030
濃い血の臭いが鼻腔に突き刺さる。
臭いの元は足元に広がる夥しい数の鬼たちの死骸。
「ふっ」
鋭く息を吐き一瞬の内に突きを放ち、隊列を組んだ醜鬼士たちの先頭にいる剣と盾を持った三体の武器をすり抜けさせ首の動脈を切り裂く。
十八体。
内心で今回の戦闘中に討伐した鬼の体数を数える。
先ほどの三体は即座には絶命しないが、突出した生命力がるわけではない為、しばらくすれば死ぬだろう。
即座に殺すことも可能であったが、そうしなかった理由はもちろんある。
骨に当てることで武器の刃が痛む。
それ以上に。
首の血管が切り裂かれた醜鬼士は、痛みにうめき声をあげ切り裂かれた場所を抑えながらその場に止まる。
その背後に控えている槍を持った醜鬼士たちは、前進することを止めた。
彼らは、おそらく死体なら容赦なく踏み潰していくだろう。
しかし、今は命令を受ける立場にあるが醜鬼士は、醜悪鬼に指令を出せる程度には知恵がある。
ならば生きている同胞を容赦なく踏みつけ押しのけることはないだろうと思った。
まあ、そうなれば儲け物程度の考えだったがどうやら上手くいった。
これは予想を超えでこいつらには効いた。
完全に足を止めてくれるとは思ってもいなかった。
口元に笑みを浮かべてすかさず、槍を長く持ち変え半身に構え水平に薙ぐ。
先頭にいた醜鬼士たちとは違い、文字通り首の皮一枚でつながっている状態まで、切り裂かれ心臓の脈動に合わせ噴水のように血が吹き出る。
二十二体。
さらにそれらか十五メートル後方に弓を持った四体の醜鬼士が、俺に向け弓を引き絞り矢を放とうとしている。
矢の向けられる方向から飛来する軌道を読み取り対処のために動こうとすると、それらの背後より黒い影が音もなく接近し正確に首の血管を切り裂いた。
切り裂いたのは風で作られた超振動をし、鋸のように対象を切る透明な剣を振るう少年、ルカだった。
ルカは地を這うに動き足首を切り裂き、機動力を奪い後方に控える三人に魔法で止めを刺させる。
さらに時には宙を駆けながら剣を振るいかつ、小さくした剣を投げ首の血管を切り裂き自分でも殺す。
「どうも」
「次だ」
俺とルカは短く言葉を交わし接近してくる次の一隊を迎え撃つ。
同様にして、それからさらに二十四体の醜鬼士を切った時点で、こいつらを率いていたもの以外討伐し尽くした。
無効も終わりそうだな。
群れを率いていた醜将鬼と戦っているエマとオルガ、ディートリッヒ、ロドスの方を見た。
この群れはキャンプからたった冒険者たちに戦闘域を迂回して歩いていると遭遇した。
三体の醜将鬼が率いており、末端の醜悪鬼の数を含めれば三百に達する数の群れだった。
こちらが先に気付いたので、シュカ、ベアーテ、リュエの三人が攻撃魔法を打ち込み、ほぼ全ての醜悪鬼と醜赤鬼を殺し尽した。
「じゃ、行ってきますね~」
「術師の守護は頼んだぞ」
「ディー行くぞ」
「仕方ないね、お願いします」
魔法で下位の醜鬼を殺し尽くすと同時にエマ、オルガ、ロドスが飛び出しロドスが駆け出していく、それを見たディートリッヒは俺とルカに護衛を頼み駆け出した。
ロドスとディートリッヒから先行するエマとオルガが大鎌と大太刀を振るい、醜鬼士の胴を両断しそれらを指揮する醜将鬼に斬りかかった。
エマとオルガは、俺よりも頭三つほど高く肩幅も倍以上ある醜将鬼と互角に切り結ぶ。
余った一体がエマに切りかかろうとした所をロドスとディートリッヒが追いつき、醜将鬼が振り下ろした人一人分の重さはありそうな大剣の側面にバトルアックスをぶつけ機動を逸らし、続けてディートリッヒが拳銃の引き金を引き黒い弾丸を大剣にぶつける。
ディートリッヒが銃から放った黒い魔力が大剣に巻き付いた。
すると醜将鬼の腕の筋肉が僅かに隆起する。
