屋敷と歴史
あの後は度々休憩を挟みながらも、夕方まで街に向けて歩き、昨日と同じ様に野営の準備をして、食事の後にパール達女性は眠りについた。
今日は風呂な無しの予定だ。
ヒロ達男組は順番に見張りをしながら、見張り以外は眠りに入る。
翌日の朝に片付けと朝食を摂って、また街に向けて出発する。クレイスパイダーゴーレムはパールさんを乗せながら街に向けて順調に進む。
遠くに街が見え始めたら、女性達はまた1段階安心した様でより一層笑顔になる。
門番に事情に話して女性達の仮身分証を発行してもらい、街の中に入る。
疲れている女性達には悪いがギルドへ行き、事情を説明して今後は俺が女性達の面倒をみる事を伝える。
後はギルドカード以外で正式な身分証の発行の仕方を聞いて、試験の結果は後日知らされる事になった。
解散した後にギルドを出た俺は女性達を俺が利用している宿屋に連れて行き10人は入る大部屋を借りて休んでもらう。
俺はこれから家を買うつもりなので、誰かついて行きたい者はいないか確認する。
「今日はこれから家を見に行って、良い物件があれば購入しようと思うのですが、どなたか一緒に来たい人はいますか?無理はしなくていいですよ。」
「はいはーい、私は一緒に行くわー。」
「じゃあ私も一緒に行くー。」
名乗りを上げたのは、アメシスさんとルビルさんだ。
「それじゃあ、俺を入れて3人で行く事にしましょう。」
宿を出る前に宿屋の人に不動産を扱っている店を訊く。
「あの、家を買うにはどこに行けばいいですか?」
「それなら、大通りを街の中心側に歩いて行くと、ルーク不動産ってのが有るよ。」
「ありがとうございます。
行ってみますね。」
俺とアメシスさんとルビルさんの3人でルーク不動産に行ってみる。
店に着くと落ち着きた感じの所だった。
扉を開けて中に入ると店の人が話しかけてきた。
「ルーク不動産へようこそ!私はルークと申します。
今日はどんな物件をお探しかな?」
「10人で余裕を持って住める物件を探してます。」
「10人か、10人以上だと家と言うより屋敷になっちゃうけど良いかな?」
そりゃそうだよな、そんなに大人数が住めるなら屋敷みたいに大きくないとダメだろう。
「値段次第ですかね。」
「値段かー出来るだけ勉強させて貰うけど、それでも金貨2枚はするね。
しかもそれだと曰く付きの物件だよ。」
金貨2枚なら直ぐに払えるけど、曰く付きか、内容にもよるな。
「どんな曰く付き物件なんですか?」
「あの屋敷が売りに出されたのは今から5年前のことだ。
あの屋敷の前の持ち主である大商人は妻と仲睦まじく妾は取らずにいたそうだ。
そんなある日妻が病で倒れてしまう。
大商人は薬を探し求めて遂に有益な情報を掴んで妻に7日後に戻る事を伝えて、家を出た。
行き先で無事に薬を手に入れて、アイリーンの街に戻る途中、あと少しで街に辿り着けると言う時に盗賊に襲われて亡くなった。
妻は何時までも帰ってこない夫を待ち続けて、その3日後に亡くなったそうだ。
それからは妻の幽霊が、あの屋敷で絶対に帰ってこない夫を待ち続けてるらしい。
これがその物件が曰く付きと言われる理由さ。」
なんて悲しい話なんだ。
アメシスさんとルビルさんは涙目になりながらも難しい顔で黙っている。
恐らくは盗賊が夫を殺してから顔に怒りが宿ったと思う。
俺はその物件を見てみたいと思った。
「その物件、見せてもらえますか?」
「いいですけど、本当に出ますよ?私も見た事ありますし。」
「それでもですよ、お願いします。」
「そこまで言われたら断れません。
わかりました、行きましょう。」
それから曰く付きの屋敷に4人で行く事にする。
途中で青い顔をしていたので女性2人は来なくてもいいと言ったのだが、どうしても付いて行くと言って聞かないので、放っておく事にした。
「ここが、話した屋敷です。」
見ると庭も建物もかなり大きい。
門から玄関まで道が伸びていて、その左右に花壇があり、花が咲き誇っている。
花壇は誰か管理しているのかもしれない。
建物は三階建てでまさに屋敷って大きさだ、その風貌は蔦が壁にくっ付いていて、それが自然との一体感を出している。
「あぁ、そこに見える花壇も曰く付きの理由です。
誰も管理なんかしてないのに雑草が生えずに、何時までも綺麗な花が咲き誇っている。
大商人の妻は花とその手入れが大好きだったみたいですよ。
