027
「オルガ………何をしている………」
「ん?見ての通りだ戦っている」
現れた少年は、オルガに怒気を隠す気もなく話しかけるが、オルガの返しを聞いてさらに眉間のシワをさらに深くする。
「貴様は今日、醜悪鬼を殺し尽くしたものを呼びに行っただけだろう」
「なあに、こいつが本当にそれをなしたかどうかを確認していただけだろう?」
その言葉を聞き少年はさらに目を鋭くさせた。
「やはり、お前と話してもしょうがないようだな………」
少年の手に魔力が集まり先ほど投擲されたものと同じ透明な剣が現れる。
「やめないというのなら俺が相手になろう」
そう言うと急激に少年の気配が消えていき、目に前にいるはずなのに輪郭がぼやけていく。
〈心眼〉で…………五感に加え魔力を含めた、すべての感覚を視覚化させる眼でさえ見えなくなっていく。
それを見るとオルガは舌打ちをして。
「仕方ない………今は手を引こう…………」
唇を噛みながら大太刀を鞘に戻し、背に背負った炎を消した。
それを見ると少年は手に出した剣を消した。
俺とすれば今はと言う部分には、まだ少年には引かれては困るのだが一応、彼女が今引くのだからまあいいとしておこう。
「申し訳ありません」
そう言って少年は俺に頭を下げてくる。
「お前は、気にしなくていい」
ため息をつきつつ今少年に苛烈にモノを言う必要はないだろう。
「ハヤテさんでいいのでしょうか?私はルカ・ノーサンバースランドと申します」
「ノーサンバースランド………ああ、俺はマユズミ・ハヤテという」
俺が少年……ルカの苗字ノーサンバースランドに反応し、そう呟くとルカは眉を動かして反応した。
「ハヤテさん、できることならこの後、お話をしたいのだよろしいでしょうか?」
「話か…………」
少年の言葉に相槌を打ち、俺はオルガの方向へ視線を送る。
「申し訳ないが今日は疲れた」
「そうですか………」
ルカは残念そうに顔を伏せて返す。
「ならできれば、明日冒険者ギルドに来て頂けないでしょうか?」
俺はそれを聞きあの建物の中のことを思い出し顔をしかめた。
「…………申し訳ないがあそこには行きたくない………」
「…………ああ、そうですか………」
ルカは俺が顔をしかめた理由が分かったのだろう仕方ないと思ったのか頷いた。
「…………なら、明日あなたが宿泊している場所へ伺っていいでしょうか?」
「………まあ、構わない」
「ありがとうございます」
「俺の止まっている場所は分かるのか?」
「はい、分かります。
エマと共にいることは、分かっていますし、ギルドはエマの宿泊場所は把握していました。
ですので、宿泊場所はギルドマスターより聞いています」
まあ、貴族だしかなり実力は高い、位置くらいは把握しておくのが普通だろ。
現代日本に生きていた俺としては、個人情報の保護はどうだんだろうと思うが、個人の上限が高く………と言うかあるのかな?
