お家に行こう!
ギャグ要素薄目回です(当作者比)
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これからも頑張りますので、どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします!
スマホに表示される地図アプリの指示に従って、俺は閑静な住宅街を歩く。
今日は日曜日。アリスの家に向かっているのだ。
もう、駅から十数分は歩いただろうか。
アプリによれば、そろそろ着く。
「……ん? あれって。蛍!!」
「――えっ? あっ! 剣護君」
「よっ! 一週間ぶり」
目の前で自転車に乗って曲がってきた見覚えのある少女へ届くように、大きめの声で呼びかける。
セミロングの女の子は、その声に気づいて止まってくれる。
やっぱり、野中蛍だ。
俺は小走りで、彼女の元まで急いだ。
最初アリスから誘われたときは、今回は二人でと言われていた。
でもセバスチャンから情報が漏れたということで、急きょカラオケに来ていた三人も参加することになったらしい。
今日のことはロイン上でやり取りしたから、俺とアリス二人しか知らないはずなんだけど、なんでセバスチャンにバレたのか。
セバスチャンが口走った、『工作』という単語が頭をよぎる。
セバスチャンは、俺にセバスチャンと呼ばれたいがために、西園寺さんと俺を接触させたいのだろう。
カラオケでの様子を見る限り、蛍だけでなくほかの二人もアリスを慕っているように見えた。(蛍とは違って、あくまで健全なお友達としてだろうけど)
つまりアリスが遊ぶ情報を流せば、西園寺さんも一緒に行きたいと希望する。そこに俺もいれば、自然と会えるというわけだ。
セバスチャンと呼ばれたいがために、知るよしもない情報まで手に入れてくるとか。どんだけ、欲求不満なんだよ。
誰か、セバスチャンって呼んでやれよ!
俺的には、お勧めはしないけどな!
まあ、今日に関しては正直助かった気もするけど。
カラオケの時に確信したけど、俺は誘惑要員が何人いようがアリスと二人きりよりはまだ我慢できる。
藤林さんのおっぱいに触れさえしなければ!
藤林さんのおっぱいに触れさえしなければ!!
大事なことなので、二回言ってみた。
たぶんアリスも、そんな俺の様子に気づいていたのではないだろうか?
今回二人でと考えていたのも、そのせいだと思う。
『ススズ。本当にごめん。てことで、童貞卒業はまた今度ね』
この一文を見たときは、心底二人きりじゃないことを安心した。
けっして、血涙なんて流してないぞ。ほんとだぞ!
ただ、セバスチャンがいる限り、俺の童貞に卒業証書がいつまでも授与されないんじゃないか。それだけは、かなり気がかりだけどな。
というか、この短時間で俺は何回セバスチャンって言葉を考えてんだよ。
もうちょっと、短い名前はなかったのかよ?
ジムでもポールでもダルシムでも。
たしかにそれっぽい名前と言われたら、俺もセバスチャンって真っ先に思い浮かぶよ。
でもこうやって思案したりするとき、セバスチャンはかなりうざったい名前だ。
――って、また俺はこんなくだらないことで、セバスチャンを何回追加したあああ!?
