032
後衛役と気分屋のエマとオルガは休憩させ、俺たちは黙々と醜鬼たちの胸を開いて魔石を取り出し続けた。
最後の方になってくると魔石を取り出すのにかかる時間は数秒となっていた。
魔力を流した短刀で魔石スレスレまで刃を突きたて、胸を開き躊躇なく手をいれて魔石を引きずり出す。
その作業は魔石の位置を把握するスキルを持っているのと、解体をすればするほど〈解体〉のスキルに蓄積され高速化されていった。
エマは自分の作り出した風の剣を使っていたので参考にならないが、ディートリッヒとロドスはステータスカードから無骨で粗末なナイフを取り出して解体していた。
それは最後になれば当然だが摩耗し、切れ味が鈍る。
「どうかしたのかい?」
俺が手元のナイフを見ていると、視線に気づいたディートリッヒが話しかけて来た。
「いえ、解体に使っているナイフのことなのですが、それで上位種の解体ができるのですか?」
「ああ、これかい?
できないよ、上位種は持ち帰って専門家に解体してもらう。
そっちのほうが僕らがするよりも綺麗にできるからね」
「それが一般的なんでしょうか?」
「いや、高位の冒険者くらいだよ。
下位の魔物の素材はそこまで綺麗に解体される必要がないし、今、僕らが使ってる解体用のナイフで十分解体可能だしね」
「なるほど」
俺とディートリッヒが話をしているとロドスが入って来た。
「お前そんなことも知らねぇのかよ」
………なんで、こいつはこんなふうに話してくるのだろう。
俺は内心でなんでこんな面倒なことをしてくるのだろうと思った。
「少し前に登録したばかりなので知らなくても無理はないのでは?」
「はぁ、普通冒険者になるようなやつならそれくらい知ってるだろ?
戦闘はできるようだから、魔物を元から狩っていたのだろうし、どうしてたんだよ」
「全部、自分で解体していましたが?」
と言っても、この世界に来て短い俺はよく分からないが、グエンさんの村ではそうだったのでそう言っておく。
「そうなのか………お前、随分いい短刀で解体してるんだな」
俺の言葉に頷いで、ロドスは俺の解体していた醜鬼士の胸の傷を見て言った。
「すごくいいものだよね。
これ丈解体しているのに切れ味が鈍っていない」
ディートリッヒも俺が最初の方に解体したものと今解体しているものを見て言う。
「あ、これですか?」
ロドスとディートリッヒに短刀を話題に出され自分の胸元に上げる。
「これは元いた場所でもらったものです。
魔物の牙を使って作られたものですね」
「魔物の牙か、君は魔力が多いから魔力を流しやすい、切れ味が落ちていないのは魔力で強化しているからかい」
「そうですよ」
「お前、今、魔力使って大丈夫なのかよ」
「量だけは多いので」
「ふぅん、まあいいならいいんだけどな」
ロドスと会話していると何だか違和感を覚えた。
あれコイツって口が悪いだけで心配をしているのか?
昨日のことは取り敢えず棚上げにして、先ほどのことを思い出してみた。
俺たちのことを冒険者のランクが低いから能力を疑う。
それを理由についてくるなと言う。
考えてみれば実績のないやつは信用できないし、そこから能力の無いやつはついてこないほうがいい。
思い返せば、間違ったことは言ってない。
それは能力のないやつがついて来て死ぬのを止めたかった?
だからディートリッヒもロドスのことを止めなかったのでは?
