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024

 とびすさって間合いを取る。


 おそらく、俺は速度でこの少女に負けている。それは、武器自体の重量による差の話だけではなく――こちらの視線を一瞬で切っての踏み込み、狼の牙(ウォルフスファング)への後撃ちでのスキル相殺。単純に反射速度であちらの方に長があるのを認めざるを得ない。

 恃みになるのは大剣の威力だが、それもまさに今、一撃を正面から防がれた。大剣の方が衝突優位を持っているのは間違いないのに、特殊なガードスキルか何かだろうか……力押しでなんとかなるという次元の話ではあるまい。


 どうすれば、勝てるだろう。


「威勢のいいことを言った割には、腰が引けているようだけど」


 そんな言葉は駆け引きのうちだろうか。

 苦笑いが漏れる。だけど、負けないと言ってしまったからには、負けられないのは確かだった。

 

――撃ち合いでなら……どうだろう。


 腰を据えて剣戟の数を競うなんて、二刀使いの一番得意な土俵に乗るようなものだが、それ故に。

 カンナと戦った時のことを思い出す。あの時も速度にバフをつぎ込んだ魔法剣士相手に撃ち合いを戦いきることができた。試す価値はある。

 ガランサスの視線を体で遮り、後ろ手に引いた大剣をそっと握りなおす。柄を短く、わずかに足を広く開いて、構える。


「生憎と私は正直ものなの。負けないと言ったら、負けない」

「言っただけで叶うなら、誰だって嘘つきにならないね」


 青髪の少女の言うとおりだ。願いを叶えるためには、いつだって力が必要だった。

 

 呼吸を計る。ガランサスはまた膝を揺らすが、今度ばかりはにらみ合いが続いた。

 この構えで、戦い方で、先手で仕掛けても仕方が無い。気を張り詰め、息を整え、ただひたすらに、剣の巫女(ソードダンサー)が動くのを待つ。


 俺の――ユキのことを真っ直ぐ、見つめると言うよりは睨み付ける、潤んだ青の瞳。


 カンナの友達なんだろうか。カンナは、友達なんていないって言っていたくせに。いや、言っていないか。

 でも、こんな風に戦ってくれる仲間がいるのに。自分で考えて、自分だけで思い悩んで。


――ほんと、誰かさんみたいで嫌になる。


 頭のすみで巡らす戦い以外のこと。自分でも知らぬ間に、唇の端が歪んだ。


 その瞬間に、青髪の少女は動いた。

 視線切りも、フェイントもない、ただ真正面からの突進。だが、それ故に一番速い。


「っ!!」


 必要なのは、脇に構えた刃を体の前まで運ぶだけのわずかな動きのはずなのに、引き伸ばされた時間認識の中では、そのわずかな間さえもどかしく感じる。映像をスキップしているような反則的な速度で、剣の巫女(ソードダンサー)は迫り――剣は、辛うじて間に合う。


 弾ける衝撃。


 突進の勢いと、体の回転と。全ての力を無駄なく載せたガランサスの一撃は、下手な二刀流どころか片手剣の次元ではなく、両手剣かと紛うほどに重い。大剣なら崩されることはないが、それでも堪えているうちに、次の一撃がくる。

 だが……腰を落として重心を低く構えた今の状態なら、さっきまでより少しばかり速く、動くことができる。

 一撃を振るうにはとても足りないわずかな間。俺は、撃ち合わせた剣に捩じり込むように力を加えた。

 相手の剣を絡めとるように。


「――なっ」


 横に構えたもう一方の剣を振り出す、その予備動作に入っていた青髪の少女の軸が、ぐらりとわずかに揺らぐ。

 この戦いで初めて見えた相手の焦りに似た表情。小振りに急所を狙った一撃は、咄嗟に引き戻された左手の剣で受け止められた。だが、それはそこから相殺にも反撃にもつながらない、足を止めた、止めてしまった単純なガード。


 漸く掴んだ好機を逃すわけにはいかなかった。


「やああああああっ!!」


 連撃を繰り出す。

 当然ながら二刀流のそれに手数では遠く及ばない。だが、大剣の威力と剣の巻き込みを生かして、相手の防御を大きく左右に揺らがせる。

 連なる甲高い金属音。火花を散らしながら、じりじりと二刀使いを押し込んでいく。


――このまま押し切れるだろうか。


 リズムを崩され、それを掴みなおせないまま、青髪の少女は防御に徹する。清冽の剣(オートクレール)がその白い肌を掠め、体力を削り取っていく。このまま、隙を与えなければ。


 だが……ふと、背筋に寒気が走る。


「……そういうことか」


 俺の剣戟を受け流し、それでも、致命的に崩されることを避けていた剣の巫女(ソードダンサー)。その焦りに見開かれていたはずの目が、すっと細まり、射るように俺を見据えていた。


