003
「くっ………」
俺は意識が回復してきた。
すぐに動くことはせずに周囲を探る。
しかし、すぐにそれは無駄であると分かった。
葉のこすれる音、鳥の鳴く声、動物の規則的な足音。
「ここどこだ?」
起き上がり周囲を見渡す。
人の気配はない。
「ちっ、アイツめ………」
俺は舌打ちをして悪態をつく。
周囲の木と土を見た。
これなら向こうの世界の常識が通じればだが、生活ができえうくらいに状態はいい。
俺は食べられるものもしくは近くに人がいないかと思い森の探索を始めた。
自分が気配を探れる範囲の端で、軽い足音を複数の大きな足音が追いかけているのを感じ取った。
どうする?
今俺は手ぶらだ。
足音から予想するに追っている者たちは武器を持っている。
といっても本気で追ってはいなくて疲れさせる為にそうしているような、その行為をすることに慣れている印象を受ける音だ。
ここの常識なのかは全く分からない。
俺の行動によってどうなるか何で全く分からない。
………動け。
俺は地面を蹴った。
この程度のことで委縮しているようならこの世界で生きてもいけないだろう。
それに紫苑姉の安否を確認にいくことさえできないだろう。
俺は腹をくくった。
体勢を低く音をたてないように走った。
何だ?身体が軽い。
どんどん速度は上がって行く。
気配を殺しながらの行動だというのに、この世界に来る前の全力疾走よりもはるかに早い。
考えるのは後だ。
心強い、今はそれだけでいいだろう。
体感で一分ほど走ったところで声が聞こえて来た。
内容は追っている男たちは追われている少女を犯して売ろうとしているとのことだ。
これがこの世界の一般的とは思いたくないが、もしそうだとすれば俺たちのいた現代社会からすれば、はるかに社会というものが成り立っていないことだろう。
予想以上にひどい世界にきてしまったようだ。
と、率直に思った。
より紫苑姉への心配が高まる。
さらに十数秒でその場にたどり着く。
四人か………まず一人確実に倒す。
地面を蹴った。
これにはさすがに音を消しきれない。
男たちが爆音に反応して一斉にこちらを見るが、しかし、俺はもうそこにはいない。
木を駆けあがる。
それはまさに文字通りの動作だっただろう。
走っている時の加速と余裕の残っている感じとむこうでも2・3メートルくらいなら駆け上がれたから、これくらいはできるだろうと思っていたが予想を超えていた。
十数メートルの高さまで数秒でたどりついた。
俺はさらに枝から枝へと移動し敵の頭上を取った。
枝のしなりを利用し勢いを殺さないようにし男たちに向かって飛び降りた。
目標にした一番後ろにいるもっとも体の大きな男に到達する直前、眼があった表情は驚きに染まっていた。
膝が男の頭部にめり込んで行く。
膝から骨の砕ける感覚が伝わってくる。
相当な勢いをつけて跳んだので、地面に着地してから完全に止まるまで数メートル程地面を抉りながらすべった。
顔を上げると驚愕に染まった男たちと頭部に猫の耳のついた少女。
ああ、そういう世界なのか………
表には出さないようにしながらそう思った。
場合によっては最悪である可能性がある。
「てめぇ、よくも」
ハッとした様子で剣を抜き。
俺に向かい斬りかかろうとしてきた。
俺は意識を集中させ戦闘をする為のものへと移行していく。
世界が遅くなる。
普段ならこの状態になると体が重くなるように感じるのだが、今はそのような感じはしない。
………間に合うなこれ。
まず剣を回避しようと思っていたが振る前に懐に入れそうだ。
剣を振り上げ、勢いの乗っている最中に柄頭を掌底で打ち上げた。
男の手から剣が抜ける。
何故?という表情をしているが気にすることなく顎を拳で打ち抜いた。
「な、な……」
動揺しながら剣を振ってくるが、俺にとってそのような状態以上に対応しやすいものはない。
俺はさらに前へ出た。
相手の呼吸を読み剣の間合いの内側にまで入り込み、みぞに肘を叩き込む硬いものが砕ける音と繊維の切れる音が聞こえた。
あと一人。
俺はすでに相手の能力を見切っていた、
冷静に対処すれば問題ないレベルと。
「う、うわあぁぁぁぁ」
短剣をもって突きを放ってくる。
全体重を込めた強力なものだろう。
しかし、体重が移動しきった身体で相手の動きを見て、何らかの対応をとることは難しい。
体勢を落して突きを回避し、膝を交叉の要領で身体に入れる。
前に倒したものと同じような音と蛙を潰したような声を上げて倒れていった。
「ふぅ」
戦闘が終了し、集中をとくと元の速度に戻り始める。
さてと、どうしようかねこれ?