「剣護君、大丈夫? なんか、頭抑えて悶えてるけど」
「――えっ? あ、ああ。大丈夫大丈夫。は、ははは」
自転車を降りて歩き押しに切り替えてくれた蛍が、心配そうに覗き込んでくれる。
まさかセバスチャンに悩まされたなんて言えない俺は、笑ってごまかすしかなかった。
蛍と並んで、アリスの家までの道を歩く。
彼女の頬が少し赤い気がするのは、太陽の光による錯覚だろうか。
「……あのさ、蛍にちょっと聞きたいことあるんだけど」
「は、はい! な、なんですか?」
「そんなに緊張しなくていいよ。少し気になること、聞くだけだから」
「う、うん。わかった」
蛍の声が少々震えてしまった。
怖がらせてしまっただろうか。
注意して、意識的に柔らかい声で切り出したつもりなんだけど。
俺の緊張感が、隠しきれなかったのかも。
「あのさ。こないだ蛍は、ハーレムに入りたいって言ってたよね? でもハーレムなんて、冷静に考えたら現実的じゃない。アリスのことを、好きであったとしても。だから、なんでそんな結論にいたったのかを教えてほしいんだ。蛍の考えを、知りたいんだ」
今回、二人きりじゃなくてもいいかなと思えた理由はもう一つある。
そう。達也の助言どおり、三人の中から誰かを自陣営に引き抜くためだ。
そのためには、三人のことをもっと知る必要がある。
どんな性格なのか。
どんな恋愛観があるのか。
アリスのことをどう思っているのか。
ハーレムについて、どう思うか。
蛍はすでにハーレムづくりに積極的なスタンスなので、切り崩すのは難しいかもしれない。
でも話を聞けば、思わぬところで糸口を見つけられるかもしれない。
アリスのいない場所で二人きりなんて、たぶん滅多にない貴重な時間だ。活かさない手はない。
「なんだ、その話かぁ」
「どういう意味?」
「なんでもないよ。気にしない、気にしない!」
蛍はホッとしたように、息を吐く。
彼女はなにかほかのことを聞かれると思って、それでちょっと緊張してたってことだろうか?
気にするなと言われても、気になる。いったい、どんな話題だと思ったのか。
「わたしね、ずっと怖かった。アリスちゃんに、好きな男ができるのが。だからアリスちゃんがセックスに興味あるって知った時は、目の前が真っ暗になった。でもそれが複数人のセックスだってことに、わたしはなぜか興奮していた。今思い返せば、あの時すでに妄想してたんだと思う。複数人の中に、わたしが含まれている未来を。確信してたんだと思う。アリスちゃんと一緒になるには、それしか道はないと」
「蛍……」
「だからアリスちゃんからハーレムについて耳打ちされたとき、わたしは吹っ切れた気がした。ゴールの見えなかったぐにゃぐにゃした迷路が、一本道に変わったように思えたの。わたしはもう、そのゴールに向かって進むだけ。途中にどんな障害があっても、蹴散らすだけだよ」
「俺とのセックスも、蹴散らせばいい障害ってことか? それで、本当に後悔しないのか?」
「絶対に後悔なんかしないよ。それに、このあいだも言ったよね? 剣護君はアリスちゃんに惚れられてるってだけで、わたしにとっても特別な男なの。カラオケで、わたしたちを助けてくれようとした時もかっこよかったし。……それに、あれもすごいし」
「あれもすごい?」
「……な、なんでもない! 秘密!」
蛍は真っ赤にした顔を背ける。
今度は錯覚とかじゃなく、絶対に染めていた。
あれもすごいとは、いったいなんのことだろうか?
蛍を抱きかかえて椅子から床におろすときに、力強さでも感じたのかな?
