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瞼を閉じてはいるけれど、その光は容赦なく瞳を突き刺した。
その痛みにも似た光の流入に耐えていると、神経が限界に達したのかプツリと暗くなる。漆黒と呼ぶのも生やさしい闇に覆われると何も感じられなくなり、意識が無くなっていった。
『おい、聞こえているか。聞こえているなら起きろ』
どのくらいの時間が経ったのだろう。無の世界に不機嫌そうな声が響いてきた。
返事をするのも億劫だったので、できれば無視したかった。
だから無視した。
『起きろと言っている。実は起きているのだろ、分かっているのだ。おい、俺様が起きろと言っているのだぞ』
誰だか知らないけれど、偉そうな言い方が気に入らなかった。
自然とこちらの口調もぞんざいになる。
『うるさいです。俺様とは誰でしょうか』
重い瞼をなんとか開けると、そこには不機嫌そうな顔をした青年が立っていた。
いや、立っているというよりも浮かんでいると言った方が正しいかも知れない。
なにせ地面も空も何もなく、ただただ真っ白な空間が広がっているだけなのだから。
『ようやく目覚めたか。まったく寝ぼすけな小娘だ。いいか、俺様はハメーンリンナの首相で名はミズキ。お前たちトゥルクの民には魔王と呼ばれている』
ここは笑う所だろうか。どうやら目の前で仁王立ちしている青年がどこかの首相で魔王様らしい。
もっとも、どこの首相で魔王様でもわたしには関係ないし、本当に魔王だったとしても知った事ではない。
実際に青年を観察してみても、黒を基調とした高価そうな装いではあるものの、別に魔王を思わせる様な特徴はない。
唯一あげるとしたら、人間なら有るはずの角が頭に無い事くらいだろうか。
『いいか、俺の話を聞いて理解しろ。今し方お前は半分死んだ』
『さっぱり理解できません』
魔王という存在は莫迦なのだろうか。いきなり半分死んだと言われて「はいそうですか」と理解できるはずがない。
『いいから黙って聞け。俺は勇者と戦っていたんだ。もう少しで勝てると思った時に油断をして、魂ごと体を吹っ飛ばされた。つまり勇者に負けたわけだ』
ミズキは不機嫌そうな顔で大きなため息を付く。
『体はあえなく消滅させられたが、魂だけは耐えぬいた。その飛ばされた先にお前がいたんだ。俺はお前の中に入るしかなかった」
苦々しそうな、不服そうな声色だった。よほど嫌だったのだろう。
『何しろ魂の次元まで還元されるのは初めての事だったし、俺の意識も入れる器を探すので精一杯だったんだ。俺が気づいた時には、記憶の大半は消し飛んでいた。知識の領域にも多少は及んだかもしれんが、まあ問題ない程度だろう。だから今のお前には知識はあっても過去は憶えていない。半分死んだも同前だ』
言われて最近の事を思い出そうとしても何も思い出せない。昨日の事はもちろん、目を覚ます以前の事はさっぱりだ。
それどころか知識が無事なのかも怪しい。なにせ自分の名前すら思い浮かばないのだから。
『仕方なくとはいえ、お前には悪い事をしたと思っている。だからお前が死ぬまでは体を預けておいてやる。俺が復活するのはそれからにしよう。その時まではお前の好きなように生きるがいい』
荒唐無稽な話を理解したわけではないけれど、今の状況がどうなっているのかは何となく分かった。
つまり魔王のミズキとやらが言うには、体の中に入りこんで記憶を奪っておきながら、哀れに思って死ぬまでは好きに生きろという。
わたしが死んだら体まで奪われてしまうのかと思うと怒りが込み上げてきた。
『勝手な事を言わないでください。わたしの体に勝手に入っておいて、それを預けておいてやるって。わたしが言うならまだ分かりますよ。いいから出ていってください』
少し眉をひそめながらミズキは答える。
『できるならやっている。できないから譲歩してやっているんだ』
何とも押し付けがましい譲歩もあったものだ。込み上げていた怒りがあふれ出すのを感じる。
『俺にできる事があれば力を貸してやる。それで納得しろとは言わないが、納得できなかろうが俺の知った事ではない。もはや決まった事だ』
言いたい事だけを一方的に言うと、突然ミズキの姿が消えた。
『あっ、勝手に消えないでください。まだ話は終わっていません!』
呼びかけてもミズキは姿を現さない。
最早わたしの意志や文句などは聞かないということなのだろう。
『この卑怯者ーーー!』
怒りにまかせて叫ぶけれど、その声は虚しく消えていった。