一息ついて追いかけられていた少女の方を見た。
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます。大丈夫です」
俺が笑顔で笑いかけると、まだ警戒の色がうかがえるが少女は多少だと思うが安心した表情になってくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はようやく瞼越しに目を焼く光が薄れてきたので目をゆっくりと開いた。
何だ、これは………
目に飛び込んできた光景は、想像絶するものだった。
簡易的な大理石ようなものでつくられた神殿。
ここまではいい………
その神殿の後ろにある巨大な樹。
幹の太さは百人以上が手を伸ばして取り囲もうとしたとしても足りないだろう。
高さにおいては雲の上に隠れてしまうほどの高さだ。
枝がはぜる音が聞こえた。
私は即座にそちらをむいた。
三輪先生も私と同時にそちらをむいている。
しかも周囲の者たちに不思議がられない程度にさりげなく。
やっぱりこの人は何かある………
十数秒後に他の者たちも近づいてきて者たちに気付いた
「皆さん警戒をといてください」
そういってきたのは、麦畑を思わせる綺麗な金髪をした小学生高学年ほどの年齢だと思う小さいお人形のようなお姫様のような格好をしている幼女。
その後ろには、腰までとどく長い艶やかな黒髪をした見慣れた巫女服を着た目を固く閉じた美女。
さらに鎧を身に纏う男たち。
何故か知らないが全員兜をかぶっていない。
周りに気を配ると男子は幼女と美女にくぎ付けになっていて、女子たちは兵士たちにくぎ付けになっている。
………なるほど。
どうやら顔のいい人を集めて警戒をとく目的があったのでしょう………
私はそう思い警戒心をさらに強めた。
三輪先生の方は見るのも怖い。
現われた者たちは気付いていないようだけど物凄い怒気と殺意を感じる。
このおかしな状況よりもはるかに怖い。
「驚かせてしまってすいません」
幼女はそういって頭を下げた。
「今の世界には危機が迫っています。それを打開する為、神に選ばれた皆様を呼ばせていただきました。私たちを助けください」
そういうと巫女服を着た美女や兵士たちもそろって頭を下げ始めた。
その話を聞き、さらに揃って頭を下げたのを見てクラスメイトたちは騒めき始めた。
表情に喜色を隠せていない者、助けてくださいという言葉にうなずいている者、驚いて固まっている者。
私は何だか彼女たちからは慣れを感じた。
まるで訳の分からない時に強引に言質を取りにきているそんな印象だ。
「頭を上げてください」
私がそう思っていると一人の男子が幼女に声をかけた。
確か、この一週間でクラスの中心人物になった輝崎くんだっけ?
