033
休憩を終え俺たちは迷宮に入った。
中に入り思ったことは、想像よりも狭いな、だった。
俺の使う長さ70センチの刀身、178センチの柄の全長248センチを誇る巨大な槍を余裕を持って振れる幅と高さの通路。
それから考えれば十分広いのだろうが、俺は先ほど醜鬼たちが通って出てきたのからもっと広いと思っていた。
「醜鬼たちはここを通ってきたのですか?」
ここに入ってきた時の状態を含め歩いて出てきたとは思えなかった。
迷宮の入口は地面に斜め下に向かって穴があいていた。
少し進んだところで直径五メートル深さ7,8メートルの穴がありそこへ飛び降りて入ったからだ。
あの量の醜鬼たちが登ってきたとは思えない。
「正確なことは分かっていませんが、迷宮内の魔物を入口の外に転移させていると言われています」
「言われているとは?」
「誰もその場面を見たことがないからです。
迷宮都市などでは、それは起こったことがありません。
しかし、迷宮は攻略していくと帰還限定ですが、転移門が使えるようになるのでそれができると予想されています」
まあ、その転移門から送られてくるというのは、転移門が出る専用の一方通行であることと合わせて説得力がある。
「どれくらいの間隔で転移門はあるのですか?」
「例外もあるが四分の一、二分の一、四分の三、最下層の手前の四つ。
一つ目の転移門の位置で階層数を予想できます。
まず一つ目の転移門を目指し、できることならば二人目まで行きます。
そこまで行けばある程度難易度は分かります」
ルカは多分俺が次聞くであろうことと指針を決める意味も込めて言った。
多分、これまでの迷宮を調べて統計的に難易度を割り出せるのだろう。
「ベアーテ。
道を頼む」
「了解」
ルカがベアーテに短く声をかけると、ベアーテは目をつぶって精霊を集める。
ベアーテの周囲から魔力の宿った人の耳では聞き取れない高音が放たれるのを肌で感じる。
ステータスカードから紙とペンと出すし、線と大小の円の簡易的な地図を書いていく。
数分間後、この階層の地図が完成する。
俺は一つ目の分岐点までの距離を目測で測り、その距離と書かれた地図の長さを比較して、この階の全貌を予想する。
大体小さな市一つ分といったものか、もしこれをベアーテが地図をなしでマッピングしながら探索するとなると思うと気が遠くなる。
まあ、そうならない為につけられているだろうけど。
道はゴツゴツとした岩の突き出る炭鉱のようなものだった。
そこから一定の間隔で光る岩が突き出て、それらが迷宮の内部を薄く照らしていた。
光量は普通の人間が文字を読むのが困難になってくるもの。
とは言っても、俺はもともと暗視ができるし、〈心眼〉で視覚以外の器官がそれを補う戦闘をする分には支障は無い。
「広いな」
出来た地図を見てルカが呟く。
「たくっ、こんな大きさになる前に見つかりゃあいいんだけどな」
「仕方ないさ。
迷宮はしっかりと育つまで口を開かないのだから」
ロドスとディートリッヒが言う。
育ってうちを開くか随分と生物的な表現をするな。
ふと、自分から意識的に封ず込めない限り出続ける魔力が地面に向かって動き、吸収されているのに気づく。
俺は自分の手のひらから魔力を空気中へ放つ。
自分が操作から離れると地面に向かった。
これは……使うことはないだろうが最悪の場合、最高まで熱量を上げた弾丸を使おうと思ったが、これはさらに危険度が増して使えないな。
あれは空気を圧縮加熱しているので、最低限自分に被害が出ないところまで飛ばさなければならない。
何かに当たるか、保存の為に纏わせる魔力が空気中に溶けると押さえつけているものが消えて自動で爆発する。
魔力が吸収されるとなれば、それが予想を超えて剥がされる可能性がある。
この性質を確認した俺は迷宮とは、人を誘って魔力を使わせて魔力を吸収するのが目的なのではと思った。