夫も花壇の手入れをする妻を遠目に見て、いつも微笑んでいたと聞きました。」
これも幽霊の仕業なのか、この屋敷全体が主人の帰りを待っているんだな。
「中に入れますか?」
「は、はい、何かあっても私は知りませんよ。」
「わかりました、お願いします。」
建物の扉を開けて中に入る。
窓から太陽の光が差し込み中を照らしている。
ここが幽霊屋敷とは思えない光景だ。
「大商人の妻はどこの部屋で死んだんですか?」
「それなら三階の寝室みたいです。」
俺は階段を上がり三階に行こうとする。
だが階段に足をかけたところで屋敷に女性の声が響く。
「この屋敷から出て行きなさい。」
声だけなら、とても綺麗な声だ幽霊が出しているとは思えない。
「俺は貴女と話をしにきたんだ。」
「話す事など無い、早く出て行け。」
「貴女の夫は死んだんだ。」
俺の言葉に一気に妻の幽霊の声が荒げられる。
「そんなはずは無い!クラインはまだ生きている!私のために薬を探しているのだ!」
「いいえ、死んだんですよ。
薬を買ってアイリーンに戻る途中で盗賊に襲われてね。」
「嘘を言うな!たとえ死んだとしてもクラインはこの屋敷へ帰ってくる!私を置いて逝ったりはしない!ならば!帰って来ないのが生きている証拠だ!」
「では俺が貴女の夫を探してあげますよ。」
「勝手にしろ!」
俺は屋敷の外へ歩き出す。
隣を歩いているルークが話しかけてくる。
「あの、本当に探しに行くのですか?」
「はい、そう言いましたから。
その大商人が死んだ場所を教えてください。」
「…大商人が薬を買った街はハリケーンで既に滅んでいます。
その街との道もまた今は無くなっていて自然に返っているそうですよ。
たしか、アイリーンから10kmくらいの森の中で盗賊の襲撃を受けたと聞いた事があります。」
話を聞くと俺がゴーレムを使ってレベルアップする為に使っていた森だった。
「俺はこれから森に行ってきます。
アメシスさんとルビルさんは宿に戻っていてください。」
「わかったわ。」
「わかりました。」
俺は1人で街を出て森に向かって走る。
直ぐに到着して、森の中に入り、適当に進む。
探索し続けて、既に日は沈んで夜になっている。
このままでは見つからないと思った時にどこからか声が聞こえてくる。
「アリス、ドコダ、イマタスケルゾ。」
声のする方に進むと身体が透けている、恰幅の良い男性の幽霊がいた。
俺は幽霊の、前に出て声をかける。
「貴方の奥さんは屋敷で貴方の帰りを待っています。」
「オマエハダレダ、マタワタシノジャマヲスルノカ。」
「気を確かに持ってください。奥さんが屋敷で待っています。」
「トウゾクメガ、コロシテヤル。」
男性の幽霊は俺に襲いかかってくる。
俺はそれを避けて一旦退避する。
あのままでは幾ら話しかけても無駄だと判断して、まだ、自我がある妻の方に相談しよう。
俺は夜中なのにも関わらずに屋敷へ向かう。
「おーい、貴女の夫を見つけたぞ!貴女の名前はアリスで間違いないか!」
「なぜ、私の愛称を知っているのです。
それはクラインしか使わない愛称なのに。」
「だから貴女の夫を見つけたんだ。
アリス何処だ、いま助けるぞ。
と、言っていたぞ今も貴女を探して森を彷徨っている。
声をかけたが自我が消えかけていて会話にならなかった。
貴女に一緒に来てもらうしかない。」
「私はここを離れる事は出来ません。
屋敷から外へは出れないのです。
その代わりに貴方を信じて私の髪飾りを渡します。
三階の寝室に有る机の引き出しに入っているので、持って行ってクラインに見せてください。
あの髪飾りはクラインと私が結婚した時にクラインが贈ってくれた物です。
それで正気に戻るはずです。」
「アッサリと信じるんだな。
さっきまでは死んでないと言っていたじゃないか。」
「クラインが出かけてから、もう5年も経ったわ。
薄々気付いていたのよ、クラインが死んでるんじゃないかって。
でも認めたくなかったのよ、それでも認めればまたクラインと会えるのなら、それもいいかなと思ったわ。
どうかクラインを連れて来てちょうだい。
私の愛おしい夫を暗闇の中から助け出してあげて。」
俺は目の前の幽霊が言っている言葉に心を打たれた。
これは頑張ってなんとしてでもクラインを屋敷に連れ帰らなければなるまい。
「わかりました、任せてください。」