そう思ってディートリッヒを見ると、苦笑しながら頷いていた。
「やっぱりなんですか?」
「そうなんだよ。
初対面では誤解されることが多くてね」
「あ、何の話だ?」
「何でもないよ」
ロドスはディートリッヒに即答されると釈然としない表情をするが、また、解体作業に戻る。
半時ほどですべての醜鬼から魔石を抜き取り終え、休憩をしている場所の風下に置いた。
「ふぅ」
息を吐き出して伸びをする。
とは言っても、ステータスカードに入れて出してを繰り返しただけなので、肉体的に疲れたわけでないが血と肉の焦げた臭いの中での作業だったので精神的に疲れた。
自分のコートの袖に鼻をつけると案の定、空気中に満ちる血と焼けた肉の臭いがこびりついていた。
悪臭の耐性のようなものは持っているが、食事をするのなら匂いが分からないとね。
俺はできるかは分からなかったが衣服と肌の表面に魔力を流し、〈消毒〉で菌を殺し〈消臭〉臭いを放つ臭素の分子同士の結合を破壊し、加速の理法を使って風を起こし砂埃を落とす。
「三十分後に迷宮の探索を始める」
「了解」
「分かりました」
「おう」
ルカが時間を決め他のものが休んでいる場所に座り込む。
「お疲れ」
シュカが横から飲み物を渡してくれる。
「ありがと」
礼を言ってコップを口に運ぶ。
………ぬるいな。
ぬるい果汁水は顔をしかめたくなるほどまずかった。
仕方ないので冷却の理法を使ってちょうどいい温度に下げる。
うん、うまい。
再び口に運んでそう思って息を吐く。
「…………」
「ん?あ…………」
俺はシュカから向けられた視線の意味を読み取り、ステータスカードからアンリさんに渡されたランチボックスを出す。
……すっかり、忘れてた。
「待ってましたよ~」
俺が出したランチボックスを見てエマがそう言う。
「お前が手伝えばもう少し早かったんだけどね」
「さて~今日のお昼はなんですかね~」
エマは露骨に視線を逸らし、ランチボックスの中身を確認する。
俺はため息をついて、ランチボックスを開け包み紙に包まれたサンドイッチを取り出す。
「お?うまそうなものを食べているな」
オルガが目の前におもちゃを置かれた子供のような顔をして俺の横に腰を落とした。
「なんですか?」
「うまそうなものを食べていると思ってな」
俺はそれを無視してサンドイッチを口に運ぼうとする………
「…………」
運ぼうとすると背後から視線を感じ振り向く。
半眼にした碧眼を俺に、正確には俺の手のサンドイッチに向けられていた。
目の前に持って行って、右へ左へ。
「…………」
無言のままサンドイッチを目だけで追う。
……面白いな。
楽しんだので口元に運ぼうとすると、横から手が伸びる。
指先で反対の手へサンドイッチを投げ、持っていた手を僅かに動かして、手首を持たせてからめとろうとするが、想定外の握力で握られ失敗。
仕方ないので腕の角度を少し変え、隙間を作ったところで肩から肘へ勢いを渡し、手から腕を抜く。
「なぜ、ベアーテには食わせよとする」
「面白かったので」
「頂戴」
両手をつきだして要求してくる。
取り敢えずベアーテの手にサンドイッチを置く。
口元に微かな笑みを浮かべてもそもそと食べだす。
「美味」
口にしてそうつぶやき満足そうに言う。
「て言うか、なんで保存食以外持ってないんですか?」
彼、彼女たちは貴族なのだろうからこう言ったものなんて作らせられるだろうし。
俺がそう言う含みを込めていうとオルガとベアーテは苦い表情になる。
「ルカが気を抜けないようにするためにな」
「意味不明」
「ああ、そうなんですか………」
「味気ないものを食しても力が出ん」
「同意」
オルガは保存食のスティックを手に持って言い、ベアーテも口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら言う。
「と言う訳だ。私にもくれ」
「どういう訳なのでしょう?」
「もっと頂戴」
「いや、俺の分がなくなるのですけど」
「どうせ、保存が効かぬだろう」
「早期」
「ええと………」
俺はランチボックスの中に入っている保冷剤を出してみせる。
「これがあるので保存はできますが?」
「む?例えステータスカードに入れておいても、それは溶けてしまうだろう?」
ん~、これは戦闘に使えないと言うことにして言おうか。
魔法関連で少し聞きたいこともあるし。
「戦闘に使えるような強力なものは使えませんが、便利な魔法は使えると言いましたね」
「ああ、言っていたな」
「何ができる?」
「こう言うことができます」
冷却の理法を使って溶けかかっている保冷剤を完全な個体に戻す。
「これは………」
「氷魔法?」
二人は目を見開く。
まあ、エマが言うにはアイスを作れるのがアンリさんしかいないと言うことは、逆説的に氷や冷気を生む魔法を使えるものがいないのだろう。
「今のは何だ?
