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ハーレムを作りましょう!

カフェでなにがあったのかのお話です

アリスちゃんみたいな女の子、どこかにいないだろうか


あらたにブックマーク登録してくれた方、評価してくださった方、本当に本当にありがとうございます!

ぐんぐんモチベーション上がっております

これからもよろしくお願いいたします!

 春の風が陽だまりの匂いを、絶えずテラス席に運んでくれる。

 今、俺はとあるカフェの席に座っている。

 丸い木製のテーブルを挟んで、目の前には真っ白なワンピースに身を包んだ美少女が、ちょこんと腰かけている。

 ジュースを飲みながら、ときたまケーキを口に運ぶ。ベリーソースのかかったレアチーズケーキだ。

 

 そこにいるのは美少女だ。それは間違いない。


 背中まで伸びた少しだけ青みがかった黒髪は、手で触らなくてもサラサラなのがよくわかるほど光沢を放つ。

 大きく美しい目に、長く揃ったまつ毛。

 宝石のような濃紺の瞳を見つめていると、どこかに吸い込まれてしまいそうな気分になる。

 鼻もすっと芯が通っており、プルンとしたくちびるは触らなくてもとにかく柔らかいことだけはわかる。

 それぞれ一つずつでも芸術的なパーツが、完璧と言える配置で並んでいる。


 今まで生きてきて、テレビや雑誌なども全部含めて見てきた中でダントツで一番の美しい顔。

 もちろんここまでの評価は、俺にとってという注釈はつく。

 でも誰が見ても、少なくとも可愛いと思うだろう容姿はしていた。


 まさに、アリス。彼女にピッタリのハンドルネームだと思った。

 

 初恋の相手とネットで知り合って、ネット上のやり取りだけで心を交わし合って両想いになる。

 その相手と勇気を出して直接会ってみたら、なんと絶世の美少女だった。

 こんな最高峰の奇跡、ドラマでだって見たことない。


 ……ここまではいい。ここまでは。完璧すぎるシナリオだ。……でも。


 もう、何度見直しただろうか。

 何回見ても、目の前で恥ずかしそうにジュースをストローですすっている美少女の姿は子供だった。

 

 どう考えても小学生と思われる女の子だったのだ。


 俺は後ろを振り向いて彼女の姿を認識した時、理解が追い付かなくてただただ茫然としてしまった。

 そんな俺の右手を可愛い小さな両手で包んで、このテーブルまで連れてきてくれた。さっきまで、この美少女が一人で座っていた席だ。


 こうやって向かい合って座って、何分が過ぎただろうか?

 そのかん、二人ともたまに視線が合っては逸らすということを繰り返すだけで、まったく会話をしていなかった。

 

