シュレディンガーの猫と俺
ある喫茶店へと足を運んだ。
店内に入るとコーヒーのいい匂いが漂って、少しだけ落ち着けるスペースだ。
コーヒーというものはあまり嗜むことのない俺だから、あまり苦すぎるのも好きではない。
ここは恥ずかしいがミルク多めにしておこう。
さて、彼女はどうしているかと見れば。
どうやら注文に悩んでいる様子だ。
やっぱり彼女も普通の女子だということが分かる。
こういう思考している俺は最悪な奴だな。
この喫茶店は飲み物以外に何か食べる事ができるらしい。
パンケーキとかショートケーキとかそのへん。
待てよここって普通にデザートだけだよな?
まあ食える分には悪くないと思うが。
そんな中彼女は注文するためにボタンを押した。
そこまで考え込む事はなかったみたいだ。
ピンポンという高音が店内に響いた。
それからすぐに店員が注文を伺いに来る。
「というかここの店、結構高いものばかりだな。」
メニュー表を見てそう言ったまでだ。
確かに千円を超えるであろう料理というかデザートが多い。
完全にこのメニュー、俺達客人を殺しにかかっているだろう。
「お金のことかしら?心配ないわ。私が奢るわ。それくらい持っているわ。」
「それはそれで情けないな俺。」
「ふふっ。ありがたく頂戴しなさい犬が。」
と自慢ありの表情で彼女は言う。
というか語尾の犬がの部分完全に要らなすぎだろう。
こうしている内にもすでに店員さんは俺達の注文を待っていた。
待たせてしまった事には悪い。
「すみません。コーヒー2杯とパンケーキ2つほどください。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
そうやって彼女は注文を済ませた。
しかしコーヒーって流石に苦すぎるからな。
ここは苦いのを我慢してポーカーフェイスを粧うことにしよう。
そして注文がやってくる。
コーヒーとパンケーキが目の前にある。
彼女はいただきますと言い、食べ始めた。
俺もいただくとしよう。
そうして早速コーヒーを手にとる。
それが苦いものであるからだ。
なのでなるべく早いことなくしておこう。
そんな事考える時点で最悪と思える。
そしてコーヒーを一気に飲み干す。
味がしない。
水かと思うくらい味がしない。
さて、今度はパンケーキの方をいただくとしよう。
そう思い、パンケーキを頬張る。
やはり味がしない。
なんで味がしないのかよくわからない。
あの日のことがまだ悔いているのか?
それが味までに関係して来ているのか?
「あら、苦いコーヒーを平然と飲むなんてすごいわね。大人でもきついと思うわ。」
「まあな。一応コーヒーは好きだから。」
とあえて誤魔化す態度をとる。
別の方でポーカーフェイスだな。
「はぁ、あなた正直、コーヒーは好きじゃないんでしょ?本当の事言ってくれると気が楽なんだけど。」
「信じてもらえるか分からないけど、良いのか、言っても?」
「良いよ。今日は私に付き合ってもらっているわけだし。あなただけ何も接待がないって悲しいからね。」
そういうなら本当の事言うべきだろう。
ゆっくり深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そうして気が楽になったところで俺は言う。
「実はいつからか覚えていないが、料理の味がしない。」
「それって、どういう?あなた料理の味がしないって…」
持っていたフォーク、ナイフが不意に落ちた。
そして不思議そうに彼女は俺の顔を覗き込む。
無理もないだろう。
やはりおかしな話を言ったものだからそう判断されるだろうと。
俺はそう判断されても構わないけど。
「まあ味がしないわけでもないはずなんだが、結局は味がしない。」
「それって味がしないじゃなく、単純に味対して無関心なだけじゃ。」
確かにそうかもしれない。
単純に俺の脳内が味として認識していないとかそういう類だ。
だから味がしないのか?
