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No.205  作者: 才谷優
2/2

始黒

俺はいったい誰なのだろう。傍らで微笑む少女。


記憶を探るも見つからない。


誰だ


俺はなぜこんなものを


握っている?「レン!そっちは片づいたかしら?」


夕闇の中聞こえる少女の声。


俺に話しかけているのだろうか。視界が真っ暗で何も見えない。

不意に自分にかかるねっとりとした液体。臭いは何処か鉄臭い。無意識にそれを口に運ぶ俺。


甘い。


こんな上品な甘さの液体を舐めたことがあるだろうか。この味を今までずっと探してきていたのだ。


否、


もっと甘いのがあるに違いない。こんなのは序の口。もっと甘い…もっともっと甘いのが欲しい。



ジリジリリリ…


目覚ましの音でゆっくりと起きあがった俺。周りを見渡せば無機質な牢獄。鉄棒が縦やら横やら何重にもなっている。


俺を逃がさないためか。


というより何故俺はここにいるのかすらわからない。さっきの甘い液体。夢…か。自分の指を強く噛んで眠ってしまったようだ。血がうっすらとにじみ出ている。


それをまた一舐めりする。甘い。が夢の中の味とは違い普通の甘さ。


それより


何故だ。何故俺はこんなところにいるんだ。


昨日の晩は何があった?思い出せない。



そんな思考をしているうちにガチャリと扉が開いて一人髭を蓄え、白衣を着た男が俺を見下ろした。男は俺に長さ2尺程度の刀を一つ、そして銃を投げ渡した。不気味で怖かった。だが俺は本能的にそれをキャッチしようと手を伸ばした。それを見事に蹴られてしまう。


「フン‥‥忌々しい。貴様の様な輩はすぐ武器を持ちたがる。これはお前のものではない」


蹴られた手を俺は押さえながら男を見上げた。余裕の笑みを浮かべる男が憎かった。


俺を見下した目。異物を見るような目。ゴミ同然に扱われている気がした。


男は俺の黒髪を掴み顔を引き寄せ鼻がぶつかるんじゃないかと思うくらい近寄せた。


「しっかし綺麗な顔してやがる…。女みてぇだ。戦わすには勿体無い」


イヤらしい目で俺の体を舐め回すように見つめる。気持ち悪いが抵抗できない。何故だろう。抵抗しようと考えるものの体が言うことを利かない。逆らってはいけないと体が理解している。男は俺の頬に手を当て滑るように指の腹でなで回した。イヤらしい手つき。


「っ…」


「ただいまから訓練を始める。たった18才のガキだからって優しくすると思うなよ?今日からお前も野新組の一隊員だ」


それ以上何もせず男は出ていった。


髭の男がいなくなった後、また白衣を着た男が牢の中に入ってきた。次は随分年を重ねた男…老人だった。

老人は俺の前にしゃがみアタッシュケースを開けては瓶を開けて、注射器の針を綺麗に消毒し瓶の中身を吸い上げた。黄色の不気味な液体。すっと俺の腕を掴んでは針を刺そうと注射器を近づける。


嫌だ。やめろ…‥っ


必死に抵抗するもガタイの良い男が数人入ってきて俺の両腕両足を押さえる。それでも嫌だと抵抗するが虚しく終わりを告げた。


血管の浮き出た手首に針が刺さる。ピリッと痛い。液体がゆっくりと入れられていく。何故だろうか。液体が血液とともに流れ出した瞬間、体がぼんやりと熱を帯び始めた。とても心地の良い温かさ。


意識が遠のいてゆく。眠れと命令されているよう。瞼が気持ちとは反対に重くなりついには意識を手放した。




目を覚ましたときには病院のようなベットに寝かせられていた。ただ病院とは違い両手、両足、腹部、首、下半身、幾重にも拘束されていた。動こうとしても体に力も入らずただぼぅっと天井を見上げるしかなかった。


「気分はどうだ?No.205」


声をかけられ、ぴくりと小さく反応しては声の主を見ようと目を動かした。すると最初に牢を訪れた髭の男が優しく微笑みながらこちらを見ている。

男を睨み見る。だがいきなり頭痛に襲われた。キーンと耳鳴りとともに頭の中に響く命令。


サカラウナ。…オトウサマ‥ノ‥…メイレイハゼッタイ‥。


「おと‥さま‥…」


「ん?馴染むのが早いな。そう…私はお前の義父親だ。これからは私の為だけに働け。この世界が私のものとなるためだけにだ。わかるな?No.205」


オトウサマノタメナラ…オトウサマガゼッタイ。オトウサマノタメナラ‥‥コノイノチ、ハテヨウトモ


「…さま‥。…‥とう‥さま…」


俺の感情など無視をして体は従順に男の言うことを覚えていった。男の望むものがあれば取りに行き、始末しろと言われれば血だらけになって意識をとばしながらも遂行した。まるで


