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第5話 昼休みの過ごし方

_____教室、ヒカリの視点


キーンコーンカーンコーン


授業中の静かな教室にチャイムが鳴り渡る。


「おっともう時間がきてしまったか、じゃあ今日はここまで」

そう言って中途半端に授業を終えた先生によって、昼休みが始められた。


「ヒカリ、食堂いこ! メグもいくだろ?」


「うん、いくよー」


チャイムが鳴り終わると同時に僕の席に詰め寄ってくる二人の女子。

先に声をかけてきた浅黒い肌の女子は飯島夏イイジマナツ、この学校に転校してきて初めてできた友達だ。僕は「ナツ」と下の名前でそのまま呼んでいる。

そんなナツの誘いに対して気の抜けた返事で答えたもう一人の女子は黒澤恵クロサワメグミ、ナツと同じ日に友達になった子だ。もともと僕が転校してくる前にナツとメグは友達同士で、その中に僕も加わったという形だ。こっちは「メグ」と下の名前を少し短くしたあだ名で呼んでいる


ナツの方はハンドボール部所属ということもあり、さっぱりとしたショートヘアーの爽やかで健康的な容貌をしている。そんな見た目に留まらず、がさつで大雑把な性格やぶっきらぼうな言葉遣いと、内面の方もボーイッシュさに溢れている。因みに髪の色は茶色だ。

彼女がクラスでいの一番に僕に話しかけてきてくれたのも、きっと、もともと男だった僕に何か親和性を感じたからなのかもしれない。


一方でメグの方は生徒会所属の真面目系女子。艶を輝かせる長い黒髪が気品溢れる本人の性格を表しており、お手本のように優秀な女生徒といった感じだ。柔らかい声調とおっとりとした物言いは聞く者の心を和ませる。ナツとは色々と正反対の女子だ。


メグからはいつも女子高生の過ごし方の何たるべきかを学ばせてもらっている。女子力に溢れた彼女を友達に持つことができたことは、僕がヒカリとして生きる上でもとても大きな助けとなっている。ラインの返し方や流行のファッションに至るまで、中身は無知な男である僕にメグは多くのことを教えてくれた。

あまりにも“女子の作法”を身につけていない僕の様子を見れば、少しはおかしいとも思いそうなものだけど、すぐ近くに同じく女らしさゼロのナツがいるお陰で不自然さが目立たずに済んでいる。メグとともにナツにも感謝を捧げたい。


さて、そんな二人の友達が今、僕を誘いに机まで来た訳だけど・・・


チラッ


僕は“あの”席の方へと目を動かす。

時田くんがいるあの席。僕はこの昼休みを利用して時田くんに話しかけてみるつもりだった。

そんなはずだったんだけど・・・・・

時田くんの机を見てみると、すでにそこに彼の姿はなかった。

もう教室を出ていったのかな? 食堂に行ったのか、あるいは別のクラスの友達のところへ行ったのか、はたまた学校を抜け出して生徒に評判の家系ラーメン店にでも行ったのだろうか。いや、何となくだけど時田くんのイメージ的に最後の選択肢はなさそうだな。

んー  まとまった時間を使って話したかったから昼まで待ってたんだけど、いないなら仕方ない。もしかしたら食堂にいるかもしれないし、そこで会ったら話しかければいいか。


「・・・ヒカリどしたん?」


「ん? いやっ! 何でもないよ」


「あ、もしかして誰かと先にご飯の約束してた?」


「いやしてないよナツ。食堂でしょ? 私もいくよ」


「おう、じゃあ席無くなる前に早いとこ行こうぜ」


「いそごー」


「うん」


・・・しかしアレだな。ナツの全然女らしくない物言いを聞いていると、女らしい言葉遣いを意識しながら話そうと頑張っている僕がまるで馬鹿みたいに思えてくるな。

でも気を抜いてたら一人称で思わず“僕”とか言っちゃいそうだし、流石にそれはボーイッシュの枠を飛び越えて不自然だよな・・・・ボクっ娘好きの一部のマニアな男子には受けそうだけど、そんなもの僕は求めてない。やっぱり意識してでも女子高生的な喋りを続けていこう。

