3-2
メイドに玄関を潜った奥の正面にある客間に通されると、楕円形に置かれたソファに座るよう促された。
あらゆる物が水晶で出来ているけれど、さすがにソファのクッションはふかふかだった。
こぢんまりとしてはいるものの、調度品には細かい細工が程こそれたものばかりで、これをあの少女が作り出した者だというなら、間違いなく水晶を操るエンシャント・ドラゴンに違いない。
まだこの場にいない少女以外のみんなが座ると、ヤスカが開口一番にリータに聞いてきた。
「おい、ミズキって魔王の名前じゃなかったかい。なんでお前がミズキみたいな話になってる」
「ティア姉……」
話しても良いのか分からなくて隣に座っているティアを見上げる。
ティアは少し考える様な間を作ると、ため息交じりに話し出した。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけれど、これから話す事は嘘じゃないし、騙すつもりもない。だから本当に落ち着いてリータの話を聞いて」
その時、客間の扉が開いてメイドの少女達がお茶を運んできた。
そして最後に入ってきたのはこの屋敷の主であるクリスタルを操るエンシェント・ドラゴンのエーヴァ=カーリナだ。
給仕が終わり、メイドが全て退出すると、話を聞いていたのだろうエーヴァ=カーリナが話の続きを促してきた。
「その話、わっちも聞いてみたい。そうそう、挨拶が遅れたな。わっちはエーヴァ=カーリナ。エカと呼ぶが良いぞ」
エカは知り合いに話しかけるような気軽さで話しかけてくる。
それに負けない気軽さでティアは自分たちを紹介していく。
「わたしはティア。妹のリータに、護衛のアイリとシルヴィよ。ヤスカは知り合いなんだっけ?」
「ヤスカには弱い剣士ばかり連れてこられて参っていたが、今日のアイリと申す者は良かった。魔法を使ってこなければ、なかなかの勝負となっていたのに残念だった」
エカは楽しそうに話しているが、生死の話をしている自覚はなさそうだった。
痺れを切らせたヤスカが話を元に戻す。
「そんな事よりミズキの話だ。どうしてお前がミズキと呼ばれてやがる」
リータは緊張のあまり下を向いてしまっていたが、全ての視線がリータに向かっているのが分かる。
「……あの、憶えてる所からなんですけれど、リータは首都崩壊に巻き込まれたらしいです。その時にリータの体の中にミズキの魂が入ってきたらしいです」
「らしいって、曖昧なんだな」
ヤスカが呆れたように言う。
「リータにはティア姉に助けられる前の記憶がありません。だからリータが何者なのか、ミズキが何者なのか、全くわかりません。ただ、ミズキが嘘をついていない事は何故か分かります」
「ミズキとは魔王ミズキの事で良いんだな」
アイリが聞くと、心の中でミズキが不快感を抱いた事が分かった。
「ミズキは魔王と呼ばれる事を嫌がっていますが、その魔王で良いそうです」
エカがみんなが聞きたくても聞きづらいことを聞いてくる。
「どうしてミズキが主人格になっていないのだ。わっちならリータとやらの人格を消して乗っ取ってしまうが」
リータとしては一番聞いて欲しいことだったので、素直に話すことが出来た。
「ミズキは約束してくれました。リータが死ぬまで自分からは表には出てこないと。先ほど出てきたのはリータがアイリを助けてと頼んだからです」
「頼めば出てくるのか。では、今頼んで出てこさせよ」
エカの上からの要求にミズキの機嫌が悪くなったことが伝わってくる。
「リータの精神を侵す危険があるから出れないそうです」
「ちょっと、その話聞いてない。リータに危険があるなら絶対に出てきちゃ駄目だからね」
ティアが怒って言う。リータ自信が初耳だし、本当か嘘かもわからないので、怒られても困ってしまう。
「そんなことはどうでもいいんだ。ここに魔王がいるんだぞ。街をめちゃくちゃにしやがった奴がここに」
憤慨しながらヤスカが言うと、ティアがまだ不機嫌そうに返す。
「だからなに。リータが悪いとでも言うの」
「お前は知ってたみたいだな。知っててどうして野放しにしてるんだ」
「なによ、牢屋に閉じ込めておけとでも言いたいの」
「当たり前だろ。相手は魔王だぞ。自分が死ぬまで出てこないって言ったからなんだ。信じられるか、そんなの」
「実際出てきてないわよ。あっ、さっきのはリータがお願いしたそうだから別ね」
「違うだろ、魔王がそこにいるってのが問題なんだろ」
ティアとヤスカの言い争いが続く。しかし、そこに意外な援軍が現れた。
静かに話を聞いていたアイリとシルヴィだった。
「落ち着けヤスカ。魔王といっても、今はただの少女だ」
「そうです。リータの中にはミズキがいるけれど、今はミズキではないです」
「だがいつ魔王になるか、分からないだろ」
この二年間、ミズキがリータの呼びかけ以外に意識を表せたことはない。だからリータはミズキの言葉を信用することにしているし、信用するしかない。
「そこはどうなんだリータ」
「どうなのです」
アイリとシルヴィの問いかけに、ミズキへの信頼を持って答える。
「ミズキはリータに負い目を感じています。だから自分は表に出ないと言ってくれました。現に今まではリータが意識しないかぎり現れませんでした。そして、これは自分でも不思議なのですが、ミズキは約束を決して破らないと信じられます」
