~第1章~ 3・満月
あれから約20分。センラ・キルバスは真実を受け止めきれずにいた。
―――「姉さんは、さらわれた」―――
泣きながら、拳を強く握りながら、妹のシルク・キルバスはそう言った。
あの、「この城」……いや、「この国」で最強の剣士の一角である、姉が。
さらわれた姉とは、彼らの姉の「サクラ・キルバス」である。
つい先程……つまり戦の時、あの暗黒軍の頭領――コクガ・ゾドムと剣を交え、一時間の戦闘の末、さらわれていったのだ。
目撃した人によると、サクラはコクガに剣で刺され、それからほどなくして倒れた彼女は暗黒軍とともに運ばれていったのだという。
しかも、そんな中誰も動かなかったのだと。
頭に血が上るのを感じる。
――俺は無力だ――
もっとあの蜘蛛たちを早く倒せていれば。
もっと早く気付けていれば。
もっと……俺が強ければ。
怒り、悲しみ、そして……疑い。
様々な感情と現実が重なり、ただ黙ることしか出来なかった。
戦闘が終わったのち、城の人々は城の修理に入った。
そして、亡くなった者達を広場の中央付近で火葬し始めた。
そんな中、一人最上位剣士たちに向けて説教をする者……ゾト戦士長がいた。
「なぜ動かなかった! なぜ助けなかった! この城で有一の戦力を! 隊長の彼女を! 」
そんなゾト戦士長を見て、センラはあんなに姉さんのことを気に掛け、思ってくれる人がいる、という真実に心が癒された。
「うぅっ……ひっぐ……っ……! 」
ふと横を見ても、シルクが顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
こんなにも多くの人が自分の姉がさらわれたことに悲しみ、泣いてくれる。
そんな戦士達に優しさを感じ、それと同時に自分の愚かさを悟った。
――「絶対にこれ以上家族を減らさない! もしもの時は俺が守る! 」――
かつて誓ったセンラの信念が砕けた瞬間だった。
下唇を噛み、そしてもう一度。
ひそかに誓いを立てるセンラだった。
広場には、数々の傷を負った戦士たちで埋まっていた。
中には友を失い嘆き苦しんでいる者や、包帯で体中を巻いているものもいる。
そんな中、自分は幸いにも傷はほとんどない。
助かったのならば今自分に出来ることを。全力でやろう。
――ふと思うと涙は止まり、ただ空を見ていた。
きれいな夕焼けだった。
夜。広場の中央では、死んだ者達を火葬し終わり、一人ずつ祈りをささげた後、しばしの休息となった。
「死んだ城兵達に。そして生きている者達に、乾杯」
ゾト戦士長が重々しく音頭を取るとそれに合わせて「乾杯」と言う声が上がった。
せっかく酒を飲むのに、あまりに空気が重々しくて進まない……そんな感じの声だった。
焚火のまわりには豪華な料理が並んでいた。
そして酒。これはこの国で生まれた果汁酒である。
この国では15歳未満は酒が飲めないようになっている。
なので、センラやシルクは酒に飲み慣れていなかった。
だが、この酒は非常に飲みやすく、さっぱりした味わいであり、二人のように酒にのみ慣れていない人でもそうでない人でも合う一品だった。
二人は酒を飲み、そして一息。
普通なら果実の香りが鼻や口の中に広がり、まろやかで上品な味わいなのだが、今は少し違った。
分からないのだ。香りも味も、何もかも。
――姉さん……俺……――
その先、センラは何を呟いたか分からなかった。
「どうした、少年よ。そんなに悲しい顔をして」
声を掛けられたのでふと横を見ると、サクラ……ではなくゾト戦士長がいた。
センラの横にゆっくり座る。
「お前さんの姉さんは立派だったよ。……この国の兵士になって3年で、あそこまで成り上がるなんて……」
淡々と流れる言葉。どうやら同情してくれているようだ。
「最初のうちは『女に剣が振れるか! 』とバカにされていたが、たったの一年でその男は彼女に負けた。そしてそこから次々と成り上がって現在に至ったわけだが……」
そういってゾト戦士長は酒を飲み干す。そして一息。