――からくりは見透かされたか。


 ……だけど、見透かしたところで、大剣の生み出すトルクに、片手剣では抗えるはずもない。

 防がれた一撃。そこから、もう一度ガランサスの体制を崩すべく、剣を捩じり込む。相手の剣を巻き込むように。


 ぐらりと少女の体が傾き――――ぐるりと回る。


「なっ!?」


 こちらのかけた力に逆らうでも無く、ガランサスは横倒しに倒れ込んだ。驚愕に囚われるのも束の間、視界の隅が捉えた何かが、脳裏に警告を響かせる。それは、下から跳ね上がってきたすらりとした足。青白く、スキルの輝きを帯びて。

 倒れ込んだかに見えた青髪の少女は、片手で全身を支え、氷炎の瞳が、俺を今一度射る。


――体術……っ!


 咄嗟に飛びすさろうとした次の瞬間、脇腹に凄まじい衝撃が走る。


「がはっ!」


 数メートル吹き飛ばされて、俺は辛うじて着地した。HPの減りはそれほどでもないが、もろに食らった痺れが重く体の深くまで突き刺さった。


「ごめんね、足癖悪くて」

「どういう身体能力してるんだか……是非教えを乞いたいものだよ」


 清冽の剣(オートクレール)を体の正面に構えながら、俺はそんな軽口を叩いた。

 だが……膝に響くダメージは隠せているだろうか。

 折角掴んだ好機は途中で断ち切られ、同じ手は二度とは通用しないだろう。

 恐るべき反応速度と、それに連動して自由自在に繰り出される攻撃。


 次の攻撃を、どう捌けば良い……?


 焦燥が首筋を焼く。剣の巫女(ソードダンサー)の眼差しはそんなことまで見通したように、冷たく醒めて。わずかに開かれた口が、鋭く息を吸い、次の撃ち合いの開始を暗に告げる。

 

 堪えるしかない、愛剣を引き寄せ、次の手を探ることしか選べない俺に……しかし、次の衝突は訪れなかった。


「すまぬ、ガランサス殿、潮時だ!」


 三方からの攻撃に晒されながら頑強に戦線を維持し、組織的な抵抗を保っていた集団。ブリュンヒルデのレギオンフラグから上がった声に、ガランサスは突進を止めて周囲を見渡した。


 俺達が一騎打ちを繰り広げる間に、丘の中腹で前後から挟まれていたクロバールの陣は完膚なきまでに殲滅されていた。そして、共和国旗に代わって翻った、アグノシア帝国旗とオーダーオブメイランディアの剣槍旗が、今度は崖を下り来る。


「大剣使い!」


 その先頭を切るのは、マスターのリオ。その視線の先には、青髪の二刀流使いの少女がある。


(つむじ)……っ」


 鞘にしまわれた野太刀の鯉口が切られ、そこからスキルエフェクトが漏れ出す。

 

(かぜ)っ!!」


 俺の方を見たまま、振り返りさえしなかったガランサス。しかし、長い髪を翻して、その体が閃くように回転し、危なげも無く居合いの一撃をはじき飛ばす。


「え……っ!」


 二撃目に移ろうとしたリオは剣の巫女(ソードダンサー)を完全に見失った。

 高々と跳躍した青髪の少女は、俺達を結ぶ直線の間から抜け出し、わずかに残るクロバールの味方の側に着地していた。

 

「退却するぞ! 続け!」


 敵の指揮官の号令に、もはや数えられるほどしか残っていなかったクロバールの連中が付き従う。

 その集団に紛れながら、少女はもう一度俺の方に鋭い眼差しを送ってきた。


「勝負は預けておく。ユキ」

「逃がすなっ!」


 追撃をかけようとする味方を、俺は手で制した。


「もう勝敗は決したよ」


 両の肩で大きく息を吸い、吐く。長時間の作戦行動、そして神経の焼け付くような剣の巫女(ソードダンサー)との戦いで、気を抜けば膝から崩れ去ってしまいそうだった。

 マップを開く。敵の主力を殲滅している間に、フィルの別働隊は戦域の縁をなぞるようにフラッグポイントを破壊し尽くしていた。戦域がアグノシアの領地に染まり、すぐにシステムの勝敗判定が下る。


――クロバール共和国辺境領ジルデール丘陵を、アグノシア帝国が占領しました。


「……勝った、かぁ」


「勝った……んだ」

「……凄いぞ、あのジルデールを落としたんだ!」

「よっしゃああああああああああああああ!」


 号令なんてかけなくても、四方八方で歓声があがり、合わさって勝ち鬨となる。


「やりましたね、ユキさん」

「やったな」

「やっぱ気持ち良いなぁ、こういうのは」

「おめでと! 兄様」


 仲間達の声に、俺は疲れ切った体で弱々しく片手を掲げて見せた。 


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