 正直、俺は何から話していいのかわからなかった。

 『本当にアリスなの?』とか、『なんで小学生?』などたくさん質問が頭に浮かんでは、口から出ることなく消え去ってていく。

 心の整理ができず、うまく文章が組み立てられないのだ。


 突如アリスがその可愛らしい手に持っていた、透明のプラスチック製のコップをテーブルに置く。

 どうやら全部飲み終えたらしい。そしてそれをきっかけと決めていたのか、アリスがゆっくり言葉を紡ぎ出した。少し緊張してるようにも見えた。


「ススズ。あなたに本当のわたしのことを見つめてもらえるのは、これまで経験したことのないくらい嬉しいですけど、いつまで口を開かずにそうしてるつもりですか?」

「い、いや、その、……ごめん」

「ススズがわたしのことを見て、困惑する気持ちはなんとなくわかっています。わたしもきっとあなたは、わたしのことを小学生とは気づいてないだろうなと思ってましたから」

「ねえ。君は本当にアリスなんだよね?」

「はい。わたしは、あなただけのアリスですよ」

「っ!?」


 アリスは可憐な笑顔を向けてくる。人生でこれほど心を掴まれる光景を、目にしたことはない。

 俺はその美しすぎる表情に、思わず息を飲む。胸がぎゅっと苦しくなる。

 一瞬、目の前の美少女が子供であることを忘れさせられた。 


「どうかしましたか?」

「え、えっと、か、可愛いなって」

「ふふっ。嬉しいです。少なくとも、ススズの嫌いな顔ではなかったってことですね!」


 俺は顔から火が出るかと思った。きっと今俺の顔は、耳の端までゆでだこのようになっているはずだ。

 ネット上で話すのと、リアルで顔を向かい合わせて話すのはこうも違うものなのか。

 心のスタミナの消耗が、とにかく激しい。


「じゃあススズもやっと話してくれたところで、わたしから自己紹介しますね。わたしの名前は工藤くどうアリス。小学五年生。十歳です」

「え!? アリスって本名だったの!?」

「はい。バリバリ本名です。しかも本名もカタカナですよ」


 驚いた。

 ネット上でのハンドルネームは、本名を使わない人が大多数を占める。

 欲望のなすがままに、いろんなことを書き殴ってる人ばかりなのだ。

 ちょっとしたきっかけで会社の同僚とか学校の同級生とかに、そのネットの人物だと特定されたら大袈裟じゃなく人生破滅する人が大勢いるだろう。俺もその一人だ。


 達也や彩音も俺がアニメを見ることくらいは知っているが、ハーレムアニメ大好きなことまでは知らないはずだ。ネットで『ハーレム最高!!』とか『〇〇ちゃん可愛い。はぁはぁ』なんて書き込んでるとは、つゆにも思っていないだろう。


 そんな中で本名を晒すというのは、結構リスキーなのだ。

 まあ実際やってみたら同じ名前なんて溢れてるし、あんがいばれないのかもしれない。

 俺も『剣護』はちょと珍しい気もするが、ひらがなで『けんご』なら特段いないということもない。『健吾けんご』や『賢吾けんご』みたいな漢字の人は、そこそこいる気がする。

 それでもやっぱり本名を使うというのは、なかなかにハードルが高いのだ。


 まあ『アリス』なら世の中の創作物で数えきれないくらい使われてきただろう名前だし、逆にそれが本名だなんて疑われないのかもしれない。


「やっぱり、本名だと驚きますか?」

「正直ね。あんなに『ツブヤイッター』で欲望むき出しなのに、本人ばれ怖くないのかなって」

「最初はちょっと怖かったです。でも今のところは、まったくの平穏無事です。それにアリスの名前は、わたしの誇りですから! これだけは変えたくなかったんです」


 刹那、本当に一瞬も一瞬、かすかにアリスが寂しそうな表情になった気がした。でもまばたきをすると、さっきまでの可愛らしい微笑みをふりまいている。

 俺の目の錯覚だったんだろうか。


「で、でもなんとなく、変えたくないって気持ちはわかるかも。だってアリスのことを初めて見たとき、こんなにアリスって名前が似合う女の子いるんだって思ったもん。ピッタリだなって」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。本当!」

「とっても嬉しいです」


 その時、はにかんで喜ぶアリスが見せた笑顔が初めて小学生らしく見えた。

 それまでは『体は子供! 心は大人!』というとある漫画を思い起こさせるほど、大人びた表情の連続だったのだ。でもその子供らしい無邪気さを感じる顔を見たことで、ようやくアリスという存在がストンと腑に落ちた気がした。


 やっと、自分の気持ちを再確認できた。

 やっぱり、俺はアリスのことが大好きだ。

 相手が小学生だろうと大好きなんだ。

 ロリコン上等じゃねえか!

 誰にも渡さない。絶対に離れたくない。ずっと一緒にいたい。


「じゃあ、今度はススズの番ですよ?」

「えっ!? あっ、そっか」


 自分が法律や世間体的にアウトかもしれない決意を固めたころ、アリスが小首をかしげて見つめてくる。

 その促すような瞳を見て、初めて自分がまだ本名すら名乗ってないことに気づく。

 ここまでを振り返ってみると、俺はずっと進行を小学生のアリスに任せてしまっていた。

 まあこんな感じが、いつものアリスとススズであることは間違いないんだけど。それはあくまでアリスを年上と思っていたからであって、俺がだいぶ上だとわかった今このままでいいとも思えない。

 

 べつに、この空気感は大好きだ。小学生に主導権を握られるのはプライドが許さないとか、そんなことはまったくない。ただ、とても心配なのだ。

 アリスに情けないと失望されてしまうのが。


 もっと頑張らなければ。心の中で自分を鼓舞する。


「俺の名前は、相馬剣護。相馬は普通で、剣護は武器の剣に護衛するの護。学年はアリスも知ってると思うけど、高校二年。……で、ほかになに言おうかって思ったんだけど、ぶっちゃけ名前以外はススズの時のままというか。あんまり、あらためて言うこともないかも」