「……だがあの男が強かったのは確かだ。お前さんの姉さんでさえも負けてしまったところから分かると思う」
「……はい」
センラは頷く。確かにセンラ達の姉――サクラは国の中でも剣の腕前はトップクラスだ。
そんな姉でさえ負けてしまうのだから当然、というよりは必然的にコクガが強かったことが分かる。
「……そういえば」
そういってゾト戦士長はポケットに手を入れ、何かを取りだし、センラ達に差し出した。
そこには、紙きれが一枚と何かが入った袋があった。
「……? これは? 」
「まあ、見てみろ」
ゾトに促され、その紙と袋の中のものを取りだす。
その紙は一本の紐で結ばれていた。
そこにあったのは。
あのコクガからと思われる手紙、そして緑色の水晶のネックレスであり。
そのネックレスは、姉・サクラのものだった。
「「これは……!? 」」
「丁度広場の修復に立ち会っていた時、広場の中央で見つけたのだ。……だが、剣などで切れた跡はなく、高いところから落ちたような傷も無かった」
ゾト戦士長はそう語った。
「……何が言いたいのです? 」
「…………そっちの手紙を見ればわかる、と思う」
「ふむ。察しの良い娘だな。……まあ、読んでみろ」
シルクの発言に感心しつつ、ゾト戦士長は真剣にそう言った。
「……分かりました」
そう言って次に、センラはおそるおそる手紙を結ぶ紐を解いた。
……手紙の内容を要約するとこんな感じである。
サクラはコクガがさらった。
もしも姉が惜しければ、暗黒の王国までたどり着いてみろ、と。
たったそれだけの内容だった。
「……それを読んで何が分かった? 」
「「……? 」」
――正直、まったく分からない。コクガは単に俺達にチャンスをくれたのだ、ということしか掴めなかった。
「ふむ……まあ確かにこれも私の推測のものだからな……合っているかは分からないがこれはおそらく……」
「おそらく? 」
「…………警告だ」
「え? 」
「お前達の姉は、来てはいけないと思って、その水晶をおいて行った……だから水晶には傷も付いていなかった。そう考えれば納得出来ると思うが……」
「……確かに。私もそう思います」
ゾト戦士長の意見に納得したようにシルクが頷く。
「う~ん……」
「……? 兄さん、どうかした? 」
「いや、本当にコクガは俺を期待しているのか……っていうかなぜこんな手紙をよこすのか……。今考えると一応俺は姉さんにあとは頼んだって言われた身だしな……」
「つまり……? 」
「つまり、コクガは俺を国から何かしらの目的で追い出したい……そんな感じがするんだよな……」
「え、でもそれだったら姉さんをさらう必要が無くない? 」
「そこなんだよな……」
そう。もしこの国からセンラ達を追い出したいなら何かしらの噂を流したり、間接的に事件を起こしたりすれば良い話。それなのにわざわざサクラをさらった上でセンラを国から出す、という面倒くさい手段を用いているのだ。これがセンラの悩んでいる点だった。
「………………………上等だ」
「え? 」
センラの口元に笑みが浮かんだ。
「たとえ姉さんに警告されていたとしても、モンスターに襲われようとも……! 俺は姉さんを助け出してやる……! 」
たとえその道がどんなに苛酷でも。
たとえ自分が弱くても。
たとえ……自分が死のうとも。
それでも絶対に、何があろうとも助けてやる。
なぜなら、自分で決めたことだから。
そんな思いのこもった言葉を聞いて、ゾト戦士長はほほ笑んだ。
「……それなら、準備が出来たら明日、またここへ来なさい。そこで、旅の準備を手伝おう」
そう言い残して、ゾト戦士長は歩いて行った。
そんな彼の後姿を見て、センラはこう思った。
……多くの人が、姉さんの帰りを待ち望んでいる。
だから、絶対。
姉さんに誓って。
シルクに誓って。
この国に、空に、太陽に誓って。
俺が必ず助け出してやる、と。
そんな決意を胸に、空を見上げた。
そこには、ただポツリと1つ。
黄金に輝く満月が浮いていた。