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第4話 ホームルーム

時計を見ると、まだホームルームが始まるまでに10分ほどの余裕があった。


残りの時間を潰すため、カバンから読みかけの文庫本を取り出して開いた。

そうやって黙々と本を読み進めていくが、どうにも内容が頭に入ってこない。

本の中の物語が、髪に印刷された文字の羅列にしか感じられない。


僕の”あの場所”への意識が、本を読むのを妨げているようだ。


いつも水野さんが座っているあの場所に、僕の胸の内は引き寄せられていた。


もはや本読んでいるのは完全にただのフリとなっていた。

僕の目線は文字列から時々外れ、彼女の席へと向かう。しかし誰もいない。

そんなことを何度か繰り返して、彼女が現れないかをその都度確認したが、やっぱりそこには空っぽな空間が存在するばかりだった。


そして水野さんがまだ現れない内に、着席を告げるチャイムが教室中に響き渡った。

生徒が一人、また一人と自分の席に着く中、水野さんの席の上には空気が広がっていた。


「今日水野休み?」

水野さんの後ろの席の男子が問いかけるように呟いた。


「黒澤さん何か聞いてない?」

その近くにいた女子も、水野さんの友達に向かって尋ねた


「いや・・・今日休むだなんてライン貰ってないけど・・・」

黒澤さん、よく水野さんと一緒にいるところを見かける。

天真爛漫な水野さんとは異なり、黒澤さんはどちらかというと冷静沈着という言葉が似合う、比較的おとなしい人という印象だ。


「ヒカリのことだからどうせ遅刻でしょ、今頃こっちまで汗だくになりながら走ってるって」

ぶっきらぼうな感じで黒澤さんにそう言い放ったのは、同じく水野さんの友達の飯島さん。

こちらは水野さんと同じく、活発で明るいガテン系女子だ。ハンドボール部所属でこんがりと焼けた小麦色の肌が健康的な印象である。

普段は水野さん、黒澤さん、飯島さんの3人でよくいることが多く、確か昇降口のあの時も水野さんと一緒にいたのは彼女ら2人だった。


「あーあり得る。ヒカリらしいねー」


「でも、大抵いつもチャイムなってから出欠とるまでの間に駆け込んでくるけど、今日はまだ来ないな。もう山田のやつ来ちまうぞ」


「山田”先生”な、飯島」

突然低い声が生徒の会話に割って入ってきた。

「ゲッ! もう来てたのかよ!」

振り向いた先に先生の姿を認めた飯島さんが慌てふためいた。


クラスにドッと笑いが巻き起こる


「ったく・・・ん? 今日は水野は来てないのか?」


「休む連絡は何も貰ってないので、おそらくまだ登校してる最中だと思います」

黒澤さんが答える。


「はぁー・・・いつもギリギリに来やがってしょうがない奴だな。まあ病気とかじゃないなら別にいい、遅刻に印着けるだけだ」


山田先生は教壇へと歩いていき、そこで自分の書類やら何やらを整理してまとめ始めた。

そうやってしばらく紙の束と格闘していたが、やがてひと段落つけたといった顔をこちらへと向け、落ち着き払った様子で口を開いた。


「じゃ、時間になったから出欠確認始めるぞ」


水野さんがいないまま出席確認が始まった。

クラスの生徒が名前順に、1人づつ呼ばれていく。


遅刻か。水野さんは出席確認直前ギリギリに来ることが多いけど、本当に遅れるのを見るのは今日が初めてかもしれない。

ただの遅刻ならいいんだけど。まさか昨日の出来事が関係している、とかはないよな・・・

僕が挨拶を無視したばっかりにショックで寝込んで・・・うん、あり得ないな。

水野さんはそんなこと気にするような人でもないだろうし、純粋に遅刻しただけだろう。


そもそも僕なんかに挨拶を返されなかったくらいで気にする人なんかいないだろう、思い上がりすぎだ。

ただ、もしここにいない理由が遅刻以外だったとして、今日は学校に来ないってことになれば・・・・それは少し嫌だ。

彼女の僕への反応がどんなものかを知ることができないまま、今日を一日中宙ぶらりんな心持ちで過ごすことになる。

教室に入るまではあんなに彼女に会うのを恐れていたけれど、今となっては早いとこ教室に来てくれることを望んでいた。さっさと定まらない僕の気持ちを落ち着けてほしい。


