010
瞼にあたる光で意識がまどろみの中から引き揚げられる。
「………」
ここどこ?
俺は身体を起こす。
見覚えのない部屋。
…………寝よう。
何となく思い出すのが億劫だったので、再び布団の中に潜り込んだ。
意識をまどろみにゆだねようする。
温かい布団が心地いい。
意識が溶け、沈もうとしたその時、扉が叩かれる音が聞こえた。
「ハヤテさん。朝ですよ~」
「…………」
何か聞こえる気がするが、意識は睡魔によって沈んでく力の方が強い。
「ハヤテさん~」
「…………」
……声から敵意はない。
ならいいか……
俺は布団を顔までかぶり、聴覚を意識的に遮断する。
「ハヤテさん~」
音が遠くなったな。
これで安心だ。
全身の力を抜き睡魔に身をゆだねた。
木と木のすれる音が聞こえた。
足音が近づいてくる。
「朝ですよ」
そういって布団の上から身体を揺さぶられる。
布団を取られまいと、身体を丸めさらに深く潜る。
「しかたありませんね……」
布団に手がかけられるのを感じた。
取られまいと俺も力を入れた。
っ!?
しかし、気付くと布団ははぎとられ、身体に突き刺さる冷気と瞼越しに陽光を感じた。
俺は片目を目を半開きにし、恨めし気に朝の至福を奪った大敵を見上げた。
…………あれ?
それは俺が思っていた人影と違った。
見慣れた人影よりも頭一つ二つくらい低いし、何よりも違うのが頭上にある二つの獣耳…………獣耳?
一気に意識が覚醒した。
そしてここが何所で、何故ここにいるのかも思い出した。
俺は跳ねるように上半身を起き上がらせる。
「「っ!?」」
勢いよく起き上った為、リリちゃんと頭をぶつけてしまった。
瞼の下で何かが弾け、そこから鈍痛が広がる。
女の子に対してこう思う思うことすら、失礼なのかもしれないが………かたッ……
あまりの痛さに再び身体を丸めてうずくまる。
恥ずかしながら涙まで流れているがもする。
「ご、ごめん………」
俺が謝ろうとすると、リリちゃんが昨日のティアさんと同じような笑っていた。
怒気は感じないので、怒ってはいないと思うが大丈夫だよね………
「すいません。お父さんにあまりにも似た感じだったので」
まったく似てないと思うけど……
恥ずかしいと思いつつ、そう思った。
俺はあんなに筋肉はついていないし、あんなに尻にしかれてない。
そこ重要。
「似てないと思うけど……」
「外見は似ていませんが、なんというか、こう………お世話をしたくなるというか………」
俺は、そんなヒモ気質みたいではないと思う。
でも、そういうのは、自分では分からないことが多い…………いや、他人に頼るようなことはほとんどなかったはずだし……
…いや、そうだから気付いてない可能性があるか………?
「ああ、そうだった。ご飯ができたから呼んで来てっていわれてたんだ」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
「………着替えもってくるね」
俺が着ている服を見て、リリちゃんはそういって小屋から出ていった。
「あ、朝の訓練しなくちゃ」
身体が起き出すと自然に口から出て来る。
どんな状況においても、他に切羽詰っていない限り、そう思うんだろうなと思った。
ステータスカードから短槍を取り出し小屋の裏へいく。
昨日の夜に周囲を確認した時、丁度いい広さの空き地があった。
外に出て思ったのは、朝の静かな空気というものとは、程遠いなという感想だった。
辺りから聞こえてくるのは、武器を振り風を切る音。
俺は混ざり合い雑多に感じるが、一つ一つわけて感じれば確実に規則性のある。
俺は目をつぶって、それら音を聞きながら歩く。
それは皆伝位となってからは、いっていない道場の共同修練場を思い出す。
裏庭に入ると先客がいた。
まあ、いるのは予想がついていたがグエンさんだ。
しかし、誰かがいるというのは分かっても、剣を振るう音はほとんど聞こえてはいなかった。
持っているものは、刃渡りだけで俺の持つ短槍にも匹敵しそうなもので、剣腹も俺の胴くらいの太さがある。
おそらく俺では、持ち上げることもできないようなものだ。
しかし、それを持っているグエンは見ていて多少の重さは感じさせるが、本人には重さを利用すると思わせている程度に感じているんだろう。
次につなげる為に余力を残して動く紫苑姉とは違い、一振り一振りを全力で振っている感じだ。
紫苑姉の剣は烈火のように攻撃をしつづけて、攻撃でいつきのタイミングを作り出して止めにつなげるという、いずれ追いつけなくなる速さだ。
グエンさんの剣は剣先どころか手元でさえかすれて見えるもので、初めから見て対応するのが難しい速さだろう。
………厄介なのはどっちだろう?