まあ、人によっては兵器と同じような扱いをするべきなのだろう。
ちなみに自分も同じなのではと思わなくない………
「分かった。
それで何時ほどに来るつもりなんだ?」
「九時ほどに伺います」
「そうか」
俺はその返事に素っ気無く返し、興味が無くなったと言わんばかりに背を向け、屋根を蹴りその場から離れる。
・・・*・・・*・・・*・・・
ハヤテが去っていったことを見届け、金色の髪を短く切り暗殺者のような黒の外套を着た碧眼の少年ルカ・ノーサンバースランドは、腰までとどく長い真紅の髪に着流しのようなものを着た金眼の女性オルガ・ヴィトゲンシュタインへ視線を送る。
「それで貴様は何をしたのか分かっているのだろうな………」
「む?なんだ?別に構わんだろう」
「なんだと………貴様今回の依頼の重要性はわかっているだろう」
オルガの飄々とした物言いにルカは目を細め睨みつける。
「ははは、分かっている分かっている。
今回の魔物の襲撃は、もしかすれば迷宮が発生していて、そこからの放出の可能性があるということだろう」
「その通りだ。
私たちがここに送られたのは、放出された魔物の討伐及び、迷宮内の魔物の数を減らし、放出現象をおこさないようにすることだ」
「分かっていると言っているだろう。
別に私たちだけで迷宮を攻略してしまえばいいのではないのか?」
オルガは好戦的な笑みを浮かべてそう言う。
「そういう訳にはいかんだろう。
採取できる魔草や鉱物を調べ、それらより維持をするコストを調べ利益を得られないとされるまで攻略をするわけにはいかん」
(それに放出が起こるような迷宮を私たちだけで攻略しきれるとは思えんがな)
そう言ってしまうと、オルガのことだから騒ぎ出すと思っているのでルカは口には出さない。
なお言った言葉は道中オルガに対し、ルカが口を酸っぱくして何度も言っているので、オルガも本当は分かっているのだが言っているのだろう。
おそらく、何度も言うことで一度でも言質を取れれば儲け物程度に思っているのだろう。
とは言え、ルカが言うような利益を得られるような迷宮ともなれば、個人や少人数ではとてもではないが攻略などできるものではないので、ルカもそこまで取られたとしてもあまり気にしないだろう。
その分、オルガを止める労力が増えるだろうから、言質を取らせる気もないだろうが。
(はぁ、それにしても明日ハヤテさんと会う時に協力をしてもらえるようにしなければ………)
ルカは、オルガがハヤテに戦闘を仕掛けるという、まさかやるまいと思っていたことをやられてしまったが、最後に見せた膨大な魔力を見てより強く協力を仰ぎたいと思っている。
(それに最後のあれは魔物の素材を使って作られた武器が変質が起ころうとしていた………)
ルカは、ハヤテが膨大な魔力を持っているだけでなく、制御に至っても卓越したものを持っていると感じていた。
魔物の素材を使った武器等は、魔力が浸透し切ると変質というアーティストと言った空気中の魔力を取り込む。
魔石と同じような魔力を生み出すことができる物質へ変化する。
浸透させきるのは、それこそ卓越した魔法使いが全神経を集中する必要あるからだ。
・・・*・・・*・・・*・・・
ルカやオルガの気配を感じることができなくなる地点まで移動し足を止めた。
それはくしくもルカが俺の気配を察知できなくなる距離と同じだった。
体に流していた魔力を息を吐いて霧散させる。
「強い奴らだな…………」
俺は先程までにらみ合っていた二人、ルカとオルガのことを思い出していた。
おそらく彼ら一人一人と戦った場合なら倒せるだろうし、同じような力量のものたちと同時に戦ったとしても勝てるとも思う。
しかし、ルカとオルガ二人相性は凄絶に尽くしがたいものだろう。
「ははぁ……」
まあ、あのやりとりを見ると、性格については合わないんだろうな………
それを思い出すとつい笑が漏れる。
冷静なルカが好戦的なオルガを頻繁に抑える場面が目に浮かぶ。
「ルカの方が冷静に来れば話くらいなら聞いてもいいか」
そうつぶやき、チラホラと疲労のためか重い足を引きずりながら歩くものたちを避けながら道を歩き、アンリさんの店の方向へ向かって歩き始めた。
・・・*・・・*・・・*・・・
アンリさんの店への道のりの半分を歩き、冒険者たちに睨まれることはあっても絡まれるようなことはなかった。
………流石に大量の魔物を倒し、なおかつ明日も魔物を相手にする必要があるのに、そんな体力を無駄遣いするようなことはしないだろう……
「………………」
「おい、テメェ!」
背後から怒りを隠す気というものが、さらさらないような語調で話しかけられる。
…………ないと思いたかったんだけどな。
〈心眼〉を発動させ、周囲にいるものたちの人数を確認する。
声をかけてきたものたちの人数は、俺の近くまで来たものは声をかけてきたものを含めて三人、その後ろに同じように俺を睨みならが見ているものが十一人、この中には怪我をしいるのか他のものに支えられているものもいる。
できることならば無視をしたいのだが、それをしてしまうとどんなことを言われるか、分かったものではないので渋々ながら振り向く。
「何か用ですか?」
先頭にいる男バトルアックスを持った骨肉隆々の戦士、おそらくコイツが声をかけてきたようだ。
「お前なぜ今日の緊急依頼に来ていない」
俺を睨みつけながら男は言った。
男の身長は俺よりも頭一つ分以上離れており、体格もふた周り以上ある為、まるで大人が子供に掴みかかっているような感じだ。
「俺たちは昨日ギルドに登録したばかりなのですが?」
「そんなことは関係ない!
