028
パンの焼ける匂いと香草のスープの煮える匂いを感じながら、フランパンに油をたらし熱が通ったことを匂いで確認し、あらかじめ塩コショウをかけ分厚く切ったベーコンを入れる。
表面に焼き色がつくまでソテーすると火からおろして皿にのせる。
続いて卵を落とし、目玉焼きを作る。
ええと、確かシュカとアンリさんが柔らかめでエマが固めだったな。
好みを思い出しながらフライパンにのった卵に火を通す。
黄身の色から状態を確認してベーコンを盛ったものと同じ皿に盛る。
サラダ用に用意された野菜を切り、ドレッシングを作って小皿に入れる。
パンとスープを火からおろし、皿にのせてお盆に皿をのせる。
そのお盆を全てのる大きなお盆にそれらをのせ、テーブルで待っている皆のところへ運ぶ。
「お待たせしました」
「ご苦労」
「ありがと~ございます~」
「………ありがとう」
全員の前にお盆を置くとそれぞれが食べる前の言葉を言って食べ始める。
他愛のない会話をしながら朝食を食べ終えた。
「ハヤテ~では早速いきましょう~」
朝食を食べ終え、食後のコーヒーを飲んでようやく頭が動き始めたエマが言った。
その声は平坦かつ自然でほんの僅かな気負いも感じない。
何というかピクニックに行くような感覚で言ってる気がするな………
「アンリさんには言ってあるが今日はもう少しすると人が来る。
その話で今日どうするかは決める」
「誰ですかそれ~」
「よく分からん。
昨日、ロドリグさんの店から帰ってくる途中に会った。
多分、ここの街のやつじゃなくて派遣されて来たやつだと思う」
「ああ~、と言うことは………ちょっとは分かりますね」
俺がそう言うとエマは納得したように頷いた。
昨日あったルカとこいつの苗字が同じだったこともあるし、なんか分かることがあるのかな?
エマは自分は貴族とっていたし、何か役目があるのだろう。
ただ、ルカは仕事をシッカリすると言う印象を受けたが、エマは完全に正反対でそう言う義務のようなことは嫌うタイプに見える。
そもそも、エマはそれを公言している。
それにしても、あの時の選択は間違えたな………いや、たらればを考えても仕方ないか、と言うか昨日オルガに接触するように動かなければ、昨日の時点でここに来ていた可能性もあるか………
その時にアンリさんやエマがどう反応するかがわからないから、もしかすればいい方へ行くのかもしれない。
しかし、逆の可能性……………と言うか、こっちの方が高いと思う。
「お前の実家はそう言うことが仕事なのか?」
「コイツの実家というよりも、この国の………聖調教の同盟国の貴族は義務を負っている」
それを答えたのは、エマではなくアンリさんだった。
「義務ですか?」
「そうだ。
彼らは様々な特権を得ている。
故に戦争、危険な魔物や今のような襲撃、迷宮の調査などのでは、必ず最善線に立つなどのな」
まあ、どんな特権があるかは、イマイチ分からないけど、そのようなものがあるのなら確かにそのような義務はあるだろうね。
「特にコイツの実家のような、必ず、強力なスキルを持って生まれる大貴族の家系は特にな」
「そう言うのは言わないで貰えませんかね~」
俺がそのスキルのことを聞こうと思ったのだが、エマが話に入ってきた。
アンリさんに対するエマの口調は普段通りに見えるが目の奥に憤りの感情が見える。
「まあ、今言ってもしょうがないな」
アンリさんはそう言ってひいた。
それは見ている俺とシュカは、多分いつものやりとりなんだろうなと思った。
ちなみにシュカとエマは俺の行動に付き合おうそうだ。
条件にもよるが俺ひとりでも条件さえよければ、ルカの話を受けてもいいと思っていた。
・・・*・・・*・・・*・・・
朝食を食べた後、ルカの来る時間になるまでアンリさんの手伝いをする。
昨日〈魔人化〉のしかたを教わり、模擬戦まで付き合ってもらってので、ここにいる間は雑用等を手伝おうことにした。
今朝朝食を作っていたのもその一環だ。
まず、地下の保存庫を冷やすための氷塊作り。
別に使うたびにかため直しているのでやる必要もない気はするが、氷の魔法を使えるものは少ないらしいので、手伝いがいるのなら作っておいたほうがいいだろうと言うことらしい。
ステータスカードにいれておけばいい気もするが、あれは入る量に限りがあるのでやらないそうだ。
ちなみにスキルではなく、魔法具やアーティファクトの方の虚空袋があり、それらがあれば入れ切ることはできるらしいが、双方ともに貴重品であるから手に入らないらしい。
それを考えるとおそらく入れられる限度のない〈虚空庫〉は相当便利なものだと思う。
アンリさんの後を歩き地下へ下りると重そうな扉が見えた。
その扉を開き保存庫に入る。
その部屋は予想以上に広かった。
床の面積が上の建物の倍以上あり、高さも一階半分ほどある。
まあ、ここは裏通りで隣の建物には誰も住んでいないのだからいいのかもしれない。
床には平らにした石が敷き詰められ、壁と天井は分厚い氷で覆われている。
部屋の角には長方形の氷塊が置かれていた。
個人で持つには大きすぎる気がする。
証拠に保存されてる食料も木箱に入っているので正確には分からないが、普通の一家が日本の平均的な食事をしても一年は持つほどの食料が保存されていた。
まあ、ただ非常事態に備えているだけだろうから特に問題はないだろうし、今のようなことがある世界なら保存しているのは普通なのではないか、むしろ当然ではないかと俺は思う。
アンリさんから作る個数を聞いて作業に移る。
氷の魔法を使えるアンリさんは直接氷塊を作れるらしいが、俺は温度を下げられるだけで同じことはできないので〈虚空庫〉に入れておいた水を出す。
〈重力操作〉で空中に浮かせ、〈集硬〉で形を整え、〈冷却〉で氷塊にする。
俺は氷塊を作る作業をしながら、別の場所で氷塊を作っているアンリさんを見る。
魔力が集まるとそれが氷塊になっていく。
どうなっているだろうあれ?