…………いや、多分グエンさんだろう。
あの大剣であの速度とか、下手に受けたら間違いなく腕の骨が粉砕する。
違う武器を使っていて、動きを比較するのは、あまり意味がないか。
俺は今日この人と戦い時は、一番に死なないように気を付けようと思った。
だって、気を抜いたら本当に死ぬだろうから。
「お、ハヤテお前も武器を振りに来たのか」
「はい」
「そうか感心だな」
俺は何時ものように払い、突き、掌打に蹴りを単体で一定回数行い。
次にそれらを組み合わせたものや、俗に邪道と呼ばれるような技を行う。
正直、相手をだます技とか、そういうことくらいやらないと紫苑姉には全く敵わない。
俺の槍術は短剣術や棍術、杖術の技を他流派から勝手に盗んで取りこんだ。
ある意味正統からはかけ離れていると思うけど。
まあ、皆伝位は勝てばもらえるし、最低限基本はちゃんとおさえてれば、勝ったヤツの技が残ればいいっていう考えだったから、まあ、邪道だろうが盗んだものだろうがよかったのだろう。
それを考えると、群れの中で完成品を作って、さらに大きな群れで完成品同士をぶつけてより強く、これがあそこの考えなんだろうな。
しかも、いろんな武器を使う奴がいて、ちゃんと一人一人に個性を残しているのだから、ぶつけ合う相手には事欠かない。
技や組み合わせをこの世界に来て今、出せる最速の動きまで試し終え、一息ついたところで声がかかった。
「ハヤテさん着替えもってきましたよ」
「ありがとう」
「見たことのない技だな。だが、相当実践的な技も多い」
「ありがとうございます……」
リリちゃんには妙にキラキラとした目で見てきて、グエンさんは物凄く獰猛な笑いをしながらいわれた。
あの動きを見た後だと、グエンさんにこんな顔をされるのは本当にうれしくない。
「ハヤテそれじゃあ今日のは、楽しみにしてるぞ」
グエンはそう言い残して自分の家の方へ歩いていった。
俺も自分に用意してもらった小屋に戻った。
「昨日預かった上着と昨日の選んだ上着からハヤテさんが好みそうな服を作ったそうです」
そういってリリちゃんは小屋から出ていく。
いや、別に嫌いじゃないけど……これ制服だから好きできている訳でもないのだけど、せっかくの好意だし文句はいえないな……
というか、そんなものまで用意してくれたのか。
用意されたていのは黒い皮のコート。
色は制服の方からとって、素材は昨日選んだ軽い方がいいといった時、革のジャケットを選んだからそこからだろう。
艶を完全に消して、むしろ光を吸い込むような黒さだ。
ワイシャツは色が少し茶色っぽいが柔らかく丈夫そうな感じだ。
……別にこれも黒でも良かった気がするな。
汚れがその方が目立たないだろうし。
ズボンはシャツと同じ素材で色は黒だった。
ちゃんとベルトもある。
下着は昨日と同じものが置いてあった。
ちなみに色は黒だ。
……制服って全部黒だから、黒が好きだとでも思われたか?
汗を拭いてから着替えて外へ出た。
「お待たせ」
「早く行きましょう。ハヤテさんもお腹すいているでしょう?」
「ああ、身体を動かしたからペコペコだ」
リリちゃんは俺にあの小屋について何か問題はないかと聞いてきたが全く問題はないといった。
朝食は昨日の夜と同じくらいの量だった。
多分、朝に一番多くだべるのだろう。
狩りに行っている時には、腹にたまるような食事をする訳にはいかないだろうし、狩りからえった後は寝るだけだろうから多く食べる必要は無いだろうからね。
料理もおいしかった。
まあ、メニューは肉肉肉だった……物凄く腹にたまった。
おいしかったんだけど………ねぇ。
食事中ガウルさんに食え食えといって次から次へと皿に盛られた………
「ガウルさん……もう食べられません……」
俺は文字通り口の中いっぱいにものを入れていった。
「食え食え、そんなんだからお前は軽いんだ」
しかし、無慈悲に目の前の更には料理が追加されていく。
俺は顔色を悪くする唯一の救いは料理が本当においしいことだろう………いや、逆にこれは悪いのか?
俺は回想を打ち切る。
………思い出すのは止そう。
美味かったのだけど本当に腹が痛い。
思い出すだけでその時の腹の痛みも思い出された。
朝食を終えて俺は、この服を用意してくれた人にお礼をいいにいきたいといった。
今はリリちゃんにそこに案内して貰っている。
俺が使わせてもらっている槍もそこにいる人もそこにいるらしい。
リリちゃんに案内されて結構歩いている。
村の門から一番遠い場所に住んでいるらしい。
何でも獣の因子を持っている亜人は、魔力が平均的に低い。
だが、その人たちは魔力がとびぬけて高い代わりに身体の力が低い。
だから、一番守りやすい場所に住んでいるそうだ。
それを聞いた時、突然変異みたいなものかと思った。
案内された場所は一目見て工房だなと思う外見をしていた。
まあ、そう思う一番の理由は単純に、鍛冶用の窯らしきものが建物から突き出ていて、そこから煙突があるからだが……
「カミラさん~」
リリちゃんが家主の名前を呼んでドアノブに手をかけた。
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