あれほどまで戦えるのなら、この街を守る為に戦う義務があるだろう!」
俺の言うことなぞ関係ないと言わんばかりだ。
「俺は昨日この街に来たばかりなのですが?」
「なんだとテメェ……ここで戦わなかったら、この街の人間が危険にさらされると思わないのか!」
「…………」
どこでもいるよね………こういう絶対に否定できない正論だけ言う奴。
勿論、正論を言うのはいいと思うけど、議論のしようのない普遍的な事を言って、反論させないのは違うと思うんだとね。
確か、反証可能性命題って言うんだっけ?
「思いますよ」
なら何故、戦わないみたいな事を言ってくるのだろう。
「だったらてめぇも戦え!」
「…………」
俺は男から視線を外して、後ろにいて支えられている女性達を見る。
彼女達はさっきまで、俺を怒鳴りつけているこの男と俺の近くまでよって来ている者たちに支えられていた。
「自分の仲間が怪我をしたからといって、俺に怒りをぶつけるのはやめてほしいのですが」
俺がそう言った瞬間、男たちの表情がさらに歪む。
まあ、このまま適当にあしらうってもいい。
だが、さっきまでのこともあり俺はかなりイラついた。
気を使ってもいいのだが、急に怒鳴り込んできたやつに気なんて使う必要がないだろう。
しかも、自分の言うことを……中身のない自分よがりなことを正当化させるために、普遍的な事を言ってくるやつにはね………
「テメェ………」
正面にいる男は、即座に爆発するようなことはなかったが、今にも背にあるバトルアックスを抜きそうだ。
まあ………
「おい、ロドスもうやめろ」
後ろにいる腰に剣をさした、リーダーのような奴が止めるだろうからまあいいだろう。
リーダーのような奴は、俺よりも頭ひとつ分くらい高く、目の前にいる男のように筋肉に包まれているわけではないが、鍛え抜かれた刀を思わせる身体をしている。
長めのダークグレーの髪を後ろでまとめ、若侍と言うような雰囲気だ。
確か、街から出る時、強いなと思ったやつの一人だ。
………ということは、こいつらはAランクパーティーか?
俺は人運が悪いのだろうか………
この街に来てから出会う人々を思い出すとそう思ってしまう。
………いや、それ以前にこの街どころか向こうの世界はハッキリ悪かったと言えるな。
今のところ唯一悪いと感じなかったのは、シュカの村の人たちくらいかな?
