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2-5

 アイリとシルヴィがリータとティアを簡単に紹介すると、事務所の応接室に案内された。

 応接室と言っても、事務所の一角を立て板で区切っただけの場所で、角から事務所員が忙しそうに働いているのが見て取れた。会議室も兼ねているのか大きな机の上には地図などが転がっている。

「それで、聞きたい情報ってなんだ」

 ヤスカは濡れタオルで顔を拭いながら言うと、ティアが前のめり気味に話出した。

「オウルに勇者が滞在してるって話は知ってる?」

「クルトの事か? 半月ほど前だったか、そんな話は聞いた。賓客待遇で持て成されて、公の場には出てきていないってことだ。今はどうだか知らんがな」

「居るって信憑性はある?」

「どうだろな。一度だけ新聞屋の取材を受けたって話だが、オウルが勇者の存在を騙ったのは何度かあるから、今度もそうではないかって噂になってる」

「そんなことしてオウルにどんな得があるのよ」

「北方の小国群に睨みをきかせたいって時だな。勇者がいれば侵攻されにくい。現に今年は北方連合の侵攻がありそうだと情報がきてる」

 ヤスカの情報をアイリが否定する。

「おい、もうすぐ冬だぞ。今の時期に侵攻はあるまい」

 一般的に戦争とは春や夏にするものだと言われる。秋は冬に近すぎて時間が足りないし、冬になってしまえば寒波や降雪で進軍すら難しくなる。今の時期に戦争を始めるとしたら短期決戦で勝負がつくか、翌年に持ち越せるだけの準備と物資がある場合だけだ。

 しかし、ヤスカはもう一つの理由をあげてきた。

「北方連合は寒さに強く、雪に強いってのが定説だ。今年は化け物どもと盟約を結んだって噂もある。用心に勇者の噂くらい流してもおかしくあるまい」

 そこまで言ったところで飲み物が運ばれてきた。水にライムが一欠片浮いていて、小さな泡が後から後から次々に浮かんでくる不思議な飲み物だ。

「まあ、飲んでくれ。うちが出荷しているライム水だ。きつめの炭酸がうまいぞ」

 ヤスカはぐいっと一口で飲み干すと、運んできた人に指を一本あげておかわりを要求する。

「それで、聞きたい情報ってのは終わりか?」

 ティアは泡が浮いてくる珍しい飲み物を前にして、興味を半分持ってかれたけれど、気を取り直して聞いた。

「オウルに行くにはどうすれば良いの。それも一日も早く」

 ティアが行き先を言うと、ヤスカは少し驚いた様子だった。

「おい、俺の話を聞いていたかい。勇者の噂は大方嘘だ。それに北方連合は間違いなく侵攻の準備をしている。その目標は間違いなく王都のオウルだ。それでも本気でオウルに行く気か?」

「本気も何も、行く気満々だけど」

 ヤスカは真剣な表情になり一拍、間を空けてから問いかける。

「理由を聞いても良いかい」

「勇者クルトをヴィロラに連れ戻したいの」

「お前は一体……」

 ヤスカが話し終わるより早くティアは右手をテーブルの上に出すと、腕輪をヤスカに見えるようにした。

「……ああ、なるほどな。王族なのか、あんた。じゃあ、オウルにクルトが居る確率は高いわけだ」

 シルヴィが不思議そうに聞いた。

「なぜです。ヤスカの話を聞いたら、逆に確率は低いようですが」

「クルトから聞いただろ……ああ、お前達は寝ていたな。聞いた話だと腕輪を持つもの同士は引かれるんだと。そういう魔術がかけてあるらしい。本当か知らんが、嘘だという確証もない」

 ヤスカは一瞬ばかばかしいといった表情になったけれど、すぐに表情を戻した。

「ティア姫様の理由はわかった。お前たち姉妹は雇われたのか?」

 姫様はやめてと言うティアをほっといて、ヤスカはアイリとシルヴィに話を振った。

「我らはクルトめを捕まえるまで、二人の護衛をしている」

「ああ、契約金の話だな。まだ諦めてないのか」

 ヤスカは呆れたといった表情になったけれど、アイリは真剣な様子を崩さない。

「エルフの契約は絶対だ。相手が生きているかぎり追いかける。お前こそ良いのか。多少とは言えぬ額だぞ」

 アイリにここまで言わせるなんて、一体いくら支払いが残っているのだろう。

「そうだな、俺も払ってもらえるなら行きたいが……」

 ヤスカはあごを数回なでると、仕方なさそうに話し出す。

「オウルに行くには三つの順路がある。ひとつは街道を行く安全な道。もうひとつは川を下って海から行く安全かも知れない水路。最後は山を越える危険な山路だ」

 そこまで言った時に飲み物のおかわりが運ばれてきた。

 怪しんで手を出さないリータ達とは違い、ヤスカは再び一気に飲み干すと、一気に捲し立てた。

「俺の一押しは山路だ。いや、山路以外はありえん。山路にしよう」

 そんなヤスカを睨みながらティアは言う。

「あなた今危険だって言ったばかりじゃない。何でそんな道を勧めるの」

 ヤスカはわかりきったことをといった様子だ。

「何故って、決まってる。他の道じゃ時間が掛りすぎるからさ」

 確かに一日でも早くとは言ったものの、ハイそうですかと納得できるものではない。危険が大きければたどり着けない確率が上がってしまう。

「安全だって言う街道から行くと何日かかるの?」

「馬車で行くとして、早くて三ヶ月くらいだ。街道は山脈を大きく迂回するからな」

 三ヶ月と聞いたティア姉は不満そうな表情だ。

「水路は、水路はもっと早いの?」

「川を下って海に出るまでに三日。海路で三日。ヨエンスの港からオウルまで馬車で一ヶ月半ってところだな。ただし順調にいけばだ。最近、河口部にクラーケンの大群が出たって話だ。しばらくは危険すぎて航行できん。おっと、うちの船は貸せないぜ」

