034
長方形で五百・千メートル、最も高い位置が十五メートルの半円形。部屋の大きさは小部屋の十倍ほど。
扉をくぐるとすぐのところにパーティー一つが待機できるスペースがあった。
壁や天井は先程までのような、ゴツゴツとした坑道のようなものではなく、ならされて人工物にように平らだった。
円の頂点に巨大な光る鉱石が込まれていて部屋全体を明るく照らしている。
そして五百メートル先に控えるのは、先程まで相手にしていた魔物たち。
さらに彼らの背後に佇む、二振りの磨き上げられたくもりの無い鏡面の刀身の剣を携える醜鬼士。灰色の体毛の先ほどのものと比較し倍ほどの高さ一・五メートル全長五メートルほどの大きさの巨大な狼。同じく倍以上の大きさの高さ一・二メートル翼を含め横幅六メートル超の蝙蝠。俺の五割増しの全長と槍の倍の横幅の巨大なスライム。
それら四体の魔物たちには、地中の地脈より吸い上げた魔力が供給されていることが〈心眼〉を通して分かる。
上位種なのだから従えているものよりはもともと強いのだろうが、醜鬼士とそれらは同じくらいの区分のものだろう。
しかし、肌から感じる圧力から迷宮によって強化されているものより、さらに一回りは強くなっているように感じる。
その四体たちは、外にいた醜王鬼以上の強さだと予想する。
姿は同じだが、迷宮から地脈の膨大な魔力を供給されることによって、完全に別物になっている。
それらはこの部屋の中、正確には後十二歩前に歩くことで大気のスペースから出る。
それと同時に彼らは動きだす。
それはここまでたどりついた迷宮の慈悲か、それとも最後の一片まで力を振り絞り極上の闘争を捧げろということなのか。
「ほう……門番か」
部屋と後ろに控える四体を見てルカが嬉しそうに笑う。
皆、門番を見て安堵したような表情をしている。
しかし、俺は何故ルカここまで嬉しそうにしているのかよく分からなかった。
俺たちが普通の冒険者で初見の迷宮を探索に来ているのなら、帰還できる転移門のある証拠とも言えるものは喜ぶだろう。
しかし、彼はこの迷宮からどれだけ利益が得られるかを調べに来た調査員のようなものだ。
俺の勝手な想像だがそういったものと言うのは、調べたものがいい方が喜ぶと思う。
だが、仕事が楽になっていいと思ったのかもしれない。
そういうことを思わなそうなルカの印象を持っていたのが意外だと思った。
「門番がいるのならあの扉の向こうに転移門があるということでしょう?
迷宮の階層が少ないということですよね。
と言うことは、得られるものが少ないということなのでは?」
「下位や中位の迷宮ならそうだろう。
しかし、高位以上のものならば一層ごとに難易度が跳ね上がるものや層の面積が数倍となっていくもの、階の中に外界と同じ自然空間が作られていることがある。
一階層からここまで広かったのだろうから、後者二つである可能性が高い。
探索難度は跳ね上がるがこれらは、通常の迷宮とは比較にならない恩恵が得られる。
これは本当に珍しい種類のものだから知らなくても無理はないな」
俺がルカに聞くと想像をよりも饒舌に説明した。
どうやらこれは、結果がよくてなおかつ仕事が終わるという二つのことが重なったからということか。
「それにしてもあまり驚いている様子がありませんね」
「なに。このタイプの迷宮は、今までいくつか見つけたことがある。
その時のここのように一階層が余りにも広かったのでな、予想はついていた」
何だ、この広さは普通と言うことではなかったのか?
まてよ、となると、俺以外はこの予想ができていたのか?
それに気づくと先ほどの発言は、それを自ら言ってしまったということになる。
しかも、フォローまでされていたことに気づく。
もはや遅いだろうが、そんな内心を諭されぬよう表情を固める。
「さて、門番ということは注意事項は変わらないが、先程よりも一段階気を引き締めて臨んでほしい。
門番は迷宮より魔力の供給を受ける。
まさに迷宮の各到達点において試練とも言うべき存在だ。
オルガ、今回はここ脱出する。
使いたければ使え」
「ほう?いいのか?」
「お前がいいと思うならそうしろ」
ルカの言葉を聞いてオルガは肩をすくめる。
紋章魔法の説明を聞いた時、彼女は奥伝という奥の手があることは分かっている。
しかし、俺と戦った時の規模のものでさえまだ使ってない。
秘密にしなければならないものなのか?
