002
「紫苑お嬢様。もうできるだけ合わないようにしましょう」
俺と紫苑姉が出会ってから六年近くたった。
この六年間で本当に深くかかわりあっていた。
同い年の連中にこう言うのはおかしいと思うが、アイツらは本当に攻撃できるものを見つけることに関しては、心から感心しうる程の能力を持っている。
俺は目立つ外見をしているから、そういうのに狙われるようになることは、小学校に入る前にはもう、通うだけの道場での経験から、ターゲットにされるということは分かっていた。
しかし、紫苑姉がそのような者のターゲットになるとは思ってもいなかった。
「中学にはいった時、俺といると紫苑お嬢様もまた孤立してしまうかも知れません。ですので、できる限りかかわりを持っていることを知られないようにした方がいいでしょう」
「…………」
俺のお嬢様という、よそよそしい呼び方にもショックを受けて絶句している。
それに俺と紫苑姉は、ほぼ同時期に皆伝位を貰った。
本来皆伝位といわれたらある程度、年数を通って技術を付ければもらえるという印象を受けるがここではそうではない。
免許皆伝ではなくて皆伝位だ。
読んでのごとく位だ。
だからこれを持てる人数は決まっている。
持っている連中は本当に強い証明になるし、道場にいる者たちから尊敬を受ける。
これを持っていれば家でも立場を持てる。
これを獲る条件は皆伝位を持っているものと仕合をして打ち勝つことこれだけだ。
まぐれがあるだろうと思われるかもしれないが、まぐれで負け程度ものなど相応しくないと、そういうことなのだろう。
俺はそんな決まりがあっては、皆伝位を持ち続けるのは厳しいと思ったが、勝った者が強い結果を本気で推奨しているのだろう。
といっても、皆伝位をかけた試合は俺が思ったよりも少なかった。
何せ、その時に使うものは刃引きのしていない殺傷能力のある本物の武器だ。
だから、勝てる見込みがあるものしか挑まないと思う。
さらに、ここでの死人は事故で処理される。
まぐれ勝ちを期待するような実力しか持っていないものが挑んで、相手に不興を買って殺されても文句は言えない。
まあ、死人に口は無いけど。
でも俺は恨まれただけだった。
だけど紫苑姉の元には、紫苑姉を尊敬する人が集まった。
「颯……嫌だよ…………何で?私は…………」
っ!?
分かってますよ…………泣かないでくださいよ。
俺たちはお互いに依存しあってきただからその後の言葉はいってはダメだ。
「紫苑お嬢様………さようなら……です」
俺は言葉を遮って背を向けて走り出した。
ほほを伝う何かを感じながら…………
俺は瞼に朝陽が当たり意識が暗闇から引き揚げられた。
重い頭を持ち上げ、目元をぬぐって深いため息を吐いた。
いつもは気持ちよく感じる窓から入ってくる朝陽を不快に感じた。
目を細め窓の外を睨みつけた。
そして再び深いため息を吐く。
何で今更こんな夢見るかな………
全く寝た気がしない、再び布団の中に入り意識を手放したい強い欲求を押し殺し、布団から出て布団をたたむ。
寝巻をぬぎ動きやすい服に着替え、日課となっている訓練をする為に庭に出る。
しっかりと身体の筋肉を伸ばし、あたためていく。
素振り用に作られ、内部に重りの鉛を仕込んだ槍で突きや薙ぎ、蹴りに掌打を合わせた、はたから見れば演舞のようなものを十数分間続けた。
「………酷い動きだな」
俺は訓練を始めれば集中できると思っていたが全く集中ができず、自分で自覚できるほどのひどいものであることが分かってしまう。
「はぁ………」
今日何度目か分からないため息をついた。
呼吸を整え重くなった身体を引きずってシャワーを浴びにいく。
手早くシャワーを浴びおえ自室に戻りまだ硬い制服に着替える。
新調したばかりなのでまだ首元が気になる。
襟詰めの部分に指を入れながら廊下を歩いて朝食を食べに茶の間へむかった。
「おはよう颯」
「おはようございます母さん」
茶の間には母さんがいた。
いつもなら台所から出てこないのにめずらしいな。
朝食を食べ終えて席を立つ。
「いってきます」
「颯、気を付けて行ってきなさい」
「今日はどうたしの母さん?」
俺は母さんからかけられた家を出る………学校にいくだけにしては、あまりにも強い感情を感じたので、違和感を覚えた。
母さんは俺の問いに対して返答はしてくれなかった。
笑顔のままで俺をじっと見て来る。
こういう時の母さんは何も話してくれない。