「ふふっ。剣護さん――と呼んでもいいですか?」

「も、もちろん!」

「ではあらためて、剣護さんはススズの時と言葉遣いとかも全然変わりませんしね」

「じゃ、じゃあ、アリスも俺の容姿見て……」


 緊張で声が震えているのが自分でもわかる。

 ぐっと喉に力を入れて、無理やり続きの言葉を押し出す。


「……その、嫌いになるなんてことは……?」

「あるわけないじゃないですか。むしろ剣護さんのこと、ますます大好きになりました。本当にわたしの予想してた通りの人でしたから。それが嬉しいんです」

「そ、そっか。よかったー」


 極度の緊張から解き放たれ、「はああああ」と壮大なため息が漏れる。

 それまでのやり取りと雰囲気で、なんとなく大丈夫じゃないかと思ってはいたが、やはり言葉で明言してもらうまでは怖い。

 とりあえず『出会って数分で失恋』という、どっかのアダルトビデオのパロディみたいな結末は回避できたようだ。

 ネットで長い時間かけて両想いになったのに、会ってみたら容姿で速攻ふられる。

 もしも俺が体験したら、一生立ち直れない自信がある。

 

「そういえば、アリスの言葉遣いはネットと全然違うね」

「やはりカモフラージュしたくて、意識的に変えてます。でも最近は、つい学校とかでネットの時の感じで話してしまいそうになって、慌てて言い直したりとか大変です」

「あはは。それは危険だ」


 少しずつ、少しずつだけど、いつものネットでのアリスとススズの感じに近づいている気がする。

 まだぎこちないけれど、互いに手探りだけれど、きっと今日別れるころには……。


 そんなことをぼんやり考えていると、「それでは」とアリスが会話を仕切り直す。


「自己紹介も終わりましたし、そろそろハーレム構築について話しましょう?」

「……ハーレム」


 とても小学生とは思えない妖艶な微笑み。

 俺の背中がゾクリと震える。

 さっきまで勝手に今日の終着地点と妄想していた場所が、ガラガラと崩れていく感覚。


 たしかに一番初めにアリスはこう言っていた。


「わたしと一緒に、素敵なハーレムを作りましょうね!」


 その時はアリスの体格のほうが衝撃的だったので、正直そこまで深く思索することはなかった。

 互いにハーレムアニメ好きなので、ちょっとした冗談というか、アリスが歓迎の言葉として用意してたのかなあくらいの認識だった。

 でもそれは仕方ないだろう。

 だってハーレムなんてのは、一夫一婦制のこの国で許されてなんかいない。それに両想いになったばかりの彼女が、彼氏にハーレムを作れなんてぶっ飛び過ぎてとても本気だと思えない。

 

 目の前のアリスの顔つきを見れば、それは不正解だったということがわかる。

 とても愚かで浅はかな考えだったということがわかる。

 アリスは、本気で言っている。本気でハーレムを作りたいと言っている。

 だから俺も、本気で自分の気持ちを伝えるだけだ。


「……アリス。最初に言うけど。俺は君が好きだ。小学生だろうと好きだ。君と会って、君と話してそう確認できた。確信できた! だから君と付き合いたい」

「ふふっ、嬉しいです。……また泣いてしまいそうなくらいに」

「……アリス」

「今日までずっと不安でした。だって剣護さんは高校生。小学生のあたしを見て、話にならないと帰ってしまうのではないか? そんな嫌な妄想ばかり、何度も何度も頭に浮かんで。夢にまで見るようになって。だ、だから……」


 大きな瞳に溜めた涙が、ついにポロポロ零れていく。

 白いワンピースに、いくつもの染みが描かれる。

 俺が慌ててハンカチを渡すと、「ありがとう」と言って顔を覆った。


「そのまま聞いてアリス。俺はアリスのことが好きだ。アリスだけが好きなんだ。だから、ハーレムには興味ない。君だけいればいい」


 刹那、それまで震えていたアリスの肩がピタリと止まる。

 嗚咽も鼻をすする音も、全部聞こえなくなる。

 アリスはまだハンカチで顔を覆ったままだ。


 その場の空気が、一変した。


 全身を冷汗が伝っている。小刻みに手が震える。声が詰まりそうになる。

 疑いなく、今俺は恐怖を感じているのだ。

 それがこの大好きな女の子を傷つけてしまったかもしれない、嫌われてしまったかもしれないという状況に対してのものなのか。……それとも、アリスの存在自体に感じているものなのか。どちらもなのか。 


