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2-3

 宿場町で一泊した次の日、順調にいくかと思われた旅路にちょっとした邪魔が入った。

 人の気配がない木々で出来たトンネルの中を進む街道を行くと、馬車の前に四匹のゴブリンが現れたのだ。

 四匹のゴブリンなど問題ではなかったけれど、馬車は止まらざるを得なかった。

 道路に簡素な柵が作られており、馬車の通行を邪魔していたのだ。

 柵の上部には斜めに設置された先を削った丸太が設置され、尖った先端がこちらを向いていた。無理に突破すれば馬が傷ついてしまうだろう。それ以前に馬が恐怖で暴れでもしたら大変だ。

「あんだこれ! あんた達、なんとかしとくれ!」

 御者台で叫ぶおじさんに言われたからではないが、仕方なさそうにゆっくりと立ち上がったアイリがシルヴィに指示を出す。

「シルヴィ、弓矢だ」

「はいです、アイリ姉さん。我らを守りし風よ、吹き荒れろ」

 座ったままのシルヴィが左腕を水平に掲げて掌を下に向けると、同時に力ある言葉を紡いだ。

 親指以外の指には指輪がはめられ、中指だけは二本の指輪が鈍く光っている。その中指につけた指輪の宝石が緑色に輝きを増し、目に見えない風の渦が馬車の周りを取り囲んだ。

 簡単に見えて高位の存在並の魔法適応力を持った種族のみが使える魔法だった。エルフといえど、扱えるのは一部の者達だろう。

 魔法は基本的に触媒を介さなくては発現しない。しかも制御が非常に難しく、小さな範囲に少ない効果を及ぼす事こそ困難になる。

 その困難なことを成し遂げてくれるのが聖霊石と呼ばれる石だ。聖霊石は水晶の中に魔力と制御式が埋め込まれており、魔法を使えない者でも扱うことが出来る便利な石だ。

 しかし、魔法を扱える人族といっても使えるのは炎の魔法くらいなもので、一流の魔術師でも、ある程度範囲を絞った爆炎が出せる程度だ。一流から遠ざかるごとに範囲は大雑把になり、威力も弱くなってしまう。

「うわー、なにこれ、きれーな光」

 ティアが初めて見る魔法石の光にはしゃいでいる。

 もちろんリータとしては初めて見る魔法だけれど、ミズキとしては何度も使ったし、使われた魔法だったので、ミズキの知識の一部を共有しているリータには珍しいと思えなかった。

 見たところ指輪にはめられた石は聖霊石ではなく、術者自身の魔力制御を補助してくれる石のようだ。色々と応用魔法が使える分、制御も非常に難しい。それを使いこなすシルヴィが超一流なのは間違いないだろう。

