第3話 ジハード
…
「今日は、最後の晩餐になるやもしれん」
「そんな不吉な事、言わないで」
「これは失敬、失敬」
マツリに怒られた白髪頭のじいさんは苦笑いしながら、頬を掻いていた。
彼は元[バーデン=ヴュルテング社]CEOのアイン、先の戦争後、非人道的な連邦のやり方に意を唱えるべく、ジハード(レジスタンス団体)を設立した。
「まぁまぁ落ち着いて、泣いても笑っても今日という日はもう来ないんですから」
今度は頭がツルツルの横にひっそり髪の毛がある中年男性がマツリをなだめていた。
「なんでこの二人はこんなにネガティブなのかしら」
「イブキもなんか言いなさいよ」
「俺にフルなよ」
二人の自信のなさにマツリのイライラは最高潮に達していた。
というのも明日がジハードにとっての長年かけてきたプロジェクトの集大成、”Xデー”だからである。
表向きは独裁社会に対するデモ集団なのだが、本当の目的は世界滅亡の火種を改変する為に立ち上げられた特殊機関なのである。
このことを知る人間は俺とマツリ、ラザ、アインの四人だけだ。
アインとラザはこの世界戦争の引き金を知っている。
「明日は私たちにとっても世界にとっても大事な日よ」
「ネガティブな話ばかりしてたってしかたないじゃない」
「男ならシャキッとしなさいよね!」
両手を腰に当てて「えっへんポーズ」で睨んでる。
「そうだね、マツリちゃんの言うとおりだ」
「明日は本当に大切な一日になる」
ラザが優しい声で場をまとめた。
「まぁ、なんじゃ今日はゆっくり休んでくれ」
俺とマツリはアインに言われた通り、各々の部屋に戻っていった。
「忍び込まないでよ」
「誰が忍びこむかよ」
そんなくだらない話をして、扉を閉めた。
二人が部屋に戻ったのを確認し、アインとラザは熱いコーヒーを啜っていた。
「マリーもマツリちゃんのように、僕を引っ張ってくれていたことを思い出しましたよ」
ラザは物思いに耽るように、語りだした。
当時の僕は、新エネルギーの可能性についての研究に没頭していた、大学の研究室でいつも通り仕事をしていたある日、一人の学生が訪ねてきたんです。
彼女は【ヴィニ・マリー】という名前で、若干16歳で博士号を取得した、天才少女でした。最初は僕が発表した論文について、質問があるということで、来ていたんですが、意見を交わすうちに、彼女の奇抜な発想に、インスピレーションが湧いてきました、それは彼女も同様でお互いウマが合ったんだと思います。
それからというもの毎日のように、彼女とお互いの意見をぶつけ合いました。
言い争っている時なんか僕も16歳の少女ということは忘れて、言い争いをしたものです。
そんな彼女との出会いが、こんな恐ろしい結果になるなんて思いもよらなかった。
僕らは彼女の新しい論文をきっかけに会社を設立しました。
この論文はアイン、あなたも知っての通り、[核融合における新エネルギーの開発]についてです。
僕はマリーの提唱する理論を再現しようと、寝ずに研究に没頭していた。
今思えば、18歳の少女に会社経営を押し付け、研究に明け暮れていた僕のせいでこんなことになってしまったのかもしれない。
そして忘れられない日が訪れました。
いつものように衝突観測をしていた時に、倍以上の反応が見られた、興奮しました、徐々に数値は上がっていき、熱量も臨界点は超えていた。
かなり危険の状況でした、いつ暴発してもおかしくない状況なのに、その時の僕は好奇心が勝ってしまい、そのまま観測を続けた。
観測メーターが振り切り、部屋中が衝突の際に発生していたまばゆい光に包まれ、爆発する「ダメだ!」と思った瞬間、真っ白い光は中央に収束され、そこには見たことがない、球体が浮遊していた。
最初は気が動転してましたが、この球体はなんなのかという探究心で、調査をしました。
結果追い続けてきた新エネルギーだと確信した時は、今までの人生で出したことがないような大声がでました。
早速マリーに連絡すると、すぐに駆けつけ、状況を説明をすると彼女は泣きながら笑っているような、心からの祝福をしてくれた、僕はその顔を見た時に、一種の達成感に満ちたのを覚えている。
そして僕らはこの球体エネルギーを【恒星】と名付けました。
その後、マリーは論文とともに特許の申請を学会に報告にいったのですが、学会の反応としては、新元素であれば原子量を明らかにしなければ認められないと判断を下しました。
この学会からの連絡にマリーは激怒し、何十回もの抗議と再審査を懇願したが、反応は変わらなかった。
これは後になって知ったのですが、会社に投資していた企業が早急に結果を出さないかぎり、投資を打ち切るという話があったらしいです。
僕の方も、なんとか学会からの申請が通るように原子量の再計算と、もう一度、第二の【恒星】を実現させるべく勤しんでましたが、思うような結果はでず、完全に行き詰まっておりました。
お互いうまくいかない状況に、彼女と喧嘩が絶えなくなっていきました。
そんな時、アイン、あなたの「タキオン逆説特殊相対論」を拝見したんだ、これだ、この人と話がしたいと思った。
「あの日ほど、一研究者として有意義な時間を過ごしたことはなかったわい。」
「でも僕のあの行動が、マリーの狂気の始まりだったかと思うと複雑な気持ちです。」
数日後、マリーの耳に僕が同業者に寝返るという話が飛び込んでくるまで、そう時間はかからなかった。
ちょうどその頃、ワルシャワ社に援助金を出すというクライアントが現れた、言うまでもありませんがそのクライアントというのが連邦でした。
彼らの条件というのが、ワルシャワ社が専属でエネルギー供給を行うということと、自分たちの兵器開発に協力するという内容でした。
マリーは学会への憤りや、社長というプレッシャー、そして僕に対する裏切られたという負の感情が合わさり、この話に乗り気になっておりました。
すべての事がからみ合ってしまい、僕はワルシャワ社をやめさせられ、機密事項の情報漏洩をしたということで、捕まってしまったのです。
「おまえさんが捕まったと聞いた時は、心底反省したわい軽率な行動じゃったと」
でもこうして巡りあえて本当に良かった。
あの時、あなたが迎えに来てくれなければ、今日をこうして迎えることは出来なかったかもしれない。
「まさか、おまえさんが出てくる日に戦争が始まるとはなんの因果関係じゃろうな」
「えぇ、こんな運命になるとは予想だにしていませんでした」
「どちらにせよ、明日成功することを祈るしかありません」
「そうじゃな」
「タイムワープが上手く行くことを願おうじゃないか」
アインとラザは部屋の中央に位置する巨大で重厚な機械を見つめていた。