037
ノックの音が聞こえ体を起こした。
「ハヤテ~、アンリからそろそろ起こせと言われたので起こしに来ました~」
「ありがとう。今起きる」
布団から体を出してエマに返事をする。
俺が起きたことを気配が遠ざかっていった。
日の傾きあら予想するに布団に入ってから大体二時間。ルカとの約束の五時まで後一時間くらいか。
俺は軽く柔軟をして体を温め眠気を払う。体を動かした限りでは疲労は残ってなさそうだ。
時間をかけてゆっくりと筋肉を伸ばしていくと、頭にかかったモヤが消え思考が鮮明になっていく。
〈虚空庫〉から着替えを取り出し着替える。
ふと、迷宮での戦闘中にアナウンスが頭で響いていたことを思い出した。ルカたちとディートリッヒたちの前では、盗み見られる可能性があったので見なかった。
手の上にステータスカードを出して変更内容を確認する。
・・・*・・・*・・・*・・・
名前 : 黛 颯
職業 : 【魔王】【魔導士】【魔槍士】
種族 : 人族
体力 :E
筋力 :E+
敏捷 :C
器用 :A
魔力 :S+
称号
〈異世界人〉〈天眼士〉〈魔王〉〈魔神継承者〉〈魔神の友人〉
スキル
・戦闘
〈槍術〉〈柔術〉〈脚術〉
・魔法
〈理法(加速・減速・加熱・冷却・重力操作・集硬・隔離・遮断)〈思考詠唱〉
・生産
〈解体〉〈消臭〉〈消毒〉
・耐性
〈毒素破壊〉〈悪臭耐性〉
・特殊
〈思考加速〉〈並立思考〉〈魔力操作(魔鎧・魔刃)〉〈柳体〉〈空歩〉〈心眼〉〈閃刄〉〈魔王化(魔人化)〉〈時空庫〉〈言語翻訳〉
・・・*・・・*・・・*・・・
敏捷と器用の-がとれてCとAになった。
相変わらず筋力と体力が伸びない。まあ、それは魔力がカバーしているから問題ないか。
称号は〈魔物発券機〉が迷宮の中にいた時に手に入れた〈天眼士〉に統合された。
スキルは〈魔王化〉から派生した〈魔人化〉と〈閃刄〉が増えて、〈天眼士〉を手に入れた時に習得した〈天眼〉は〈心眼〉に統合された。
〈天眼士〉は魔物の魔石の反応と人間の魔力の反応を処理して、直接ものを見なくても位置関係を把握するやつみたいだ。
〈心眼〉に統合された〈天眼〉は、正面から相手を見た時それらを脳内で上から俯瞰するように変換する鷹の目と呼ばれるもの。さらにこれは魔力の濃淡を見ることもできるものらしくスライムの体を切り裂く時にも役に立った。
使い勝手のいいものが手に入るのは運がいいな。
俺はステータスカードの内容に満足しながらしまって外に出た。
扉を開けると扉の前にエマがいた。
「あれ?下に行ってなかったのか」
俺はてっきり気配が遠くなっていったので、下に行っていると思っていたからいると思っていなかったので声が漏れた。
「シュカを起こそうかと思ったんですけど、それはハヤテがいたほうがいいと思いまして」
「そうか………いや、起こさなくてもいいだろう。と言うか、言ってくれれば早く出てきたのだが」
「いえいえ~、下にいるとアンリに雑用をやらされるのでちょうどいいかな~と」
そんなことの為にわざわざ気配を消してここにいたのか。
「そんなこと言っていいのか?アンリさんに見つかったら不味いんじゃないのか?」
「下で作業をやってるので大丈夫だと思いますよ~」
エマはそう言いながら笑う。
その屈託のない笑顔は、迷宮内でルカがいる時に見せた陰のある表情をしたとは思えない。
「なあ、エマ」
「何ですか?」
そのことを聞こうとしたが、俺の雰囲気から何かを察したようで無言のまま圧力を感じる笑みを浮かべて聞いてくる。
「いや、何でもない」
「用事もないのに名前を呼んでくるなんて恋仲みたいですね~
もしかして、ハヤテってそっち系の人ですか~」
俺は苦笑しながら「そんなことはない」と言った。
「じゃ、先に下へいってますね~」
エマは小走りで廊下を走り階段を下りていく。
遠ざかっていく背中を見て自分の行動が自分らしくないなと思った。