「ディー、だが!」
「ロドス」
俺が内心で軽く過去を振り返っていると、男は視線を俺から外して振り返り、リーダーの男に文句を言おうとするが、リーダーの男の怒気を含んだ一言で黙らせた。
デジャヴ………今日はよく冷静なものが怒って、血気盛んな奴を止めることが多い気がする。
意識を戻し彼らを見た時、目の前のやり取りを見て頭に浮かんだ。
「分かっているだろう。
高ランクの我々が街中で武器を抜くという意味が」
「ぐっ……」
「しかも、図星を突かれて武器を抜こうとするとは。
私は言ったはずだぞ、一線は超えないようにしろと」
静かな怒気を含んだ声でリーダーのような男は、そう言うと男に背を向け俺へ身体を向ける。
「すまなかったね。
ロドスも悪いやつではないのだが、君の言う通り仲間が負傷してしまったのでね」
「気にしていないのでお気になさらず」
「そうかい?」
「はい」
俺があっさりと引くので驚いたような表情になる。
気にしていないと言ってるが、明らかに先ほどの男に対する対応は、とてもではないがそうは見えないだろう。
「相手が普通に来たのならば普通に返しますよ」
言葉を切ってさっきまで俺に絡んできた男に目をやり。
「相手が自分の気を晴らすために、俺のことを使おうとしない限りですけどね」
「………そうかい」
俺の発言に苦笑気味で返してくる。
「ところで、君の名前を聞かせてもらえないか?」
「…………ハヤテです」
「ハヤテ君か、私はディートリッヒ・ファルツ、クラン銀翼のリーダーをしています」
クラン?パーティーとは違うのだろうか?
俺は意味の知らない言葉に内心首をかしげる。
だが、ここにいるものは皆仲間なのであろうから、パーティーよりも多い集団のことを指すのだろうと予想する。
「彼女は銀翼の副リーダーのリュエ・シャリンです」
ディートリッヒは他に副リーダーの女性を紹介した。
………妖森族か。
彼女は緑色のゆったりとしたローブにねじれた木の長い杖、金色の髪を肩で切りそろえ、人形のように整った顔にエメラルドをはめ込んだような瞳に、妖森族の特徴を表す尖った耳をしていた。
あの先頭の男はロドス、他の者たちは詳しくは紹介されなかった。
「ハヤテ君、私たちから見ても敵は強大です。
あなたにも何か戦わない理由があるのでしょうが、できることならあなたほど戦える方なら参戦して欲しいです」
「考えておきます」
はぁ………なんだろうね……多分、オルガとルカが明日来るのも今回のことの参戦のことだろう。
だから結局、またこの人たちとも近いうちに合う可能性が高いよね………
内心でそんなことを考えながら、ディートリッヒたち銀翼と別れ、アンリさんの店へ足を動かした。
・・・*・・・*・・・*・・・
幸いこれ以上絡まれるようなことはなく、アンリさんの店の前についた。
ただ、滞在場所へ帰ってきただけだというのに、妙に安心感を覚えた。
「あ、おかえりなさいです~」
「帰ったか」
俺が扉を開けて中に入るとエマとアンリさんが声をかけてきた。
エマが自分の座っている椅子を手で叩いてそこに来るように促す。
俺が椅子に座るとアンリさんが手元に置いてあるポットからお茶をカップへ注ぎ出してくれた。
お礼を言ってカップを口へ運びお茶を飲む。
口の中で鼻腔へ上がってくる香り感じ飲み込んだ。
「ところでシュカはどうしました?」
「シュカなら部屋で休んでる」
「あの時は大丈夫と言ってましたが、ホントはかなり疲れていたようですね~」
「そうですか。
エマお前分かってたのなら、あのまま次をやろうとか提案するなよ」
「あはは~、バレてしまいましたか~」
俺とアンリさんが同時にエマを睨みつける。
しかし、同時にこいつには何を言っても無駄だなと思いそれをやめる。
「アンリさんこの後いいですか?」
「ん?まあ、いいぞ」
隣でエマが何やら騒いでいる気もするが、アンリさんも慣れているのか気にすることもなく無視して了承してくれた。
アンリさんに作ってもらった夕食を食べ、シュカの分の食事を載せたおぼんを持って上の階へ上がった。