ナツとメグの知らないところで勝手にJK道を歩むことを再確認しつつ、僕は二人とともに廊下を歩いて食堂へと向かっていった。



目的地はすでに多くの生徒で入り混じっていた。

そんな雑踏と雑音にまみれた食堂にたどり着いた僕が真っ先に行ったことは、彼を目で探すことだった。

大きく空けられた空間に並べられたテーブルに並んだ顔の中から、時田くんの若干気の抜けた感じのある顔を見つけようと目をあちらこちらへと飛ばし続けた。

しかし、どこを見回してもそれらしい顔は見当たらない。

一度見た場所を念のため重ねて見直しなどもするが、探している顔はどこにもない。

どうやら時田くんはここには来ていないようだ。僕はちょっと気を落とした。

一応、食堂の出入り口の方を気にかけながら、私はナツとメグとともに券売機の列へと並んだ。


「ヒカリは何にするのー?」


「あー、私はカレーでいいかな」


「またカレー? サイズは?」


「サイズ? 並盛りだけど」


「お馴染みの並ねー、最近は食堂最安値のカレー並ばかり頼んでるけど、そんなに金欠なのー?」


「いや別にそんなことはないんだけど・・・ホラ、浮かせられる金は浮かせておきたいじゃん」


浮かせた分を格ゲーに回すためという事情は伏せておく。


「別にいつもカレーだっていいじゃんなー? スタミナ付けるにはもっていこいだしよ」


「そうそう! 私最近スタミナつけたいなーって考えてたの」


「ヒカリ運動部入ってるわけでもないのにー?」


「おーなんだヒカリ体力つけたいのか? だったらウチのハンドボール部入れよ! スタミナ鍛えられるぜ!」


「あー、いや・・それは遠慮しとく」


「いやいや入っちゃえよーヒカリ、お前まだ入る部活決めてないんだろ? それに体力付けたいんならちょうどいい機会じゃん」


ウッ・・・ナツの言葉につられて適当な理由をでっち上げたばかりに面倒なことに・・・


前の高校、僕がまだ男だった頃はサッカー部に入っていたからこの高校でも続けようとは考えていたけど、この学校には女子のサッカー部がないんだよなあ。そしてフットサル部もない。

他に特に得意なスポーツや好きな競技がある訳でもないし、2年生という中途半端な時期から他の部に入部しても、1年間打ち込んできた他の部員を差し置いてレギュラーになれる可能性も低い。

だったら文化部はどうかと考えてもみたけど、芸術のセンスが皆無な僕に書道部と美術部は無理だし、文芸部も僕の性質には合わなそう。

そんなことを考えているうちに入部しないまま1ヶ月が過ぎてしまい、もはや完全にタイミングを逃した僕は一端の熟練帰宅部員、どの部に入るのだって今さらすぎる話だ。

それに、今は放課後のゲーセンの時間を奪われたくもない。

そういう訳で、今でも僕に入部の勧誘をしてくる子はたまにいるけど、どれも断っている。


「と、とにかく今は部活入ることは考えてないから。私だって放課後やることあるし」


「そうなん? いつも何やってんの?」


「それはまあ、色々だよ」


「ふーん」


「ヒカリー、食券買う番きたわよー」


「あ ホントだ」


メグの言葉を受けて僕は券売機に100円玉2枚と50円玉1枚を投入し、カレー(並)と書かれたボタンを押した。少し屈んで下のおつり口のところに顔を近づけて食券が降ってきたのを確認すると、ひょいとその紙を取って食堂のカウンターへと向かった。そのままパートで働くおばさんに食券を出して、後はただカレーが出て来るのを待つだけとなった。