 続きを話すのが怖い。でも伝えなきゃならない。俺の気持ちを。もっと頑張ると誓ったのだから。

 つばを飲み込んで、呼吸を整えて、言葉を絞り出す。


「お、俺はアリスと付き合いたい。でもキス以上のことは、君がせめて高校に入学するまで待ちたい。いや、違うな。俺は何度もしたくなると思うけど、頑張って我慢するって言ったほうが正しいか。俺はアリスのことが大好きだから、たぶんそこまで成長しないうちから……というか、もしかしたら今だってそういうことをしたい気持ちになるかもしれない。でも――」

「嘘つき!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「っ!?」


 ハンカチの裏から現れたアリスの顔は、予想に反して怒りに震えてなどいなかった。

 無表情。目の色彩が失われた無表情。それが俺をじっと見つめている。


「剣護さんは、ハーレムが大好きって言ってましたよね?」

「す、好きなのはハーレムアニメだ。現実のハーレムじゃない」

「嘘言わないでください。男が現実のハーレムを嫌いなわけないでしょう。男って下半身に脳みそがあるって言われるほど、とにかく気が多い生物なんですよね?」

「一般的にはそうかもしれないけど、俺はアリスだけでいい」

「ハーレムは幸せな家族の象徴なんですよ!? なんで拒否するんですか!?」

「世の中には俺みたいに、たった二人だけの夫婦のほうが幸せになれると思ってるやつもいるってこ――」

「そんなの絶対に信じない。信じない。信じない。信じない。信じない」

「アリス。俺を信じてくれ!!」

「無理!!!!!!!!!!!」


 アリスがバンッとテーブルを叩きながら、勢いよく立ち上がる。はぁはぁと呼吸が荒い。

 もうだいぶ前からテラス客の注目の的状態なんだが、俺もアリスも気にも留めない。

 だがさすがに店員が近づいてきて、お決まりの「ほかの客の迷惑になるので」と注意される。

 アリスはそれに従って腰をおろし、俺は周辺に「すみません」と頭を下げた。


 数分がたっただろうか。

 周辺の客の反応が、ざわざわからひそひそに変わったころ。

 アリスがゆっくりと、冷静さを失わないようにと自分に言い聞かせているような様子で語り出す。


「剣護さん。わたし無理なんです。ハーレムを容認してくれないと、絶対付き合えない」

「どうしてそんな……」

「わたしは一人の男性が一人の女性を愛し続けるなんて、絶対に信じられないんです。いつか必ずその女に飽きて、ほかの女に手を出す。男とはそういうものだって」


 アリスは少し言葉に詰まる。

 なにかを思い起こしているのか、色彩の消えたままの瞳から涙が一筋垂れる。

 それをずっと握っている俺のハンカチで乱雑にふき取った。


「だから、わたしは最初から受け入れることにしたんです。ハーレムというシステムを。ハーレムなら、好きになった男が浮気しても別れる必要はない。ハーレム要員が、一人増えるだけなんですから。ハーレムって本当に素敵ですよね。誰も不幸にならない。捨てられない」

「アリス、そんなことできるわけが――」

「わたしも難しいだろうなって思ってました。それにわたしは、自分で自分が狂っていると気づいています。だからわたしは、恋も結婚も諦めてました。二次元のキャラクターに自分を重ねることで、ずっと一人で満足して生きていくんだと思ってた。でもあなたに出会ってしまった」

「アリス。アリスのその苦しみを、俺と二人で一緒に乗り越えていくことはできないのか? 少しずつでいいんだ。少しずつで――」

「わたし、ハーレムがない状態で剣護さんと付き合った場合、剣護さんがほかの女と話してるのを見かけただけで、そいつは浮気相手なんじゃないか? 今は違っても、将来両想いになるんじゃないか? そんなふうに悩んで、苦しんで、心配で、心配で、心配で、心配で、それで、きっと……」


 いまだ光が戻らない双眸が、カッと見開かれ――


「その女の人、殺しちゃいますよ」

「あ、アリス……」

「剣護さん。理解できましたか? わたしの心は、完全に壊れています。少しずつ乗り越えるなんて、不可能です。一部だけ壊れたものは修理できるかもしれないけど、完全に粉々になったものはどうすることもできないでしょ? ……それともこれからわたし以外の女の人と、一度も話さない人生送ってくれますか?」

 

