第1章「奇妙な夢」2
目が覚めた。今日は土曜日。時刻は7時、外はもう明るい。健はスマホを手にとって(もう習慣になってしまっている)ベッドから起き上がり、朝食を食べにリビングへ向かった。
「おはよう......」
健は目を疑った。
健の父と母が、血を流して倒れていたのだ。
「え......?」
健は2人のもとに駆け寄った。
「うわぁっ!」
二人の顔には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。誰かに殺されたのは明らかだ。健は救急車と警察を呼ぼうと、スマホから通報しようとしたが、
「え......なんで?」
画面には、「圏外」と表示されていた。そんなはずはない。電波は繋がっているはずだ、と一応110番にかけてみたが、やはり繋がらなかった。
これは直接警察に行って話すしかない、と健は外に出た。青い空には、真っ黒な入道雲が浮いていた。その光景に、健は不気味さを覚えた。
まるでこの世とは思えないような......。いや、それよりも早く警察に行かないと。
しばらくして、警察署がある繁華街に着いた。ここで健は違和感を覚えた。
ここはいつも1日中車や人がいっぱい通っているのに、今日は車も人も一つも通っていないのである。不気味な空といい、誰もいない繁華街といい、まるで異世界へ入り込んでしまったようだった。健は不思議に思いながらも、警察署へと向かった。明かりはついていた。健は警察署の中に入った。しかし、明かりはついているのに、誰の姿も見当たらない。一通り署内を見てまわったが、やはり誰もいない。「まさか俺、ほんとに異世界に召喚されたんじゃないか......?」
本気でそう思い始めていた。
健は仕方なく、警察署を出た。と、その時、ふと思った。「まさか達也もいなくなってるんじゃ......」
そう思った途端、健は達也の家へ走った。嫌な予感しかしない。
しばらくして、達也の家に着いた。健はインターホンを鳴らした。しかし、誰も出てこない。もう一度インターホンを鳴らした。誰も出てこない。健は唾を飲み込んで、ドアノブを回した。開いた。健は達也の部屋へ向かった。 そこには......血を流して倒れている達也の姿があった。健はゆっくりと達也に近づき、膝をついた。
「達也......」達也はもう、死んでいた。そして達也も健の両親と同じく、顔に大きな穴が開けられていた。健はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩いて達也の家をあとにした。両親と達也の死。精神的に深刻なダメージを受けた健はその後、途方もなくさまよっていると、いつのまにか知らない田舎町へとやってきていた。周りには田んぼが広がっている。虚ろな目でふらふらと歩いていると、「大丈夫かい?」
背後から老婆の声が聞こえた。健が振り返ると、そこには目玉がくり抜かれ、口が耳元まで裂けている5人の老婆が立っていて、健に向かって襲いかかって来た。
「うわあああああああ!」
健は絶叫を上げ、一目散に逃げた。
森の中に入り、下を向いてひたすら逃げて逃げて逃げまくっていると、何かにぶつかって、しりもちをついた。「ごめんなさい、大丈夫ですか?」女の声がした。また先程のような化け物じゃないのか。怖くて顔を上げないでいると、
「あのー......」女が顔を覗いてきた。その女は、白のカーディガンに白のスカートを着た水色の髪の美少女だった。健はその美貌に見とれてしまった。「一目惚れ」というやつだ。「大丈夫ですか?」少女は健の手を取って、立ち上がらせた。
「......大丈夫じゃねぇよ」
「ごめんなさい、私がよそ見していたばっかりに......」
「違う」
健は少女の目を見て言った。
「俺の親と友達が死んだ......通報しようと思ったけど携帯が繋がらなかった。だから直接警察署に行ったけど、誰もいないんだよ。それだけじゃない。街から誰もいなくなってるんだ。さっきばあさんみたいなのに話しかけられたけど、そいつは目ん玉がくり抜かれて口が耳のとこまで裂けてるバケモンで、しかも俺に向かって襲ってきやがった......。まさか、アンタもバケモンじゃないよな.......?」
少女は首を横に振って、否定した。
「違うよ。私は化け物なんかじゃない」
「あ、あぁ......ごめん」
「私はナツ・レニングラード。ちゃんとした人間よ。安心して」
「ああ......俺は大東 健。こんなときに言うのもなんだけど、珍しいな、水色に染めた髪って」
ナツは髪を触りながら言った。
「これ地毛だよ」
「地毛?もっと珍しいな」
