プロローグ
人成らざるモノ“妖”
古来より人間とは異なる異物として扱われ、若しくは神と同等に崇め奉られているモノである。
勿論、人間に有益な存在でもあれば、関わると災いをもたらす存在とも言われ訝しめられてきた“それら”は、遥かな時を経た今でも、そこかしこに存在しているのだ。
…人が認識していないだけで
*
帰りのHLが終わった教室内。
何処に寄り道しようか、部活に行こう、等々…ざわざわと響くクラスメイトの声をBGMに私は帰り支度を始めた。
明日からは長い長い夏休み。特に予定も入っていないけれど、このまま帰るのもなんだか少し勿体無い。
ゲーセンに行こうか…それとも図書館にでも行こうか…
ぼんやり考えながら教室のドアへと手を伸ばした。…瞬間。
「あっかねちゃあああああん!!!!」
ドンッ!という背後からの凄まじい勢いに耐えきれず、開きかけの教室のドアへと頭をぶつけた。
「…律。教室は走っちゃいけないって言わなかったっけ。後、いたい。凄く痛い」
「わっわっ、ごめんね朱音ちゃん!?」
よいしょーと背伸びして私の頭を撫でてくれているのは、幼馴染みの神崎律。
昔から猪突猛進な性格で噂話が大好きな、元気印の女の子である。
にんまりと笑って「あのね」と口を開く様子を見るに、恐らく新しい噂話でも仕入れたのだろう。
「今度はどんな噂?」
「ありゃ、バレちゃった。あのねあのね、朱音ちゃん“迷い路地”って知ってるかな」
「…迷い路地?」
聞いたことのない言葉だ。
わからない、と首を傾げれば、待ってましたとばかりに胸ポケットから手帳を取り出した律が得意気に噂話を説明し始める。
これもいつもの事なのだけれど…如何せん場所が場所だ。
通れないと視線を寄越すクラスメイトに一言謝罪し、教室の隅へと移動する。
「今うちの学校で話題なんだけどね、夕方に駅前の裏路地に入るといつの間にか立派な日本家屋の前に立ってるんだって!それでね、何故かそこから記憶が全く無くなって、気付くと駅のベンチに座ってるって噂!」
「ただの迷子の話じゃなくて…?」
「んーん。少なくとも、“ただの迷子”じゃあないんだなこれが!」
ほんの少し興奮ぎみに携帯が差し出される。
映っているのは某掲示板サイト。
内容はどうやら先程の話題に上がっていた迷い路地の事のようだ。
「ん…迷い路地実況?」
「そう!噂を聞いた人がね、実際に行ってみたらしいの。それをリアルタイムに実況書き込みしてたんだけど…」
律の説明を聞きながらすいすいとスクロールしていると、少しだけ違和感を感じる場所があった。
丁度、日本家屋に辿り着いたという書き込みのすぐ後。
スレ主の書き込みは他に見当たらないのに、他の人達の『マジかよ』『え?本気?』『マジなら逃げた方が良い』という書き込みがあるのだ。
辿り着いた書き込みと他の人達の書き込みの間に何かあったのは確実だろう。
だけど、何もないのだ。
普通は一度書いたコメントを消した場合、削除されました、といった文に置き換わる筈だ。
それが、無い。
現に他の人達の書き込みも『書き込み無くなってね?』『>1!?大丈夫か!?』『返事も来ねぇ…』と動揺を露にしている。
「気付いた?」
「…これ、危なくないの」
「朱音ちゃんは心配性だなぁー。でね、これを律達で検証しに行っちゃおーってお話!」
「…………ハァ?」
ばっちり決まったピースサインは可愛いよ。可愛いけど、
「行きません」
「えー!?なんでなんで!?」
「誰がそんな怖い場所に好き好んで行くの」
「律と!朱音ちゃんが!」
「却下です」
えぇーなんでー朱音ちゃーんとゆさゆさ揺さぶられても心は変わらないんです律。
「危なくないよ!だってまだ暗くないもん!」
「確かにそうだけど…何かあったらどうするの」
「律がなんとかする!」
はぁー…と長い溜め息を吐く。
お願い朱音ちゃんと此方を見詰める律のそれはおねだりをする子供にそっくりで、こうなると何を言っても聞かないのは長い付き合いで学んでいるのだ。
仕方ないな、と頷けば、目を輝かせて私の手を引っ張った。
「それでは朱音ちゃんと律の怪奇調査隊出発ー!!」
「(いつから調査隊になったんだろう…)」