「しかし本当に日向君はおかしいね。」
「まあそうだろう。」
「じゃあそんな日向君に一つお話してあげるわ。」
「話って何だよ。」
「シュレディンガーの猫よ。」
なんとも不思議なワードが出たものだ。
やはり彼女は猫好きでもあるかもしれない。
「シュレディンガーの猫って言う話なんだけど、箱の中に猫を何匹か入れてそこに毒ガスを加えるの。」
「何か恐ろしい実験か?」
「そうね。それで一時間毒ガスの入った箱の中に猫を入れる。一時間たったら箱の中の猫はどうなっているか?」
「それは死んでいるんじゃ。箱という密室の中に閉じ込めたからだ。」
「そう言えるかもしれないけれど、実はそうじゃないかもしれないわ。箱だけ見てそれを判断するのはまだ早いのよ。」
「いやいや、だとしても猫が鳴いているかどうかでわかるんじゃないのか。」
「ううん。それでもわからないわ。あまり鳴かない猫だっているし、それに単純に鳴いていないだけで生きているかもしれないけれど。」
確かにそうかもしれないが。
鳴かない猫とかがいるのに俺は判断が早すぎた訳だ。
こういうところが俺の性格が顕になっている。
いわゆる早とちりだ。
「じゃあ箱の中身の猫の生存を確認するなら、あなたならどうする?」
「やっぱりこうなると箱を開けて確認するしか方法はない。」
「その通りね。箱を開けてでしか猫の生存は確認できない。箱を確認する事で初めて猫の生存を知ることができる。」
「随分と面白い話だな。」
「そうね。実際このシュレディンガーの猫の話は箱を開けてでしか観測できない。観測することが最も大切なこと。人ってそういう細かなところに目が向かないわけなのよ。正直言って無関心なのかもしれないわね。この世界には私達よりも最も小さい存在だって生きているんだから。形はなくともそれは存在する。」
「それで結局俺の事と何か関係あるのか?」
「そうね。味を知るためにはやはり食べるという行為がいる。食べる事で初めてそれがどんな味なのか知るのよ。」
「食べる事で初めて分かるのか。見るという行為だけじゃ分からないって事か?」
「見るだけじゃそれは分かったわけではない。分かったつもりでいる。それだと先入観が入ってしまうわ。だから人って単純な行動で分かったと浸っているだけで、結構見落としているところはあるわ。それは一種の命取りよ。」
「そんなものなのか?」
「そういうものね。正直これには正解がないのよ。誰も知らない、答えのない問だから。まあ時代とともに引き合いとかに出される話になってしまったわけだし。」
結局はその人の判断に委ねられるわけか。
俺が今までの行いも判断がすべて。
当たり前の事に気づかないものだ。
気づくのが遅い。
じゃあ味のケースで例えるなら。
食べる事で味が分かるもの。
その中にはあるものは、
味があるもの
味がないもの
そういう2つの事が考えられるわけだ。
だけど俺は味がないものと意識してしまっている。
誰にそうしろと判断したわけでもなく、自分の裁量によって判断していた。
そんな感じだろう。
あー、本当にわけのわからない事だな。
本当にゲシュタルト崩壊しそうだ。
「あの手紙の件で一度この話を話してみようって思ったことがあるわ。だから迷っている今にでも言おうとした。結局いつ言おうと言っている事は同じ。そういう細かな違いに気づかないのも私達なのよ。」
「あの手紙の件も絡んでくるか。確かにあれに答えを出すが難しいわけだったしな。それでもって答えのない問だろう。」
「結局は願望に対して何を言おうと人の勝手。だから私なら手紙に対しては思わず自分の願望を答えるよ。」
「なんかか嫌かと思われるけどそれ聞いて良いか?」
「そうね…もし明日世界が終わるなら、その日まで君と話したい、かな。」
彼女は顔を赤らめて自分の気持ちを伝えた。
そして俺から目を反らした。
「ちょっと待って、それって?」
「勘違いしないでよね。別にあなたが好きじゃないわ。だけど私の話相手になって。というか友達になってほしい。」
それを聞き、俺も少しだけ顔が赤くなる。
なんとも恥ずかしいプロポーズされたみたいだ。
それに不規則なツンデレサービス。
悪い気はしない。
デートのその日、俺はもう一人友達が増えた。