券売機にお金を入れてから食券を出すまでのあらゆる動作が力の抜けたように行われた。

本当はこんなことしてる場合じゃなくて、時田くんに会って話さないといけないんだけどなあ。

でも教室にも食堂にもいないし、一体彼がどこにいるのか分からない。

他のクラスに行っている可能性もあるから、後で戻るときに2年の教室を見て廻るしかないか。昼休みが終わる前に見つかればいいけど・・・


「ヒカリー、何か考え事?」


気の抜けた声が私の考えを遮る。

振り向くと後ろにメグが並んで立っていた。


「あ、メグもカレーにしたんだ」


「私は最近カレー食べてなかったからねー。それよりもヒカリは何考えてるの?」


「私? いや私は特に何も考えてないよ」


「本当―? さっきからヒカリの様子がおかしいように思ってさー・・・なんかいつもに比べて落ち着きがなくない?」


「そ、そうかなあ? 気のせいだと思うけど・・・私は別になんともないよ」


「ならいいけど」


「カレーのお客様いらっしゃいますかー」


「あっ、私です」


「はいっ。後ろのお嬢ちゃんもカレーよね? お嬢ちゃんの分もあるから持っていって」


「はーい」


カレーを受け取った僕とメグは空いてる生徒で溢れてる食堂をトレーを揺らさないように歩きつつ、空いてる席を見つけてそこに座った。

少しして一人だけうどんコーナーに並んでいたナツも来たので、それぞれご飯を食べ始めた。

その頃サッと盗むように時計を見た僕は、残りの昼休みの時間を把握する。だいたい後20分くらいだ。

カレーを食べ終えるまでの時間を考えるとあまり時間は残ってないな。いつもは10分くらいかけて食べるけど、今日は5分で済ませないと余裕がなくなってしまう。ナツとメグには悪いけど、早めに切り抜けよう。


僕はスプーンを力強く握り、そしてそのままカレーを口の中に放り込むようにして食べていった。

咀嚼も必要最小限にとどめ、間髪入れずカレーをすくって口に入れていく。

もはや食べるというよりは飲み込む言った方が近い。


「・・・・・今日のヒカリの食べっぷりワイルドだな」


「すごいガツガツしてるー」


「ん゛っ! ちょっとこの後やることあるから急いで食べちゃわないといけなくて・・・」


「まるで男みてーな食い方だぜ」


「ナツはあんま人のこと言えないけどねー」


あ、やっぱり女子らしくなかったかこの食い方は。

普段は意識して柔らかくスプーンや箸を持つようにしてるけど、少し意識が早食いの方に向かうとすぐに素の自分が出てしまう。

しかし、女の体で人前でご飯を食べるのは本当に面倒臭い。

男の頃は誰に見られるかなんて気にしないまま箸を「握って」ご飯に「噛り付いて」食事できてたのに、女になってからはそういった野蛮さを一切出さずに気を配りながら食事をしないといけなくなった。

マナー講師の言う礼儀作法とは全く違う、女子特有のこの「柔らかい」動作を身につけることは女になってから一番大変なことの一つだった。箸を持つにも、食べ物を取り上げるにも、それを口に運ぶにも、男とは全然違ったやり方でしないといけないということは、僕にとってもどかしい以外の何物でもなかった。

他の女子はみんな長い間女として生きてきた中でその動作を自然と身につけていたのだけど、女になって2ヶ月しか経ってない僕は毎回動きの一つ一つを意識しながら食事をこなさねばならなかった。