それとも体に負担がかかるから使わないのか?
俺に簡単に存在は話したことから発動方法は秘とする必要はあるが、戦っている場面を隠すまでのことはないと思う。
おそらく、後者。
それなら今回それは使われることはないだろう。
「ハヤテ。前へ出てくれるかな?」
「後ろはいいんですか?」
「ああ、ここは背後からの攻撃は警戒しなくていい。
ずっと後衛の守備ということで後ろにいただろう?
お前は俺が直接依頼したんだ。
働いでもらうぞ?」
「他の方が前に出るので不要と思ったから出なかったのですけどね」
ルカの指摘は図星だったが、それでも俺の言ったことも事実である。
しかし、休憩中に転移門が街と街との間にあることを聞いていた。それが使えればどれだけ広いかわからないこの世界を自分の足で探しまわらないで済む。まあ、当然だろうが簡単には使わせてもらえないだろう。だから、ここで実力を見せる。それでこれより下の階層を探索するのについて行ってさらに成果を出す。それを聞いてやる気を出したから、足元を見られそうだからルカから言ってもらう必要があった。
まあ、こんなことは読まれている気がするけどね。
さてと、回してもらった魔物の素材とうでもなかなか稼がせてもらったのだから、依頼者の希望に応えるか。
俺は最後に思ったことを顔に出す。
表情を一切動かしていないルカが何を考えているかはわからない。
「二人には真っ先にナイト・バッドをその後は、オルガが醜鬼士をハヤテがラージ・スライム相手にして欲しい。
俺たちは大灰狼を含めたそれ以外の魔物を倒す」
ルカはそうして言葉を切った。
俺たちは頷いたが、エマは多少表情が暗い。
気にはなるがここで言うわけにはいくまい。
「さて、行こうか」
「了解」
オルガが俺にニヤリと笑って言ってくる。
オルガは両腕の紋章に圧縮した重々しい魔力を送る。
紋章から炎が吹き出し体に纏われていく。
俺はオルガと同じように圧縮した魔力を作り出し、体の深部に槍に浸透させていく。
オルガの全てを飲み込み破壊する炎のように荒々しい殺気と俺の鞘に収められている刀のような冷たい殺気。
膨大な殺気を放つ俺たちを見て警戒心を高める。
数歩前に出ると、俺とオルガは同時に地面を蹴った。
境界線から俺とオルガが出ると堰を切ったように動きたす。
蝙蝠たちが一斉に前に出て風矢、風槍、超音波が雨霰のように放たれ、その後ろから石弾、石槍も飛んでくる。
魔法攻撃を確認した俺とオルガは相殺の為のものを作り出す。
オルガが身に纏う炎を大太刀へ送り圧縮、俺は集硬の理法で槍の先端に空気を集め高温を持ったところで魔力を送り熱量を保存。
大太刀と槍が振るわれ、前方へ巨大な斬撃が飛ぶ。
高熱を持ったそれは空気を膨張させ、魔物たちが放つ魔法を押しのけ、襲いかかる。
先頭の魔物が怯み、僅かに蝙蝠たちがバランスを崩したように見えたが、一体として倒すことはできなかった。
背後からいくつもの魔法攻撃が放たれる。
炎弾、水弾、風弾が飛び小さい蝙蝠を落とし、巨大な蝙蝠は宙を舞うように動きすべて回避した。
俺とオルガは視線を交わし方針を伝える。
頷くと同時に後方から飛んできた炎弾のいくつかが爆発。
轟音と共に視野いっぱいに緋色の炎が広がる。
俺は〈空歩〉でオルガは足元で爆発を起こし宙を駆ける。
俺が先に炎をくぐり抜けると魔法攻撃を回避している蝙蝠を視認。
爆発によって限定された飛行方向を先読みし突きを放つ。
飛燕のように宙を舞って突きを回避。続けざまに蹴り放つ。
「ちっ!?」
受け流されぬよう体の中心を蹴ったのだが衝撃を流された。
蝙蝠を蹴った足からは空を蹴ったように何も伝わってこない。
くるりと回りながら矢尻ほどの大きさの風弾を俺の頭部に首、胸部、両肩に腹部へ各部三つずつ正確に前方、左右上下から宙に曲線を描いて迫る。
