018 プロローグ
明かりを落とした魔灯が薄暗く照らしている部屋で、ペンが紙の上を走る音だけが響く。
その部屋は良くいえば実用一点張り、悪くいえば質素で冷たいな印象を受ける。
しかし、着ている服はきらびやかで豪奢、つけられている装飾も多い。
その部屋とは、かなり不釣り合いでそのにいる人物が浮いている。
だが、よく見れば家具も質はかなり上質なものを使っていることがわかる。
ゆえに、机に向かい、ペンを走らせている人物の地位は、かなり高いことが予想できる。
彼は聖国神律教枢機卿フィアレス・ベーヴェルン。
神律教階級第三位の三人しかいない枢機卿の一人だ。
彼は例外を除き、ほぼ全ての教徒に対し命令を下せる人物だ。
ノックの音がする。
フィアレスが返事をする前に扉が開く。
黒い法衣を着た毛先のはねた金髪で目つきの悪い不機嫌そうな顔をした男性と、その男性の行動を見て、男性をにらみつけ、自分はお辞儀をして入った同じ法衣を着た、ふわふわとした金髪の女性の二人が入ってくる。
彼らが例外の一つ、聖国上級執行官だ。
執行官とは表には出せない物事を秘密裏に対処するものたち……つまるところの暗部だ。
下級執行官、上級執行官ともに表には、いると言うことが噂程度に流れてはいるが、公式にはいないとされている。
それらの存在を知っているものたちは、神律教階級第四位の都市司教以上だけだ。
執行官は、才能のあるものたちを幼少の頃からの徹底した英才教育で戦闘能力、諜報能力を叩き込まれる。
上級執行官は十二人で、下級執行官は約一万ほど。
下級執行官は、都市司教以上に命令を出されると断ることはできないが、十二の上級執行官は命令にある程度の拒否権を持っている。
上級執行官とは、その中から選りすぐられ、主神であるリオナの加護と、国宝級以上のアーティファクトを持ち準勇者とも呼ばれる。
故に、拒否権は、上級執行官が私的に使われないようにするための措置だ。
しかし、そんな彼らでも逆らえない命令もある。
教皇、大司教二名が賛同した命令。
教皇、大司教のごちらかと枢機卿二名の賛同があった命令。
主神リオナから神託。
しかし、主神リオナからの命令は彼らへ直接命令が来るので、わざわざ呼ばれることはない。
「よく来た。上級執行官ジェルマノ・アルトワ。上級執行官イレネオ・ロアン。
早速だが、本題に入る。
【勇者召喚】が行われたことは知っているな」
フィアレスはペンを置き、男の行動を咎めるようなこともせず、二人に問いかけた。
「ああ、知ってるよ」
ジェルマノ・アルトワは大様に。
「存じております」
イレネオ・ロアンは丁寧に返した。
フィアレスは大きくうなずいた。
「召喚魔法に介入された」
「はぁ?介入だ?できんのかよ?そんなこと?」
「信じられませんね………」
ジェルマノは信用していないようだ。
イレネオは枢機卿の言葉であるから、信じたいと思っているようだが、信じ切れていない。
当然だろう。
【勇者召喚】は分類は精霊魔法とされている。
精霊魔法は精霊などに、魔力を対価として現象を起こしてもらう魔法だ。
ただ頼んでいるものが、【勇者召喚】は精霊ではなく中級神の時空神クロノだ。
介入を受けるのなど、考えることができない。
「お前らが、そう思うのは当然だろう。
だが、介入をしたのは魔神クノだ」
「あぁ?んだよ神律教は、あの神のことを認めてなかっただろうが。
つか、ホントにいんのかよ、そいつ」
「あの……本当なのですか?」
ジェルマノ、イレネオは共に懐疑的だ。
「ああ、本当だ」
フィアレスは断言した。
「ちっ、マジかよ」
「………」
それが本当だと、分かると即座にとある予言のことを思い出した。
「まさか【占星】の最後の予言の………」
フィアレスはジェルマノの発言に頷く。
「上級執行官ジェルマノ、上級執行官イレネオ。
君たちの出す令は、介入によって他の場所におくられたものの探索、及び抹殺だ」
「人員は?」
「監査官一個連隊分の命令権をわたす」
「「っ!?」
それは現在、神律教が持つ監査官の約半数。
監察官とは執行官になれないと途中で確信されたものたちに、諜報能力を特化して叩き込んだものたちだ。