俺はその後直ぐに森に向かって走る。
「おーい!クラインさん!出てこい!」
「オマエハダレダ、トウゾクカ、コロシテヤル。」
「これを見ろ!貴方が結婚する時に妻に贈った髪飾りだ!見覚えがあるだろう!」
「ソレハ、アリスノダ、アリス、ウツクシイワタシノツマ、カミカザリ、アリス、カミカザリ、ワタシノツマ、アリスカミカザリ………髪飾り?ア、アリス?アリスは私の妻の名だ。
そこの男性、貴方は一体」
「俺は貴方の奥さんに頼まれて、貴方を連れて帰ってくるように言われた。
奥さんは死んだ今も屋敷で貴方の帰りを待ってるんだ。」
「そうか、あの子は間に合わなかったのだな、これではアリスに会わす顔が無い。
私はアリスを助けられなかった。」
その言葉で俺の何かが切れた。
「うるせぇんだよ!アリスさんは今もあんたの帰りを待ってるんだよ!愛した女を待たせていいのか⁉︎そんなの漢じゃねぇだろ!薬を買うために家を飛びだした時、あんたは漢だったはずだ!サッサと帰って奥さんに謝れ!待たせてすまないってな‼︎」
「私が…漢、そうだな、何時までも待たせていては悪いな。
逢引は男が先に待っていなければならないのに、愛した女性を待たせておくなど、出来るはずは無い!頼む私を妻の元へ連れて行ってくれ!」
「よし!付いて来い!」
俺と幽霊は街に向かって走り、屋敷の前にたどり着く。
そこにはルークさんが待っていた。
「妙な胸騒ぎがして、来てみたんだ、そしたら、まさか本当にクラインさんを探し出すとは。
私も感動の再会を見てもいいかな?」
「おぉ!まさかルークですか!元気そうですね!立派になって!」
ん?クラインさんとルークさんは知り合いだったのか?
それなら何故ルークさんはその事を隠していた?屋敷や夫婦の話も、まるで誰かに聞いた様な感じだった。
「お久しぶりです、クラインさん。
私は元気に過ごしてますよ。
クラインさんに勧められた不動産の仕事をしています。」
「そうですかそうですか!あの時に逃げ切らたんですね!本当に良かった!」
「はい、クラインさんのお陰です。
盗賊に襲われた時に貴方は1人で囮になって私たちを逃がしてくれた。
でも、必死の思いで屋敷に着いたら奥様は既に他界されていた。
貴方から受け取った薬は今お返しします。
今更遅かもしれないが命を救っていただき、本当にありがとうございました。」
ルークさんがボロボロ泣きながら一つの小瓶をクラインさんに差し出す。
「それはもう必要ありません!死者に効く薬など存在しないのだから!これはヒロにあげます!使ってください!」
俺はルークさんから小瓶を受け取り、中身を聞いてみる。
「中身は何なんですか?」
「その小瓶の中身はエリクサーです!一滴で万病を治したり四肢の欠損まで治る薬と言われており、全て飲めば寿命が延びるとさえ言われている霊薬です!」
「そんな貴重な物をいいんですか?」
「先程も言いましたが死者には効果が有りません、持っていても仕方のない物なのです。」
「では、遠慮なく。
それよりもお二人は知り合いなのですか?」
「ルークは私のところで商人の修業をしていました。
ルークは普通の商人より不動産を扱う才能が有ると言っていました。
そんな時に万病に効く薬の情報が入ってきて。
5年前のあの日も私と一緒に薬を買いに行きました。
途中で盗賊に襲われて、私は囮になり、薬をルークに託したのです。」
「ここからは私が話します。
その後私は必死に屋敷を目指しました。
けれど屋敷着いた時には奥様は亡くなられていた。
屋敷の皆んなに事情を説明した後、1度は商人を辞めて過ごしていましたが、屋敷に奥様の幽霊が出ると聞いて不動産を取り扱う商人になって、奥様が成仏出来る方法を探しておりました。
それと私がクラインさんと知り合いなのを言わなかったのは、約束も守れなかった罪深き私がクラインさんの知り合いなどと言うのは私自身が許せなかったからです。」
そういう事だったのか、だからルークさんは俺に事情を話してくれなかったんだな。
「まさか、あの時、私が言ったことでそこまで辛い思いをしているとは。
ルーク、もう気にすることは無いよ。
辛い思いをさせてしまい申し訳ない。」
「いえ、いいんです。
これは私が背負わなければならない責任ですから。」
あれ?そしたらなんでアリスさんはルークさんを見た時に気付けなかったんだ?