その様子から予想すると重量を増やしているのだろうと予想する。
それを確認するとロドスがバトルアックスを振りかぶり、昨日オルガが見せたように魔力で体を覆い振り下ろした。
醜将鬼は大剣を盾にしてバトルアックスを受け止めて、魔力のこもった声を醜鬼士たちにぶつけた。
内容は魔術師を殺せ、〈言語翻訳〉のスキルを持っていた俺には分かった。
醜鬼士たちは、一糸乱れぬ動きで俺たちへ向かってくる。
俺とルカは距離を詰める醜鬼士を対処した。
俺たちがそれらを対処し終えるのとほぼ同時にエマ、オルガ、ロドス、ディートリッヒは醜将鬼を倒していた。
ロドスとディートリッヒの倒した醜将鬼は腕と足にいくつもの裂傷がついており、ロドスのバトルアックスに頭部を割られていた。
しかし、エマとオルガの倒した醜将鬼の体には一切の傷がついておらず、首を両断したのと額への突きの一撃を持って葬られていた。
単純に見れば銀翼の二人、ディートリッヒとロドスはエマとオルガに劣っているように見える。
エマとオルガは、醜将鬼を単独で討伐したのに加え、対象につけた傷の数からしても余裕を持って倒しているように見える。
しかし、ロドスはともかくディートリッヒはこの結果の見たままの能力とは言えなさそうだ。
ディートリッヒはロドスの援護の為の魔弾と敵を縛る重力弾を撃つのと、牽制程度にしか刀は振るっていない。
戦いの流れを作っていたのは、他でもないディートリッヒだった。
その気になれば、ディートリッヒはエマとオルガと同じように、相手にほとんど傷を付けずに倒すことができるのではないかと思わせる。
もちろん、仲間がいる時に一人で戦う必要はないし、最小限の労力で相手を倒す方が正しいだろう。
まあ、まだお互いに連携も取れないし、結果的にはエマもオルガも一切の負傷なしに倒したのだから、これからある程度の連携を取れるようにしていけばいいだろう。
「よし、死体をステータスカードにしまってすぐに動く」
群れが全滅したことを確認したルカが皆に聞こえるように言う。
すぐには別の魔物は来ないだろうが、いつまでも血臭の充満しているような場所にはいたくないので、皆近くに転がっている醜鬼士と醜将鬼を回収する。
シュカは付加魔法の軽をかけ直し、ベアーテは風魔法で自分を敏捷を上げる。
リュエは元々敏捷は高くその手の強化をしない。
とは言っても、前衛役をしている俺たちにはついてこられる訳もないので俺たちが合わせる。
その速度は俺とシュカ、エマで狩りをしているときに比べれば、あくびが出るほど遅い。
特にそれで苛立っているのはエマだ。
元々、ソロで動いていてマイペースな彼は、遅い者に合わせるのが苦手なのだろう。
まあ、それでも口に出さないあたりまだ自制は効くようだ。
その分群れを見る事に率いているボス級の魔物突っ込んでいく。
それにしても、魔法使いといえば全く動けないというのが、俺のイメージだったのだが予想以上にベアーテもリュエも動ける。
向こうの世界の陸上選手よりも早いくらいだ。
その後、三つの群れを殲滅し迷宮の入口付近にたどり着く。
当然だろうが迷宮に近づけば近づくほど遭遇の頻度は多くなっていった。
とは言え、そこまで接近した時には、全滅まではさせなかった。
全滅させた群れは、冒険者たち迂回しようとしていたのと群れを構成している上位種の比率が高かったからだ。
下位種なら放っておいてもそこまでは、被害は出ないだろうからシュカ、ベアーテ、リュエが順番に魔法を打ち込んで混乱をしている間にすり抜けてきた。
・・・*・・・*・・・*・・・
迷宮の入口。
そこには醜王鬼一体、醜将鬼八体、醜鬼士約二百体、醜妖鬼約百体。
一つの軍隊にも匹敵しそうな数の醜鬼たちがいた。