俺はこんなに相手に興味を持つ人間だっただろうか?自問してみるが答えはないだった。それ以上にこんなことを言うことにメリットが何もない。表面上はそれなりにうまくいっているように俺は思っている。それなら、今までどおり適当に笑いながら付き合っているのが一番いいだろう。アンリさんがエマに対してこのことを俺から見ればおどけたように聞いていた。それで聞いて問題ないと思った?見る限りエマとアンリさんは信頼関係がある。そんなものは俺とエマの間にはない。そもそも何故あんなことを言おうとした?口が勝手に動いたようにも感じた。ふと思い浮かんだものを無遠慮に踏み込んで、逆鱗を踏み抜こうとした。俺はその程度の思慮深かさもなくなったのか?いや、そもそも相手のそんなことに興味を欠片ほども思わなかったと思う。
こっちに来て変わってか?再び自問する。思い当たることはある。
確かに向こうにいる時では、ありえないような行動をしている。その最もたるものが、魔物の命を奪っていることだろう。
それは道場の訓練の中に殺してしまった数よりも圧倒的に多い。
「考えてもしょうがないか」
堂々巡りになろうとした思考をそう呟いて切る。文字通り世界が変わってしまったことによる急激な環境の変化に頭がついてこられていないのだろう。
自分のよくわからない行動で重くなった足を引きずりながら階段を下りた。呟くことで区切りをつけたはずなのに、まだ思考を回そうとしている自分の脳に苛立ちさえも感じる。
俺は深く息を吸って無効にいた頃からやっていた思考の整理をして、その時に感じている感情を押し込める。
この時俺は深層心理では気づいていた本当の原因から思考を遠ざけた。あのまま思考を回していれば、それにたどり着けたかもしれない。しかし、俺は思考の調整をしてしまった。向こうの世界にいた頃では、せいぜい一時的に感情を殺すだけだった。この思考の調整は、〈並立思考〉をこの世界に来た時に手に入れるのに貢献した技能の一つだ。今はスキルとして手に入れてしまった為、俺が意図的に思い返すまでそれが再びその思いを持つのはかなり先となった。
俺は頭のモヤが晴れ軽くなった足取りで下の階に降りた。
・・・*・・・*・・・*・・・
一階のカフェフロアに入ると、様々な料理の匂いが調和しお互いを引き立てあっている。
変に背筋が伸びるような匂いではなく、反対に気を抜けるようなものだ。
「起きたか。シュカはいいのか?」
「はい。疲れているだろうから寝かせておこうかと。
勝手ですが、シュカの分の食事とお菓子はとっておいて欲しいのですが」
「ああ、構わないぞ。お前のほうで保存しておけ」
これはこっちに置いておくと食われるぞって言うことかな。
そう思って何故?と首をかしげると。
「来るのはあの外にいた二人の女だろう。私を含めて女は気に入った甘味は周囲が驚く程食べるからな」
「そう言うものなんですか?」
「そう言うものだ」
自分の実感を伴った説得力のある?説明だった。好みでないものを作っている訳がないので甘いものは好きなのだろうが、アンリさんがこれを真剣な表情で言ってきたので呆気にとられてしまった。勝手な想像だったがこのように冗談めいた事を言うと思っていなかったからだ。
その後、アンリさんからシュカの分の食事を受け取って〈虚空個〉へ入れた。
「シュカが自分で目を覚ましておりてきたとしてもそれは出さなくてもいいぞ」
「え、いいんですか?」
「構わないさ。多めに作っている。余ったとしても知り合いの子供にでも配ればいいし露天で売ればいい」
「それはさぞや人気があるのでしょうね」
「自分で言うのもなんだがそうだな。露店を出すと買ったものが出ていると、別のものに伝えるらしく途切れることなく人が来て大体一時間くらいで売り切れる」
言い終えると顎に指を当てて、少し困ったような表情をした。
「ただ、これで稼ぐ気がなく美味しいものが安く食べられればいいなと思って材料費だけを値段としたら、それで生活をしている者たちに迷惑をかけたことがある。
一昔前は値段設定が大変だった」
「そうなんですか……」
それを聞いて苦笑し、内心で外に出ないように驚愕した。いったいどれほどの量を作ったのだろうか?たった一人でこの巨大な街に影響を与えるほど作れるものなのか?
