中学生5
衝撃的な提案に、俺はなんて答えたか覚えていない。
びっくりした。それに、医者になるんだろ?って決めつけられたことに苛立った。
(蛙の子は蛙っていうのと同じで、医者の子は大体医者になるって思うのかね。
当事者だから、そのあたりわからないけど。)
二者面談が終わると、いつの間にか俺は塔京の学校を受けることになっていた。
都内の高校なんてまったく知らない俺と両親は、塾の先生の提案にうなづくだけだった。
両親の意向だったのか知らないが、先生は理系に強い高校を3つほど俺に提案した。
全部男子校だったが、男子校が嫌だということも俺にはなかった。
俺の住んでいた地域は、快速に乗れば一時間で、乗り換えなしで塔京駅に着く。
いわゆるベットタウンで、通勤通学に90分くらいかかるのは普通だった。
中学校まで徒歩5分、電車で30分くらいの知葉駅に行くのも、三か月に一回くらいの俺にとって、
いきなり通学に90分以上かかるというのはハードルが高かった。
めんどくさいなぁ、そう思っていた。
けれども、塾の先生も両親もそれくらいの通学は問題ないという考えだった。
それに妹も都内の中学を受験すると決めていた。
拒む理由はなかった。
嫌だと言ったとしても、じゃあどうしたい?と問われると代替案なんてなかった。
行きたい高校なんてなかった。むしろ進学なんてせずに、中学生活がずっと続けばいいと思っていた。
一番、俺と同じように驚いた反応をしてくれた(と思っていた)のが、中3の時の担任だった。
その担任の先生は、はきはきした女性で、英語を教えていた。
同級生の間では教え方がうまいと評判で、人気があった。
進路相談を定期的にする先生で、俺も受験までに4回くらい先生と一対一で話をした。
俺は都内の高校を受けます、と言った時の先生の驚いた顔をはっきり覚えている。
通うのは大変じゃない?と言って眉をひそめた表情もはっきり覚えている。
俺はその時に、塾の先生のこと、両親の考えを先生に話した。そうすると先生は何も言わなかった。眉間には皺が寄っていたけども。
けれども、その先生は俺に知葉高の推薦は受けない?とか、私立の推薦はどう?とか色々提案してくれた。
結局俺は、都内の高校に進学することになったのだが、高校の入学式にわざわざその高校にお祝いの電報を送ってくれた。
周りは知らないやつばかりで心細かった入学式。祝辞の紹介で、佐田市立千川中学校と聞こえた時、すっげぇうれしかった。
でも俺はその先生にその時のお礼を言ったことがない。家から歩いて5分なんだから、お礼を言いに行けばよかった。
先生が何も言わなかったのは、なんでだろうな…
やっぱり、医者の息子は違うわね、とか思ったのかなー。
家族の間で時折、俺の通っていた地元の中学の話がでるが、
母はいつも、あなた以外に都内に進学した学生はいないのよって言う。
母にとって、都内の高校にわざわざ通うことが、一種のステータスだったんだろうか?
わざわざ遠距離通学、お疲れ様です!って感じじゃない?
次回更新2015年3月15日ごろ予定