後方へ飛び退くと、風弾が圧縮された空気と魔力が轟音とともに開放され爆発。
撒き散らされた音と魔力が俺の知覚を妨害する。
その刹那の隙を突いて俺の頭上から風を纏わせた爪で切りかかってくる。
槍を垂直に構え石突きで受け、爪をそらすと同時に跳躍。
爪の勢いを利用し、上手を支点とし槍を回転させ上段に構える。
跳躍のすれ違いざまに膝をいれ、進行方向を変えさせる。
跳び上がったところへ上段から槍を振り下ろす。
蝙蝠は後方に風弾を作り爆発させ、刃の間合いの内側に入り柄の部分を前爪で受け体が翼を折りたたんで反転。
前爪と同様に風を纏わせた後ろ爪で俺のこめかみへの蹴りを放つ。
それが俺の頭部当たる瞬間、緋色の剣閃が空中に走り腹部を両断した。
断面は大太刀が纏っていた炎に焼かれ炭化していた。
肉の焼ける臭いが俺の鼻腔につく。
俺とオルガは音もなく着地、切り裂かれた蝙蝠は鈍い音を立てて落下。
「ルカから最初に倒せと言われていたのは倒した。
後は各自で動くぞ」
「組んで動いた方がいい気がしますが」
「何だ、できぬのか?」
これは挑発というよりも邪魔をするなという意味だろうな。
「分かりました。好きにしてください」
それを聴くとオルガは地面を蹴った。
飛斬と紋章魔法の爆破を使いながら、残った小さな蝙蝠とスライムの魔法攻撃を落とす。
その時、後ろに構えていた醜鬼士が動き出した。
それを感じ取ったオルガがさらに魔力を込めて飛斬を放つ。
醜鬼士はふわりと跳躍して回避、背後にいた魔物たちはまとめて両断される。
着地の瞬間、走る速度をのせ下段からの切り上げ。
醜鬼士は切り下ろしで迎え撃ち、その勢いで後方へ跳ぶ。
オルガはさらに踏み込んで同じように着地の瞬間今度は横薙ぎ。
醜鬼士は今度は剣で受けず、着地と同時に地面に沈んでいくように見えるほど滑らかに体勢を低くする。
斬撃は醜鬼士の頭上を通りすぎる。
そこからオルガの足を狙った下段切り。
それをオルガは前方宙返りで回避。
背中合わせのような状態からお互いに振り返りざまの斬撃。
それはオルガが競り勝ち剣を弾く。
醜鬼士はそのまま回転し逆の剣を振り抜く。
オルガは半歩下がって回避。
さらに体を回しての振り下ろしを大太刀で受け流し腹部に膝を入れる。
踏み込んで柄で顎を殴り、さらに廻し蹴りを腹部に入れる。
醜鬼士はその勢いで横に跳びオルガが追う。
走りながら剣と大太刀が一秒間にお互いの間に十数の火花を飛ばしながら切り合う。
走る方向を瞬時に切り替え、数歩宙を駆けて三次元的に動き相手を惑わせる
「おっと」
体を反らして横から飛んできたものを回避する。
俺がオルガと醜鬼士の戦いを見ていると電柱サイズの石槍が飛んできた。
後方から轟音が響く。
それを飛ばしてきたのは巨大スライム。
その上には同じ大きさの石柱が十数本浮いている。
俺も行くか。
俺が地面を蹴ると、巨大なラージ・スライムに侍るスライムたちが石槍を放ってくる。
銛のように返しのついた子供の腕くらいの大きさの石の槍を左右に体を傾けて回避、体勢を低くし掻い潜って接近する。
スライムたちの前にいる赤い皮膚のガッシリとした体つきをした醜赤鬼たちへこのまま切りつけようと意志を送る。
身構えたところで、思いっ切り体勢を倒して一段階速度を上げ、剣を持っていない方の脇を抜けすれ違いざまに切ろうとした。
外ならこの個体の上位種である醜鬼士も、反応できなかっただろう体捌きに下位種の醜赤鬼が反応した。
手首を返し、下半身からの回転と膝を伸ばす勢いを伝え、中段から剣を振り上げる。
大きく腕を振るって側面へ切るのではなく、前傾姿勢で前に出ている首を切りに来る理想的な反応。
「ぐぉ?」
殺ったと思った醜赤鬼は呆けた声を上げた。
切りくけた敵を見失ったのと、意思に反して視線がどんどんと低くなっていくからだ。
自分の体が地面に叩きつけられた時、ようやく自分が切られたのだと気づいたようだ。