でも、今はそんなことを気にして悠長にカレーを食べている余裕はない。

僕の女子らしくないカレーの食べ方から気をそらす目的も兼ねて、ナツたちに聞きたかったこと質問をこちらから放ってみた。


「ちょっと時田くんに用があるから早めにご飯済ませないといけないんだ。ナツたち、この時間に時田くんがどこにいるか知ってる?」


「時田ぁ? あー同じクラスの男子か、いやーアタシは分からないわ ゴメン」


「そ、そう・・・メグの方は何か知ってる?」


「うーん・・・私もちょっと分からないなー。時田くんとはあまり・・・というか一度も喋ったことないし」


「みんな知らないかー」


カレーを口に入れる代わりと言わんばかりに僕はため息を吐き出す。


「クラスで時田くんと仲がいい人って誰か分かる?」


「んー、考えてみるとクラスでアイツが誰かと話してるとこは見たことがないな。仲良いやつなら他のクラスにいるんじゃね?」


「私もそう思うー」


「そっか・・・ありがと」


クラスで時田くんのことを知っている子はいないのか・・・

じゃあやっぱりこの時間は他のクラスに行っているのだろうか。

そうと分かれば話は早い、さっそく2年の教室を廻って時田くんを見つけにいくことにしよう。

僕は皿の隅に残っていた最後の白米の塊をスプーンに乗せて口に投げ入れて、勢いそのままに席を立ってトレーを持ち上げた。


「ごちそうさま! ゴメン、ちょっと早めに教室戻ってるね!」


「時田になんの用があんの?」


「借りてたノート返しにいく!」


即製のでっち上げを跡に残して、僕はトレーの返却口へと向かった。

そしてトレーを返し終えた僕は人混みを自由になった手でかき分けつつ、2年の教室が並ぶ3階へと駆けていった。






_____2階、2年3組教室


「そんでタカシのやつ思い切って告ったんだけどさあ、2日間既読無視された挙句にごめんなさいの5文字で返されたんだってよw」


「マジかよw 可愛そすぎだろソレ!」


「アイツ昨日の部活でやけに元気なかったと思ったら、そういうことだったのかよw」


「・・・んっ?」


「お、どうしたタカシ?」


「いや、ドアから教室覗いてる子 アレって・・・」


「ああ? なんだよ急に・・・・うおっ、水野さんじゃん!」」


「なんでまた7組の水野さんがわざわざ3組にまで」


「あー多分俺に会いにきたなアリャ」


「勝手に言ってろ」


「マジで可愛いな・・・何しにきたんだろ」


「中に入らず外からキョロキョロ見てるだけだな、人でも探してんじゃね?」


「よーし、俺ちょっと助けに行ってくるわ」


「あっ! ずりい抜け駆けしやがって!」





うーん、3組にもいなさそうかなぁ。

時田くんの友達の名前でもわかってれば探しやすいんだけど・・・

ん? なんか知らない男子がこっちに来てる。

うわ、金髪でシャツ出しのいかにもって感じのチャラ男だなあ・・・なんだろ一体。


「君、7組の水野さんでしょ?」


「えっ、うん、そうだよ」


「どうしたのわざわざ3組にまで来て。誰か探してる感じ? なんなら俺が手伝うよ!」


へー・・・3組には初めて来たけど、とても親切な男子がいたんだなあ。

時間もあまりないし助かる、この人に聞いてみよう。


「えーとじゃあ聞きたいことがるんだけど、時田くんって子がこのクラスに来たの見たことない?」


「時田? いや知らないな、どんな感じのやつ?」


「んと、身長は私と同じくらいで、黒い髪をした男子なんだけど・・・」


「その条件だと結構な男子が該当するなあ、悪いけど分からない」


「そう・・・うん、分かった ありがと!」


「普通の女子だったら身長で絞ることができるけど、水野さんはホラ、普通の男子と同じくらいの身長あるからさ」


「あーそうだよね・・・」

男の頃の身長のままで女体化したからなー、だから女子の中では背は目立って高い方だ。一応言っとくと僕の今の身長は167センチだ。


「水野さんそんなスタイルいいのに部活やってないんでしょ? もったいなくね? バスケ部とかやれば活躍できそうなのに」


「いや今さら部活に入る気はないかなー・・・って」


アレ。チョット。まだ続くのかこの会話?

早く他の教室廻らないと昼休み終わっちゃうのに。


「あ、もしかしてアレ? 放課後何かやってるの? 水野さんのことだからモデル活動とか?」


「いやそんなモデルなんてやれるような身分でもないしボ、私・・・」


「そんなことないと思うけどなー、水野さんだったらワンチャンいけると思うよ」


いつまで続くんだこの会話、男だった僕がモデルなんてやれる訳がないだろ。

いい加減抜け出さないと時間が・・・


「ちょっとーやめなよタケルくん、水野さん困ってんじゃん」


終わらない会話にドギマギしていた僕の前に、突如として女子から助け舟が渡された。

ナイス!


「へ? いや逆逆! 水野さんが困ってそうだったから俺が手助けしようとしたんだよ!」


「ハハ、ありがとね教えてくれて。でも私ももう行かないとだから、またね!」


愛想をいっぱい振りまいて、僕は逃げ去るようにそのまま3組を跡にした。


「あー! なんだよもういい雰囲気だったのに!」


「いやあれをいい雰囲気とかアンタ彼女作るの一生無理そうね・・・」


「うるせえ! クソ、もっと水野さんと話したかったのに・・・」


「楽しかったか?タカシ」


「ん、おう! 嫉妬するなよ、なんと水野さんから『またね!』なんて言われちまったぜ! 向こうもまた俺と話したいと思ってるってことだ、いやー次に会うのが楽しみだ」


「いやタカシ、それどう考えてもただの社交辞令だ」


「嫉妬は良くないぜ。まあ俺みたいに行動力のある人間が最後には勝者になると決まってるってことだ」


「お、おう(いや向こうが本当に会いたいと思ってるなら名前くらい聞いてるはずだろ・・・)」


「しかしマジで可愛いよなあ水野さん。あれでまだ彼氏いないんだから夢が膨らむわ」


「誰か告った男とかいねえのかな?」


「まあまだ転校してきて1ヶ月だし、みんな様子を見計らってるんだろうな」


「ホーン」


「野郎どもが傍観している間に、俺はどんどんと水野さんとの距離を詰めさせてもらうけどな。んで、最終的には俺が水野さんの彼氏になるって話だ。いやーちょっとワクワクしてきたなオイ!」