「……いってきます」
俺はもう一度そういい家を出た。
母さんの瞳にほんの少しだが悲しみの感情が感じ取れた気がする。
その時の俺はそれの理由が分からなかった。
教室に入ると多少はましになって来ているが、髪の色と目の色に対して物珍しそうな目を向けて来る。
とはいってもそれはすぐに収まるだろうということは分かっているので俺はほとんど反応をしない。
席についてしばらくすると紫苑姉が入って来た。
周囲には何人もの男女がいる。
それは俺が望んだ光景だというのに、何だか今朝見た夢のせいでもやもやしたものが湧き上って来た。
自分自身でさえ身勝手な感情だと思う。
ふと目が合った。
俺と紫苑姉は数秒間目を合わせていたが、俺は先ほどの感情から先に目をそらしてしまった。
チャイムが鳴った。
「席につけ~」
いつも通りの眠そうな半眼で間延びした声を出しながら教室に担任の三輪先生が入ってくる。
まだ席についていない者もいるが、三輪先生が一睨みすると悲鳴をあげて席につく。
あんな目ができるならずっとそうしていればいいのに。
と俺はそう思いながら見ていた。
それにしてもあの殺気といっていいのか、あれはすごいよな。
そう感心していると異変を感じ取った。
感じた事のないような不快感。
すぐさまにでもその場から離れたくなるような強い衝動にかられた。
それが何だか分からないがとてつもなく嫌なものだということは分かる。
適当な理由をつけて教室から出ようと足に力を入れようとした。
っ!?身体が動かない!?
さらに次の瞬間目を疑うようなものを見た。
足もとに漫画やアニメでしか見られないような円の中に幾何学的な模様が入った図が現れた。
周囲の生徒からは様々な反応をしている。
驚いている者、狂喜乱舞している者、怯えている者、それで俺は自分の口も動かないことに気付いた。
しかし、周りを見ればそんな事はなく立ち上がっている者もいれば、異世界召喚来たーとか言っている者もいることから、そのようなことになっているのは俺だけだということが分かる。
先生や紫苑姉、もう一人顔の整った男子がなだめている。
教室から出ようとしている者もいるが、ドアや窓が開かないらしい。
動けない俺はただそれらを見ているだけだ。
足もとから目を開けてられないくらいに光が溢れた。
目を開くと真っ白い部屋にいた。
つなぎ目さえも見つける事のできないせいで距離感の全くつかめない非現実的なそんな部屋。
もしかすると本当に壁までの距離が遠いのかも知れない。
それ以上に俺しかしなかった。
周囲を見渡し気配を探るがなにもいない。
「ここは………」
呟いた声も少しの反響もせずに消えていった。
「ここは僕の部屋だよ」
後ろから急に声がかけられた。
そこにいたのはシルバーのアクセサリなどをつけ黒い左右非対称の服を着た小さい男の子だった。
いつのまにと思うと同時に見た瞬間に膨大な存在感を感じ取った。
俺は驚きながら本能的に逃げようとした。
見ただけで目の前にいる存在は危険だと感じたからだ。
「ん?ああ、ごめんごめん。君はそういうのが分かる側だったね」
そういうと先ほどの威圧感は嘘のように消えた。
緊張から解放され崩れそうになる身体を必死で支える。
「それでいったい誰なんだ?そしていったいどういう状態なんだ?」
存在感によって脅えていたとしても、その中から敵対感は感じられなかったので、そこまでかしこまった口調にせずにいった。
それ以上にどうにかされそうになった場合、何らかの有効的な手段を一切持たないことから来る諦めも交じっている。
「僕はクノ。君が今から行く世界の神の一人だよ。後、君は今から異世界にいく。これは決定事項で拒否権はないよ」
「………異世界だと」
急に言われて意味が分からない。
状況に思考がまったく追いつけない。
「あ、そうそう、君たちを連れて行こうとしているのは僕じゃないよ。それと君は僕に感謝した方がいいよ」
「感謝?」
意味が分からない。
「それは向こうの世界特有の法則みたいなものがあるんだけど、それにおいて君は召喚した者たちにとっては忌むべき存在としか言えないものを持っているからなんだ」
「………忌むべきもの」
それに対して俺はいったいどういう反応をすればいいのだろう。
ハッキリいえば、元の世界といえばいいのだろうか、そこでもそういう扱うを受けていたような気がするが………
「まあ、こっちから説明した方が楽だね」