足に魔力を送り一切の遅滞なく逆方向へ跳び、醜赤鬼の胴をすれ違いざまに両断した。
背後にいる醜赤鬼たち、大小の黄のスライムたちの一部を除いて裏をかいた。
その一部が石槍を放ってくるが、〈空歩〉でさらに方向転換。
目の前にいるすべての魔物たちの意識から抜ける。
槍に魔力を流し、振ると同時に再び空を蹴る。
槍の軌道上に残る魔力の軌跡は極限まで引き伸ばされ、空に繊月を描く。
振り切ると反転。
刃先が冷たく光り空に繊月が描かれると、一つにつき十から二十の魔物が物言わぬ肉片となる。
後数回ですべて殺せると思った瞬間、周囲の魔物ごと電柱サイズの石槍が飛来。
俺は体勢を下げ、石槍の下を抜ける。
背後の魔物は飛来する三十数本の石槍によって肉片どころか挽肉になっていく。
そのまま接近し切りかかろうとすると、巨大なスライムから地面へ魔力が広がっていく。
足元とから粘性の強い液体が沸騰し気泡が弾けるような鈍い音が耳朶を揺らす。
地面が変形し、自分の胴の倍以上太い大きな石槍が幾数十本も俺に迫る。
ラージ・スライムを惑わせるように魔力と影を残し、空を駆ける。
石槍を掻い潜り、視線が通った瞬間、槍の刃先へ薄く圧縮した魔力を纏わせ〈閃刄〉を放つ。
「ちっ」
ラージ・スライムの体表に残った〈閃刄〉の傷跡を見て舌打ちを一つ。
どうやらあれは一定粘度と言う訳ではなく、様々な硬軟の層が混ざり合っている。
中程までは切り裂くことができているが、奥に行くほどに分散され断面も荒くなっている。
一息に切るには圧倒的な破壊力を刺突に付加させるか、理法を使った攻撃をするか。
頭上から床と同じように………遥かに速い速度で迫った。
意識を向けていなかったので反応が一瞬遅れた。
身を掲げて、回避。
虚をつかれ少々ヒヤリとしつつも、後方へ跳ぶ。
刹那置いて地面から一斉に石槍が飛び出す。
三十メートルほど距離を置いて俺とラージ・スライムは睨み合う。
さてどうしようか、多分ここから〈閃刄〉を十数個放てば押し切れるだろう。
息を吐いて、方針を決めた。
刺突で行くか。
息を吸って、呼気と共により魔力を体に行き渡らせる。
より強く、深く〈心眼〉を開眼。地面に広がる魔力の濃淡を見えるようにする。
濃淡を見て次の瞬間の魔力の行先を予想する。
地を蹴りラージ・スライムに近づこうとした瞬間、床と天井からいくつも石槍が飛び出した。
隙間を縫って接近すると、口がとじるように上下から同時に四十数本の石槍が迫る。
集硬の理法で空気の層を生成、〈魔力操作〉の派生技能〈魔鎧〉で層を強化。
俺に当たる軌道の石槍に対し風壁で槍の突き出す速度を緩める。
その一瞬の遅滞でできた間にラージ・スライムに肉薄。
ラージ・スライムの表面が瞬時に硬質化。先端を針に変化させ弾丸の速度で撃ち出す。
〈心眼〉によって魔力の濃淡を鮮明に見える俺には、すべての動きを魔力で行っているスライムの動きを読むのは容易い。
撃ち出すだけでなく、枝分かれするように設定されている石針を掻い潜り上へ。
石針の枝分かれをする場所が、十分にラージ・スライムの体から離れたことを確認した。
瞬間、空中で反転。ラージ・スライムの内側に入り込む。
〈魔刃〉を発動。
刃から軋む音が聞こえるまで魔力を流し込む。〈魔力操作〉派生技能のである〈魔刃〉。魔力を流し切断能力を高める専門の技能とも言えるもので魔力を込めているからだろうか、オルガと戦闘を行った時よりもさらに魔力を込められている気がする。
突きを放つ瞬間、足元に〈空歩〉で足場を生成。落下と屈伸の勢いを槍へと送る。
突き出された槍は、魔力によって空気抵抗を流すのではなく、その切断能力で空気を静断していく。
ラージ・スライムの体も空気と同じように、音もなく切り裂かれ……透過していくように進み、ラージ・スライムの核を二つに割った。