もどかしい僕の気持ちなどよそに、先生はどんどんと名前を呼び進めていく。


今、あ行の生徒の名前が呼び終えられた。次いでか行の名前が続々と挙げられていき、それが終わるとさ行の番となった。


さ行の出欠確認もすぐに終わり、今度はた行の名前が呼ばれ始めた。


そして、た行の生徒の名前が全て挙げられると、ついにま行の番が訪れた。


「前田」 「はい」


「前川」 「ハイ」


「三島」 「はい」


そして、ついに水野さんの番が来た。

今ここにはいない人の、遅刻を決定するためだけの出欠確認の行われる番がやってきた。


「水野」

当然応答はない。


「・・・では次」

次の者の名前が呼ばれようとしていた。


その時


突然、廊下を誰かが駆ける音が聞こえてきた。

一歩一歩に力が込められているようなその足音から、走っている人の必死さが伝わってきた。

クラスの全員が廊下の方へと目を向ける。

音はみるみる大きくなって響いてくる。

廊下を蹴る音が教室のすぐ横から聞こえるようなった時、いきなりドアが高速で横に走って柱に激突した。


その衝突音とともに、少女が教室へと勢いよく飛び込んできた。


短い赤い髪を汗で濡らした、呼吸の乱れに乱れた少女。


8時44分、水野さんが真岡高校2年7組の教室に到着した。


クラスのみんなの視線が彼女へと集まる。

そんなことを知らない水野さんは、両手を膝につきながら顔を床に落とし、荒い息をゼエゼエハアハアと吐いて僕らに疲れ果てた様子を見せていた。

しかし、やがて思い直したかのように顔を上げ、近くの席に座っていた男子に喰らいつくようにしてこう尋ねた。


「出欠今どこらへん!?」


「え・・えーと、今まさに水野が終わったとこだけど・・・・」


それを聞いた水野さんは教室の後ろ側の席へと目を投げ変え、そこに座る人を見つめながら


「村田さん!」


「へっ!? あ、ハイ」

いきなり自分の名前があがったことに動揺しつつ彼女は応答した。


「名前もう呼ばれた!?」


「えっ? いや、まだ呼ばれてないよ ハハハ・・・」

その返答を得るや否や、水野さんは水を得た魚のように表情を輝かせた。


「ハイッ! 元気ですっ、先生!」


教室に水野さんの元気いっぱいの返事が響いた

クラスのみんなは水野さんの急すぎる行動にポカン状態だ。


先生もこの行動に呆気を取られて苦笑いの表情を浮かべる始末。


「・・・一体何言ってるんだ、水野」


「村田さんの名前がまだ呼ばれてないってことは、まだ私の出欠が終わってないってことですよね? だから今、返事しました!」


ああなるほど、そういうことだったのか。これで出欠確認に間に合った訳だから私は遅刻ではない、と そう言いたいってことか。

・・・いやその理屈はなかなか厳しいと思うけど。


「アハハハハハハ! そういうことかよ水野! 遅刻回避!だってよw」


「いきなり元気宣言しだしたから頭おかしくなったのかと思ったw」


奇行を目の当たりにして呆然としていたクラスの空気は一変。

水野さんの大胆すぎる遅刻回避策を前にして、教室は一気に笑いに包まれた。


「頭おかしくなんかないしw ちゃんと考えてんだよこっちも」

自信満々に答える水野さん。しかし先生の無慈悲な声が割り込んで来る。


「確かによく考えたな水野、でもお前は遅刻な」


その言葉を聞いた水野さんは一瞬で目を点にした。視覚外からボクサーのパンチを喰らったかのような驚きの表情だ。


「エッ!? チョッ!? ち、遅刻!?」


「そうだ」


「いや何でですか!? まだ私の出欠終わってなかったじゃないですか!」


「いーや、出欠確認を開始する時点でいなかったんだから、その後名前が呼ばれる前に来ようともう遅刻確定だ」


「そんなのおかしいですよー、名前が呼ばれる前に席についてれば問題ないじゃないですかー」


「問題大ありだ。それを許したら名前の若いやつほど損をすることになるだろうが、早めに呼ばれる分だけ遅刻しやすくなるんだから。そんな不公平なルールは認められん」


「うっ、それは確かに・・・」


ぐうの音も出ないほどの正論を前に、さすがの水野さんもおし黙る。


「いやぁ、まー俺は別にそのルールでも構わないっスけどね」

颯爽と水野さんの援護に躍り出たのは、出席番号1番の相沢くん。