「醜王鬼は流石にソロでは倒せないだろう。
あれは私とオルガで討伐する」
「ああ」
「ハヤテさんには先ほどと同じように三人の防衛をお願いします」
「分かりました」
「ディートリッヒさん、ロドスさん、エマにはハヤテさんより前に出て醜将鬼をお願いします」
「了解です」
「任せろ」
「分かりました」
「では、三人は魔法をお願いします」
「了解」
「はい」
「……ん」
俺たちはルカから簡単な方針を聞いて戦いを開始した。
「大地に、大気に、木々に満ちる緑を司る精霊よ、我が魔力を糧とし、権能を表せ」
リュエが詠唱を始め言葉通り地や空、木より精霊を集める。
精霊魔法は精霊と意志を伝える才能を持つ者が詠唱により、集め精霊たちに魔力を対価にして超常の現象を起こすものだ。
リュエの紡いだ言葉はどれだけ精霊を集めるかのもの。
と言っても、才能の大きさで一節で呼べる量はもちろん変わる。
「命の根源たる緑よ、汝は命育みを奪う者、汝は輪廻を体言する者、我が求めるは簒奪の権能、咎人の肉を貫き、血を啜り、永劫の苦痛を断罪の槍」
合計七節、七階梯魔法。
先程までは五節、五階梯まで魔法しか使っていなかったので、明らかに大きな魔法が繰り出されるのだろう。
「喰樹槍林」
醜鬼たちの立っている地面より全ての水分がなくなり、凝縮され鉄のように硬くなった木槍が醜鬼を襲う。
それにより半数の醜妖鬼、五分の一の醜鬼士が肉を貫かれ血を啜られ絶命する。
広範囲のものの為か、醜将鬼、醜王鬼は無傷。
「熱刃流」
ベアーテが火、風、土の三属性の精霊魔法を合成させた魔法を放った。
喰樹槍林の使われた範囲に地面より生成された刃を熱風が巻き上げ、刃が木槍を粉砕し熱風の対流に乗せた。
「流水壁」
そしてベアーテは即座に次の魔法を使う。
高速で回転する水の壁を作り出した。
彼女は言葉を紡がすに魔法を使えるスキルと俺と同じ〈並立思考〉のスキルを持っている。
それを使い彼女は途切れることなく魔法を使ったり、複数の魔法を合成させ巨大なものを使うことができる。
シュカの魔力が炎へ変換されていき、手の平大の大きさに圧縮して行く。
炎の球体は外側から内側へ赤からオレンジ、青、白とグラデーションを作った。
「…………行け」
シュカの命令を出すと炎球が飛んでいく。
粉砕された木々の熱流の中に入ると地を切り裂くような轟音と目を焼く閃光を放って爆発した。
空気が熱によって膨張し、周囲の木々を溶断する炎熱の真空波となって飛翔するそれは、ベアーテが予め貼っておいた水流壁が受け流す。
光が消え土煙が消え、生き残った数を確認すると、醜妖鬼が結界を張っており残っていた半数が魔力の過剰消費で死亡し残り二十数体、外側にいた醜鬼士は死亡し残り約百。
醜将鬼、醜王鬼は多少の傷はあるがほぼ無傷。
「さて、行くかな」
そう呟いて大太刀を抜き、腕に複雑に曲線が絡み合い、心音に合わせて脈動し明滅しながら広がる。
大太刀を青眼に構え、体制を低くして踏み込みで地を砕き走り出し、醜鬼士立ちとの間合いを詰める。
ルカも皆がオルガに目がいっている間に姿を消した。
走っている最中にオルガは何度も大太刀を振るい飛斬を放つ。
オルガの大太刀の間合いに入るよりも早く、先頭にいるものが斬られ僅かにたじろぐ。
オルガはその隙を逃さず地面を蹴り跳躍。
醜鬼士たちを飛び越え、後方で控えていた醜将鬼に落下の勢いを利用し大上段から振り下ろす。
醜将鬼はオルガに大太刀を大剣で受け止め十数メートル程、地面を滑り止まる。
止まるとほぼ同時に、オルガも地面につき勢いを殺すことなく更に踏み込んで、地を這うように走る。
オルガに斬り付けられた醜将鬼は、咆哮を上げ大剣を肩に担ぎ袈裟斬りを放つ。
それを見らさらに体勢を低く、大剣をくぐって醜将鬼の側面を走り抜ける。