暇なときにやってる、筋トレのおかげだろうか。
それにしても、どうやら蛍にこちら側の協力者となってもらうのは厳しいみたいだ。
まあ、最初から難しいだろうことはわかってはいた。
でもどこかで、俺は彼女を小学生だとたかをくくっていたのかもしれない。もしかしたら、論理的に説得して諭せるかもしれないと。
その考えが甘かったことは、彼女の目を見て理解せざるを得なかった。
とても真剣で、固い信念であることが読み取れる眼光。
それほどまでに、彼女はアリスを好きなのか。
ふぅ、とため息を吐いて、もう一つ気になっていたことに切り替える。
「そういえばさ、蛍たちはアリスを下の名前で呼んでるけど、アリスはみんなを苗字で呼んでるよね? これって、ほかの生徒にもそうなの?」
「そうだよ。三年生の時だったかな。急にアリスちゃんが、自分を名前で呼んで欲しいって。それまで自分の呼ばれ方には、特にこだわりなさそうだったから驚いたよ。わたしとしてはどのタイミングで工藤さん呼びから、アリスちゃん呼びに変えたらいいか二年以上悩んでたから、願ったりかなったりだったけどね」
「三年の時に、急に……?」
「うん。ちなみにアリスちゃんが名前で呼んでるのは、わたしが知る限り剣護君だけだよ。ほかの人からは名前で呼んでって言われても、恥ずかしいからって断ってる。きっと恥ずかしいんじゃなくて、ただ他人に興味ないだけなんだろうけどね。自分で言ってて、哀しくなるけど」
蛍は悲し気な表情で、視線を足元に落とす。
もしかしたら、彼女も断られた経験があるのかもしれない。
「だから剣護君は、アリスちゃんからかなり信頼されているのは間違いない! 誇っていいよ。わたしが剣護君に心許すきっかけも、名前で呼ばれていたことだったと思うし」
「……はは。ありがと」
お礼を口にするけど、喜べる内容ではなかった。
三年の時の名前で呼ぶよう希望したことも、相手を苗字で呼んでることも、アリスの心の傷に関係しているだろうから。
アリスが、俺のことを特別に想ってくれている。これは、素直に嬉しい。
でも俺だけに心を開いて、そのほかの人には心を閉ざす。
そんなアリスを俺は望んでいない。
「剣護君! 通り過ぎますよ。たぶんここです」
「……あ、ほんとだ」
アリスのことを想い複雑な心境に心を痛めていると、蛍に呼び止められる。
スマホのアプリにも、『目的地周辺』の文字。
そこには豪邸とまではいかないけど、かなり立派な家が建っていた。
敷地建物ともに、うちの二倍はありそうだ。
カラオケの日の夜にロインで、アリスの家はお金持ちではないと聞いて正直ほっとしてしまった。でもそれは西園寺家と比べたらということで、相馬家よりはかなり裕福なのかもしれない。
蛍が『たぶん』と言ったのには、理由がある。
表札がないのだ。
以前はあったんだろうことを示す長方形の跡だけが、インターフォン横に哀し気に残っている。
今日は、もともと二人きりの予定だった。
アリスの部屋で二人きりで過ごす。
俺がこんな猛獣の檻に小鹿が迷い込むような状況を了承したのは、アリスの家に一度行ってみたいと思っていたからだ。
そしてできれば家族に、親に会ってみたいと思っていた。
「わたしは一人の男性が一人の女性を愛し続けるなんて、絶対に信じられないんです。いつか必ずその女に飽きて、ほかの女に手を出す。男とはそういうものだって」
アリスが初めて会った時に、吐き出したこの言葉。
俺はこれを聞いた時、アリスの両親が心の傷の大きな原因なんだろうなと高校生ながら思った。
それが浮気なのか、離婚なのか、DVなのか。もしかしたら、アリスに対するネグレクトがあったのかもしれない。
これらの中に答えがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。
でも何かしら両親に問題が起こって、アリスが巻き添えを食ったとしか思えないのだ。
その理由を、答えを知るために、一度は家の様子を確認するしかない。
そう心に決めていたのだ。
蛍に目で促されて、インターフォンを押す。
好きな女の子の家のインターフォンを押すなんて、初めての経験すぎて指先が震えてしまった。
『はい!』
「あ、アリス? け――」
『あ! 剣護さんですね。今行きます』
ガチャッ、という音とともに声が出る。それはインターフォン独特のややくぐもったものだったが、すぐにアリスだとわかる。