それにつられて周りの生徒も援護の手を差し向け出す。


「俺もそのルールに賛成―」


「お前は出席番号ケツの方だから賛成してるだけだろ、まあ俺も別にそのルールでもいいけど」


「出欠始まるまでに来なかったら遅刻なんて話先生の口からうちら聞いてないし、今回はセーフってことでいんじゃない?」


「そうだね、次回からはアウトってことで今回は見逃してあげればー?」


みんな、水野さんの作り出した面白おかしいこの状況を楽しみながら、水野さん支援の環を形成していた。


「みんなこう言ってますよ! せ・ん・せ!」

どことなくいやらしい笑みを浮かべながら水野さんは先生に迫る。

先生もどうしたものかと困惑に溢れた様子だったが、ついに観念したようで大きなため息を履いたかと思うと、「今回だけだからな」と言って水野さんの出欠欄に丸を付けた。


「ありがとうございます!」

子供のような眩しい笑顔を無遠慮に見せながら、水野さんは先生に向かって勢いよくお辞儀をした。


「分かったから早く席に着け」


「ハイ!」


軽い足取りで席に向かった水野さんは鼻歌を鳴らしながら着席した。

椅子に座るや否や隣の男子が水野さんを軽くからかってきたので、水野さんもその男子に舌を向けて応戦した。

それを見てまた笑い出す周りの席の人たち。

今、この教室は水野さんを中心にして周っていた。


ダメだ。


やっぱり水野さんと僕とでは文字通り住んでいる世界が違う。


さっきまで僕は水野さんが昨日のことでこっちにどんな反応をしてくるのかを不安に思ってビクビクしていたけど、なんて思い上がりをしていたんだろう。とてもじゃないけど、初めから僕が関わっていいような人じゃかった。


クラスのみんなは水野さんが周りに振りまく光を心を踊らせながら見開いた目で見ているけど、僕にとってはただただ眩しくて目を塞ぎたくなるものなんだ。


ずっと薄暗い学校生活を送っていた僕が彼女を間近で見たら、ショックを受けた両目に感じる痛さのあまり居ても立っても居られなくなってしまうだろう。


昨日僕が彼女の前でそうしたように。


なんだ、やっぱり正解だったんじゃないか、僕のあの行動は。

何を無駄に思い悩んでいたんだ。

僕と彼女とでは住む世界が違う、だから僕は別の世界に暮らす彼女から逃げることで僕のいつもの世界へと帰っただけの話だ。


僕のいる世界は暗くて退屈なものかもしれないけど、少なくとも明るい世界には必ずある影___人間関係の重さ___なんてものはない。だから、喜びに顔を輝かせることはないけど、耐えられない絶望に顔を歪ませることもまたない。


ずっと一人で教室の中を過ごすことは確かに寂しいものではあるけれど、人の輪の中にいたのにある日突然外の世界で一人で過ごすことになるよりはマシだ。


実際、いつも4人で固まって行動していた女子の内の一人が、恋愛関係の話が関わったことにより(その女子はどうやら4人グループのリーダー格の女子が狙っていた男子に告白されて付き合うこととなったらしい)、クラス中の女子からハブられるようになり、学校に来なくなった過程を僕は自分の目で見ていた。

彼女はきっと、今までの学校生活をそつなくこなしてきた中で得てきたものを失うことに耐えきれなかったのだろう。

クラスが彼女を見る目線の、今までとは全く異なる空気もまた、彼女に失ったものを否が応でも意識させ続けたのかもしれない。


もし彼女が最初から僕のように一人だったらどうだっただろう?

それはかつて仲の良かった友と過ごした思い出の無いひどく淡白な世界だけど、それを全て失う辛さを味わうこともまた無い世界だ。少なくとも、学校を退学するなんて結末は避けることができただろう。僕が未だにこの学校に残っているのだから。


そう、だから僕はこの薄暗い世界にすみ続ける他はないのだ。

外の世界に触れて痛い目を見るよりは、今の世界に安住する方が賢明だ。

だから昨日水野さんから逃げたことは正しかったし、そしてこれからも彼女を避けていくべきなのだ。彼女は違う世界の人間なのだから。


・・・そう、違う世界の人間、そのはずだ。

だが、そんなあまりにも輝かしい世界に生きる水野さんが昨日いたのは、彼女の世界とは、まさに「真逆」という言葉がふさわしい場所だ。

本当にあれは水野さんだったのだろうか?