詠唱に紋章も無かったな」
「精霊も無し」
「純属性魔力や固有という感じもなかった」
「疑問」
「今のは何だ?」
「何?」
オルガは顎にてお当てて、ベアーテは首を傾げて聞いてくる。
「ああ、やっぱりこれって珍しいものなんですか?」
「そうだな。
私も本でそのようなものがあるとしか読んだことはない」
ルカがオルガの横に座り話に加わってくる。
「ルカは知ってるんですか?」
「理法だったか。
魔力を直接物理現象に変換すると書いてあった」
ルカはそこまで言って言葉を切る。
「それ以外は」
「それだけだ」
俺がそれ以外は何が書いてあったのか聞いてみたが無かったようだ。
オルガとベアーテがお前が話せはいいだろうと視線を向けてくる。
「まあ、ルカの説明でほとんど言うことはないんですよね。
熱や冷気、加速に減速、それらを組み合わせたものくらいしかできませんし」
「どういうことだ?
聞く限りなら十分攻撃に使えるだろう」
「いやぁ、これ単体だと精々今みたいなことや身体制御の補助くらいですよ」
まあ、単体ならね。
例えば、集硬で空気を圧縮して魔力で補助、加速で撃てば風魔法と同じもの。
さらに加熱で熱して撃てば加熱した分だけ強力な風魔法と火魔法の合成のようなものに、さらに加熱し続ければプラズマ化し雷魔法、見た目は光魔法と同じになる………かな?
二個目の例まではアンリさんとの模擬戦で実際に試した。
三つ目をやらなかったのは、二つ目をやって時点で自分が巻き込まれない最低限の距離まで魔力で覆って飛ばすのが困難だったからだ。
とは言えプラズマ化は予想をしているのではなく、空気を加熱、圧縮した結果プラズマ化には成功したのだが、プラズマ化するまで熱した空気が爆ぜるのが怖くて撃てなかった。
これはもっと魔力を操作できるようになるまで封印することにした。
まあ、攻撃はできる。
回復とか補助とか、俺が思うような魔法みたいなものはできない。
だって上に上げた例は、兵器として有ったし………
とは言え、結局どれも極普通に魔力を使って身体能力を上げて切るのと、どちらが破壊力があるのだろうか?
結局どれも自分が魔力という燃料を使うのだから……まあ、切るのは魔力纏っている時は空気抵抗が減って無駄な摩擦熱とか真空波とかも起こさないから単体に、上のものを使えばゲームでいう全体攻撃のようなものになるのかな?
「まあ、言う気がないのならまあいい」
ルカは聞いてこなかった、自分やシュカが危険になれば使うだろうと思っているからだと思われる。
オルガは戦闘に使えないと聞いて興味が無くなったようで、俺のランチボックスの中へ手を伸ばそうとして、ルカに手を叩かれる。
「それ、教えて欲しい」
俺がルカとオルガのやり取りを見ているとベアーテがそう言ってきた。
「理法のこと?」
「そう。報酬出す」
「できるようになるとは限らないよ?」
「当然」
………でも、これって教えても使えるようになるのだろうか?
内心で教えられるのかと思うが、確か【魔導師】だったり〈魔力操作〉があることが条件だったから、向こうの世界の簡単な物理を教えればいいだろう。
こっちにいた魔法使いは大体使えるようになるってクノは言ってたし。
「そう言えば、紋章魔法って今まで見たことなかったんですけどあれって何なんです?」
「ふむ、まあ無理もないだろうな」
俺がそう言うとオルガが仕方ないというふうに頷いて答えた。
「あ、もしかして、外部に出せない秘匿技術でしたか?」
「いや、奥伝と呼ばれるものの機動紋章の内容でもない限りは違うな。
それとお前が紋章魔法を見たことがないというのは、これが専門の紋章修理士が定期的に調整しないと使えなくなるからだ。
故にこれを使うものは、迷宮がある都市の一部のお探索者、軍属の兵士や貴族だ」
「思ったより手のかかる魔法なのですね。
でも、紋章修理士がついてる訳ではありませんけど大丈夫なんですか?」
「お前に前であまり良い振る舞いはしていなかったが、自分の使うものくらいは直せる」
俺の言いように苦笑を浮かべながら返した。
「それでそもそも紋章魔法ってなんなんですか?」
「魔法を使うための才能、魔力と属性はあるのだが魔力を操る能力が足りない為、魔力を魔法として使えない者の補助するものだ」
ええと、つまりどう言うことだ?
