12 謝罪と求婚
私は求婚を受けようと思ったことから順番に話していった。
ルーク様は時折相槌を打ちながら、真剣な面持ちで聞いていた。しかし、貴族のルーク様に、出生不明の私が嫁げるはずがないと思ったと言った時には、
「そんなことで俺のあなたへの気持ちがなくなる訳が無いじゃないですか!」
と、心外だというように声を上げた。そんな自分に気付き、ルーク様は一度咳払いをした後、今度は横を向き口を尖らせた。
「所構わず愛を叫ぶような人間が、あなたが貴族の血を引いてないというだけで諦めたりしませんよ」
その拗ねたような表情と声音に胸がきゅうと締め付けられる。
これが巷で言う胸キュンというやつなのかもしれないわ。
どちらかというと男らしい見た目の彼を何故か可愛いとすら感じて、真剣な話をしているにもかかわらず頭を撫でたい衝動に駆られる。
軽く咳払いをして、何とかその衝動を抑え込んだ。私には、まだルーク様に言うことがある。
「――私の事情でルーク様に冷たく当たってしまい、申し訳ございませんでした」
ルーク様に向き直り、私は頭を深く下げた。
私の今までのルーク様への態度は褒められたものではない。嫌われてもおかしくなかったのだ。優しいルーク様は気にしないと言うかもしれないが、それでは私の気が済まない。
「リリアーナ様」
頭を下げたままでいると、顔を上げてほしいとお願いされて、私は恐る恐る顔を上げる。
ルーク様に目を合わせると、彼は優しい表情をしていた。
「それ程辛いことだったんですよね。今まで信じていた物が全て違っていたと言われたら、そうなってしまうのも分かります。それに、冷たくしたのは俺がさっさと諦められるようにでしょう?俺こそそんなことも知らずにすみませんでした」
私が謝罪していた筈なのに、ルーク様はそれを受け止めるだけでなく、頭まで下げてくれた。これでおあいこと言うことだろうか。
本当に、この人はなんて優しいのかしら。
そんな優しさに応えるために、私は素直に自分の気持ちを吐露する。
「……私は本当は嬉しかったのですわ。嫌われてしまうと思いつつも、そんな態度を取っても側へ来てくれるあなたが。でも、いつまでもルーク様に甘えるわけにはいけないと思ってーー」
「だから公爵閣下から、俺の家に言うように頼んだのですね」
「そうですわ」
しばらく冷たいことを言ってきたから、気持ちを言葉にするというのは少し恥ずかしくて、頬が熱くなる。
今思えば、私の行動は試すような物だったのかもしれない。お父様とお母様の子どもではないと知って、愛されていないかもと思って、何も信用出来なくなりそうだった。
でも、諦めずに愛を叫んでくるルーク様のその気持ちだけは信用出来たから。だから、何が合っても壊れないと確かめたかったのかもしれない。
「じゃあ俺のことは嫌いじゃない?」
「当たり前ですわ!」
嬉しそうに笑って言うルーク様に、即答すると更に笑みが深くなり、気持ちを伝えて良かったと思えた。
ルーク様の笑顔に胸が温かくなる。締め付けられたり温かくなったり、忙しい胸だわ。
笑顔につられてにこにこと微笑んでいると、ルーク様が唐突に言った。
「結婚しましょう!」
「えっ!でも、ルーク様は子爵位を継がれるのですわよね?……私は公爵家の血は……」
その突然の申し出に、しどろもどろになってしまう。まだ、貴族の血を引いていないことが引っかかっていたが、ルーク様はあっさり「誰にも言わなければいいんです」なんて宣う。
「公爵家でも極々僅かな人間しか知らないことなのでしょう?」
「それはそうですけれど……でも」
「もしリリアーナ様が気になるなら、俺は爵位は継ぎません。苦労はさせてしまうかもしれませんが、あなたが側に居てくれるならたとえ平民でも構わない」