醜将鬼は大剣を振るった勢いを利用し、体を回転させ下段からの逆袈裟をオルガに背へ。
刹那、ルカが滑空をするように背後から近づき、すれ違いざまに首筋へ剣を突き立てる。
二人は数秒ほどで醜将鬼を下し、醜王鬼へ向かう。
ほか七体の醜将鬼は、オルガとルカを追おうとするがまたも背後より、凶弾が襲う。
数秒遅れた走り出したエマ、ディートリッヒ、ロドスたち。
ディートリッヒは走りながら上空へ放ち空中で軌道を変え襲いかかった重力弾だ。
一体平均六発程命中し、急な体重の変化で体勢を崩す。
再び宙よりエマが斬りかかる。
ルカの滑空するようなものでなく、醜将鬼たちの真上からの強襲だ。
振り下ろされた大鎌の巨大な刃は表すなら断頭台。
標的にした醜将鬼の首の肉を切り裂き、骨を断つ。
エマは〈空歩〉を使い、空を踏みしめ、大鎌を振り上げる。
対象にされた醜将鬼は、すんでのところで防御が間に合い大鎌の軌道上に大剣を差し込む。
しかし、その大剣をもろともせず大鎌を振り切り空に斬影が三日月を象る。
その醜将鬼の顔からは驚きと恐怖が読み取れる。
周囲の醜将鬼たちは、咆哮を上げそれらの感情を振り払い殺到し、エマへ同時に切りかかる。
エマは同時に対応するのは無理と瞬時に判断。
一体の間合いの奥深くに入り込み、斬撃を柄で受け止めその勢いを利用して、隣同士にいる足を一本づつ両断した。
俺もあの受け、攻撃をすることも多いが、あれはエマの持っている大鎌のほうがやりやすい。
流れるような動きで次斬を放つが他の醜将鬼が攻撃を受け止める。
すぐさま他の個体が水平払いを背後から切りかかる。
しかし、エマはそれに笑顔さえ浮かべて対応する。
真上に軽く飛び大剣の腹を蹴り、その勢いで空中で体を回し大剣を持っている手首を切断。
しかも、体が回っている最中に隠しナイフを取り出し投擲。
四本のナイフが風切り音を鳴らし、それぞれがほかの醜将鬼の眼球に命中。
目を破壊された醜将鬼たちは、同時に叫び声を上げがむしゃらに大剣を振る。
エマは〈空歩〉を使った三次元的な動きでそれらを容易に回避し、回避と同時に醜将鬼たちの手足に傷が増えていく。
たった一人で七体の醜将鬼たちを圧倒している。
そこへベアーテとリュエが土と木の低階梯の精霊魔法を発動させ援護する。
エマは地面から伸びる土槍に足をかけ、それを蹴りさらに多様な動きをする。
まだ、無傷の醜将鬼たちが細心の注意を払いながらエマを攻める。
エマに遅れてディートリッヒとロドスが醜鬼士たちを抜けた。
それを見た醜将鬼たちは背中合わせた形をとり背後を補い合う。
ディートリッヒが拳銃を向け重力弾を打つ。
大剣に魔力をまとわせて重力弾を切り裂く。
その魔力に弾かれ、重力弾の黒い魔力は弾かれ、重量増加の効果は現れなかった。
重力弾を切った醜将鬼はニヤリとするが、その顔は次の瞬間驚愕に染まった。
頭上から五発の重力弾が落ちてきて頭部や肩へ命中する。
唸り声から意味を読むと何時の間に?だった。
答えは最初のやつだ。
他の物よりも一際高く飛びそれで時間差を作った。
ディートリッヒはエマが動かす醜将鬼たちの位置を把握し、細かく出て行く場所を微調整していた。
本当に戦場の流れを作るのがうまいと思う。
重力弾を受け頭を下げたところにロドスがバトルアックスを振り上げ頭部を狙う。
その醜将鬼はギリギリで大剣を戻しバトルアックスを受け止めた。
「流石に二回目だと反応してくるね」
「ちっ、醜悪鬼の癖に鬱陶しい」
「まあまあ、ゆっくりと行こうか」
「邪魔しないでくださいよ」
エマは斬撃を回避しながら二人の会話に割って入る。
「あぁっ!?」
「あはは、手厳しいな」
会話を終えて三人は醜将鬼たちとの戦闘を再開する。