「シュカ起きているか?」
シュカの使っている部屋の扉をノックして呼びかける。
俺が言い終わると同時くらいに、ベッドから動き音が聞こえ服の擦れる音が聞こえた。
「…………起きてる」
その声を聞いて中に入る。
当然なのだろうか外で着ている巫女服のようなものではなく、パジャマや部屋着と思われる薄い朱色の着物を着ていた。
先ほどの間は布団に入っていて乱れた着物の直していたのだろう。
何やら光が揺らいているようだなと思い光源を見ると、そこにはシュカが魔法で作ったのだろう火の玉が浮かんでいた。
空気動いていないことから、おそらく本物の炎ではなく幻影のような熱のない火なのだろう。
視線を戻し、ベッドに座っているシュカを見ると揺らぐ光に、銀糸のような髪に白磁のような肌、紅玉のような瞳が幻想的に照らされていた。
いつもは幼さが残りなおかつ無表情の半眼であるため、眠そうにしているため小動物のような印象を受けるが、薄暗い中ともし火によってうっすらと浮かんだ表情からは妖艶ささえ感じる。
俺は普段とのギャップもあるかもしれないが見とれてしまった。
数秒間ほうけたように固まっていると、気まずさそうに視線を逸らした。
「夕食はまだだろう。
アンリさんに作ってもらった夕食を持ってきた」
「………ありがとう」
夕食を部屋の壁際に取り付けられた机に置き、部屋から出ようとすると背後から突き刺すような視線を感じた。
振り向いてシュカの方を見ると、シュカは紅玉のような瞳を俺の顔に固定していた。
しばらくすると立ち上がって、おぼんからスプーンを手に取って柄を俺に向けてきた。
「………………」
俺は圧力に耐えかねてスプーンを受け取って、部屋の隅に置かれている丸イスを取ろうとした。
「………ん」
シュカは座れと言わんばかりに自分の横叩いている。
………まあ、いいか。
俺は心の中で無心になるように気を配り、テーブルに置いたおぼんを持って、シュカが促したとおりベッドに腰掛ける。
………人の顔とは、言おうと思えば必ずどこかに、文句のつけようがあると聞いたことがあるが、近づいても完全に左右対称であり配置も文句のつけようがなくシミ一つない。
さらに上から見下ろすような位置関係となっており、視線が首の元や鎖骨に吸い寄せられさらに下へ…………
っ!?何見ようとしてんだ俺は………
なんとかそれ以上は自制を効かせて視線を手元に持っていく。
シュカは俺の内心を見とうすように笑顔を作った。
何とも言えないような色香を放っているが、そこまで来るともうげんなりしてくる。
俺のその表情を見てさらに楽しそうに笑う。
遊ばれているな…………
流石に俺は苦笑する以外ない。
気を取り直して野菜やお肉がゴロゴロのスープが入れられた器を手に取り、シュカが視線を向けているもの順番通りにすくって食べさせる。
「美味しいか?」
「………ん」
途中でパンに視線が向けられたので、スープの容器を膝に乗せたおぼんに置き、パンを手に取り一口大にちぎって口へ運ぶ。
……………疲れた。
全ての料理を食べさせ終え切った時の俺は妙な疲労感に包まれていた。
「………寝るまでいてほしい」
部屋から出ていこうとすると、服の端をつままれそう言われたので、今度は丸椅子を持ってきてベッドの横も座り、髪や耳を寝るまでなでた。
安心した顔で寝ているシュカの顔を見ると、先ほどのように劣情のような感情は生れず、ただ自然に笑みが浮かんだ。
・・・*・・・*・・・*・・・
月明かりに照らされた森の中を俺とアンリさんの二人で駆け抜けていく。
走っている場所は馬車等が走る為、ある程度であるが均されているような場所ではなく、獣道とも言えないような場所を走っている。
街の周辺なら冒険者たちが活動しているので、多少は走りやすかったが離れて行く事に走りづらくなっていった。
〈心眼〉のおかげで障害物や地面の凹凸は分かるのだが、地面を質感までは完全には分からないので、オルガとの戦闘で使った魔力による足場を固めて走っている。
街から出て一時間ほどすると何やら木の生えていない開けた場所へ出た。
