「黄金姫の憂鬱」 第八話
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第八話
――ガガガッ!
「うおっ!?」
勢いに任せ、考え無しでマンション前に飛びだした俺は見事に狙い撃たれて慌てて道路脇の植え込みに飛び込んだ!
ガササッ――――ドサッ!
「くっ……」
葉っぱ塗れになりながら腰を低くし……
俺は植え込みの隙間から様子を覗う。
――追撃は無い?
その間、右手首に装備した金属製の黒い時計に見える機器を操作できるように警戒しながらだ。
「……」
マンション前の道路を封鎖するように停車された大型車両が四台。
某国軍にも採用される有名メーカーの四輪駆動車は、ゴテゴテとした鉄板で補強されて最早、装甲車だ。
――敵は路上に見える人数だけで八人……車中を計算に入れると十数人程度か?
その誰もが夜闇に紛れるような黒い隊服で、手には自動小銃を手にしている。
――対人戦標準装備か。しかし”一民間人”を襲撃するのに一個小隊って……
「……」
思ったよりも重装備で本気な相手に、俺は葉っぱの中で緊張の度合いを強める。
「穂邑 鋼に告ぐ!速やかに茂みから出てきなさい。その際、両手を後頭部に膝を地面に着いて……」
――日本語だ!?しかもかなり流暢な、これは……
「……」
俺は……勿論、従わずに茂みの中に伏せたままだ。
「……そうか」
ガチャ
ガチャ……
反応を確認し、俺が潜む植え込みを包囲した兵士達は手にした自動小銃を構えて――
――やるのか!?
包囲する謎の兵士達、茂みの中の俺……双方に緊張が走る!
「待って!まってぇぇーーっ!!」
――っ!?
所属不明の兵士達が引き金の指に力を込め、銃口の先に潜んだ俺が右手首に仕込んだ黒い腕時計擬きの”機器”に指を沿わせた瞬間だった。
「ちょっとぉっ!!南雲さん!殺しちゃ駄目でしょ!ってか、出来るだけ傷つけないでって言ったよねぇっ!?」
兵士達の後ろ、装甲車両の一台から慌てて飛びだした女がその場で喚き散らす。
「いや、しかし相手はあの”穂邑 鋼”だと言うでは無いですか。隊員の安全を考えたら油断は……」
「だからって撃っちゃ駄目でしょっ!撃たれたら死んじゃうんだよ、人間はっ!!せめて囲んでボコボコにしてから捕獲を……」
「言いたい放題言ってんなぁ!!ああ?安瀬日 緋音!」
――っ!?
俺は茂みから出て、そして物騒な事を喚く女に怒鳴っていた。
「うっ!……鋼くん……」
もの凄く”ばつが悪い”という表情で固まる九宝 戲万の秘書官、安瀬日 緋音。
「あ……あははっ」
「笑って誤魔化すな!勝手に護衛をしたかと思うと、今度は夜討ちか?」
俺は一日の内に目まぐるしく立ち位置が変わる女の方へと一歩踏み出そうとするが……
ガチャ!
ガチャ!
その途端、包囲した兵士達の銃口が油断なく俺についてくる。
――ちっ!鬱陶しい……
俺は仕方無く立ち止まり、件の女を睨む。
「う……えと……鋼くん、えっとねぇ……つまりこれは……」
対して、焦りまくる安瀬日 緋音。
俺に今回の仕事を依頼しておいてこの仕打ち、
それをこうして真正面から追求されれば、まぁ当然と言えば当然の反応だが……
「安瀬日 緋音、政府の……九宝 戲万の命令じゃないな?」
――っ!!
俺の言葉に女の口元が引き攣るのが夜でも、遠目にも分かった。
「えと……なんで?」
恐る恐る聞き返す女に俺は溜息交じりで答える。
「元々”匣の件”を依頼したのは九宝 戲万だ。お前は秘書官として俺に依頼に来たが……現在、こうして俺を襲ったのは、今夜俺が”匣”を開けるのに重要な何かを得たと考えたからだろう」
「うっ!?」
そうだ。俺が昔のツテを頼って、”匣”の制作者であるファンデンベルグ帝国が誇る天才科学者、ヘルベルト・ギレ技術少佐の右腕であるハラルド・ヴィスト技術少尉と密会している事を突き止めた安瀬日 緋音は、”機会”を得るために待ち伏せた。
だから俺が呼んだハイヤーに成り代わって、その”機会”を待ったが……
「燐堂 雅彌が同行しているとまでは予測してなかったか?」
「うう……」
――わかりやすいな……ほんと
――こんな直ぐに顔に出てて、一国が要人の秘書官なんて務まるのかよ?
