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027

 物語の世界に浸った後、戻ってきてしまった現実とどう折り合いをつけるのか、というのは、ずっとずっと、おそらくは一生、解決できない問題なんじゃ無いかと思う。

 びっくりするくらい寝覚めは悪かった。戦争の疲れと、それでいながら夢の中でまで銀剣の世界をさまよい歩いていて、目を覚ました時、ここが現実だなんてこれっぽっちも思えなかった。

 

 自分はとびっきり可愛くてそれなりに強い孤高の大剣使いの女の子で……美少女なら枕にしがみついて惰眠をむさぼっても許されるはずで……うへへへへ。


「……兄様、気持ち悪くにやにやしたまま寝ぼけてないで。学校遅れるよ?」


 ……まぁそれでも人を容赦なく引きずって動いていくのが現実の世界だ。


 ぼんやりとする頭と寝ぼけ眼のまま登校した俺は、無言で教室の戸を引き開け、無言のまま自席に突っ伏した。どうせ挨拶する相手なんていやしない……クラスメイトとコミュニケーションの輪を広めるなんて無駄な体力使うだけ、そもそも俺とコミュニケーションとりたい奴なんて居ないだろうし。今の俺は相当意識が低い。むしろ意識レベルが相当低い。


 今一度夢の世界に旅立とうとした、しかし、引き留めるようにポケットの中でスマートフォンが震えた。


――おはようございます、四埜宮くん。


 そんなメッセージングアプリの通知に、急激に浮上する意識レベル。肩を振るわせながら、俺はおそるおそる後ろの様子を窺った。


 そこには、素知らぬ顔で文庫本を開く、黒髪の同級生の姿。


――何か言いたいことがありそうだったって……。


 もう一人の同級生の女の子の言葉。だけど、栂坂さんは普段と同じく、俺と目を合わせることさえしようとせず、少なくとも態度の上では気にかける様子は全く無い。


――おはようございます。

 

 なんとなく、こちらも挨拶をアプリで返しておいて。


「……というか、挨拶ぐらい直接すればいいのに」


 ぼそりと呟く。顔をつきあわせながらネットワーク越しに挨拶とか、旧時代の引き籠もりか。


――何か文句有りますか。


 文庫本の影でごそごそと指先だけが動いて、またスマホが震える。

 微妙な表情でまた振り返ると。すぐさま手のひらの中の振動。

 

――あんまりこっち見ないでください、ネカマが伝染ります。


 ぐぬぬぬ……。


 昨日だってカンナのことを気にかけて、わざわざユミリアまで赴いたっていうのに。空振って良く解らないけどレティシアに詰られるという、どちらかというとバッドな突発イベント付きで。

 眠気もあり、流石にカチンときて俺は前に向き直った。

 指を画面の上にさらさらと走らせる。

 

――ツンデレカンナちゃん可愛いよ。


 送信ボタンを押した、しばらくのディレイを挟んで、後ろでごそごそという音、何かを取り落とした硬質の音。


――何なんでうsか、気持ち悪い。


――可愛い可愛い。動揺しちゃって可愛い。


――可愛いよー。


 半寝のテンションでひたすら同じような文句をコピー&ペーストで送信しまくる。

 10メッセージぐらい連打しただろうか。そろそろスパムメッセージ扱いでBANくらいそうだななんて思いかけた時、


 ガタンッ


 一際大きな物音が後ろでして、流石に俺もびっくりして弾かれるように振り返った。


 席から立ち上がったカンナ――もとい栂坂さん。

 引き結ばれた口元はぷるぷると震え、頬は……おそらくは憤激のあまり朱の彩りに染まっている。


「し、四埜宮くん……あなたは……っ」


 どんな罵声を発しようとしたのか、しかし、言葉の途中で栂坂さんは周囲の状況に気付いてしまう。

 おしゃべりで騒がしいホームルーム前の教室とは言え、椅子を大きく揺らした音はクラス中の注目を集めるのには十分すぎた。


 静まりかえった1-Aクラス。集中する好奇の視線に、憤激の朱が羞恥の赤に上塗りされる。


「ご、ごめんなさい……ちょっと寝ぼけてただけで……何でも無いです」


 萎むように縮こまって座りこむ黒髪の、普段は目立たない文学少女。

 少しの間があって、またそこここらから沸き上がったざわつきに、教室は平常運転へと戻っていく。


 俺も何事も無かったように。何ら関係無い人のようにまた自分の机に向き直る。


 栂坂さんもきっと俺と同じで人の視線が苦手なのだ。

 特に悪目立ちすることもなく、人との接し方に問題があるわけでも無く……それなりに可愛い栂坂さんが、なんであんまり友達も居なくて、俺なんかと同じように人からの注目を嫌うのか。そういえばそんなこと考えたことも無かったっけ。


 ……すみません、現実逃避です。


 未来に待ち受ける報復に冷や汗を流しながら、ちょっと良さげな脳内語りに逃避していた俺の手から、前の席の空気読まない野郎が、スマホをかすめ取る。


「あ、おい、こらっ!」

「何やってんだか……って……」


 画面に映ったままの栂坂さんとのやり取り――主に俺のスパムメッセージラッシュを読んだ裕真の顔が気の抜けたような呆れの色に塗り込められていく。


「ほんと何やってんの……」

「ついカッとなってやった。反省しているから許してください」


 眠かったのもあるし、それにきっと、昨日の銀剣の空気をまだ引きずっていたのだ。

 策略を尽くして勝ち取った、ジルデールの勝利。難攻不落のマップを攻略したという戦果。


 それは、迫り来るアグノシアとクロバールの全面戦争の中、亡命に挑む黒髪の女の子を無事に迎え入れるため……そして、クロバールに、|聖堂騎士団(テンプルナイツ)に勝つための、最初の戦果で。


 それだけのことを成し遂げたんだから、ちょっとした暴挙に出てもご褒美代わりに許されるんじゃ無いかなとか、そんな根拠不明の甘えがきっとあって……。

 

 ほら、ちょっと小生意気なツンデレの子をよしよしわしゃわしゃするのは男子の夢。たまにはそんなご褒美を受け取ってもいいじゃない。実際のところはツンギレな子ですけれど。

 

 裕真の手から奪い返した瞬間に、スマホがまた震える。


――昼休みに旧校舎にて待つ。


 ……なんで果たし状風になってるの。


「裕真、今までお世話になりました」

「……生きて帰ってこいよ」


 正直死んだな、と思った。 

 

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