だが、特化している分、ジェルマノとイレネオ……執行官たちよりも調査能力という面では上だ。
部下を持っていない彼らにとっては、監査官の命令権を得られたことはとても驚くべきことだ。
上級執行官と言う役職上、他自共に認めるが能力は極めて高い、無駄に新派を作られると厄介と言うことで、上級執行官には今までどんなことがあろうが、直接の命令権は与えられず、命令を受けたものが下につくと言うものだった。
同時に上の人間の本気度が伝わってくる。
「あの………」
イレネオがフィアレスに質問をした。
「他の執行官はどうするのでしょうか?」
「他の【魔王】が便乗して動く可能性がある。
大都市の防衛にあてる」
「まあ、そうだろうな。ヨハネさんには参加してほしいがな」
ジェルマノは、イレネオの質問に答えたフィアレスの言葉に同意してそう言う。
ジェルマノがいったヨハネとは、上級執行官の中でも、最強と呼ばれている人物だ。
だが、彼は出身の所為で疎まれている。
執行官になる教育を受けるものは貴族と孤児院の子供がほとんどで、最終的に執行官となるものは貴族でほぼ全員が、苗字持ちだ。
しかし、彼は孤児院出身で、執行官となりさらに上級にまで登ったのは彼だけだ。
上級執行官が家より出ると、その家の格は相当あげられる。
が、彼は孤児院出身でその枠が一つ消えたに等しいからだ。
情報操作によって名前は知れわたってはいないが、彼は【死】と言う二つ名で裏世界では知られている。
あまりの強さから、【魔王】を単独で討伐に成功していると言う噂もあるくらいだ。
立場が上がりにくい境遇だが、有り余るほどの戦闘力を持っている。
以前、上級執行官で模擬戦をした時、全員が彼を狙った。
一対十一の様相となったが、彼は単独で他の上級執行官を倒しきった。
そんなことがあったせいで、上級執行官の中では、今はそれが事実ではないとしても、いつかは討伐するのではないかと思われている。
ターゲットが【魔王】である可能性が高い今回の指令では最も適任の筈だ。
それこそ、監査官と下級の執行官を全員動員した上で、彼を使うべきだろう。
困難は発見することで、発見さえすればこちらの世界にきたばかりの〈異世界人〉など、確実に討伐可能であろう。
「ヨハネなら教皇と大司教の命で、首都の【勇者】の護衛って言うことになってる」
「はっ。【勇者】の護衛だぁ?そんなん、自分のに決まってんだろ」
ジェルマノは吐き捨てる。
「ちょっと、ジェルマノ」
イレネオはあまりの言いようにたしなめるが、フィアレスはジェルマノに同意のようだ。
「厳しい、任務だろうが上級執行官ジェルマノ、上級執行官イレネオ必ず達成しなさい」
「分かりました」
「了解しました」
そう答えて二人は部屋から出ていった。
扉が閉まると、部屋にはペンが紙の上を走る音だけが響いていた。
彼は孤独であった。
ノーサンバースランド家と言う聖調教の総本山、調停国インタヴェンの中でも最高位の名門家の五男として生まれた。
とても可憐な容姿で生まれ、家柄もあってか彼の周りには常に人がいた。
しかし、彼はそれらのものたちと明らかに合わないと、感じ取っていた。
幼年期の頃から彼は奇行が目立つようになった。
彼がそれをしようとしたのは、自分の年上にそのようなことをしているものがいて、そのものは明らかに他のものから距離を置かれていたからだ。
しかし、その年上のものは容姿が酷く、醜かったと言う理由もあった。
彼は子供と言うこともあり、それくらいはするだろうと思われ、さらにそれまでは問題行動など一切しない、物静かな子だった為、より人が集まってきた。
それがいけなかった。
彼の行動はその所為でどんどんとエスカレートしていった。
小動物を殺し始めた。
しかし、何か不満があるのかと思われ変化はなかった。
彼は家から脱走し、周囲の森で大型の動物、魔物を殺し始めた。
最初は首を狙って一撃で殺していた。
それは天才だと騒がれさらに人がよる。
ならもっと、もっと………
たった一人で近くの森の魔物殺し尽くす様な勢いで。
さらに人がよる。
ウザい……
もう魔物がない。
