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2-1

「乗合馬車もなければ、冒険者もいないですって!」

 朝早くからシポーの冒険者キルドにティアの声が響き渡る。

 職員の少ない視線がこちらを向くが、すぐに興味をなくしてそれぞれの用事に戻っていった。

 シポーの冒険者ギルトは小さい。受付のカウンターなど一カ所しかないし、広間など階段の前に申し訳程度しかない。その階段前の広間の壁は掲示板代わりになっており、様々な依頼や情報が張り出されている。今はその掲示板もどきを見つめるのは二人の少女しかいない。

「急に来られてもヴィロラへの乗合馬車なんかあるか。後二十日も待てば一台くらい走るかもな。それにこの忙しい時に空いてる冒険者なんかいるかっての。数週間待てよ。たぶん紹介できると思うぜ」

 自分が冒険者みたいなごつい体つきのギルド職員は、少し横柄な態度で至極まっとうな事を言った。

「数週間て何日よ。わたしは急いでいるの」

「王都崩壊からこちら、ゴブリンが出没するようになってな。うちみたいな小規模のギルドは手一杯なんだ。護衛任務なんか単価が五倍くらいになってるぞ。ほら、単価表」

 職員が投げてよこした単価表をティアが受け取ると、目を丸くして叫んだ。

「ちょっと! ヴィロラまでなのに、なんでこんなに高いのよ」

 リータが横から単価表をのぞき見ると、護衛だけでなく全ての依頼単価に横線が引かれ、数倍高価な金額に書き換えられていた。護衛を雇ったらティア家の家計は半年くらい楽に生活できるだろう。

「だからさ、あちこちでゴブリンが出てるんだって。野良だった奴らが徒党を組んでいるらしい。いいか、これは営業じゃなくて親切で言うぜ。金をケチって二人で行くなんて無茶はやめておけ。乗せてくれるって馬車があっても乗るな。どうしても行くなら護衛は最低二人は用意しろ。てゆうか、一人じゃ引き受けてくれる奴はいないがな」

 本心から言ってくれているのだろう。しかし、親切は嬉しいけれど、一人はおろか二人も雇う資金はない。

 リータは諦めてくれないかと願いながらティアに問いかける。

「どうしますかティア姉。諦めて戻ります?」

 しかし、ティアが諦めるわけがなかった。

「いいえ、絶対に勇者を連れ戻すの! このくらいで諦められるものですか!」

 余計意志を強く固めたようだった。

「でもお金がありませんし、乗り物だって用意できるか分かりませんよ」

「二人で歩いてでも行くわ。ゴブリンくらいリータでも余裕でしょ」

 剣の腕前なら村外れに住むアレクシから手ほどきを受けていたティアには勝てないけれど、リータでもゴブリンの一匹か二匹ならなんとかなると思う。しかし、徒党を組まれたら終わりだ。

 ゴブリンは最弱のモンスターと呼ばれており、剣術をかじっていれば子供だって追い払うことが出来るけれど、ゴブリンが襲ってくる時は必ず多数だ。

 リータはティアから剣術を教わっているけれど、一対一の護身的な扱い方が主で、ゴブリンやトロールのように複数で襲ってくる相手には自信がない。数の暴力に勝てるほどリータ達は強くないのだ。

 最悪、ミズキの力を借りれば良いのだろうけれど、あんなやつにお願いをするのはいやなのだった。それに二年前から話していないので、今では夢だったのではと思っている。

「二匹くらいならなんとかなる……かも」

 リータが自信なさそうに思案していると、掲示板を見ていた少女が話しかけてきた。

「そなた達、もしかして勇者クルト=ベルグストロームの居場所を知っているのか?」

 ミディアムでそろえられた金色に輝く髪から伸び出ている長い耳をみるかぎり、エルフに属する一族だろう。トゥルクから遙か西の奥地に広がる大森林と呼ばれる森の中に住んでいるらしい。他の種族と接触を持たず、詳しい生態は伝わっていない。