リータの信用のない言葉に、エカが助け船を出してくれた。
「うむ、ミズキは一度した約束は絶対に守っていたな。そして出来ない約束はしない男だった」
みんなが納得しかけているけれど、どうしても納得のいかないのはヤスカだ。
「お前たちは自分の街が、家族が、知り合いが被害に遭っていないから、わからないんだろうけどな。俺は……俺は……くそっ」
魔王の魂がそこにいるのに、その姿と今の中身はあくまでリータでしかない。
ミズキに罵詈雑言をぶつけたくても、それではリータを怒鳴る事になってしまう。
ヤスカは複雑な思いを飲み込み、黙り込むしかないのだろう。
「しかし、あのミズキが魔王と呼ばれ、今は子供の裏人格とは。一旦落ちると、とことん落ちるものだな」
エカの物言いにティア姉が文句を言う。
「リータはリータですので。ミズキに入られて一番迷惑してるのはリータなの。今後は魔王ともミズキとも呼ばないで」
怒るかと思ったけれど、エカは意外にもすんなりと受け入れた。
「ああ、分かったよ。馴染みに出会えて昔語りでもと思ったのだが、そうもいかないらしい。今はお前たちと話すとしよう」
さすがはエンシェント・ドラゴン。懐が広いとしか言い様がない。
「お前たちはここが危険な場所だと知っていたのにやって来た。まあ、ヤスカに騙されたのだろうが、何かしらの理由があるはずだ。わっちはその理由が知りたい」
「一日も早くオウルに行って、勇者をひっ捕まえるためよ」
エカの問いかけにティア姉の答えは身も蓋もない。
「わたし達は勇者に借金の取り立てなのです」
シルヴィの答えも身も蓋もなかった。
「勇者の奴、人気者だな。わっちも剣術勝負をしたいと思い、ヤスカや豪商の通行を制限したのだが、誰も勇者を連れてこれんかった。見付けたら、ついでにここに来るように言っといておくれ」
「自分から行けば良いじゃない。勇者なんてボコッちゃえばいいのよ」
「わっちは自分が強いと思って吹っ掛けてくるのをボコボコにするのが好きなのじゃ。自分から行くなんて面倒だ」
けしかけるティアもだが、相手のプライドをへし折るのが好きと言うエカにも困ったものだ。
商人の顔に戻ったヤスカがエカに問う。
「俺は強い剣士を連れてきたぞ。約束は守ってくれるんだろうな」
「約束?」
ヤスカの言葉にエカ以外は疑問に思った。
「負けたわけではないが、まあ、良かろう。この城の通行を許そうぞ」
ヤスカが山路を強く推した理由がわかった。強い剣士と戦いたがっていたエカに、強い剣士を連れてくれば城を通れるようにしてくれると約束していたからだ。
「呆れた。そんな約束してたから山越えをさせたがったのね」
「勇者が認めた剣士がいるんだ。当然だろ」
呆れるティアに、ヤスカは悪びれた態度も見せずに堂々としている。果たして、ミズキとどちらが信用できるかと言われたらヤスカと答える気にはならないだろう。
「なんか納得できないけど、通行できるようになったんだから、約束は守ってもらえるんでしょうね。そうね、オウルまでじゃ割に合わないから、勇者を捕まえるまでの旅費を出してくれる約束にしてね」
確かに、リータの我欲とはいえ、そのおかげでアイリは助かったのだ。アイリの命を天秤にかけたとあっては、そのくらい要求してもまだ釣り合わないだろう。
「むっ、まあ良いだろう。俺も勇者から金を取り立てないとならないからな」
「遙か昔から借金の取り立てとは大変なものだぞ」
エカはまるで取り立て経験者のように語ると、続けざまに重要なことを言う。
「おお、そうじゃ。今はオウルには行かん方が良いぞ。北方連合がヒュヴィンカーを攻めておった」
「ヒュヴィンカーって、どこ?」
ティアが聞くと、エカは詳細を語る。
「ヴァンター最北の城塞都市でな、国境を守護しておる最も重要な都市じゃ。先日攻められているところを見かけたのだが、今までとは勢いが違っておった。あれは日を置かずして落ちたかもしれん。そうなればオウルまでの砦も容易く落ちるじゃろう」
「王都まで攻められるっていうの。大変じゃない!」
「そう大変なのじゃ。行くのはオウルの無事が確認できてからの方がよいぞ」
「それじゃ駄目なのよ。攻められる前に着いて、勇者を引っ張ってこないと。よそ様の戦争に係わってもらったら困るの」
「なんじゃ、そこまで勇者が大事か。だったら今夜は我が家に泊まり、朝一で出発するが良かろう。何か困りごとが起きたらわっちを呼ぶが良い。ミズキに言えばわっちと連絡が取れるはずだ」
「エカを呼ぶような事はない方がいいですね」
リータが本心から言っていると、どこからともなく澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
「お館様。御夕食の用意が調いました。皆様を食堂までご案内差し上げたく存じますが、よろしいでしょうか」
メイドの一人がエカに聞くと、エカは立ち上がりながら皆を促した。
「さあ、食事をしながら語らおうではないか。盛大にとはいかんが、今夜は楽しくすごそうぞ」
この三日は焚火を囲んでのごろ寝だったので、こんな豪華な屋敷に泊まれるのは正直にありがたかった。