「まかせてください。俺達にできることなら何でもしますよ。なあ、みんな」
クラスの全員に聞こえるように大声でいった。
それに対してクラスメイトたちは肯定を示すように大きく声を上げた。
な……………
私は開いた口が塞がらない気分だ。
それは三輪先生も同じようで口元が引きつっている。
私たちは目が合ったその時の気持ちは、大丈夫かこいつらで一致していたと思う。
「ありがとうございます皆様。ここでお話するのは何ですから、私たちのお城まで招待して、そこでお話したいと思います」
幼女はそういうと多分クラス全員が乗れるくらい大きい馬車がむかってくる。
一人また一人とクラスメイトたちが馬車に入っていく。
あれ?颯がいない………
急に見知らぬ場所に連れてこられた為、気付くのが遅れた。
私は周囲を見渡す。
しかし、周囲にはいつも目で追っている色はない。
急に不安がこみあげてきた。
「榊さんなにしてるの?はやく行きましょう」
私はクラスメイトが誰もいなくなるまでその場に立っていた。
それを見かねたのか三輪先生が声をかけて来た。
「すいません。直ぐいきます」
私は不安を抱えながら馬車に乗った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
馬車に揺られながら不安と一部喜色とやる気に満ちた顔をしている子供たちを見る。
そういうシチュエーションの小説が人気であることは聞いたことがあるから、喜んでいる者たちはまだいいが、話されたことをうのみにしてやる気をみなぎらせている、あの阿呆は………
今も横に座って話をしている。
見れば相手の緊張もすっかりとけて笑顔で談笑していた。
…………何だ?あれは……
私は一気に身体から力が抜けてしまった。
向こうの世界でもこいつは、本当に空気と言うものを一切読まないようなやつだったな……
それに加えて何故かこいつの周りには女が多い。
………顔は悪くない。
性格も誰にでも優しく出来るやつだ。
だが、本当に空気が読めない………
本当にこいつのことを好きになるという女の気持ちが分からん。
今、こいつのことは、考えるだけ無駄だな……
こいつのせいで、この世界の危機とやらを解決する為に使われそうになっている。
………おそらくだがこの世界に来てからだが、五感の能力が上昇しているな。
そうでなければ数百メートル先から来るものの足音を聞くなんて無理だろう。
それを考えると呼び出した……ここら辺に何かこの能力増加の原因がありそうだな。
私は一端考えを打ち切って馬車の中を一通り見渡す。
…………やはりいないな。
黛颯…………私がこの学校で教師をやる理由となった者。
まあ、正確にはあそこで意気消沈している榊紫苑もなんだけどね………
分かりやすくいえば、監視役といったところかな。
何故かは知らないけど、子供の頃から監視をさせられていた。
理由を聞いても教えてくれなかった。
………もしかすれば、私はこの世界に来れて喜んでいる側の人間なのかもしれない。
ようやくこれで子供の頃からさせられていた役目から解放される。
やっとこれで毎日寝て過ごすことができるかもしれない。
他の人からすれば下らないかもしれないが、良く分からないまま良く分からない訓練を物心つく前からやらされて形になってきたら、理由も分からないまま二人の行動を逐一報告する為に見張りにされた。
しかし、この世界にはそれを指示してくるようなものはいない………私は自由になれる。
世界の危機だか何だかは知らないが、大げさに言っているだけでこの国の危機くらいだろう。
そんな事でわたしの自由を邪魔されたらたまらないな………ある程度知識をつけたらどうにかして逃げよう。
向こうのサバイバル技術が、はたして何所まで役に立つかは分からないが、知らないよりはましだろう。
ちらりと紫苑の方を見る。
颯がいないことに気付いてからあんな調子だ。
周りにいる女子が話しかけて、もから返事を返すだけだ。
四年ほど前に彼の方から関わらないようにしようといわれてから、ほとんど会話をしていないようだけど、あの頃からいだいていた感情は消えていないようだね。
しかも、私と同じように、もしかしたらこの世界にきて、向こうにある自分にも分からないしがらみから、解放されればあの時のように戻れると思ったのだろう。
それを思い至って周囲を見た時にその彼がいないと、気付いたとすれば、あの落ち込みようは分からなくもない。
まあ、勝手な想像だけどね。
紫苑には個人的には恨みも何もないし、むしろ長年見て来て少しだけ彼女のことは応援したいくらいだから最低限自分でどうにかできるくらいまで回復するまでは留まろうかね。