 アリスはたぶん……いや絶対、本当に殺す。

 アリスの纏う雰囲気が、俺にそれを確信させる。


 彼女はとんでもない病み方をしている。

 普通の男ならきっとここで諦め、逃げだしてしまうのだろう。

 でも俺は逃げ出さない。

 だってどんなに病んでいようと、俺はアリスが大好きだから。

 自分でも信じられないけど、こんな本性見せられても一片の曇りなく大好きなままだから。


「アリス、それは無理だ。人類の半分が女なのに、誰とも話さないとか現実的じゃない」

「じゃあ、ハーレムを容認してくれますか?」

「それも無理。俺はアリス以外を好きになるとは思えない」

「じゃあ……」


 言いよどむ。

 その様子に何を言おうとしていたのか、察する。


「無理! 絶対に無理!!」

「えっ!?」

「アリスを諦めるかって質問ならフライング気味に絶対無理! 質問違ってたら無理じゃないかも」


 屈託なく笑いかけると、ようやくアリスの両目に光が戻る。

 その両目には、また涙が浮かんでいた。


「……剣護さんは、わがままで欲張りですね。呆れてしまいます」

「好きに言ってくれ。で、ハーレムは諦めてくれる気になったか?」

「それは無理です。言いましたよね? わたしにとって、ハーレムは幸せな家族の象徴なんです。それがなければ、恋愛なんてする気はありません。先ほどハーレムなしで、剣護さんがほかの女の人と話さなければ付き合えるかもと言いましたよね。もしも話さないことが可能なら、きっとなんとか付き合えると思います。でもそれは、わたしにとってとてつもないストレスなんです。ハーレムを欲してるんです、わたし」

「……現実のハーレムには興味ないってわかって、嫌いになったか?」

「もし、そうならどんなに楽だったか。正直、よく覚えてないんです。この人ならハーレムを許してくれるかもと思って好きになったのか、それとも好きになったから難しくてもハーレムを目指したくなったのか。でも今わたしは、まったく剣護さんへの気持ちが揺らがない。一度好きになってしまうと、とても厄介なんですね。簡単に割り切ることなんてできない」


 困り笑顔で嘆息。

 俺は「それならよかった」と、満面の笑みで返す。


「ということで、わたしは剣護さんを手に入れるために頑張ることを決めました。ハーレムゲームのスタートです」

「ハーレムゲーム?」


 俺が小首をかしげると、アリスはこくりと頷く。


「そうです。わたしが剣護さんにハーレムを納得させれば、わたしの勝ち。もしくはわたしの誘惑に耐えられなくなって、わたしと一線を越えてしまってもわたしの勝ち。剣護さんがわたしをハーレムなしでも大丈夫なくらいにまで治すことができれば、あなたの勝ち」

「どこまで行っても平行線だった場合は?」

「ある意味引き分けですが、わたしとしては剣護さんと付き合えないということなので負けです」

「たしかに、それは俺も負けだな。ちなみに俺がハーレムを容認したうえで、ハーレム要員ができないように注意しながら付き合うってのは無理か?」

「無理ですよ。さっきも言いましたが、ハーレムとはわたしの欲望です。剣護さんがいくら気を付けて生活しても、わたしはどんどんハーレムを拡大できるように動きます。それに剣護さんがハーレムを認めた時点で、絶対に加えると決めている人がすでにいます」

「決めてるって!? その人の気持ちはどうなってんだ!?」

「その人はわたしに逆らいません。普通に美人ですよ? ハーレムさえ受け入れれば少なくともわたし以外にも一人、美人とエッチなことしまくりです。そそられませんか?」


 妖艶な雰囲気で、さっそく俺を引きずり込もうとしてくる。

 それにしてもこの人と恋人になれって命じて断らない人って、いったいアリスとどんな関係なんだ?


「男としてはとても魅力的な提案だが、断らせてもらうよ」

「あら、残念。……それで、どうですか? ハーレムゲーム、やりますか?」

「ああ! やるよ。俺が絶対にアリスの心を癒してみせる」


 少し挑発的な微笑で問いかけた少女に、俺は即断で力強く首を縦に振る。

 今みたいに、俺を誘惑し続けるということだろう。

 でも俺は耐えきってみせる。アリスに純愛の存在を認めさせるんだ!


「わかりました。解答不可能な難題ですが、せいぜい諦めずに挑戦し続けてくださいね」


 とても煽情的な表情で、アリスはレアチーズケーキの最後のひとかけらを口に運ぶ。


 それが俺とアリス、二人の長きにわたる戦いの歴史、というか実態はほとんど俺が自分の性欲を我慢する日々。

 ある意味天国で、実は地獄な毎日の始まりだったのだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


次は、バイト先での話です

先輩(男です)が出てきます

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