アリスも俺の声ですぐにわかってくれたみたいで、それが彼女と心が繋がってるみたいで嬉しかった。
「剣護さん! それに野中さんも一緒でしたか。いらっしゃいませ」
「アリス、おはよう。蛍とは途中でたまたま会ったんだ」
「アリスちゃん。今日は、呼んでくれてありがとう」
玄関が開く音とともに、アリスがいつもの笑顔で出迎えてくれる。パタパタと可愛い足音で、門までかけてくれた。
アリスの家は玄関の正面側に庭があるタイプなので、玄関からここまで少し距離がある。
ちなみに相馬家は、玄関のある面の反対側に庭がある。
うん。興味ないよね。
三人で歩いて、玄関に向かう。
庭は特に荒れた様子はない。雑草ボーボーみたいな感じには、なっていなかった。
ポストも郵便物で溢れていることもなかったし、外から見る限りでは問題ない。
でも、なんでだろう。
なんとなく、よどんだ空気を感じてしまう。
アリスが玄関の扉を開いて、三人で通過。
そこには女性が一人、立っていた。
「えっと。初めまして。アリスが会わせたいって言ってた人は、君のことかな? わたしは、さ……じゃなくて、工藤百合です。よろしくね」
年齢は、二十くらいだろうか。すごく、大人っぽく感じる。
おそらくアリスのお姉さんだろう。
そっくりというわけではないけど、目や口は似ている気がする。
すらっとした長身の美人。
クラスのマドンナみたいなタイプだ。
「は、初めまして。相馬剣護です」
「野中蛍です」
「よろしくね。……で、アリス。このあと、わたしはどうしたらいいのかな?」
「二人をわたしの部屋に案内してください。それが終わったら、もう出かけちゃってください。一目会わせたいだけって、伝えてましたよね。わたしは、お茶の用意をしてきますから」
「あっ、……うん。そうだね。じゃあ、そうするね」
百合さんは笑顔ではあるけれど、無理やり作っていることがバレバレだ。声もどこか乾いている。
確実にこの二人の仲は、良好ではないだろう。
アリスはとげとげしいし、目も合わせようとしない。
百合さんも、アリスに対して腫れ物に触るみたいだ。
アリスの心の闇の理由の一端に、ついに遭遇したと確信した。
「じゃ、じゃあ相馬君、野中さん。こっちよ」
「「おじゃまします」」
靴を脱いで、端に揃える。
アリスは一階の奥へ速足でかけていった。台所に向かったのだろう。
俺と蛍は百合さんのあとを追うように、玄関前の立派な階段を上がっていく。
「あ、あの。百合さんでいいですか?」
「あ、うんいいわよ」
俺は、おそるおそる百合さんに話しかける。
かなり重い空気で、普段の俺ならとてもじゃないけど話しかけたりしない。
でもアリスがいないうちに、なんとしてでも少しでも多くの情報が欲しかったのだ。
「百合さんって。アリスのお姉さんなんですよね?」
「……そうね。いちおう、そうよ。アリスのお姉ちゃん」
「いちおう?」
どういうことだろうか。
姉妹という関係に、いちおうもくそもあるのか?
階段を上がり切って、左側の廊下へ。
右側にも一つ扉があったけど、あれはアリスの部屋じゃないらしい。
「あ、あの。ご両親は、いらっしゃらないんですか? できれば、挨拶を……」
「ごめんなさい。母は、仕事で疲れて寝てしまっているの。挨拶は、また今度にしてもらえる?」
「……お父さんは?」
「……父は」
百合さんの声がそこで止まる。
背中しか見えないので、表情はまったくわからない。
「……ごめんなさい。部屋についてしまったわ」
一番奥から二番目の扉の前で、百合さんが立ち止まる。
振り向いた彼女の顔は、困った感情を隠しきれていなかった。
「じゃあ、わたしはこれで。ごゆっくり」
そう言いながら、百合さんが俺の手に何かを握らせる。
蛍にも気づかれないように、そっと渡してきた。
この感触は、紙切れだろうか?
俺は百合さんの意図を理解して、その場で確認せずにズボンのポケットへねじ込む。
百合さんは、そのまま階段を下りていった。
彼女の姿を見送って、俺は部屋をノックする。
百合さんに渡されたものも気になるが、まずはハーレムゲームだ。
今日はいったい、なにを仕掛けてくるのやら。
とにかく気を引き締めて、乗り切るんだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです
次回もよろしくお願いいたします
ということで、アリスちゃんの家に来ました
ついに家族も登場しましたね
次はアリスの部屋でハーレムゲームです