「補助輪」
「補助輪?自転車の?」
俺がよく分からずに首をかしげているとベアーテがぶった切りにした。
ちなみに大きな街の中しっかりと自転車を走らせるために整備された道があり、戦いを生業にしていない一般の人々にはよく使われている。
「ベアーテ。
これは魔力を操る才能が無い者やそもそも魔力操作ができない種族のために作られた魔法なのだ。
お前の口数が少ないのは、承知しているがもう少し言葉を選べ」
「気をつける」
ベアーテはオルガに言われ素直に聞いた。
「さて、説明に戻る。
これの一番の長所は詠唱がいらないことだ。
精霊魔法や魔言魔法がその場でする詠唱をあらかじめしておくからだ。
短所はちゃんと魔力操作をして発動するものと比較すると変換率が悪い、遠距離に届く攻撃ができないこと、体に描いておいたものしか使えないこと、初伝、中伝では一定の効果しか出せないことだ」
俺には詠唱がいらないそれはあまりのも利点が大きいように感じる。
「奥伝は違うってことなんですか?」
「そうだ。
しかし、奥伝を使うのは個人用に調整しなければならない。
しかも奥伝は描くために面積が大きいため描けて一つ」
「多様性もないということですか?」
「単一の属性しか使えないというのが、多様性がないということになるのならそうなんだろうな」
「もともと固有と呼ばれるのは単一ですね」
「無い」
奥伝なら色々なことができると言うことか。
ルカは調整、応用ができればある、ベアーテは単一属性ではない。
これは単に前衛と後衛の感覚の差ではないだろうか?
まあ、つまるところ紋章魔法は手入れが必要な遠距離用に比べて燃費の悪い接近戦用魔法か。
「ハヤテハヤテ~食後のデザート出してください~」
「………ん」
話が終わったところでエマとシュカがこっちに戻ってきてデザートを要求してくる。
と言うか、お前ら食事を取られたくないから、逃げただろと言うニュアンスを込めて視線を送る。
二人は同時に視線を逸らす。
まあ、いいけど。
俺はため息をついてステータスカードから厚紙に包まれた入れ物を取り出す。
蓋を上げると三つのチーズケーキ。
アンリさんが予想した日数分の食事を用意してくれて、デザートは全て別のものを作ったと言っていた。
二人はそれを持つと、ハットした表情になって即座に元いた場所に戻っていった。
俺は何かと思うと、背中が粟立つ程の視線を感じた。
恐る恐る振り向くとオルガとベアーテがケーキを凝視していた。
「…………どうしたんですか?」
その視線はまるで数年間の間、求めていたものを見つけた冒険家のようだ。
「頼む、譲ってくれ首都を出でから一切甘味を食べてないんだ」
「頂戴!」
俺はオルガの言った首都がここからどれくらい離れているか分からないが、一週間くらいは食べていないように感じる。
多分これは普通の食事も含んでいそうだな。
俺はルカの方を見るとため息をついて保存食を食べだした。
好きにしろと言うことだろうか。
俺は手元あるケーキを視線をやって二人に向ける。
「ちゃんと分けてくださいね」
俺の手からチーズケーキを受け取ると、保存食を即座に食べ果汁水で流し込む。
ケーキを二つに割ってそっちの方が僅かに大きいなど言い合ってる。
俺はサンドイッチを食べながら多分今回の迷宮の探索間、デザートは毎回渡すことになるんだろうなと思った。
まあ、あの凄まじい視線を受けながら食べたくないからいいけど。