「・・・まあ頑張れよ」





_____水野ヒカリ、2階 廊下


「・・・あれ水野さんかな?可愛い」


「あ、本当だ。可愛い」


「覗くようにして教室見てるけど誰か探してるのかな?可愛い」


「あっ、どっか行っちゃった。この教室には目当ての人はいなかったのかな。可愛い」





はぁー・・・1組から8組まで全部探したけど、どの教室にも時田くんいないなー・・・・・

教室にも食堂にもいないんじゃ、一体彼はいつもどこにいるんだろう?

僕は困惑の表情を浮かべながら廊下の窓から外を眺めた。

視線の先には砂埃の舞うグラウンドの上でサッカーを楽しむ男子たちの姿が映っている。

時田くんも外に出て遊んでるのか?

失礼かもしれないけど、そんなアグレシッブな子には見えなかったけど・・・・

でも食堂にも教室にもいないんじゃ外くらいしか残りの場所はないし、他に考えられる場所といえば・・・・

僕の目は窓の反対側へと向かう、そこにあるのは壁に取り付けられた水色のドア・・・男子トイレである。


いや、さすがにこんなとこにはいないな。一気に黒い話になってしまう。

となるとやっぱり時田くんがいる場所は外か。


でも・・・・

僕はポケットからスマホを取り出して電源をつける。

ホーム画面には13時36分と示されている。

昼休みの終了まであと4分しかない。

この状態で外まで探しにいくなんてのは無理だし、そもそも時田くんだってもう教室に戻っているだろう。

しょうがない。残り時間は少ないけど、教室にいるであろう時田くんを一目の少ないところへ連れ出して、そこで内緒にしてもらうよう頼んでみよう。

善は急げ。僕は何度もさまよい歩いていた廊下を離れて僕のクラス、7組の教室へと入っていった。

そして時田くんの席を目指して歩いていった。


しかし、その目指す席に時田くんの姿はなかった。


あれー!?


僕は黒板の斜め右上の壁に掛かっている時計へと目を投げた。

針は40分のわずか手前を指している。もう昼休みは間も無く終わる時間だ。


こんな時間になってもまだ席についてないなんて・・・

一体どこで何をしているんだ。


不可解さに思い悩む怪訝な表情の僕を余所に、時田くんはその後も現れずただ残り時間だけが過ぎていった。


キーンコーンカーンコーン


昼休み終了のチャイムが鳴る。


教室に広がっていた生徒は、それぞれ自分の席へと収まっていく。

時田くんの空っぽな席を名残惜しく見つめつつ、僕も自分の席へと戻った。

そして腰を椅子へと落ち着けた


その時、後ろを誰かが通る気配がした。


他の生徒と違って、その生徒から発せられる足音は響きを抑えているように聞こえたから、はっきりと違和感を感じとれた。

僕は後ろを振り向いた。


そこには、黙って自分の席へと向かう時田くんの姿があった。片手には風呂敷で包まれた弁当箱が握られていた。


そんな彼の姿を興味深く見つめていると、急に向こうももこちらへと目を向けてきた。

二人の目が合った。

僕はドキッとして思わず目を開いたけれど、時田くんの方も同じように驚いた顔になって、次にはヒョイと目線をそらしてしまった。

そうやって僕を避けるようにしたまま、彼は静かに自分の席に着いた。

椅子に座った時田くんは、朝のホームルームの時のように何も書かれていない黒板を頬杖をつきながらずっと見つめていた。

そんな彼の姿を、不思議さと興味深さの混じった気持ちで、僕は目を細めつつ見続けた。


一体、彼はどんな風にして昼休みを過ごしているのだろう。

彼は、どんなことを思いながら学校を過ごしているのだろう。

そして、彼はあのゲーセンで僕と出会ったときに何を考えていたのだろう。


答えの見つかるはずもない疑問を頭の中で巡らせながら、僕は時田安明という男がどういう人なのかをこのクラスに来てから初めて考えていた。


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