「船の手配は難航するって事ね。じゃあ山路は?」

「馬車で行けば二、三週間ってとこだな」

 圧倒的に早い。ティア姉の表情が明るくなる。

「そんなに早いの。これは山を越えるしかないわね」

「危険は嫌なんじゃないのか」

「早く行かないと居なくなるかも知れない。一日でも早く着きたいのよ」

 確かに勇者が留まっていてくれる保証はない。日ごとに居なくなる確率が上がってしまう。

「馬車が使えるのに危険なのか?」

「きっと落石とかモンスターなどです」

 アイリが疑問を呈すると、シルヴィが最もありそうな危険を答える。

「そう、モンスターだ。それも、とびっきりのな」

 なぜか嬉しそうにヤスカは言う。モンスターが出る事の何が楽しいのか理解できない。

「聞いた事くらいあるだろ、エンシェント・ドラゴンだ」

 リータの知識にもある。ただし、それは空想の生物としてだ。

 一般的にドラゴンは絶滅したと言われている。

 実際は未知の島や大陸で生きているのかも知れないけれど、ここ三百年はシェレフティオ大陸で確認された例はないという。

 ただのドラゴンですら眉唾物なのに、太古の昔から存在する、神にも等しき存在だと語られるエンシェント・ドラゴンがいるというのは信じがたい。

 これには当然アイリも文句を言う。

「バカを言うな。そんな伝説級のモンスターが人里近くに出るわけがないだろ」

 しかしヤスカは嬉々とした表情を変えずに言った。

「俺もそう思うんだが、本人が自分はクリスタル・ドラゴンだって言い張るんだから仕方ないだろ」

「本人に聞いたって、ドラゴンって話せるの? 話して生きて帰ってきたの? 帰ってきたならどこが危険なの?」

 ティアが面白そうに捲し立てる。

「ああ、話して帰ってきた。しかもドラゴンは人の姿をしていて、ドラゴンらしいのはトカゲの尻尾みたいなのが生えていたくらいだ」

 まるで自分が見てきたかのようにヤスカは語る。シルヴィもその話を後押しする。

「昔エルフと交流のあったドラゴンは、人型に化けられたって聞いた事があるです」

「なるほどねぇ。で、危険って? 襲いかかってくるの」

 ティアのもっともな疑問に、ヤスカは意外な答えを返してきた。

「剣の勝負を仕掛けてくる。拒否したり負けると通してもらえないんだ」

「全然危険じゃないじゃない」

「おいおい、クリスタル・ドラゴンと真剣勝負するんだぜ。ただの人に勝ち目なんてあるかよ。簡単に死ねるぜ」

「なによ、アイリなんてゴブリンの群れを瞬殺したわよ」

「ゴブリンなんかと一緒にするなよ。伝説では十本の剣を同時に扱ったとか、勇者、ああ、今のじゃなくて、最初の勇者と互角に戦ったって話だ」

 最初の勇者とは、たぶん創世の勇者のことだろう。

 創世の勇者はシェレフティオ大陸の大部分を占める六カ国を作り上げた国父だ。

 生涯にわたり剣を使った勝負で負けた事がないと言われる。

「姉さんを甘く見ないで欲しいのです。ドラゴンくらい余裕なのです」

「剣なら負けん」

 シルヴィが憤慨して言うと、アイリが受けて立つ。

「よし、決まりね。山を越えるわ」

 ティア姉の中では始めから決まっていたいたであろう事が決定した。

「実はそう言うだろうと思ってた。ドラゴンを倒してもらう代わりにオウルまでの足を手配しよう。やつが居座っているせいでオウルとの取引が滞ってるんだ」

 ヤスカは最初からアイリとドラゴンを戦わせる気だったのだ。

 それに文句を付けたのはシルヴィだ。

「ドラゴン退治と馬車の手配じゃ報酬が釣り合わないのです!」

 しかし、それを否定したのは意外にもティアだった。

「そうでもないわよ。わたし達は早くオウルに着きたい。そのためには山越えの道を行くしかない。ほら、どうせドラゴンに勝たなくちゃいけないのよ。そのための路銀を出してくれるなら願ったりよ。もちろん帰りの分もだしてよね」

 確かにどうせやるなら報酬があった方が良いだろうし、元々の路銀は心許ない金額しか用意できていなかった。ただでさえ二人分の路銀が追加されているのだ。それを出してもらえるなら、こんなありがたい話はないだろう。

「ふむ、ドラゴンと一戦交えるのも一興か」

 アイリもやる気十分だった。ならば反対する必要もない。なにせアイリの強さを見せつけられているのだ。期待するなと言う方が難しい。

「よし決まりだ。早速、明日出発するから、今夜はうちの宿舎に泊まっていってくれ」

 うまい事ヤスカに誘導されている気もするけれど、ティア姉の希望でもあるから仕方がない。

 アイリも勇者の右腕として剣を振るっていた強者なのだ。ドラゴンくらいきっと大丈夫だろう。

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