操り人形



「ご苦労。No.205」


この日も体中血だらけにしながら男の元へと歩み寄った。意識はあるものの男の言葉に微笑むでも怒るでもなく、人形のようにまっすぐ見つめる体。そのまま男の研究所に着けば男は俺を家に上げてソファに座らせる。そして姿がなくなったかと思えば手ぬぐいを持ってきて顔に付いた返り血を丁寧に拭いた。手の甲から溢れ出てくる俺の血を見れば手ぬぐいで拭かずに舐め始めた。


ねっとりと生温かい感触。気持ち悪くて視線を逸らしたいにも関わらず再び頭痛が起きて、抵抗する余地もなくただ黙ってその様子を見続けるしかなかった。男は出ている血だけでは物足りず、吸い付くように唇を当てて舐め始める。


「甘い…。お前の血は特別甘い。こんなに甘いのを飲んだことない。素敵だ‥‥No.205」


そんな日常が五、六年続いた。男の為にと体は動き、反応する。男が欲しがる物全て俺の体は与え続けた。感情とは逆に…。




だが一生続くわけではない。終わりはすぐ来た。




俺が朝起きればサイレンが研究所一帯に響き渡っていた。なんの騒ぎだろうかと刀と銃をもち、窓を開けた。真っ赤な火が建物を覆い尽くしている。


男の命令無しに動こうとしない俺の体。反射的に掴んだ刀を抜くことも銃の引き金を引くこともない体はただ呆然とその光景を見つめていた。


逃げろと俺が念じても体は言うことを利かない。火は部屋のすぐ前まで迫ってきている。酸素の少なくなった部屋。苦しくなりせき込む体。


「No.205!!」


男の声に体は反応して扉の方へと振り向いた。咳こまないように口を押さえる。何ともないと男に意思表示をするかのよう。

男は血相を変えて俺の腕を掴み廊下へと出した。


「No.205。お前は早くここから逃げろ」


男は裏口の扉を開けて俺の背を押した。意外な命令に体は動こうとはしない。行けと男が強く背を押す。だがその言葉を理解しない体。


この五、六年、男から離れたことがなかった。いつも傍にいていつも男のために動いていた。そんな体はまるで小さな子供が母の服を放さないように必死に掴むように男の方を振り向いては嫌だと首を振った。


「行け!お前まで死んだら私の計画が…」


「お父様と違い、我が体は今や超人と化しております。死にません」


ガンとして動かない体は男の前に立ち、扉の外へと押した。火相手に刀を構える。その様子に男は涙を流した。体ごしに俺は男をみた。命令に背く体は初めてのことに上手く頭を働かせられないようで、むちゃくちゃに刀を振った。


「…美佐貴…」


男が涙を流しながらぽつりと呟いた言葉。ピクンと体は反応したかと思えば刀を落とし立ち尽くした。


気が付けば俺は俺の意志で体を動かしていた。刀を拾い上げ、火の向こう側にいる連中を見つければ刀を鞘に戻し銃を構える。男を背に隠して連射し、次々と倒していった。六発しか入らない銃。手慣れた様子ですぐに弾を換え再び撃つ。時折、流れ弾が当たり血を吹き出すもすぐに傷口は塞がる。


男が長い年月を掛けて完成させた俺の体は不死身の物になっていた。ガトリングガンで撃たれようともすぐに回復し、俺は火の中へと飛び込み敵を撃ち殺した。


楽しい


人がまるで玩具のようにバタバタと倒れてゆく


こんな楽しいゲーム


どこにもないだろう



返り血が飛んで頬に付こうが俺は笑みを浮かべながら殺していった。気が付けば研究所はすでに蛻の殻になっていた。


俺は自由だ。


すでに髭の男のことなどとうに頭から消えていた。


俺は自由なんだ。


支配から解き放たれた人間。羽でも生えて何処かに飛んで行けそう。俺は研究所を後にしようと外へ続く扉を開けようとした。扉に付いているガラスが自分を映し出す。もう10年も自分を見ていなかった気がする。


それなのに映る自分はあの頃のままの若さ。18才…だっただろうか。


永遠の若さ。永遠の命。


ある8月の出来事だ。

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