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1 愛の叫び



「リリアーナ様のことが好きです!婚約して下さい!」



 今日も(・・・)愛の告白が夜会の会場に響き渡る。



「お断りします。軽々しく声を掛けないで下さいませ」



 そして、私、リリアーナ・フォン・ファビュラントはお断りの言葉を吐くと背を向けた。



「いつか必ず、貴女に相応しい男になってみせます!ですからーー」


「不可能ですわね」



 彼は尚も言い募ってくるが、わざわざ最後まで聞く必要はない。

 私は振り向くこともせずに言うと、夜会の会場から退出した。


 どうせ、ここにいても噂好きの貴族たちに、嬉々として話しかけられるに違いない。

 自分から話題を提供する必要なんてないわ。



「帰るわよ」



 使用人に馬車を連れてくるよう言付けると、すぐにファビュラント家の馬車が来た。

 私は馬車に乗り込んで一人になると、思わず呟いてしまう。



「本当に、不可能だわ」



 ――そうでしょう?

 相応しくなれるはずなんてないわ。


 だって相応しくないのは貴方ではなく、()の方だからーー。





――――――


 いつからだっただろうか。

 ある時から所構わず私に愛を伝えに来るようになった男性がいる。


 名前はルーク・ホーネスト。


 彼は、伯爵家の次男だそうで、ある日学園で突然話し掛けてきた。



「リリアーナ・フォン・ファビュラント様!どうか俺に名前を呼ぶ幸運をお与え下さい!」



 あまりに突然で驚いてしまって、私は思わず「はい」と頷いてしまった。

 すると彼は飛び上がって、大喜びしながらそのまま去ってしまい、後には呆然とした私だけが残された。


 まるで嵐のようだったと思っていると、次の日また彼が現れた。



「リリアーナ様!愛しています!」



 身構えていると、今度は何と愛の告白をされた。昨日名前を呼ぶようになったばかりなのに次の日には愛を囁く――いや、叫ぶだなんて……。


 今回は昨日みたいに頷きはしなかった。そもそも、何かを言う前に彼は顔を真っ赤にして去っていった。

 愛を伝えるだけ伝えて去っていくなんて、本当に嵐のような人……。


 その時は、これから毎日のように愛の告白を聞くことになるとは思いもしなかった。



「俺の名前はルーク・ホーネストといいます。ホーネスト伯爵家の次男です」



 この日は、とある侯爵家で開かれた茶会があった。

 同じように招待されていたのでだろう。彼は、私に近付いてそこで初めて名乗った。


 もちろん気にはなっていたから調べて名前は知っていた。

 しかし、名乗られるまで呼び掛ける訳にもいかなくて地味に困っていたのだ。



「ホーネスト様ですね」


「どうかルーク、と名前でお呼び下さい」



 そう言うホーネスト様……いえ、ルーク様は照れたような顔をしていた。



「今まで貴女に愛を伝えるのに必死になり過ぎて、名乗ることをすっかり忘れてしまっていました。この非礼をお許し下さい」



 頭を下げるルーク様。情熱的な赤くて逆立った髪を持つ彼は、感情に任せて動く人間だと思っていた。

 しかし、思っていたよりは紳士的に振る舞うことも出来るらしい。



「今日お聞き出来たのですもの、構いませんわ。それよりもお聞きしたいことがあるのですが……」


「はい」



 頭を上げたルーク様の緑の瞳と目が合う。

 純粋でキラキラと輝いていて、まるで宝石のようなその瞳。



「……何故、私のことを?」



 何だか吸い込まれそうな気がして、目を逸らしてしまう。


 一体何故茶会でこんな話をしているのか……と何とも言えない気持ちになる。


 彼はいつも言いたいことだけ言って逃げてしまうので、今までまともに話す機会がなかったから仕方ないのだが。

 さすがに茶会では人目があるため、そんな目立つことは出来なかったのだろうか。



「入学したばかりの頃、学園で迷っていた俺にリリアーナ様が優しく道を教えて下さったのです」



 ルーク様が話し出したので、私は彼に視線を戻す。