「ついたぞ」
離れなければならないのは分かっているが、まさか〈加速〉と〈重力操作〉を使わないと追いつけないほどの速度で動くとは思わなかった。
大体百キロくらいは離れたのではないだろうか………
「ここは?」
「ここか?ここは地脈の放出点だ」
「放出点?」
言われてみればここの地面からは魔力が湧き出てる。
特にここの中心点からは膨大なものを放出している。
「放出点はこうなっていることが多いんですか?」
「いや、火山や湖、巨大な樹、魔物がいることもある。
ただ、魔力を吸い込むものやここのように放出等をしていない場合は、迷宮が生まれることが多い」
迷宮………確か、植物の魔物と同じ部類のとされている魔物で、地脈からの魔力によりそこにいる魔物の能力を底上げしたり、繁殖能力等も上昇させる。
ここからは、特殊は植物に鉱石が取れる。
他にも神が作った迷宮もある。
ここからは、試練をクリアするとアーティストが手に入る。
攻略がしやすいのはどちらとも言いにくいが試練のために罠等もあるが神が作ったほうだ。
天然の迷宮は魔物が強い。
無論、神の迷宮も強い魔物はいる。
しかし、それは試練であり大抵は攻略されることを考えられている。
天然の迷宮にはそんなものはない。
天然の迷宮の発生はほとんど予知することはできない。
説明は難しいが、ここの地脈の魔力は感知しにくい。
〈心眼〉を通してみているから、色が薄いと言えばいいのか………
人が魔力を外へ出すときはそれぞれの色のようなものがあるので分かる。
「さて、あまり時間がないからさっさとやるぞ」
「はい」
ここに来た理由は〈魔人化〉、〈魔王化〉の使い方を教わりたかったからだ。
俺がその称号、スキルを持っているのに使えないということを聞いたとき驚愕された。
そして初めて使うのであれば、おそらく魔力を制御できずに、周囲にばらまくだろうからとここまで移動した。
「まあ、私もほとんど感覚だけで使っているから、詳しく教えることはできない。
魔力の探知等はちゃんとできるようだから、〈魔人化〉を使ってみせるからそこから分かれ」
「よろしくお願いします」
息を深く吸い込んで魔力を高めていく。
全身のすみずみまで魔力が行き渡る。
瞬間、魔力の質が変わる。
より濃く、重々しいものとなり、感じる量が一気に増えた。
っ……………!?
俺は息をのむ。
だんだんと増加し外へ放出されていた魔力は静かになっていき、〈心眼〉を通して見える魔力は現実の体の輪郭と完全に一致する。
「こんな感じか。
一度できれば普段、スキルを使い感覚で即座にこの状態になれる。
膨大な魔力に体が壊されないように体を覆いきれば、普段使えないよう抑えられている魔力が使えるようになる。
魔力操作はできるようだからやれるだろう」
「やってみます」
俺はアンリさんと同じように丹田と落ちるように深く息を吸い込み、まずは血管へ魔力を流すように意識しそこから細胞のひとつひとつへ魔力を送る。
すると、今まで意識して使えていた以上の膨大な魔力の奔流が体の奥底から溢れてくる。
全身の細胞へ魔力を送る作業は〈並立思考〉で同時処理しつつ、溢れ出る魔力を制御する。
しばらく、制御作業をしていると全身に送る処理の労力が感じなくなると、体が羽のように軽くなり〈心眼〉で見える距離や制度が上がった。
〈心眼〉の効力を上げていくと意識的に〈思考加速〉と〈並立思考〉を使わなければならなくなるのにそれもない。
それらよりなんでもできるかのような全能感を感じる。
「なんだできるじゃないか」
「あ………できましたね」
「まあ、あそこまで武芸を修めていれば身体制御と同じ要領でできるだろうから、イメージはしやすいだろうから不思議ではないがね」
直接言っては来ないが、なぜ今まで出来ていなかったんだと言ってきているのが分かる。
土台はあったけど、発展が出来なかったということにしておいてもらいたい。
その後、何度かオンオフを繰り返して即座に使えるようになれるようにし、アンリさんに頼んで多少模擬戦をして街へ戻った。