 そんな珍しいエルフの少女が二人もいた。

 一人は反り返った細い刀を左右に一本ずつぶら下げており、どこから見ても剣士にしか見えない。ミディアムの長さの髪は先に行くほど癖っ毛がはねており、ほんの少しだけ幼さの残った顔立ちよりも、左目にしている眼帯が存在を主張している。

 もう一人は複雑な文様で縁取られたローブを纏っており、これまた複雑な意匠の施された杖を持っている。こちらは魔道士然とした格好だ。どことなく剣士風の少女と似た顔つきをしており、ふわりと広がったセミロングの髪は触ったら溶けて消えてしまいそうだった。

 ティアもエルフは初めてなのか、珍しく緊張した面持ちで受け答えていた。

「何ですか、あなた達は?」

「これは失礼した。われの名はアイリ。こちらは妹のシルヴィ。実はわれ達は勇者を探しているのだ。知っているなら是非教えて欲しい」

 ティアの口角が少し上がった。二年以上見てきたリータだからこそ分かる、ティアが自分に都合の良いことを思い付いた時の癖だ。

「わたしはティアで、この子はリータ。知っていたとしたらあなた達はどうするの。まさか会いに行くの」

「もちろん会いに行く。やつには貸しがあるのだ」

 ティアが両手の指先を合わせて、にっこりと微笑む。

「それだったら、わたし達が勇者に会わせてあげるから、あなた達が護衛してくれる、なんてどうかしら。悪い話ではないと思うのよ」

「……本当に勇者の居場所を知っているのか?」

「知ってるなんてものじゃないわ。トゥルク情報局お墨付よ」

 そんなものがあるなんて初めて知った。もちろんアイリも疑問に思ったようだった。

「情報局だと? なぜお前がそんな事を知っている」

 リータも知りたかったけれど、王族だけが知る極秘情報だとしたら聞かない方が良いのだろう。

「もっともな疑問ね。それはわたしがトゥルクの王族だから。そしてこの腕輪が王族の証よ」

 アイリはじっと腕輪を見た後、腕を組んで何かを考えていたけれど、答えはシルヴィに丸投げする事だった。

「シルヴィ、見た事あるか」

「あるのですアイリ姉さん。トゥルクの王族に伝わる加護の意匠が施された腕輪だって自慢されたです。だからどうしたですと返したら泣きそうになっていたのです」

 その言葉にティアは驚いて聞いた。

「えっ、勇者と会った事があるの? 知り合いなの? もしかして友達?」

 もちろんリータも驚いていたので、アイリ達の答えに興味津々だ。

「勇者とは契約した仲だ。知り合いではあるが友人ではない」

「そうですね。雇用主だったと言った方が正しいのです」

 なんだか複雑な関係のようだった。

 もっと聞きたい気もするけれど、ティアはここぞとばかりに言いつのる。

「まあ、その辺りは追々聞くとして、わたし達も契約成立でいいの?」

 アイリは複雑な表情だ。あまり気乗りではないらしい。

「シルヴィ、どう思う。われはこの者どもが嘘を吐いていると思う」

「ですが、腕輪が王族の証だと知っているのは王族に近しい者だと勇者から聞きましたのです」

「腕輪が偽物という事はないか」

「可能性は否定できないのです。ですが、あの古めかしさで偽物を作るのはかなりの技術が要るのです」

「では、どうする」

「今は手掛かりのない状況なのですから、この子達の話が嘘にしろ本当にしろ、わたし達の勇者捜しに影響はないのです」

「では、いいのだな」

「問題ないのです」

 アイリの質問にシルヴィは整然と答えていく。アイリが矢面に立って、シルヴィが裏で思考する感じの姉妹のようだ。

「わかった。勇者を見付けるまでは護衛しよう」

「契約完了ね」

 ティアとアイリは握手を交わし合う。ティアは笑顔で、アイリは憮然とした表情で。

 成り行きを黙って聞いていたギルドの受付が慌てて話に割って入ってくる。

「ちょっと、ちょっと。あんた達ギルド員だよな。だったら依頼の契約はギルドを通してくれないと。直接は協定違反だ」