そういいながら手元に急に不思議な色合いをしたカードを出し俺にわたした。
「これは?」
「むこうの世界で自分の情報を見れる道具さ。さらにこれは特別製でね~自由に見られたら不都合な情報を隠匿したり、下位のものに置き換えることができるんだよ。
まあ、取りあえず自分の情報を見たいと思いながらステータスオープンと言ってくれるかな」
「ステータスオープン」
俺は言われた通りにした。
するとわたされたカードに文字が浮かんできた。
名前 : 黛 颯
職業 : 【魔王】【魔導士】【魔槍士】
種族 : 人族
体力 :E-
筋力 :E+
敏捷 :E+
器用 :B+
魔力 :S+
称号
〈魔王〉〈魔神継承者〉
スキル
・戦闘
〈槍術〉〈柔術〉〈脚術〉
・魔法
〈思考詠唱〉
・生産
・特殊
〈思考加速〉〈並立思考〉〈魔力操作〉〈時空庫〉〈言語翻訳〉〈魔王化〉
「お~、すごいね~」
「………」
背中にはりついて、俺の肩ごしにステータスカードをのぞき込んで、はしゃいだようにいった。
俺は知っていてこっちに呼んだんだろうと思っているが、それ以上に確かにあったら不味そうなものが並んでいる。
というか凄い偏ってるな………
「おい、この〈魔王〉と〈魔神継承者〉っていうのが原因か?」
「そうだよ。といいたいところだけど〈魔神継承者〉の方は僕からのプレゼントだよ」
「は?プレゼント?どうしてお前がプレゼントなんてしてくるんだ?」
俺は警戒心を強めた。
こんな胡散臭い状況下で、プレゼントが出て来るだなんてうまいことが起こると思えるほど、俺は楽観的になれはしない。。
「ん~、いいね~、その警戒心~」
ケタケタと笑う。
見惚れてしまうような綺麗な笑い顔だが、逆に警戒感を持たせる。
ふと、最初から存在感は消して来ることができたことが思い浮かんだ。
さらに今の動きも誘導されたものではないのかという不安感もわく。
ただたんに恐怖を紛らわせるために思い浮かんだだけかもしれないが……
「………」
「まあ、その警戒心がないと君は生きていけないからね」
次の瞬間にはつい警戒を解いてしまうようなからっとした笑顔になる。
表情だけでここまで雰囲気が分かるものかと思った。
「僕は召喚されてこっちにきているところを横からかっさらった感じだから、元の世界に返す事も呼び出した人たちのところにも返すことはできないんだよね。だから召喚された他の人と違って一人で生きていかないとだから」
俺はそれを聞いて他の人のことを………特に紫苑姉のことが頭によぎる。
「そうだ!!他の連中は一体どこへいくんだ!?」
俺は叫ぶようにいった。
それを聞いてニヤニヤとした笑顔に変わる。
「そんなこといって~、君が気になっているのは一人だけでしょ~」
「はぐらかすな!!一体どこに連れていかれるんだ!!」
俺は先程までの恐怖など忘れていた。
昔の夢を見た所為かも知れないが、見ていなかったとしてもこういう感情になると信じたいのと、つい先ほど目を逸らしてしまったことが悔やまれる。
俺は表情が歪んで行くのを自覚した。
「【勇者召喚】それが君たちが巻き込まれたものだよ」
「【勇者】………」
俺はそれに対してあまりいい感情は抱いていない。
「大丈夫かな?君が気にしている子は【勇者】じゃないよ」
「………全然安心なんかできないぞ。他力本願のやつのところに呼び出されて、利用されないかどうか一切わからない」
拳を握りしめ睨み付ける。
「まあ、大丈夫じゃない?君が如何にかしなきゃいけない程、心配な子なのかい?ここ数年間はかかわりが薄かったように感じるけど?」
「ぐ………」
「まあ、責めてる訳じゃないし君にも考えがあったのは記憶を読んだから解っている」
「読んだのか……」
何となくできる気がするがされると気持ち悪いな。
「まあまあ。【勇者召喚】をした国からすると君に対する迫害は、君の家からされたものなんかと比べると比べ物にならないよ」
「……………だが、環境が変わってそれが最善になるとは限らない」
「…………君はできるだけ遠くにおくる。それ以降、君が何をするかは君の自由だよ。ただ忠告すると確固たる地位を得てからの方がいいと思うよ」
「な!?遠くだとそれは困る」
急に話が切り替わった。
その変わりようは、まるで何かに急かされているような印象も受けるが、今はそれを気にしている暇も指摘している暇もない。
「じゃあね~」
そういわれると突然の浮遊感が襲った。
俺は手を伸ばすがどんどんと離れていく。