アンリさんの価格に勝とうとして値段を下げたら、利益が少なくなって生活ができなくなってしまう。その値段で生活をしようとして数を作るようになったら、質を落として生産量を上げて値下げて大量生産ができない店がなくなる。
確か、お金持ちが良かれと思って行動しても、周りとのバランスを考えないと結局は全体の利益が少なくなって、全てがダメになると聞いたことがある。
「今はどうしているんですか?」
何となく聞きたくないので今どうしているのかを聞く。
「今は露店を出す場所を商業ギルドに示してもらって値段も全て決めてもらっている」
「なるほど」
「だが、自分が使うよりも遥かに大きな金額が入ってくるので困っている」
決めてもらっていると聞いて大丈夫かと思ったら、アンリさんのお菓子はそれを補って有り余る人気があるようだ。
「は、はぁ。確かこれって一定期間で価値って下がりますよね。
あ、だから地下の食料庫にあんなに食材を貯めていたんですか?」
俺は手の上に硬貨を取り出して言った。
「ああ。
まあ、それだけでは使い切れないので国や街、古くからある紹介の証券などを買っている」
「え?証券ですか?」
俺は出てくると思っていなかった単語に驚く。
「なんだ?証券はお前のいた場所にはなかったのか?」
「いえ、そんなことはありませんが」
「別に驚くことでもないだろう。使い切れぬ分を証券にして、所持している資産価値の低下を防ぐのはよく使われる行為だろう」
「まあ、そうですね」
考えてみれば機械がない時代でも証券は存在していたのだから、こちらにあっても驚くようなことではないのか?なんで魔石を担保にして、定期的に価値の低下があるようにしているのは何故だろう。と思っていたが溜め込むのではなく使わせる為か。アンリさんのように使うものがないと思っている者にも証券の形にして使わせ。預かったものを国や街で使って孤児院や道の整備にでも使っているのだろう。
街の道はどこに行ってもちゃんと整備されていて、ありがちな排泄物やゴミも落ちていなかった。思い返せば、他の国と比べると群を抜いて清潔だった国にいると他に国に行った時に道に落ちているゴミが気になる時があった。しかし、この街は考えてみるまで気にならなかった。その理由はそれを使って清掃員を雇っているのだろう。上手く出来ているな。
それを考えると冒険者ギルドの中の臭いも何とかして欲しいと思う。
まあ、管理しているのが別だから仕方ないか。
・・・*・・・*・・・*・・・
自分に当てられた部屋の中で黒い外套を脱ぎ、ステータスカードから取り出したハヤテいた国の学校の学生服のような形をした白い準正装に袖を通す。
襟元に章が一つ、左の胸元には三つの勲章が付けられている。
出身国の調停国ヴァーゲを表す幾何学模様と天秤を合わせた国章。
聖調教同盟で統一された全十五階級ある軍の武官階級の七位を表す中央に白金でラインが入った金の剣の軍章。
出身した学園のランクを表す。円の中心に成長の象徴の種が配置され、生命の象徴の蔦が縁取る勲章。彼の準正装についているそれは、聖調教同盟の複数の国が運営する同立の学園を表す一位勲章の魔鋼豊種章。
樹の根から切り離された円が独立した系譜を象徴する絵の勲章。彼の持つ〈風刃〉は希少度や殺傷能力、効力規模は高くないが彼の研鑽と工夫によって本来のものよりも一段階高い四位勲章の銀独導章を与えられている。
部屋に備え付けられた鏡を見て胸元に付けられた章の向きと襟元を整える。
ポケットから銀製時計を取り出す。軽い音を鳴らして蓋が開く。
「時間だな」
彼は時間を確認するとそう呟く。手を閉じて時計の蓋を閉める。蓋の留め具の金属が噛み合う音を聞きながらポケットに戻した。
自分に当てられた部屋から出て屋敷のエントランスでふたりを待った。数分間待っていると赤い着流しを着て腰に大太刀を差した長身の紅髪の長髪、切れ目の金眼のオルガと濃紺のフード付きローブを着た絹のように滑らかな銀髪、感情の読めない碧眼の儚げな雰囲気のベアーテが歩いてきた。
「どうしたのだ、そんな格好をして?」
エントランスに立っているルカの服装を見て二人は首をかしげた。そして視線を合わせてオルガが口を開いた。
「ハヤテと話をするからな」
「ハヤテと?」
「何故?」
オルガとシュカは何故わざわざ準正装まで着ているのか分らない。
「前回は個人で依頼した形にしていたが今回は正式に依頼を出す」
「どう言うことだ?」
「彼のことをどう思う?」
「どうとは?」
質問に質問で返されさらに困惑する。
「何のことでもいい。実力のことだろうとも性格のことだろうとも」