「来るぞ」

 アイリがそう言うと、一瞬遅れて大量の矢が降りかかってきた。しかし、風の魔法を越えられた矢は一本もなく、風に触れた途端に弾き飛ばされる。

 よく見れば樹木の陰に隠れてゴブリンが弓を構えていた。きっきの弓矢が一斉に打たれたものだとしたら、全体で四十匹はいるのではないだろうか。

 最初の一斉射こそ揃って飛んできた弓矢だったが、今はバラバラに飛んでくる。ゴブリンだけあって、統制はとられていないようだった。

 しばらくすると弓矢が効かない事を悟ったのか、それとも矢が尽きたのか飛んでこなくなった。ゴブリンの知能なら後者の可能性が高いだろう。

 続けて剣や棍棒、槍を持った一団が馬車の後方に現れる。通常の倍以上の体格をしたゴブリンが五匹に、通常サイズの弱そうなのが十五匹はいるだろうか。

 弓矢を撃っていたゴブリンが加わってくれば六十匹近くには成りそうだ。

「左右は任せた」

 と、言うなりアイリは後方に向けて飛び出した。

「我が起こせしは刃なり、風刃」

 シルヴィは左手を馬車の右側に向けると新たな力ある言葉を放った。

 緑の光が強さを増すと、放射状に風が巻き起こる。風は真空を作り出し、草を切り裂き、樹木に大きな傷をつけていく。

 弓矢から剣などに武器を持ち替えたゴブリン達に向かって風が吹き抜けていった。

 風に触れたゴブリンは体のあちこちが裂け、バラバラな部品となって崩れ落ちていく。

 木の陰に隠れていたゴブリンも見えない刃に切り刻まれ、命のあるゴブリンはいなくなっていった。

 シルヴィは続けて左手を馬車の左側に向けると同じ魔法を放った。

 左右にいたゴブリンはバラバラに刻まれ、残っているのは前方と後方のゴブリン達だけとなる。

「疲れたです。もう限界です。後はアイリ姉さんにまかせるのです」

 言うとシルヴィはずるりと沈み込んだ。

 二種類もの風の魔法を隙なく切り替えて扱うなんて、魔力の多いエルフでも使える者は少ないはずだ。さすがは勇者一行に連なっていただけの事はある。


 シルヴィが力ある言葉を唱えると同時、アイリは馬車から石畳に音もなく着地すると、そのまま走ってゴブリン達の中に飛び込んでいった。

 左右の鞘から光が放たれると、何が起きているのか分からない様子のゴブリン達が次々と倒れていった。

 抜き放たれた二本の剣は片刃で幅が狭く、防具にでも当たったら折れてしまいそうなほど脆そうに見えた。きっとレイピアの様に突く剣なのだと思ったけれど、アイリは突くことなく、ゴブリンをなで切りにしていく。ミズキの記憶の中に、その剣が東の遙か彼方で刀と呼ばれる代物だと知った。

 首だけを狙った正確な切っ先が文目かしい光と共に通り過ぎると、それだけで首が取れそうな程の致命傷を与えていく。それは倍以上の体格をしたゴブリンへも同様で、ただそばを通り過ぎていっただけなのに死の淵に立たされる事になった。

 十匹目を切ったところでゴブリン達が動き出す。

 アイリに襲いかかるゴブリン、一目散に逃げ出すゴブリン、自分より大きな体格の奴の背後に隠れるゴブリン。この中で正しい行動があったとしたら、それは逃げだしたゴブリンだけだろう。それでも、逃げるには遅すぎたが。

 アイリはまるでゴブリン達の行動を予測しているかのように動き、一回の攻撃をかわしては致命傷になる攻撃を加える。

 そして、シルヴィがアイリに後を任せた時には、ゴブリンは最後の一匹になっていた。

 残ったゴブリンは甲冑を装着しており、おそらくこの集団の頭目だと思われた。

「最後に強そうなのを残すのは、アイリ姉さんの悪い癖です」

 シルヴィは見てもいないのに呑気につぶやく。アイリの勝利を疑うこともなく。

 アイリは首を狙って横薙ぎに刀をはらうも、ゴブリンは無骨な剣でそれを弾く。アイリがよろめいたところに追撃の一刀が襲いかかる。刃が肩に食い込むかと思われたが、髪の毛一本の間合いで横によけた。

 しかし、それはアイリの誘いの動きに過ぎない。

 アイリは地面に突き刺さったゴブリンの剣に足をかけると、するりとゴブリンの肩の上に上る。

「終わりだ」

 刀がゴブリンの頚椎を砕き、深く突き刺さっていく。

「グゴオォオオォォオオオ」

 ゴブリンの断末魔の声が響き渡る。口から血が噴き出し、もはや声は音になっていない。

 アイリは刀を引き抜くと、膝から崩れ落ちるゴブリンから飛び降りた。

「弱すぎて相手にならん」

 アイリが言うと、ティアが抗議の声を上げた。

「いやいや、アイリとシルヴィが強すぎでしょ。途中からゴブリンが可哀想になっちゃったわ」

 あたりを見渡せば、森の中には切り刻まれ、バラバラになったゴブリン達の亡骸が散乱している。馬車の後ろには大小入り交じった死体の山があった。前方にいた四匹のゴブリンはいつの間にかいなくなっていた。

 林の方は放置してもかまわないだろうけれど、街道に倒れている亡骸は退かさないと通行の邪魔になってしまうだろう。

 柵は放置されたままなので、こちらも退かさなければならない。

 リータはため息を付きながら馬車から降りると、血の付いた刀をゴブリンの服で拭いながらアイリが物騒なことを言いだした。

「我たちは逃げたゴブリンの巣を根絶やしにしてくる。ここで少しだけ待っていろ」

「えっ……、なにもそこまで」

 ティアが止めようとするのを、シルヴィがアイリの代わりに言う。

「一度でも徒党を組んだゴブリンは、根絶やしにしないと再起してくるです。わたし達は構いませんが、次に襲われる人に対して無責任だと思うです。それに巣に案内させるために逃がしたのが無駄になるです」

 そこまで聞いて、初めから計算ずくの戦いだったのだと思い知らされた。

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