全ての工程を見たが魔力が氷になった………それしか分からなかった。
早い話、どこから水が現れたのか………どこから質量が現れたのか分からなかった。
まあ、多分俺も空気中から水分を集めると言う工程をすれば出せるのだろう。
だが、なんと言えばいいのか………魔法という感じがしない。
なんと言えばいいのか、俺が使っているのは魔法というよりも超能力に近い印象を受ける。
………いや、超能力にも氷を出すのってあるのか?
俺はそんなことを考えながら、指定された個数を作り終えた。
本来意識を魔法の行使に集中しなければならないのだろうが、〈並立思考〉のスキルがいかんなく発揮されていた。
・・・*・・・*・・・*・・・
その後、掃除やアイス作りを手伝っているとそろそろルカの来る時間になった。
「アンリさん、そろそろいいですか?」
「ああ、もうそんな時間か分かった。」
「奥の席使ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。後で茶を持っていく」
「ありがとうございます」
「お疲れ」
アンリさんは自分の作るアイスを子供用に配っているらしくそれはもう大量に作っているらしい。
別に理法を使っているので大変というわけではないが、同じ作業を延々と続けるが精神に来た。
厨房から出て、フロントへ出るとエマがナイフでお手玉をしているのをシュカが見ていた。
「あ、ハヤテお疲れ様です~」
俺の足音に気づいたのか振り向いて言ってきた。
お手玉をやめずに振り向くので見ている俺たちは少々ヒヤッとする。
柄を掴むのだけではなく、刃の部分を等を指と指の間でキャッチしているからだ。
まあ、相当なれているようだし、多分ナイフの系統のスキルを持っていれば、技能が劣化しないし以前出来たことはずっと出来るから問題ないだろう。
と言っても、数本のナイフを同時に投げ、それぞれ別々に回転しているものをそれぞれの指ではさんで、投げ続けることができるかと言われれば出来るとは断言できる気がしない。
しばらく、俺とシュカはエマのそれを見ると、店の扉が開きそこについてるベルの音がなった。
短く切った金髪に黒い外套を着た鋭い目つきの少年、ルカ・ノーサンバースランドが入って来た。
「おや~」
エマはルカの姿を見ると驚いたような声を出し、宙にあるナイフを全て回収した。
おそらく、柄を持つと本数が持てないからなのか、全て刃を持っているそれが片手に九本ずつ、それを見て本当によく手を切らないと思う。
「ルカじゃないですか、お久しぶりです~」
「ええ、久しぶりです」
エマは笑みを浮かべながら、ルカは表情を変えずにお互い内心を読ませない。
俺はどうなるかを見ているとルカはすぐにエマから視線を外して俺に向ける。
「昨日は申し訳ありませでした」
そう言って頭を下げる。
俺は昨日の時点で既に謝られているし許しているので、再び謝ってくるとは思っていなかったので少し驚いた。
「オルガはどうしたんですか?」
「………いると話が進まない可能性があるので店の外で待たせています」
「………そうですか」
俺は外に置いてきたからといっても入ってきてしまうのではないかと思った。
「いえ、私とオルガ以外に後衛役がいますので彼女に任せています」
俺はそれを聞いて少し驚いた。
目の前にいるルカはエマと同じ苗字を持っている貴族だし、アンリさんの話を聞いて予想すれば他に来ているものたちも貴族だろう。
こういっては何だが、貴族らしくない。
俺の完全なイメージだけどね。
「奥で話をしよう」
「分かりました」
「二人と行動を共にしている。
一緒でいいか?」
「構いません」
俺たちは奥の個室に入っていく。
全員が席に着くと、同時にアンリさんがお茶を持ってきた。
「ありがとうございます」
お茶を持ってきたアンリさんにルカが礼を言った。
なんと言えばいいのか、エマといいルカといい俺が抱いている貴族のイメージと合わない。
エマの方が変なのは分かるが………
「要件は何でしょう?」
まあ、大体わかるけどね。
「まだ、ギルドでは秘密にされていますが、迷宮の放出が今回の件の原因なのです。
あなたに依頼したいのは迷宮の探索に協力してもらいたいのです」
「迷宮?」
「はい。迷宮です」
「へぇ~」
「………」
俺は昨日、アンリさんが迷宮の話をしたのを思い出し、知っていたからではないかと思った。
エマはいつも通り笑って、シュカは無表情。
まあ、俺としては緊急依頼を受けていないのは、大人数と一緒に行動したくなかったからだ。
後、出来ることなら一部の人間に知られるのはいいが、冒険者たちの間で噂のように広がるのはよくない。
ロドリグさんに魔石を持って買ってもらうのもあるが、お金の方は多分こっちのほうが儲かるだろうし、魔石も多分自分が倒した分はもらえるだろう。
「勿論こちらからの直接の依頼なので依頼料は多めにしますし、あなたが倒した魔物の素材の所有権は差し上げます」
「随分と大判振る舞いをしますね」
「構いません。緊急依頼で動いている高位ランクの冒険者は使えませんから」
「なぜ俺に?」
アンリさんや奴隷商のバレッタさんも強かったともうけど。
「条件が会うのがあなたしかいなかったからです」
「…………条件?」
「あなたが考えた方は依頼するのが難しいからです」
「まあ、いいですけど」
………条件は悪くないかな?
