第4話 初体験
一面の暗い空にゆっくりと日が昇ってくる。
雲の隙間から時折見える、暖かそうな黄色味がかった太陽の光がその紺色の空にグラデーションをかける。
幻想的に感じられるこの光景を目にして、イブキは屋上のベンチで黄昏れていた。
「珍しく早いわね」
マツリの声に反応して、振り返った。
「もしかして、怖くて寝れなかったとか」
「別に」
「おまえの方こそ、早すぎだろ」
時刻は4時、いつもならこんなに早く起きることなんてない、俺もマツリも。
俺たちは今日、タイムワープで過去に戻らなければ行けない、それも世界に関わる重要な任務のために。
この2つの不安とプレッシャーで一睡もできずにここにいた。
「そりゃ、怖いよな」
マツリはイブキの座っているベンチの隣に腰を下ろした。
「そうよね」
次の言葉が出てこず、朝日を見ながら沈黙が続いた。
やがて、見え隠れしていた朝日は雲の上に上がっていき、煌々とあたりを照らしはじめた。
その光で見えづらかった、マツリの顔が徐々に映しだされる。
大きな瞳の周りはほんのり赤く、目尻には涙の後が残っていた。
イブキの心にグッと感じるものがあった、それがなんなのかはわからないが、ただ守ってあげなくてはという感情だけが先行した。
「やっぱ、俺一人で行くよ、そもそも二人も行く必要ないだろ」
「はぁ、今さら何いってるのよ」
「っていうか、どっちかっていうと足手まといになるから、後でアインとラザに言っておく」
「勝手に決めないでよね!」
「ワタシはぜったいに行くわ、もう決めたことなの」
「アンタに決められる筋合いはないの!アンタの方が足手まといよ!」
「おまえ…」
「しつこい!」そう言って、マツリは立ち上がり俺の足を踏みつけ、屋上を後にした。
残された俺は、善意で言ったことに対して理解されなかった気持ちと一方的に罵声を浴びさせられた状況にイライラが募り、発散させた。
「バカヤロー!!」
静寂で情緒溢れるこの光景には似つかわない、言葉がこだました。
…
「さて、本題に入ろうかと思います」
「連邦が手にした強大な力を提供しているのは、きっとワルシャワ社が関わっているのは間違いないです」
「そして事の発端を作ってしまったのは、きっと僕なんだと思う」
「懺悔してもしきれないのは重々承知なのですが、この場は納めて頂きたい」
作戦会議はラザの演説からスタートした、ある程度の内容は二人から事前に聞いていたので、問題はなかった。
「では作戦の内容について確認しよう」
「まず、タイムワープできる時間については24時間しかありません」
「僕ら二人とはこの”コンバーター”で会話はできると思います、ただ確実にというわけではないです」
「あくまで理論によるものになります」
「数多くの実験は行ってきましたが、実際に人が転移するというのは今回が初となります…」
そう言うとラザは口を閉ざした。
「ん、どうかしたんですか?」
「本来であれば当事者である僕が行くべきなんだが、押し付けることになって本当にすまないと思っています」
「申し訳ございません。」
タイムワープをするには、観測者と調整者の二名が必要になる。
その為アインとラザは身動きがとれないのだ。
「それはもう解決したでしょ!クヨクヨしないで」
ずっと沈黙していたマツリが一喝した、その勢いに俺もビクついてしまった。
「ラザ君、ワシも同罪じゃ、自責の念だけじゃ未来に進めないんじゃ」
「オォン、君ら二人のバックアップは全力を持ってワシらがする」
「…頼んだぞ」
その後、ラザから目的地についた後の説明を受けた。
作戦の内容としては、分岐点となる【恒星】の開発をさせないこと。
【恒星】が誕生する前日に行き、システムを作動できなくする、いわゆる破壊するという内容だ。
24時間という限られた時間で、世界を改変するためにはそのもの自体をなくすことが、一番という考えだった。
このことに対してアインは文明、科学の発展をなくすことに難色を示していたが、打開策が出なかったためしぶしぶ了承したということだった。
俺はというと幸いなことに、レジスタンスとして活動しているさなかで、破壊工作はまでしていないが、あらゆる経験は積んでいた。
生きていくために必要なことは、適応せざるを得ないということをこんな事態になって学んでいた。
「では、準備にはいろうか」
重厚な機械からいくつもの配線がからみ合ってるその先には、人一人が入れるぐらいのポッドがある。
このポッドというのはカプセル系の寝具台みたいなものだった。
タイムワープの動力はやはり【恒星】エネルギーが絡んでいるらしいが、ラザが創りだした【恒星】とはエネルギー量が全く違うらしい、さしずめ【微恒星】というところだろう。
「それじゃ起動するぞい」
コンバーターからアインの声が聞えると、徐々に蒼い光が輝きだした。
キュイン、キュインとなんとも言えない音が耳を木霊する。
「よーし、順調じゃ!」
アインの声が聞える、心臓の鼓動がきこえる。
人生で経験したことがないような高ぶりが全身を、駆け巡り、声に反応は出来なかった。
先ほどの青い光が更に増していき、目も開けられないほどに照らし続けた。
言い知れぬ高揚は増していき、全身の毛から汗が吹き出ているようだ、身震いと鳥肌が一気にくるような極度の緊張感、不安。
「もう出たい!」
「止めてくれ!」
と心で叫んだところで、テレビを消す時に感じる一種の喪失感が場に広がった。
……