渋る私に、ルーク様は熱く言葉を重ねた。
ルーク様は私の為に爵位や貴族という身分すらも要らないと言う。
これは熱烈な愛の告白だ。そこまでしてもらえる価値が私にはあるのかとこの後に及んで考えてしまうが、それを感じ取ったルーク様は寂しそうな顔をした。
「リリアーナ様は俺と共にあるのは嫌ですか?」
「いいえ!でもーー」
嫌なわけがないと首を大きく左右に振る。そして、言葉を続ける前にルーク様は声を張り上げた。
「では、俺と結婚しましょう!」
その叫ぶような声を聞いて、ルーク様の求婚の数々を思い出す。彼はいつでも私に愛を叫んでいた。血なんて関係なく、ただの私に。
これからこの血のせいで苦労するかもしれない。
(それでも、共に生きることを許されるなら)
ルーク様に目を合わせる。どこまでも真摯な表情が目に入って、私は「でも、だって」と尻込みする心の声を抑えつけた。
「はい。求婚をお受けしますわ」
私はルーク様と共に生きる覚悟を決めた。
――――――
求婚を受けた後のルーク様といえば、一瞬固まった後に叫び出し、喜びに涙すら流した。
あまりに激しい喜びの表現に、笑えてしまったのは秘密だ。
しばらく喜ぶのに忙しかった彼は、ふと我に返ると「公爵閣下直接お伺いを立てる」と言ってくれて、私は屋敷に帰るとお父様に報告へ向かった。
結婚したい人がいると伝えると、何かの塊を無理やり飲み込むような不気味な音がしたかと思うと、お父様の顔は土気色になってしまった。
驚いて悲鳴を上げそうになったが、大丈夫だと首を力なく横に振ったお父様は土気色の顔をしたまま、スケジュールに空きを作ってくれた。
そして今日、ルーク様が公爵家へ来訪したのであった。
「お父様、こちらがルーク・ホーネスト様ですわ」
「お初にお目にかかります。ホーネスト伯爵家の次男ルークです」
「ほぉ。君が……」
ファビュラント邸に着いたルーク様を応接間へ案内すると、顔に陰を作ったお父様と対面した。
お父様は歓迎する気がないのか、ソファを立つ気配すらない。あんまりな態度に思わず「お父様!」
と声をかけるが、お父様はぶつぶつと文句を言うのみだった。
どう声を掛けようかと悩んでいると、隣に立つルーク様が、私の肩に手を置く。そして、一歩前に出てお父様へ向き直った。
「今日はお時間を頂きありがとうございます。単刀直入に言いますが、リリアーナ様と俺――私の結婚を許して下さい」
深く頭を下げるルーク様。余計な話をしないところがルーク様らしくてその姿に笑みが溢れる。
お父様はやっとルーク様を視界に入れることにしたらしい。しかし、その表情は険しくて、私は笑いを引っ込めた。
「君はリリアーナの秘密を教えられたらしいな。その上で結婚してどうするつもりだね?」
「私はリリアーナと共にいられればそれでいいのです。子爵位も継がないつもりです」
お父様の眼光に怯まず、ルーク様は真っ直ぐとした瞳で答えた。
「それでリリアーナを幸せに出来るとでも?」
「確かに、苦労はさせてしまうでしょう。でも、二人で支え合って生きていけば幸せになれる私は思っています」
そう言い切ったルーク様に、お父様は一度唸ると、今度は私に目を向けた。
「リリアーナはそれで幸せになれると思っているのか?」
「元々、近い将来に修道院に入ろうと思っていたのです。それを思えば、ルーク様と共に歩む将来は幸せなものになると言い切れますわ」
その問いに、私も迷いなく言い切ることが出来た。不安がないと言えば嘘になるが、全てを諦めて修道院に入るより、ルーク様と生きることの方が幸せだと思うのは私の本心だ。
お父様は、私とルーク様を交互に見ると、一つため息を吐いた。
そして、疲れたように話し出した。




