のおかげだね?」
「本当にそうね。ありがとうブレース」
「ええ。ブレース殿、感謝しています」
ブレースはにやにやと笑っているが、本当にその通りなので素直にお礼を言う。
ブレースがルーク様に話してくれたからこそ、今があるのだから、本当に感謝しかないわ。
しかし、私とルーク様が素直にお礼を言ったことにブレースは戸惑っていた。
「な、何だよ。調子狂うなぁ」
「ふふ」
――ああ。私、本当に幸せだわ。
――――――
その後、私とルーク様は一年の婚約期間を置いた。
今まで婚約者がいなかった私は、領地の女主人としての教育は受けておらず、一年の間に詰め込むということでとても忙しくなった。
ルーク様は結婚と同時に子爵位を継ぐことが決まって、仕事を引き継ぐために私以上に忙しそうにしていた。
更に、あれだけ愛を叫んでいたルーク様は、もうすぐで私と結婚という事実に、夢を見ているのではないかとしょっちゅう頭を壁に打ち付けるようになってしまった。少し触れただけでも壁を探し出すのだから大変だったわ。
ただでさえお互いに忙しくてなかなか会えない上にこの奇行のせいで、婚約期間を延ばす話が出たほどだ。
半年が過ぎてやっと落ち着いてくれたので、婚約期間を置いて正解だったとお父様に感謝したわ。
ーーそういえば学園では意外なことがあった。
ルーク様が所構わず私に求婚をしていたのは周知の事実だったので、婚約が決まった時にはいろんな方にお祝いを言われたのだ。
何でも、ルーク様の応援隊まで出来ていたのだから驚きだ。でも、いろんな方に祝福された婚約なので、とても嬉しかった。
「――リリアーナ様」
不意に名前を呼ばれて、私は目の前のことに意識を戻す。
いけない。今は結婚式の最中だった。
今日は待ちに待った結婚式の日。
既に泣いていたお父様と共にウエディングロードを歩いて、ルーク様の隣に立ったところだった。
ルーク様と目を合わせると微笑みが返ってくる。どれほどこの日を待ち望んだことでしょう。
私たちは結婚の宣誓をし、そのまま口づけをした。
周りで歓声と泣き声が聞こえてくるが、今はルーク様しか目に入らない。
「……幸せになりましょうね」
「はい」
ルーク様の言葉に、私は笑顔で頷く。
ルーク様に愛を叫ばれていた私は、それを受け入れられなかった。
でも、大切な人たちの愛を受けて、彼の愛も受け入れることが出来た。
「ルーク様!愛してますわ!」
愛を叫ばれた私は、愛を叫び返すことが出来ました。
これにて完結です。
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次は長めのお話を書き始めているところなので、投稿した際にはまたお読み頂けると嬉しいです。
お付き合い頂き、ありがとうございました!