「実力か。武術の練度に魔力量、操作技能……全てにおいて私を上回っている。勝っているものは腕力くらいだろう。それでも瞬発力は負けている。
性格の方はよく分からんとしか言いようがないだろう。
普段の姿を見ていれば善良な人間に見えるのだろうが、奴が戦っているところを見ればそれは首を傾げざるをえない。
敵の命を奪うことに対する躊躇が全くない。目的を達成するためならば息を吸うようにそれを成すだろう。あの殺気の質はそういったものだ。
私たちも同じだからそれはいいだろう。
しかし、それだけではない。私を殺そうと頭を切り替えた時の表情は笑みだった。
狂喜の笑みだ。奴は戦いを楽しんでいる。刃を合わせ合いを技の高め合いに忘我を感じる。命の奪い合いを傾慕している。
だが、奴はそれを自分で自覚していないのか、掩っているのかは分らないが普段はそれ一切見せない。お前が私の戦いを遮ったのはあれを見たからだろう?そしてお前が現れた瞬間それが霧散したのは奴にそれができる程度には余裕が残っていたということだろう。
そして奴には何か目的がある。迷宮の中でお前の話を聞いていれば分かる。だがそれも戦意と同じように普段は欠片も見せない。
その時にそれを見せるということは、ポーカーフェイスは得意ではあるまい。それなのにそれ以外には感じさせないそれは、もはや人格が変わっているのではとさえ思わせる」
ルカはオルガのまとめに深く頷いた。
「俺も概ねその通りだと思っている。
だからこそ何をするか分からない。コントロールするためにこちらにつけなければならない。理由は分からないが冒険者ギルドを嫌悪しているようだが、分からないからこそ向こうにつく可能性かある。それは彼に渡すだろう報酬よりも被害は圧倒的に多い。あの実力なら推薦をすれば自身の力でいくつかの技能勲章か屠竜章のどちらかは取れるだろう」
ルカがそう言うと二人は頷く。
ちなみにオルガは図形に直線と曲線を組み合わせた複雑な紋章を刻んだ、奥伝所持及び魔紋の刻印修復技能の所持を表す四位勲章の銀魔紋章。シュカは鑑定を象徴するモノクルを象った鑑定技能を持つことを示す五位勲章の品隲章と、最強の精霊魔導師をモチーフにした円の周りに宝珠を衛星のように配置した三位勲章の金精霊章。と言った、技能勲章を受勲している。
「玉石混交とも言える技能勲章はともかく、実力の絶対の証明である屠竜章が取れるかも知れないというのは、私たちの実力では当分受勲は無理だと自覚をしている分、少々羨望せざるをえないな」
「同感」
オルガが苦い表情をしてそう言い。ベアーテも同じ表情をして頷く。
ルカの言った屠竜章を取れる。それは彼女たち……いや、自分の能力に自信を持つ者にとっては羨望することだ。
屠竜章。
亜竜クラスの魔物を個人討伐できることを証明されたものが得られる勲章。
簡単に言えば亜竜を殺せたらもらえる勲章だ。
到達者であることの証明。
この聖調教同盟に忠誠を誓っているもの、自らの力で生きていこうとするものが目指す最初の境界線。
才能のあるものが弛まぬ努力と運のあったものがようやく到達できる領域。
ルカやオルガ、ベアーテもいずれ手に入れるだろうとされているが、今はその領域に至ってはいない。
「まあ、いい。俺が本国へ報告に戻っている時は彼を見ていろ。
オルガは今まで通りに絡んでいればいい、ベアーテは理法とやらを教えてもらう約束をしていただろうそれで接近しろ」
「問題ないな。あいつともう一度戦いたいのは本心だ」
「理法は興味深い」
ルカは二人の反応を見て二人が言う事を聞くのは、自分の願望と合致しているからではないだろうかと思ったが、それでも彼と関わってこちらにつく可能性を高められるからいいかと言うことにしておいた。
ルカはどちらも面倒な性格をしている気もするがしてそれが問題になる気がするが、二人共見た目はいいのでそれに言い寄られるのはハヤテも悪い気はしないだろう。
まあ、二人共完全に相手に拒絶されるようなことはしないだろう。
それでも、自分の考えが少々確実性にかけるなと思ったが、今はこれでいいかとしておいた。どこまで踏み込んでいいのかを確認するのは、自分がやるよりもリスクはないだろうと思うからだ。
ちなみに自分が本国へ報告の為に戻り、二人をここに残して置くということを言った時、ハヤテは監視しておいてくれと取ったようで苦い表情をした。ルカは言葉にすることはなく、表情でしっかりと見ておいてくれたら優遇すると伝えた。
ただ、それを伝え合いため息をついた時ルカを見る目には、含みのある視線を向けられたので残しておく理由が、多少推測しているのではと思わせた。