「なぜルークさんが屋敷に来た時にアリスさんはルークさんだと気付けなかったのですか?」
「それは、私と奥様は会った事が無いからです。
私が弟子入りした時には既に奥様は床に伏せておられましたから。」
そういう事か、なら納得だ。
「では、何時までも奥様を待たしていては申し訳ないのでそろそろ行きましょうか。」
「そうですね、アリスを待たしすぎては愚痴を言われてしまいます。」
俺たちは屋敷向かって門を潜り扉を開けて中に入る。
そしたら妙齢の美しい女性がこちらに飛んできた。
「クライン!」
「アリス!」
2人の霊はお互い確かめ合うように強く抱きついている。
「アリス!待たせてしまってすまない!ずっと1人で不安だったろう?」
「いえ、もういいのです。
こうしてまた会えたのですから!」
「アリスは今でも美しいな。」
「クラインもです。
いまでも凛々しい顔立ちですわ。」
「あはは」
「うふふ」
「あ、そうだ、ヒロさん、改めて礼を言わせてください。
本当にお世話になりました。
ありがとうございます。」
「私からも御礼申し上げますわ。
ヒロさん、こうして私達を再開させていただき、ありがとうございます。
クライン、この屋敷を是非ヒロさんに使ってもらいたいのですが。
よろしいですか?」
「私はアリスが守ったこの屋敷をアリスの好きな様に使わせたい。
でも、今は屋敷の権利はルークが持っているんだ。」
「ルーク?貴方が何時も楽しそうに話していた青年ですか?
彼はどこにいるのです?」
アリスさんの質問にクラインさんはルークさんの方に手を向けながら答える。
「彼がルークさ、今まで取り壊されない様にこの屋敷を守ってくれていた。」
「彼が、いつもクラインから話を聞いていたわ。
まさか貴方がルークだったなんて、今までありがとう。
既に死んだ身だけど、最後のお願いをさせてちょうだい。
どうかヒロさんにこの屋敷を託したいの。
お願いできないかしら?」
「勿論です!クラインさん達の再開は私の望みでも有りましたから!この屋敷は無償でヒロさんに渡します。」
「うふふ、ルーク、ありがとう。」
「私達はそろそろ逝く事にするよ。
何から何まで苦労をかけたね。
2人ともありがとう、天国から見守っているよ。
さようなら。」
「貴方達に祝福あれ、さようなら。」
2人は光に包まれながら上へ上へと昇っていく。
笑い合って、手を繋ぐ、その顔は幸せに彩られていた。
まるで新婚の夫婦の様で、子ども達が友達の手を繋ぐようにも見えて、俺まで暖かい気持ちになる光景だった。
俺は今日の出来事を思い出す。
朝からアイリーンに向けて移動して到着したら冒険者ギルドに行き、その後物件を探しに不動産屋に行った、あとは夜通し走り回って2人の迷える霊を再会させた。
結果、俺はエリクサーと屋敷を手に入れた。
ふと隣を見ると、ルークさんの顔は何時までも天に昇る2人の姿を見つめて微笑んでいる。
憑き物が落ちたような清々しい笑顔だった。
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