彼は森を歩きながらそう思っていた。
その森では彼が魔物を殺し尽くし、危険が減ったので盗賊が増えた。
彼はそれらにあった。
人が斬殺体が積み重ねられた現場だった。
「アハハ」
「おら、しっかり反応しろ」
生きながら小さい傷をつけられ続け、盗賊たちになぶられている男性がいた。
「た、助けて………」
男性が彼の方を見てそういった。
盗賊たちが男性の視線を追い一斉に彼を見た。
「おいおい、何だ?随分、綺麗な奴がいるな~」
「どうすんよ?」
「売ったら金にもなりそうだな」
「もったいねえ、やっちまおうぜ」
盗賊たちは彼を見て思い思いに言葉を発する。
しかし、彼は斬殺された男をじっと見ている。
「それって、楽しいですか~?」
彼は首を傾げながら盗賊たちに聞いた。
「あ?」
「それですよ~、それ~?」
彼は死体を指さして聞いた。
「あ……、ああ、楽しいぜ」
「そうですか~」
彼は万遍の笑顔を浮かべた。
「じゃあ~、やってみますね~」
彼がそういうと何本のナイフが、盗賊たちの反応のできない速度で飛んできた。
盗賊たちが最後に見た光景は銀色のナイフだった。
「ん~、全然楽しくないですね~」
彼は盗賊の死体にザクザクとナイフを刺す。
「何がしたいのでしょうかね~」
まったくといっていい程、楽しくなんてなかった彼は、ナイフを手の上で回しながら、これらの死体を見下ろしながら考えた。
放って置こうと結論づけ、彼は家に戻った。
彼が戻ると服についていた血に驚かれた。
彼は今まで森に入っても、返り血はおろか土埃すら、つけて戻ってきたこともなかったからだ。
彼は失敗したかと思ったが、盗賊たちの死体が見つけられた時、周囲の彼を見る目が一気に変わった。
驚愕、憂心、恐怖。
(ああ~、そうやればいいのですか~)
彼はそう思ったが、彼は馬鹿ではない。
ちゃんと、盗賊や殺してもいいものを探して殺した。
(普通の人、殺したら最悪奴隷にされちゃいますからね~)
返り血を付けて、家に戻り斬殺された死体が見つかるどこに、彼に対するあたりは強くなっていった。
しかし、それこそ彼にとっては、嬉しいことだった。
それと、同時に親も彼を扱いかねていた。
確かに残酷な殺し方をしてはいるが、殺しているのは盗賊だし、領民は当然のこと、執事やメイドには一切そのようなことはしていない。
そのことは表には出ないようにしているので、盗賊を討伐していると言う事実だけが、領民には伝わっていいて容姿も相まってか、領民から人気は高い。
両親は彼には役職を与えずに自由にさせようと思った。
彼には役職等を受けずに、冒険者のような位置にいた方がいいと結論づけた。
彼にそのことを伝えると、彼は嬉しそうにしてた。
そして、彼の奇行はピタリと止まった。
その一年後、彼は家から出ていった。
おそらく、自分にかけてくれただろうと思える金額を置いて。
とある森の中。
少年と複数の魔物が戦っている。
少年を囲みながら時間差で絶え間なく攻撃を加える。
ひらりひらりと舞うように攻撃をかわす。
ニコリと笑うと。
「はいはい、いただきです~」
間延びした声を出しながら、刹那に見せたスキを逃すことなく攻撃にうつった。
一閃。
ギラリと光る凶刃が静かに、魔物の首へ走った。
魔物がふと、首を傾げようとすると、ズレていき落ちた。
その断面は磨かれた大理石のような面だ。
たった一閃で全方位にいた魔物全てを葬った。
しかし、少年は武器を下ろさず。
「………ん~、何か、御用ですか~?」
少年が背後へ視線を向けながら言った。
魔物倒した瞬間、少年にざわりとした感覚が走った。
(また、あれでしょうかね~)
もう何度も襲われているので、気配には敏感だ。
彼が見た方から、動揺した気配が漂ってくる。
空気が張りつめる。
地面を蹴る音がすると、彼を見ていたものたちは一目散に逃げていった。
「……逃げちゃいましたか~、まあ、犯罪者かもわからないのでいいでしょう」
手に持つ武器をステータスカードへしまい、倒した魔物も同じようにしまう。
「ふん、ふんふん~」
少年は鼻歌を口ずさみながら軽やかに歩いていく。
次話投稿は2・17 12:00です