ナツは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「え?別に珍しくないよ?」
「え?」
「この国では珍しくない髪色よ」
「この国でって......この日本で?」
「ニホン?そんな国ないわよ?」
わけがわからない。どうなってるんだ。
「じゃあ......ここはどこなんだ?」
「ここはメンデルスっていう国のフランっていうとこ。あなたはどこから来たの?」
わかった。やはりここは異世界だ。なぜかは分からないが、自分は異世界に召喚され、勝手に両親と達也を殺され、そしてナツという美少女と喋っている。
「健くん?」
「あ、あぁ」
にわかには信じがたいが、今はこの「現実」を受け入れるしかなさそうだ。そして......。
「とにかく、父さんと母さんと達也を殺した奴を探さないと......。じゃあな、ナツ」
健が歩き出そうとすると、ナツが引き止めた。
「ちょっと待って。さっき、目玉がくり抜かれてて、口が耳まで裂けてる化け物に襲われたって言ってたよね?」
「あぁ」
ナツは手のひらを頬に当てて言った。
「そいつら、「ソクロス族」よ」
「ソクロス族......?」
ナツはうなずいて、腕を組んだ。
「そう。「ソクロス・センチネンティ」が率いる悪質な集団よ」
「ソクロス?誰だよそれ?」
ナツは目を閉じて、ゆっくりと話し始めた。
「正体不明の無差別殺人鬼。これまでに数千人の人間がソクロスに殺されてる。手口も酷いものよ。まずさっき話したソクロス族を仕向けて、魔法を使って相手を殺すの。殺し方も酷くて、決まって顔に穴を開けて殺すらしいわ。そしてその被害者は肉の塊にされてソクロスに食べられるらしいの。さらに、ソクロス本人が人を殺すことも多々あるそうよ」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「警察に捕まったソクロス族の一人がそう自供したの。そいつは後に謎の死を遂げたけどね。噂ではソクロスが制裁を加えるために魔法を使って殺したといわれているわ」
「なんだよそれ......こえーな......」
「えぇ。あなたは特に危険よ」
「なんで?」
「ソクロスは一度狙った人間は絶対に逃がさないことで有名なの。だからあなたはまたどこかでソクロス族かソクロスに襲われる可能性が高い」
その言葉で健は怖くなり、一歩下がった。
「なんで......よりによって俺と父さんと母さんと達也が......」
ナツはうーん、と唸った後、
「多分、単に無差別に襲っているだけでしょう。特に理由はないと思うわ」
「んだよそれ。ふざけんじゃねぇよ......」
健は無性に腹が立ってきた。しかし同時に、怖くもあった。
と、ここで健は何かが引っかかった。
「なぁ、今殺すときは顔に穴開けて殺すって言ったよな?」
「うん」
「俺の親と友達も……顔に穴開けられて死んでた」
ナツは口に手を当てた。
「えっ!そうなの!?」
健は拳を思い切り握った。
「そうか……みんな、ソクロスに殺されたんだ……許せねぇ!ぶっ殺してやる!」
そう言って走り出そうとする健を、ナツは慌てて引き止めた。
「落ち着いて。あなただけじゃどうすることもできないわよ」
「でも……!」
「まぁ、なんにせよこのままじゃ危ないわ。ついてきて」
「え?」
ナツは親指を森の奥に向けて言った。
「私の友達のとこまで連れてってあげる」
「え、ちょ......」
「いいから早く!」
ナツは健の手を握って走り出した。「おい、ちょっと待てよ......」
ナツは振り向いて、少し怒ったような表情を浮かべて言った。
「このままじゃ、あなた本当に殺されるよ?とにかく、今は私を信用して。お願い」
「......」
健はしぶしぶうなずいた。
二人は森を走って抜けた。そして、目の前に広がった光景に健は驚愕した。
「なんだ......ここは」
目の前には、見知らぬ街が広がっていた。
「さっき言ったでしょ。フランよ」
西洋風の建物が並ぶ、全体的にメルヘンチックな街だった。
「なんかかわいらしいっていうか、おしゃれな街だな」
ナツは笑みを浮かべて言った。
「そうでしょ?私この街が大好きなんだ。おしゃれだし、人柄もいいし」
健は嬉しそうに語るナツをうっとりと眺めた。
(普段の顔も可愛いけど、笑顔はもっと可愛いな......)
「どうしたの?」
健は我にかえり、慌てて首を横に振った。
「い、いや、なんでもないよ」
「そう......じゃあ行きましょ。ついてきて」
「あぁ......」
するとその時、目の前が白い光に包まれ始めた。
「なんだ?」
光はどんどん大きくなってきて、ついには視界全体が真っ白に覆いつくされた。