俺はそう思いながらも続ける。
「竜士族の当主代理で日本の士族界最強の一角を誇る”黄金竜姫”……燐堂 雅彌が一緒だったので襲撃を一旦は断念した。で……改めて寝静まった頃を見計らい再襲撃か?」
多分、コソ泥紛いの事を計画していたんだろうが、俺にいち早く察知され予定が大幅に狂って、次善の手段である穂邑 鋼の拉致に切り替えたか?
「な、なんで……鋼くん、エスパーっ!?」
――いやいや……この状況からなら誰でもわかるだろう
「残念だったな、俺は普段からなぁ、雅彌を守る為なら寸暇をも惜しんで幾らでも手間暇かけているんだよっ!」
そう……このマンションの周りはオレの考案作成した無人防御警戒システムにより、大国の大統領府よりも厳重で、アルカトラズの刑務所よりも頑強な警備態勢を敷いているのだ!!(ビルオーナーに無断でだけど……)
「うう……侮り難し”下僕の力”!」
「そこは”愛の力”って言えっ!」
俺は三百六十度ぐるりと銃口を向けながらもツッコんでいた。
「……」
「……」
暫し睨み合う俺と女と兵士達……
その間も兵士達は臨戦態勢を維持したままだ。
そして俺の方は……
「で?……今、襲うか?ハラルド・ヴィスト技術少尉から受け取った”資料”は既に頭の中で、肝心の物は既に焼却済みだが?」
――此奴らは勘違いしている
今夜受け取った物が”匣”を開ける直接の鍵であるのだと。
だが、実際には只の”資料”。
”匣”を開けるのには未だ至っていないのが現実だが……
――ちょうど良い、ついでに此奴らの目的を探っておこう
俺はそう考え、サッと右腕を顔の位置に挙げて手の甲を正面に構える。
「勝手に動くなっ!撃つぞ!!」
即座に叫ぶ、隊長らしき男……安瀬日 緋音には”南雲”とか呼ばれてたか?
向けられる銃口達。
引き金にかかる指……
――だが、俺は笑う
「勝手に撃っても良いのか?それは九宝 戲万の命令じゃ無いだろう、尖士族の諸君?」
――っ!!
図星だ……
――”尖士族”
俺の”鎌かけ”でざわめく様子に、俺は改めて確信した。
安瀬日 緋音は今回の依頼人である。
彼女は”十二士族”の頂点、この国の支配者である九宝 戲万の秘書官であるが……
同時に”十二士族”の一家、尖士族の当主家筋の人物でもある。
更に言うならば、戲万の妻であった故人、安瀬日 磨純の実妹だ。
そして……
安瀬日 磨純は政府の研究者で、”匣”の……
俺は今夜、ハラルド・ヴィスト技術少尉から受け取った資料から、曾てファンデンベルグ帝国の天才科学者、ヘルベルト・ギレ技術少佐が制作した”匣”が”どういう経緯”で”この国の誰”に渡ったのかを知っていたのだ。
「尖士族にとって……仕える主で、この国の支配者である九宝 戲万の命令に背いてでも手に入れなくてはならないものなのか?安瀬日 緋音?」
「…………」
俺の問いかけに、巫山戯たことに労力を厭わないタイプの女は珍しく神妙な表情で俺に対峙する。
「…………そうね……そうかも……ね」
そしてポツリとそう呟くと、サッと手を挙げた。
――っ!
――戦闘開始か!?
だが、世界最強の呼び名も高い超実戦部隊、ファンデンベルグ帝国の”第八特殊処理部隊”とも渡り合ったことのある俺だ。
”十二士族”直属とはいえ、武闘派でもない”尖士族”のこんな私兵集団なんか……
俺はこの時、多少”高をくくって”いたのかもしれない。
そんな俺に”安瀬日 緋音”はニコリと微笑んだ。
「は・が・ね・くぅーん、これ……なぁぁーーんだ?」
いつも通りの巫山戯た口調に戻った安瀬日 緋音の掲げた右手には……
――っ!?
俺には非常に見慣れた”金属製のアタッシュケース”が掲げられていたのだ!
「は?……おい!?それ……」
間抜けな顔になった俺に女はフフフと悪戯っぽく笑って言う。
「以前にねぇ……フィラシスの人達と揉めたあの時にねぇ、すり替えたんだよ。ふふふ、”鋼くんの焔鋼籠手”!あはっ」
「…………」
――本気か?……じゃぁ俺があれから持っていたのは偽物!?
「ふふふ」
ガチャ!
ガチャ!
「お……お……おおぉぉーーい!?」
依然、複数の銃口に囲まれたまま――
穂邑 鋼の間抜けな叫び声は冬の夜空に響いたのだった。
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第八話 END