魔物を外にやるのは、全体から見れば本当に一部のもので迷宮が魔物を吐き出さなくなるのは、上に都市が作られてそこから魔力を回収できるようになるからではないか。
周囲の魔素も吸収しているし、そこに住む人間が生きている限り出す魔力も吸収できるのだろう。
それを思うと迷宮は、甘い匂いで獲物を誘う食虫植物のように感じた。
俺は、これは休憩の時のネタにでもするかと、思考を打ち切る。
俺たちは気を引き締めて歩き出す。
時には上階からでも致死級のトラップが仕掛けられている可能性があるからだ。
とは言え、その手のトラップはルカが見つけることができるので、彼を先頭にして歩く。
数分間歩くと空気中の魔力濃度よりも高い塊、魔石を捉えた。
ルカもほぼ同じタイミングでその存在を捉えていた。
とは言ってもその魔力の大きさは醜鬼士と同じくらいのものが五個。
余程のことでもない限り問題ないだろう。
俺とルカが魔物がいることを確認してから数分後他のものもそれらに気づく。
迷宮に入り初めて遭遇したのは、ある意味では定番とも言えるスライムだった。
俺の半分ほどの全長で黒と黄土色の混じった液体に、液体よりも少し濃い色の魔石が浮いている。
俺たちがスライムたちを視界に収めると同時にスライムたちも俺たちに気づいた。
体の中の魔石が鈍く光り、秒間四から六個の拳大の大きさの石弾が飛来する。
俺たちとスライムたちとの距離は約百メートル、石弾は約一秒でその距離を殺し俺たちに襲いかかる。
事前に探知していた俺と攻撃の予兆を見たエマとオルガが刹那遅れて前に出る。
ルカはロドスとディートリッヒと共に俺たちの後ろにまわり、俺たちが撃ち漏らした分がシュカ、ベアーテ、リュエに当たらないように間に入る。
とは言っても、俺たちは文字通りすべての石弾を叩き落とす。
俺とエマは槍と大鎌の柄でオルガは大太刀の峰で石弾を粉砕していく。
俺はあれでよく刃が歪まないなと思う。
素材がよいのかオルガの腕が良いのか、まあ、どっちもだろう。
「風矢」
俺たちが攻撃を弾いていると、ベアーテが精霊に命令し魔法を組み上げる。
風でできた矢が飛んでいき魔石を貫く。
スライムたちは粘性が無くなったかのように崩れ出し地面に広がった。
それを見届け、向かってくる石弾の最後の一つを落とし、〈心眼〉で隠れている魔物がないかを確認してから構えを解く。
ちなみに火、炎属性のスライムは発火剤、水、氷属性を持ったスライムは保冷剤になり、今倒した土属性のスライムは肥料になるらしい。
と言うか、今戦った感じでは、迷宮を探索するものがどれくらいの実力高は分からないが、後衛を守りながらだとこれってかなりキツいのでは?と思った。
いや、このメンバーには盾を持っているのがいないだけで、普通のパーティーなら一人くらいは持っている奴がいるか。
証拠にキャンプにいた冒険者たちは、盾を持っている者は多かった。
俺は重力操作の理法で無重力の場を作り出しスライムの液体を浮かばせる。
加速の理法で手に持った瓶の中に入るように移動させる。
スライムの液体を回収した俺たちは道を進む。
しばらく歩いていると、前方から闇に溶けるほど黒い体色の蝙蝠の群れがこちらへ向かって来た。
その群れを従えているボスが指令を出すと、五十近い群れの蝙蝠たちが一斉に口を開く。
口内から魔力の宿った超音波が発生。
全てが合成され巨大化し、破壊力を持った超音波が俺たちに迫る。
俺は指令を出して時点で動こうとしたが、オルガが先に動いた
ルカがコウモリの群れを見た瞬間、彼はオルガに動くように促していたようだ。
大太刀に手を添えている腕に曲線が複雑に絡みあい明滅する紋章が浮かび上がる。
一閃。
あえて魔力を流さずに鞘から振り抜かれた大太刀は、ゆうに音速の数倍以上の速度を出す
刃先から稲妻が空気を裂くような轟音を響かせ、刃先から真空波が発生。
