023
愛剣の切っ先を地面に垂らし、摺り足で間合いを計る……正確には、計ろうと試みて、なし得なかった。
「――っ!!」
声も無く、足音も柔らかに、だけど跳躍の瞬間、その姿がぶれた。戦いのために研ぎ澄ました意識、その限界さえも試す凄まじい加速。青い瞳が一瞬で目の前に迫る。
――速い!
呼吸も間合いも合わせない変拍子の一撃。俺はすんでで大剣を引き寄せ、それを弾く。だが、反撃の態勢へと守りを解くよりも早く、すぐさま追いかけるようにもう一つの刃が煌めいた。
「くっ」
愛剣を押し立て、刃の陰に隠れるようにして連撃をいなす。
右から左へ、左から右へ。決して単調ではなく、袈裟掛け、平薙ぎ、逆袈裟、自在に繰り出される白刃。
俺は、止まない攻撃を押されながら受け続けることしか叶わず……防御を解くことが出来たのは、流石に呼吸が途切れたのか、青髪をたなびかせて、彼女が大きく後ろに飛びのいてからだった。
――剣の巫女か……。
二刀使いというのは、銀剣にも幾人かいる。大剣使いよりはだいぶ多い類だろう。重くて、はまらなければ使いにくいだけの大剣とは異なり、剣をふるうだけならば、片手剣の延長で誰でも容易にできるからだ。
だが、それを使いこなすのは実のところ難しい。
本来、剣というのは体の動きが載らなければ、大した威力を発揮することはできない。そのあたりの理論は銀剣の演算エンジンにも組み込まれていて、『軽い』攻撃はあまりダメージを与えられないようになっている。
二刀流はとかく、腕だけで振るう動きになりやすい。そのため、攻撃回数が二倍になってもその分一撃の威力は二分の一未満となっているのが、大半の二刀使いの実情だった。
だけど、この子は……。
舞うように流れる動きは、体重移動に無理のない証拠だ。
二本の剣を完全にコントロールし、そして、片手剣一刀に劣らない重さの攻撃を放ってくる。
そして、整った基礎の上に、間合いや呼吸を重視しない独特の戦い方。
今まで出会ったことのない戦い方の相手をどう攻略するべきか。
青髪の少女は、両の剣を垂らしてこちらを真っ直ぐに見据えている。あちらも、出方を待っているのか。
「マスターに聞いていたのと違うね」
跳躍の予備動作のように、膝で全身を揺らしながら、そんなことをガランサス――そんな名前の青髪の少女は言った。
「迷いのある人っていう風に聞いていたんだけど」
「カンナの話をすれば、惑わせられるとでも?」
そのせいで散々にオルテウスにやられた身としては、苦笑交じりに返さざるを得ない。
だが、俺の言葉に、予想を超えてガランサスは苛烈に反応した。
「カンナの名前を気軽に呼ばないで欲しいな。この屑」
「……随分な言われようかな」
「大切な仲間を奪っていこうとする奴に、どうしたら優しく対応できるのか教えて欲しい」
小ぶりな口が深々と息を吸い、膝が大きく沈み込む。
――来る……っ!
ほとんど反射で、俺は大剣を大きく振り上げた。
「強撃!」
二刀を合わせての右袈裟懸けの一撃と、大剣の振り下ろしの一撃が激突する。
大剣の衝突優位は二刀相手でも流石に変わらない。剣の巫女の華奢な体は来た道をはじき返され、背中から俺達を囲むように戦いを続ける陣列へと突っ込むかに思われた。
しかし、俺はその予想を改める。中空を吹き飛ばされながら俺の方を見据え、全く焦りを見せないその表情。弛緩しかけた筋肉をもう一度引き締め、愛剣を右肩の上に担ぎ直す。
果たして、ガランサスは空中で器用に身をひねると、アグノシアの重騎士の大盾を踏み台にして体勢を立て直してみせた。
衝突の衝撃を膝の撥条に変えて、再度の跳躍。
――させるか!
真っ直ぐな青の瞳。既にスキルのターゲッティングは終えている。一番使い慣れ、頼ってきたスキルを呟くように俺はコールした。
「狼の牙」
「っ! 聖刻十字っ!」
青髪の少女が咄嗟にコールするのは、二刀の剣戟を十字に開くように撃ち放つ突進技。
大剣の、大盾の防御さえも打ち崩す一撃を、剣の巫女はその二刀が交差する焦点で受け止めて見せた。
「くっ!」
「くあっ」
衝撃が弾け、流石にガランサスも体勢を崩す。そして……俺も。
盛大な土煙を立てて乱れた着地の反動を殺し、荒く息を吐きながら向かい合う少女の険しい表情を笑み混じりで見上げる。
大切な仲間を奪っていこうとする敵。そうエルドールの少女は言った。
それは、俺が一番なりたくないと思っていたもののはずで、半年前、俺が同じように死ぬほど憎んだもののはずで。
だから、俺は唇を噛みしめ、笑った。
「それで?」
「余程性格が悪いんだね、大剣使い」
もう決めたことだ。カンナの亡命を成功させ、そしてクロバールを倒す。それが俺の願い。
そして、俺は決してそれが正義だなんて思わない。正しいことだなんて主張する必要も無い。
ただ、それを認められない奴がいるって言うなら、倒すだけのこと。どれだけ相手に想いがあろうとも、嘆きがあろうとも。全て踏みにじって。俺は屑の煽り屋なんだから。正しくなんてなりようが無い。
清冽の剣を真っ直ぐに剣の巫女に差し向ける。
「カンナは渡さない。絶対に」
もうオルテウスの時とは違う、迷わない。
「……言ってくれるね」
ガランサスは静かに息を吸う。舞曲のリズムを計るように、膝を弾ませ、すっと細められた青の瞳が、俺を射る。
「私だって伊達に剣の巫女なんて呼ばれているわけじゃない」
「私だって大剣使いだ。出方が読めないのは、お互い様」
最初は戸惑ったけれど、俺が完璧な二刀流に初めて相対するように、あちらも初めてまともな大剣使いに相対しているはずなのだ。そうでなければ、あの反応速度をもってすれば、狼の牙にスキルをぶつけるのでは無く、軌道を逸らして横撃にでるという選択肢だって採れたはずだ。
不利は俺だけのものじゃない。なら、これまでいくつもの戦いをくぐり抜けてきた、自分の瞬間の判断を信じて、剣を振るうだけだ。
愛剣の切っ先を垂らして構える。全ての集中を剣に注ぎ込む。周囲の音が遠くなっていくような錯覚。
青髪の少女の姿が、また唐突に揺らいで、消える。
一瞬の呆然。だけど、すぐにその気配を捉える。
――下っ!?
地面を擦るほどに身を低くしての疾駆。俺の意識の一瞬の虚をついて、ガランサスの足は地面に垂らしたままの大剣の刀身を捉え、そしてその上を駆け上がろうとしていた。
「くっ」
愛剣をもたげて、少女の足場を崩すことを狙う。だが、相手の跳躍の方が速い。
蝶か羽根かというように、軽々と宙に舞った剣の巫女が、目映い青空を背に、白刃を煌めかせる。
「星明かりの十字っ!」
逆落としの一撃に、咄嗟に前に跳んだ。
わずかに躱し損ねて、冷たい痺れが足を這い上がる。唇を噛みしめて、振り返りざまに大剣で濛々と上がる土煙を薙ぎ払った。
手応えの代わりに、弾けたのは金属音。通常攻撃とはいえ、十分な遠心力の乗った大剣の一撃を、交差させた二本の剣で危なげなく受け止めて、剣の巫女は立っていた。