 机に手をついて体を乗り出してくる受付けに、ティアはゴミでも見るような視線を送る。

「がめついギルドね。依頼ったってまだしてないし、受付しようともしなかったじゃない。それに、お互いに納得してるんだから、別に良いじゃない」

「そういう問題じゃない。これはギルドの決まりなんだ」

 ティア姉と受付けの言い争いになるかと思った矢先、シルヴィが黒いプレートの付いた首飾りを胸元から引っ張り出した。

「はいギルド標なのです。わたしとアイリ姉さんは特別会員なのです。ギルドの規約に縛られていないから、直接契約も許されているのです」

 光沢もない真っ黒なプレートにはシルヴィの名前と、数字の羅列が彫り込まれていた。

 プレートはギルド員なら必ず持っている物で、序列によって様々な材質で作られているらしい。もちろんリータには区別が付かない。

「うっ、確かに特別標だな。しかし、だからといって……」

 受付は納得がいかないようだった。

 それにとどめを刺したのはアイリだった。

「ギルドとして認めないというなら構わない。今日を限りに脱退しよう」

「都合が良かったから入っていたのです。不都合になったら必要ないのです」

 ただでさえ人手不足のギルドで二人も抜けられるのは痛いらしく、受付は渋々承諾した。

「ううっ、わかったよ! 好きにしてくれ」

 受付はもう相手にしていられないといった態度を隠す事なく、奥の事務机に行ってしまった。もうお客だとも思っていないのだろう。態度は悪いけれど、ギルド員としては真面目なのだろう。なんだか悪い事をしてしまったような気がしたけれど、ティアが何とも思っていなさそうなので気にしない事にした。

 ティアはアイリに期待を込めて聞いてみる。

「ところで馬車とか持ってないかしら。旅をしてるのなら持ってるわよね」

 しかし、アイリの答えは期待外れなものだった。

「馬車ならしばらく前に馬が死んでしまった。このギルドには馬か馬車を買える依頼がないか寄ったのだ」

 こんな田舎で馬が買える程の仕事をこなすのは大変だし、なにより何ヶ月も掛ってしまうだろう。いっそのこと大きな町まで歩くか、乗合馬車があればそれを利用した方がいい。

「そんなぁ。取り敢えずヴィロラまで行かないとならないのに、歩きじゃきびしいよ」

「諦めますか、ティア姉」

「ううっ、それだけは駄目」

 ぼやくティアにリータは期待せずに言うと、答えはやはり同じだったけれど、テンションは下がっていた。

「行商の者に相乗りさせてもらえばいいのです。ここまでも乗せてもらえたのです」

 シルヴィはそう言うけれど、ギルドの話ではゴブリンが出て危険だとの事だ。それなのに行商の馬車が行き来しているとは思えないのでリータは聞いてみる。

「ゴブリンが出るというのに、ただの行商が行くとは思えませんが」

 速度が出せる乗合馬車や、積荷が軽くて速度が出せるならゴブリンを振り払えるかも知れないけれど、重い荷物を運ぶ行商人だったら無理だろう。そもそも最初から振り払うつもりなら、絶対に他人など乗せないと思うけれど。

 しかし、シルヴィは引き下がらない。

「でも、この町までは乗せてもらえましたです。ゴブリンは見ましたですが、みんな逃げていったのです」

 困っていると、奥の机に座っていた受付員から言葉が掛った。

「そりゃぁ、あんたらが強そうだからだ。冒険者の相乗りは歓迎されるから、アーケ商店までいってみな。もしかしたら乗せてもらえるかも知れないぜ」

 興味なさそうに書類を見ながらだったけれど、困っている人を助けるのを使命としているギルド員だけあって、ただの受付員でも困っているリータ達を見捨てる事は出来なかったようだ。

 お礼を言いながら出ていくリータ達に見向きもしないで仕事をするのだった。

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