今でも周りの人たちに笑顔を振りまいている水野さんが、昨日あんな汚いゲーセンで、それも格ゲーをやっていたなんて、にわかには信じられない。

今更ながら僕の見間違えだったんじゃなかろうか? 少し不安になってきた。



そんなことを考えながら、僕はしばらく賑やかにやってる水野さんのことを見続けた。


すると、一瞬、向こうもこちらの方をチラッと横目で覗いているように感じた。実際、水野さんの目線はわずかながらこっちへと向いていた。


え? これ僕の方を見ているのか? まさか、気のせいだよな?


戸惑いと疑い入り混じった気持ちで僕は彼女を見つめ続けた。


向こうも僕が彼女を見ていることに気づいたのか、少しだけ顔の表情がこわばって目が見開かれた。目と目があったような感じすらする。


バレてるのか? マズイかな、目線逸らした方がいいかな。


僕は前を向いて彼女から逃げるべきかどうか、心の中で逡巡した。

どうすればいいんだ。 汗がじんわり顔に滲み出てきた。


目線を変えるべきじゃないか? でもそうしたら逆に僕が彼女のことを見ていたことがバレてしまうような気がする。あえて目線を据え置いて平然を保っていた方が怪しまれずに済むんじゃないか?

変に動いてもおかしいし動かなくてもおかしい。今の僕は蛇に睨まれた蛙みたいに身動きがとれなくなっていた。水野さんを蛇扱いは失礼すぎるけど。


そんな僕の内で巻き起こっている葛藤を知ってか知らずか、水野さんは急に僕への目線そのままでニコッと笑みを浮かべた。


!? これは一体・・・


そしてそこからさらに追い討ちをかけるように、僕の方へとさりげなく手のひらを小さく振ってきた。


!?


こ、これは・・・僕に対してやってる!?


しかもあの笑顔と手のひらは確か・・・ゲーセンの時に見たのと同じだ!


やっぱりあの人は水野さんで合ってたんだ。

そうなると向こうもゲーセンにいたのは僕だと認識していて・・・それを踏まえての水野さんのこの行為の意味はつまり・・・「あの出来事に無反応を決め込むつもりはないよ」ってこと・・・?


色々と考えている内に、なんだか僕は自分のことが恥ずかしくなってきた。

これ以上水野さんにこんな僕の姿を見られるのは堪え難い。

というか水野さんの目に今まさにこんな有様の僕が映っているという事実が耐えられない。


僕と彼女とでは生きている世界が違うんだ。


僕は水野さんから逃げるように顔を曲げ戻し、目線を前に方へと投げ捨てた。「僕を見ている水野さん」を視線からシャットアウトするために。


残りのホームルームが終わるまで、僕は水野さんが映らないように意識を注ぎながらひたすら前を見つめていた。先生の話を聞くでも、黒板に書かれた文字を見るのでもない。ただ無心に顔を前に起き続けた。