風の刃は蝙蝠たちの作り出した超音波を吹き飛ばす。
さらに真空波は手前に浮かぶ蝙蝠たちに到達し細切れになる。
中程にいるものたちにも届き、破壊力は落ちていたが羽を切り裂くには十分だった。
前方にいたボスも切り裂かれているが、後方に残った蝙蝠がオルガに一斉に風の弾丸を放つ。
オルガは逆の手を突き出し魔力を流し、紋章が浮かび上がる。
オルガと蝙蝠たちの間に緋の華が咲き風の弾丸を吹き飛ばす。
続けて大太刀を二度振るい自ら作った炎を十字に両断。
残った蝙蝠たちを真空波が切り刻んだ。
紋章から魔力を飛ばし大太刀を鞘へ戻す。
オルガがルカへ視線を送ると、彼は難しそうな表情をしていた。
「どう思う?」
「まだ二度の遭遇だ。
判断をするのは早急かもしれないが、魔法を使ってくるとなると、かなり強力な迷宮のかもしれないな」
ルカの言葉を聞くと外に出した魔物は、周囲より人間を引き込む餌であることと言うものが濃厚な気がする。
もしくは、単純な話し魔物を強化しているだけなのかもしれないが………
「敵だ。前後」
ルカがハッとして声を上げる。
俺とエマ、ディートリッヒとロドスが後ろへ回る。
同時にシュカ、ベアーテ、リュエは魔法の発動準備を開始した。
耳をすませるとほんの僅かな足音を拾った。
前後から希薄な気配八体ずつ。
闇の中から二本の小太刀を持った背の低い緑色の鬼が、音もなく地面を滑るように隊列を組んで接近する。
それらは外でもなども見た醜悪鬼だ。
しかし、外のものの鈍重な動きとは違い、地を滑るように動く速度は飛燕のよう。
ディートリッヒは銃を向け引き金を引き十六の重弾が飛ぶ。
「む?」
牽制目的のものとは言えすべて回避されたことにディートリッヒが眉をひそめた。
地面を蹴ると壁や天井を駆け、重弾を掻い潜り距離を詰めてくる。
壁を走る鬼たちに先回りをしたエマが大鎌を振るった。
起動上に置いた小太刀を何の抵抗もなく通過し、肩から胸部、腹部へ通り抜ける。
刃が通り抜けた数瞬後、体がずれ血飛沫が吹き出しエマへと降りかかろうとするが到達する前に空を蹴る。
左右から迫る鬼へ水平薙ぎで胴を両断。
防御さえも間に合わずに一方的に斬殺された。
それを見て俺は、やはり多少強化されているとは言え、醜悪鬼は醜悪鬼かと思ったのだが、次の瞬間目を疑うような光景を見た。
慣性に従って上半身だけになった醜悪鬼は、切り裂かれた腹部より臓物をこぼしながら両手の小太刀をエマへ振るおうとしているのを〈心眼〉で捉えた。
「エマっ、まだだっ!」
「っ!?」
俺が声を荒らげて警告をする。
エマは切り掛かろうとする上半身だけとなった醜悪鬼を見て息を飲んだ。
顔に驚きを浮かべながらも大鎌の柄で二本の小太刀を受け止め、空中で体をねじり刺突を交わした。
数本の金色の髪が宙を舞い、襟に僅かな切れ目が入る。
俺とエマは視線を交わして、次の行動を示し合う。
エマは後方へ飛び退いて俺と入れ替わる。
胴を斬られても攻撃を行ってきた醜悪鬼が地面に落ちる音が耳に届く。
間を置かずにエマへ追撃を加えようとしていた三体の醜悪鬼の刺突は空を切る。
一体一体、確実に動けないようにする。
俺は先ほどの醜悪鬼の自らの命をかえりみることのない動きを見てそう思った。
天井をけった俺は突きを放って首を刺し神経を切る。
空中で体をひねり落下の速度をのせ、踵を後頭部へ落とす。
足から骨を砕き脳を破壊する感触を感じる。
体勢を立て直した醜悪鬼が再び壁を蹴り頭部へ出された刺突に対し、手首を捻り突進の方向を曲げ同時に体を回す。
腕をたたみ伸ばされた醜悪鬼の肘へ俺の肘をつき出し叩きつけ、関節破壊から逃げようとする重心移動を利用し後方、エマのいる方向へ投げる。
次と思ったら、ディートリッヒの重弾が壁を走る醜悪鬼に命中し体勢を崩したところをロドスに頭部を粉砕され、俺の後ろでも醜悪鬼を両断する音が聞こえた。
