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020

―クロバール共和国 辺境属領ジルデール

 白露月 1の日



「……本当、言った通りになるものなんだね」


 少し時間は遡る。

 まばらな茂みに身を潜めて、中央丘陵の様子を見やる二つの人影がある。

 フィルとリオだった。


 リオの視線の先に広がるのは、広漠な中央丘陵の風景。しかし、そこには先だってまで所狭しと陣を張っていたクロバールの軍団の姿は無い。わずかな哨戒の兵を残して、彼らは姿を消してしまった。

 おそらく、先んじて丘陵の東側へと進出したユキが率いる分隊に対処するために。全軍を動かして。


「こういうことにばっかり頭の回る奴だからなぁ」


 馬鹿にしたような台詞で、素直では無い称賛を送るフィルに、リオは胡散臭げに目を細める。


「少しぐらい、からくりの解説があっても良いと思うんだけど」

 

 丘を守っていれば、彼らの優位はまず揺らぐことは無かったはずだ。そのぐらいはリオにも解る。それなのに、相手はユキが語ったとおりに、わざわざ自分からその優位を手放した。一体何故、クロバールは動いたのか。


「まだ合図までは時間がありそうだし、ご説明しようか。要はペテンみたいなもんなんだけどな……」


 リオの問いかけに、フィルはにっと笑って茂みの裏の土の上に腰を下ろした。


「人間ってのはさ、何事につけても理由を求めちまうもんなんだ。戦術や戦略の知識を積んだ優秀な指揮官ならなおさらな。最初の仕掛けは正面の丘陵に陣を張ったところからだ」


 地面に短剣の刃先を使って描かれる簡便な地図を、リオはフィルの傍らに片膝をついて見下ろす。


「なんら中央丘陵の攻略に役に立たないはずの正面に陣取って、その上そこを取れたことを大喜びする俺達を見て、きっと相手は訝しんだはずだ。何も考えなきゃ、何か馬鹿なことやってるで済ますとこだが、わざわざ難攻不落で名高いジルデールを攻めてきた連中だ。少しでも知恵が働けば、何か裏があるはずだと考える」


 真ん中に雑に描かれた丸から、刃先が右側……東へと矢印を引く。


「そう疑っているところへ、哨戒に軍の移動がひっかかる。クロバールの偵察を念入りに潰して、密かに移動していく軍。これは何か戦術の仕掛けだと当然思うよな。中央と東の二つの軍。兵力分散なんて愚である以上、どちらかが本隊で、どちらかが囮だと考える。囮に食いついてしまったら、まんまと敵の策にはまることになる。だが、どちらが本隊かは判然としない。ひたすら悶々と悩むわけだ」


 ナイフは中央丘陵――最初のクロバールの陣地の上でくるくると回る。


「悩んでいる中、驚くべき情報がひっかかってくる。なんと中央は空っぽだって言うじゃねえか。わざわざ、大仰な陣張りを偽装してまで、クロバールの注意を引きつけて、そして忽然と消えてみせた敵。つまるところ、中央は囮だったってわけ。ならばもう迷う必要は無い。東から回り込もうとしてる奴らが本軍、それが正解だ。

 迷宮入り事件とかでもさ、現場に残された痕跡が多すぎて逆に混乱したみたいな話聞いたことねえ?」


「……あるね。なんかの強盗事件だったと思うけど」


「それと同じ手法だな。自分の思考の道筋にぴたりとはまる答えが見つかると、そこで大抵の疑念っていうのは消失しちまう。今までアグノシアが迂回機動戦をしかけて、失敗続きだったっていうのも効いた。正面を囮にしての、東からの迂回機動戦だと相手は読んだこったろう。今回のアグノシアの策っていうのは、中央にこちらが陣取ってるように見せかけて、クロバールが中央から動けないようにすることだってな。なら、クロバールの取るべき最良の動きは?」


「東に移動してやってきたアグノシアの軍を待ち構える……か」


「その通り。相手はさ、最良の選択をしてるつもりなんだよ。こっちが用意した道筋通りの、最良の選択をな。方針が決まっちまえば、他の可能性に対する警戒なんて鈍る、その隙に俺達は」