_____水野ヒカリ、ホームルーム中の教室

ふー、なんとか遅刻は回避することはできて助かった。あとで相沢くんにお礼言っとかないと。


ボトボトとたれてくる汗を手で拭きながら、僕は椅子に体を任せて体を休めていた。

そうしていると隣の席の吉田がこちらを向いて、口元を先生に見えないように覆って、小さい声で言葉を投げてきた


「またまた寝坊か? 水野」

からかうつもり満載のおちゃらけた声調である。


「いやーちゃんとアラームは設定したはずなんだけどね、やっぱスヌーズは信用しちゃダメだわ」


「んでまたお母さんに叩き起こされた、と」


「そそ、母さんの叫び声のおかげで見事に一発で起きれたよ、ありがたいことに」


「お前の母ちゃんすげえな、今度録音して俺に音声送ってくれよ、目覚まし用のアラーム音に設定するわ」


「やめといた方がイッて、あんなん毎朝聞いてたら耳おかしくなるよ」


「いやどんだけヤバいんだよお前の母ちゃんの叫び」


いいオチがついたところで2人して息を殺しながら笑った。

先生を丸め込むことに成功して今は気分がいい。

今朝の初めには色々と憂鬱な気分もあったけれど、何とか今日もいい一日で過ごせそうだ。


さて


今日を上手く過ごすためにあと残っていることは・・・


僕は横目を使って教室の窓際へチラッと目を投げかけた。

ぼんやりとした視界に映っているのは、昨日ゲーセンでばったり鉢合ったクラスメイト、時田くんだ。

よし、ちゃんと席にいる。

何か事件でも起きたかのような顔をしてゲーセン抜け出していったから、もしかしたら今日は学校に来ないかもと少し心配してたけど、どうやら杞憂だったみたい。

せっかくこの学校でまともにゲームを語れそうな子を見つけられたのに、あんな別れ方でオシマイってのはちょっともったいないからねー。

でもなんで僕を見て急に出て行っちゃったんだろう?

なんか時田くんに嫌われるようなことでもしたっけな・・・


頭の中の記憶を探って見たけど、特に嫌われるようなことはしてはいない。

そもそも嫌われる以前に時田くんと話したことすらほどんど無かった。

だから嫌われるも何もないと思うけどなー


・・・やっぱりあの時の私の振る舞いが不味かったのかな?


愛想笑いして、手を軽く振ってって、女子が知り合いと会った時にやる動きってこんな感じだと思ってやって見たんだけど、間違ってたのかなぁ。でも父さんに見せたら別におかしくないって言ってたし・・・うーん、わからん。

女になってから2ヶ月くらいしか経ってないから、女の振る舞いとして何が合ってて何が間違ってるかの区別はまだ完璧じゃない。だから僕が良かれと思ってやったことも、向こうからしたら奇妙に思われてしまうことも十分あり得る。


んー、けれどあの場であれ以上にふさわしい振る舞いってなさそうだけどなー。

そういえば、時田くんがゲーセンいたのが僕だって分かってない可能性を考えてなかったな。

あのゲーセンだいぶ暗かったし、こっちの顔が見えてなくてもおかしくはない。

もしそうだったとしたら時田くんのあの行動は別に不自然じゃない。誰もいない場所でいきなり知らない人が手を振ってきたら誰だってビビる。

うん、きっとそうだな。このクラスでは嫌われるようなことはしてないし、ゲーセンでのあの場での振る舞い方だって十分女子らしいものだったはずだし、もしあそこにいたのが僕だって分かってれば時田くんだってあんなことはしなかったはず。多分!


そうだとすると、時田くんに僕のことを内緒にしてもらう必要もなくなるけど、あくまで僕の推測でしかないからなー・・・どうしよ



ん? 


よーく見てみると、時田くんもこっちを見てる? 

なんかバレないように頬杖ついてるだけって感じ出してるけど、僕の方見てるよねアレ。

あれー、やっぱり時田くんもあの時の女子が僕だったって気づいているのかなぁ。でも、だとしたら何で出ていっちゃったんだって話にまた戻ることになるけど・・・


んー、考えても分からんっ! 

まあいいや、どうせ後で話せば分かることなんだし。

今の時点で時田くんが僕がゲーセンにいたことに気づいていようがいなかろうが、あのゲーセンに通っている限りまた会う可能性は高いし、だったらやっぱり今日の昼休みに昨日の話を持ち出した方がいい。

とりあえず、目線合ってることだし何か反応しとこ。


僕は時田くんの方にニッコリと笑みを向けて、他の生徒に気づかれないようにさりげなく手のひらをフラフラと振って見せた。


あの時と同じ振る舞い、これでゲーセンにいたのは僕だってことがハッキリしたかな?

それに気づいた時田くんが僕の方に親指でも立てて、了解のサインを送ってくれることを期待していた。


でもそんな僕の予想とは裏腹に、僕の動きを見た時田くんは急に顔を前へと戻してこっちを向かなくなってしまった。


「え、えー・・・なんでなのー・・・」


「ん、どうした水野?」

女子らしさいっぱいに送ったサインがあっさりと突き返されてしまったのを見て、思わずこぼれ出た僕の独り言を聞いた吉田が、怪訝な顔をして尋ねてきた。


「いや、なんでもないよ・・・」


「お、おう」


やっぱり、あの仕草の方に問題があるのかなー


もっと自然な女子のあり方を学ぶ必要性を感じつつ、先生の話を受け流しながら残りのホームルームをモヤモヤした気持ちで過ごす僕だった。


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