「今回はギルドの方は関係しているのか?」
「していません、ですのでランクには関係しません」
………これなら、ランクが上がって強制依頼に参加しなければならいない状況にはならないか。
俺のことを話さないようにしてもらうのは、昨日ことがあるからもう無理だろうな。
まあ、できることであるのなら、信頼のできる地位の高いものとつながる必要があるから………
「分かりました協力します」
「ありがとうございます。
では、今日からいいでしょうか?
依頼が達成される前に調査をしなければならないので」
「ええ、いいですよ」
これも予想で来ていたので了承した。
そもそも、これがなくても魔物を狩りに行くつもりだったからだ。
「そう言えば、俺のようなものがいなかったらどうするつもりだったのですか?」
「三人で迷宮を探索するつもりでしたよ。
しかし、依頼できるものがいるのなら、安全性を高めるために協力を仰ぎます」
「そうですか」
話を終わらせアンリさんから食事を受け取る。
「あれ?昨日よりも多くないですか?」
「迷宮に行くんだろう。
なら、多めに持っておくべきだ」
「分かってたんですか?」
「勿論だ」
俺は教えてくれればいいのに、と思ったが言ってもしょうがないなとしそれは喉で止めた。
「ありがとうございます。
行ってきます」
そう言って店を出た。
・・・*・・・*・・・*・・・
アンリさんの店の外に出ると、ルカの言った通りオルガともう一人店の前に立っていた。
オルガを見張っていたのは、青いローブを着て魔女のようなとんがり帽子をかぶり、銀髪碧眼の俺よりも頭一つ分くらい背の低い無表情な少女。
「待たせた」
「おせぇな」
「問題ない」
ルカが外に待たせていた二人に声をかけると、オルガからは不機嫌そうに少女からは平坦に正反対な返しが戻ってくる。
「おう、ハヤテつ「オルガ………」
俺も見たオルガが近づいてこようとするのをルカが声を重ねて遮る。
それを見ると流石に苦笑を禁じえない。
オルガもあの後、おそらくルカに苦言を刺されているだろうがブレないし、ブレないからこそ幾度もそれを止めなくてはいけないルカには同情心すらわく。
まあ、これがもし全て演技である可能性も否定はできない。
演技であれば俺はまんまとそれに引っ掛かっているということになる。
しかし、少々非論理的であるが昨日武器を合わせた限りでは、オルガが戦うことを楽しんでいるということは本当だろう。
「最低限度仕事を終えてから個人的にやれ」
「同感」
………何だか、オルガにやらせ内容にするのではなく、彼らの言い合いの内容を聞いていると、先送りにしたようなだけなん感じがする。
まあ、しっかりと下段取りをしたあとで訓練をするというふうにすれば、俺としてもそこまで拒否することではないがね。
「すいません」
どうにか話をつけて、オルガに迷宮の探索を終えるまでは、俺に戦いは挑まないと言わせた後、またルカが頭を下げてくる。
「今はいいです」
今、これを言い出すと長くなりそうなので、取り敢えず棚上げして後で交渉材料にしよう。
ルカは俺の表情を見て、考えを読み話を切り替る。
「こちらの彼女はベアーテ・ダンジュルマイア。
私たちのパーティーの後衛役です」
「ベアーテ・ダンジュルマイア。よろしくお願いします」
「ハヤテですよろしくお願いします。こっちがシュカこっちがエマです」
「………よろしく」
「お久しぶりです~」
ベアーテ、俺、シュカはがお互いに頭を下げる。
ただエマは相手を知っていたようだ。
俺はこれが原因で何やら問題が起こらないかと内心で思った。