俺たちの方にいた醜悪鬼たちはすべて倒した。
向こうも倒しきっている。
胴の両断されているものと、袈裟斬りにされているので合計四体。
ベアーテの風の魔法で頭部を吹き飛ばされているものも四体。
俺は目をつぶり周囲の音、足から伝わる振動、漂う魔力を感じ魔物がいないかを調べる。
一応、地面に魔力を流しそれを触覚のように使い有無を確認する。
魔力は一定の距離を置くと霧散していくので数メートル程であるがいないことを確信した。
自分の倒した分をステータスカードに収納する。
エマに視線を送り確認すると同じように収納する。
それにしても強さもさることならば、あの攻撃の姿勢は………
俺は顎に手を当てて魔物の動きを思い出す。
上位種がいなくても連携のとれた醜悪鬼の動き、そして上位種がいなくなっても連携をとった蝙蝠の動き………
あれは上位種に命令を受けたものだろう。
しかも、外で醜将鬼が醜鬼士に出した命令よりも、より強制力が高そうだ。
「皆も予想が付いているだろうが」
ルカが俺たちに声をかける。
目をつぶって言葉を切った。
一息ついて口を開いた。
「ここは暫定的に高位ランクの迷宮とする」
全員もルカのいう通り予想がついていたのか、驚くような表情は作らなかったが、重々しく頷いた。
迷宮の区分は四つある。
低位、中位、高位、最高位。
これは魔物の一般的な区分、魔物のステータスの平均値と迷宮内部に出るものと比べ、どれくらい平均値が高いかで迷宮の位を決める。
低位は能力値はそのまま、中位で三段階上昇、つまり一回り高い。
以下同様に高位、最高位と上がるごとに一回りずつ上がっていく。
本来、醜悪鬼はF+級だがここではD+級。
駆け出しの冒険者が倒せる最弱の魔物が、ここだと中位の冒険者の派遣を推奨されるものとなる。
しかも、ここでは迷宮こそが魔物たちにとって命令の主。
まだ見ていないが、おそらくすべての魔物が種を超えて連携をとる。
それを鑑みれば皆の反応もうなずける。
「できれば二つ目を目指すとしていたが、今回は一つ目の転移門で脱出する」
俺たちはルカの言葉にうなずいて探索を再開した。
これがただの冒険者がランク未定の迷宮に入っているのなら、高位と言うことが分かれば引いたかのかもしれない。
しかし、迷宮の調査に来ていた元々能力の高いものたちだったからかもしれないが、俺たちが引き返すことはなかった。
道では多種の魔物の連携はなかったが、ベアーテの描いた地図の大小の丸。
小部屋の壁から魔物が生み出されていた。
まあ、正確には迷宮には、本来の方法では人がはいれない場所に魔物の住んでいる区画があり。
そこから魔物が送られてくる。
小部屋には、様々な武器で襲いかかる醜悪鬼、土の魔法を使う黄色のスライム、風の魔法を使い闇に溶ける蝙蝠、〈空歩〉を使い空中を駆ける狼が連携を取って来る。
シュカ、ベアーテ、リュエの魔法を順番に小部屋の中に打ち込み、ロドスとディートリッヒを護衛にし、俺、エマ、オルガ、ルカが残ったものを倒し次の魔物を吐き出す前に通り抜ける。
危険があるので全ては回収できないが、できる限り回収する。
五回の休憩をはさみその小部屋を七つほど抜けると、その小部屋の数倍の広さのこの階の終点部分についた。
中にはこの階で出ていた魔物の上位種が待ち構えてる。
「分かっていると思うが確認しておく」
ルカは魔物たちがこちらを攻撃してこない地点で止まり口を開いた。
「ここの魔物は能力以上に知能も強化されている。
普通の魔物を相手にしているとは、思わないほうがいい」
「わかっているさ。
だが、ここを普通に抜けられなかったら下の階にはいけないだろう」
オルガが好戦的に顔に笑みを浮かべて言う。
「そうだな。
だがそれでも警戒するべきだ」
ルカはオルガの言葉に同意し俺たちへ視線を向けた。
「いくぞ」
俺たちは階の守護者たちの待つ部屋に入った。