ラージ・スライムの体が崩れ落ち、完全に死亡したこと確認すると、背後に三つの落下音。
そして間を置かずにオルガが炎の尾を引いて落下。落下音の元、両腕を切り裂かれた醜鬼士の胸部へ大太刀を突き立てる。
醜鬼士の断末魔が聞こえると同時に、宙に舞っていた磨き上げられた剣が軽い音を立てて地面に突き刺さった。
断末魔が途絶え醜鬼士の死亡を確認すると、膝を伸ばし自然体を取ると、大太刀を二度振るい血糊を払い鯉口を鳴らして鞘へ戻す。
・・・*・・・*・・・*・・・
ハヤテがラージ・スライムをオルガが醜鬼士を倒したのと数秒前。
ルカは大灰狼の攻撃を回避しながら、そこへ合わせてきた灰狼の攻撃に対し、瞬間的に加速し首の血管を斬る。
斬ると同時に気配を殺して幻影で姿を消す、影を残して大灰狼、灰狼たちを惑わす。
ルカの姿が消えると同時に後方からベアーテが低階梯の魔法を雨のように打ち込む。
後方へ向かおうとした灰狼を黒影が抜けると首から血を噴き出して倒れる。
後方で戦っていたものすべてに背中に氷を入れられたかのような寒気を感じた。
いや、正確に言えばルカたちと戦っていた灰狼、スライム、蝙蝠、醜悪鬼すべてが同じように死の気配を感じた。
後方にいたもの全ては発生源に顔を向ける。
その発生源は前方でラージ・スラムと戦っているハヤテから。
ラージ・スライムに槍を突き立てる数瞬前。前触れもなく彼の放つ魔力が膨れ上がった。
しかし、魔力や殺気を放出していたわけではない。
寧ろ完全に双方ともに武器に余すこと無く込めきっている。
何故それに気づいたのかは、死の気配に敏感な前衛と魔物は背を刺す冷気。
シュカは高位の獣人の直感、ベアーテは経験、リュエは妖森族の感知能力らか。
そしてハヤテを見た瞬間、槍に注がれた圧縮され制御されきった魔力を見てさらに怖気立つ。
槍を突き出した瞬間でさせ魔力は、刃から離れることはなく。すべて破壊力に転換された。
しかも、無駄な風や熱量の変換、破壊は起こらず、軌道上のラージ・スライムの体を切り核を破壊する最小限の結果だけを残した。
(………恐ろしい限りだな。控えめに見積もっても俺たちと同じか、まだ隠している能力を使えば到達者級ということもありえるな)
ルカは内心で重々しく思う。
「多少は見せておこうか」
ルカはそう呟く。
(一度、首都へ戻って報告をした後、再び探索をする。増員はされるだろうがそこまで高位のものは来ないだろう。なら、ここよりも階の層を探索する時、彼の力を借りたい)
ハヤテは戦いを続けているルカを見ている。
ルカの動きを解析し取り込めるものは、取り込もうという貪欲な目をしている。
ルカはハヤテの方を向き小さく笑みを浮かべる。
硬直から解放された大灰狼が動きだす。
表所を引き締め魔力を周囲に散布する。
それを見たオルガが驚いたような表情を浮かべた。
大灰狼がルカの魔力の散布を警戒しつつも地を蹴って加速。
一歩を踏み出し動き出した次の瞬間、前後の足が切断され、首元に裂傷が走り血管が切り裂かれ頚髄までとどき血が吹き出す。
足のなくなり、神経を切られた大灰狼は空中で体勢を崩し加速のままに地面を滑った。
ルカの足元まで滑り止まる。
大灰狼は驚愕の表情を作りルカを見上げ、急激に瞳から光が消えて首を落とされ絶命した。
それを見ていたハヤテは大灰狼と同じかそれ以上に驚愕の表情を作っていた。
「なんだ、今のは………」
彼の驚愕は呟き通り何が起こったのか〈心眼〉を使っても何も見えず解らなかった。
ルカが使ったのは彼の切り札の一つ。その中の特に初見で見切ることが困難な技。
例にも漏れずハヤテも見切ることができず顔に驚きを浮かべていた。
それを見て少しルカは内心でホッとしていた。
これでたった一度でネタが割れたら興味が引けないからだ。
続けて残りの灰狼を倒していった。