 中央の丸から伸びるもう一つの線。それは、一旦北に下り、敵の哨戒をかいくぐるように大きく回って、丘陵の西側へと回り込む。

 フィルとリオ、そしてアグノシアのもう一軍が辿ってきた道筋だった。

 俯瞰すれば、中央丘陵を東と西から挟み込む形。挟撃の位置取りがやがて完成することになる。


「本当、私と同じ単なる戦闘狂だとばっかり思ってたのにな」

「ユキのことか」


 呆れともなんともつかない顔をしたフィルに、リオは頷いた。


「だって、普段の戦争での調子なんてさ、ほんとやりたい放題やってるだけなのに」

「ま、よくわからん奴なのは確かだな、色々こじらせてるっていうか」

「酷い言いよう。昔からの仲間なんでしょ?」


 ふんとフィルは鼻を鳴らす。

 

「……そろそろ頃合いだな」


 独りごちて空を見上げる。それにわずかばかり遅れて、赤い大輪が蒼穹に咲いた。


「来た……っ!」


 腰に吊した刀の柄に手をかけて、リオは立ち上がる。


「あいつのことだ、さぞ最高のタイミングなんだろうさ。リオちゃん、こっからは頼むぜ」


 気楽なフィルの台詞に、こくりと頷いた。


「せっかくの作戦だもんね、きっちり決めるよ」


 澄んだ、鞘鳴りの音。

 刀を淀みない動きで引き抜いて、レギオンマスターの少女は高々とそれを掲げてみせた。青白い刀身に、陽光が映える。


「行くよ、オーダーオブメイランディア! 待った分存分に戦おう」


 応える声。

 リオとフィルの後ろ、丘陵の坂の木立に伏せていたもう一つのアグノシア軍の戦士達が一斉に立ち上がって、喊声を上げる。


「事前に確認した通り、A隊、B隊はリオとオーダーオブメイランディアに続いてくれ。C隊は俺と一緒にフラッグポイントの破壊だ。こっからは素早く行動することが一番、遅れんなよ!」


 最後の指示を終えて、フィルはリオと視線を交わし、頷き合った。


「勝利を」

「勝利を! 続け!」


 叫びざまに、リオは駆け出す。茂みを抜け、広がる丘陵の上の平野をひた走る。後ろを振り返るまでもない。幾度となく戦場にともに挑んだ、レギオンのメンバー達はきっちりついてきていることだろう。


 流れ去っていく草原の風景。遠くの方に蠢くレギオンフラッグが次第に鮮明さを増し、兜と翼からなるブリュンヒルデの紋章をはっきりと描き出す。

 アグノシアが……ユキが押されていることに間違いは無いのだろう。クロバールの軍は後衛までもが坂を下りにかかり、アグノシアを押し込もうとしていた。

 だが、このくらいならばリオにも解る。敵の全軍が坂にさしかかった今こそ、挟撃の絶好のタイミングなのだと。

 戦場まであと少し。その状況でリオは振り返り、仲間達に大声で告げる。


「突っ込むよ! 喊声を上げろ!」


「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 空気を震わせる大音声に、クロバールの後衛が俄に狼狽の動きを見せる。

 ユキやフィルとは異なる形でだが、リオも一流の戦術家……あるいは戦闘家だった。クロバールとて後ろから敵が迫り来ていることにぐらい気付いてはいただろう。だが、至近で敢えて絶好の距離で自分たちの存在を知らせることで、敵に動揺を作る。何をするべきか。このまま前へ押し出すべきか、後ろに対処するべきか、その逡巡の間こそが、斬り込む最良の隙なのだと、彼女は心得ていた。


 肩に背負っていた刀を、走りながら器用に今一度鞘に収める。

 鯉口を切り、柄を握りしめ、敵陣に斬り込む最後のその一歩を、リオは大きく右前に踏み出した。

 

 全力疾走の突進力が、右足の制動を軸に回転力へと変わる。茶色の髪が横に流れ、刀が鞘走る。


旋風(つむじかぜ)っ!」


 刀固有の居合抜きスキル。鍛え抜かれた体捌きによって、突進の力を上乗せされた平薙ぎが、一陣の疾風の如くクロバールの後衛を纏めて薙ぎ払った。

 そしてすぐに後ろから追いついてきたオーダーオブメイランディアの戦士達――全員が前衛職からなる近接戦のエキスパート達が、獰猛な雄叫びとともに次々に牙を突き立てていく。


 動揺と混乱は、波及する。戦局は一転しようとしていた。



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