 入学したばかりの頃ということは、一年くらい前のことか。


 ルーク様がぼんやりと視線を上に向けながら話すのは、きっとその時のことを思い浮かべているからだろう。

 彼のキラキラした瞳が正面から見れなくて、私は安心したような残念なような気持になった。



「それで?」


「それだけです」


「はい?」



 続きを促すとまさかの返答に、私は思わず聞き返す。

 毎日毎日来ていて、それだけってまさかそんな訳――。



「その時のリリアーナ様の身分関係無く接して下さる優しさや、物腰の柔らかさに俺は恋に落ちました」


「……」


「この方は俺の女神に違いない!そう思いました」



 思い出に浸るように目を閉じるルーク様。

 私はと言えば、本当にそれだけだとは思いもよらず、瞬きを繰り返していた。


 何より意外だったのは、ルーク様が私のことを「優しい」と言ったことだ。


 私の容姿は銀色の髪と青い瞳という冷たい印象の色合いで、顔立ちも可愛らしさとはかけ離れている。公爵令嬢という立場も相まって余計に冷たく見られがちだった。

 陰で怖いと言われているのも知っている。


 そんな私を、たったそれだけの出来事で「優しい」と言い切るルーク様は、純粋な心の持ち主ということだろう。



「私が怖くないのですか?」


「何故ですか?」



 思わず尋ねてしまうが、ルーク様は不思議そうに首を傾げるだけだ。



「私は……こんな見た目ですし、きついと思われがちですわ」



 目を伏せて言うと「何を言ってるんですか!」とルーク様は声を上げた。

 目線を上げると、真剣な表情でこちらを見るルーク様と目が合う。



「リリアーナ様の銀色の髪はユニコーンのたてがみのように美しく、青い瞳は澄んだ湖のようではありませんか!冷たいなんて思うはずもありません」



 ルーク様の瞳はキラキラと輝きを放っていて、その言葉が本心だということが伝わってきた。



「そんなこと……初めて言われました」



 何だか胸が熱くなって、私はルーク様から目を逸らした。


 銀糸の髪に氷のような瞳と言われたことはあるが、どこか冷たい印象の言葉だと思っていた。

 でも彼は、美しい物の代名詞であるユニコーンを例えにだした。きっとこの瞳も、春の湖のように映っているのだろう。

 たったそれだけのことなのに、こんなにも胸に響くとは思ってもいなかった。


 私は人に冷たく見られていることに、思っていたより傷付いていたのかもしれない。



「俺は貴女を愛してしまいましたが、貴女は公爵家のご令嬢。対して俺は伯爵家とはいえ次男坊。継ぐ爵位はあるが子爵で更に下がってしまう。そんな俺が貴女に求婚するなんて身の程知らずだと思って諦めていました」



 私の複雑な胸中には気付かず、ルーク様は先程の興奮から一転して肩を落とした。


 確かに私は公爵家の者なので、伯爵家の長男ならまだしも、次男と婚姻を結ぶことは難しいだろう。

 そもそも私が婚約していないのも、同じ年の頃で私と身分の釣り合う者がいないからだ。



「しかし俺の目はどうしても貴女のことを追ってしまう」



 肩を落としていたはずのルーク様は、そう言うと顔を上げた。

 その瞳はキラキラとしている。



「せめて愛だけでも伝えられたらと思っていました。でも……もうそれだけでは足りなくなってしまいました」



 リリアーナ様、と真摯な瞳を向けて私の名を呼ぶルーク様。

 その手は私に差し出されている。



「どうか、俺と婚約して下さい」



 毎日愛を叫ばれた時は、全く動じなかった心臓が何故か音を立てている。

 話してみて分かった。彼が如何に誠実で純粋なのか。


 貴族としては駄目かもしれないが、私はルーク様となら婚約しても良いという気持ちになってしまった。



「ーー考えさせて下さい」



 しかし、公爵家の娘である以上、安易に頷くことは出来ない。

 私は差し出された手を取りそうになる自分を抑えて、何とか保留の返事を出したのだった。




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