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019

「動きが変わった……?」


 左翼への攻撃にも失敗し、こちらの攻勢を捌きあぐねているように消極的だったクロバールの戦列が、ゆっくりと、しかし確実に前に出始める。


 守りに徹されるより無理に攻めてくれた方がつけ込みやすい。そう考えたのも束の間、敵の陣列が厚みを増していることに俺は気付いた。


――いや、これは。


 常に瞬時の判断を強いられる局面において、読み違えに気付いた時の感覚は何というべきなんだろうか。恐怖に近いのかも知れない。背筋に走った寒気を押さえ込んで、声を張り上げた。

 これは、下手な押し返しなんかじゃない。全力攻勢だ。


「ジーク下がって! 敵に呑まれる!」

「わかってる! そう簡単に下がれたら苦労しねぇよ!」


 敵の圧力が違ってきたということを最前線に居るジークは肌で感じ取っていたんだろう。その声に焦りが乗る。だが、戦いながら下がるというのは決して簡単なことでは無い。


「エノアさん、範囲魔法の斉射用意! タイミングは指示します」

「了解です。第三列、大魔法に切り替えて詠唱待機」


 緊張に満ちた声が飛び交う。

 優勢と劣勢、勝ちと負け。その入れ替わりは、ほんの一つの失敗からもたらされる。いくつもの戦場をくぐり抜けてきたジークも、エノアさんも、そして俺も良く知っていた。今この時の選択がその失敗に繋がらないとは、誰一人として言い切れはしない。


「第四列、弓隊構え」


 左手で戦旗を支えたまま、右手を高々と掲げる。張り詰められた弓がきりきりと軋む音。目を眇めて前線を見据え、そのタイミングを計る。


 攻勢というのは寄せては返す波のようなものだ。一頻り押して突破が叶わなければ、少し引いて、またすぐにより強力な押しが来る。

 ジーク達はその盾に無数の剣戟を、矢を浴びて、ヒットポイントゲージを減らしながら、それでも一波に耐えきった。

 

 次の攻撃に備えて敵が溜めに入る、その引き波の瞬間に、俺は右手を振り下ろした。


「放て!」


 一陣の風が背後から吹き抜けたのだと錯覚する。風切り音を立てて、無数の矢が低い弧を描いて飛んでいく。もう一度、寄せ波にかかろうとする敵の動きが、降り注ぐ矢に遮られて止まる。


「今! エノアさん!」

「放て! 雪崩(アヴァランシュ)!」


 号令とともに、エノアさん自身も溜めていた魔力を解き放った。

 矢の雨に敵が怯んだ隙にジーク達は退き、生まれた間隙を詰めるより早く、魔法の嵐が吹き荒れる。

 

 火力の壁。その効力は一時的なものに過ぎない。すぐに炎や氷の派手なエフェクトの向こうから、ダメージを負うことを苦ともしない重騎士達が姿を現す。だが、その一時が、今は値千金だった。


「第一列の人は体力回復に専念を! 第二列、一時的に戦線をお願い」


 攻勢のために突出していた中央を下げ、戦線を厚みを持った一線に編成し直す。

 そうしなければ、どうやら全ての戦力を持って出てきたらしいクロバールの攻勢を防ぐことなんて叶うはずもないのだから。


「危なかったですね」


 フードの奥でほっとため息をつくエノアさんに、ふぅとこちらもため息交じりに頷く。


「何にしても相手の行動が早い。それも取る手取る手最善手だよ、小細工があんまり、通用しない」

「そうですね。その相手を嵌めようとしているユキさんが言うとなんだか皮肉げですけど」

「そんなに私性格悪くないよ?」


 わざとらしく小首を傾げてみせるユキさんに、どうでしょうか、とエノアさんは口元で笑う。

 これがカンナやレティシア相手だったら、うわキモとか即言われるところ。本当にエノアさんは良い人だよ、うん……。俺もこんなサブマスターが欲しかった。なんてレティシアに聞かれたら、八つ裂きじゃ済まなさそうですよね。


 冗談はさておき、俺の言葉は皮肉なんか抜きに本心からのものだ。


 俺はこの戦場にいくつかの罠を伏せておいた。すんでの所で絡め取るのに失敗したけど、先ほどの左翼に攻め込んできた敵を撃退したのが、その一つであるように。敵を逡巡させ、攻撃を遅滞させるとともに、こちらの戦力を誤認(・・)させるための罠を。

 だが、相手はおそらく罠を認識し、さっきの攻撃で試して(・・・)きた。そしてこちらの機動をもって、他にもしかけられているだろう罠の存在を予想し、正面攻撃に切り替えてきたのだ。


 常に最善の選択でこちらの小細工を踏みつぶしていく敵。


「おい、この流れは苦しいぞ。ただでさえ相手のが上から攻めてくる有利な位置取りだってのに」


 回復剤を呷りながらぼやくジークの声に、だけど、俺はうっそりと笑った。


 そうでなくちゃ、と思うのは、強敵と知恵比べを出来る楽しさからだけではない。

 もし、戦術の定石を知らない相手だったなら、こんな風に、こちらの思い描いた通りに行動なんてしてはくれなかっただろう。

 そうでなくては、思い描いた通りのこの状況に至れてはいなかっただろう。


 あちらこちらに残された策の痕跡を見抜き、こちらの先を読んで行動してきた敵。


 だけど、それらの痕跡が、意図して残された道標だったとしたら?


『うわ、何か兄様すごい悪い顔してるよ……』

『わざわざ鷹の目で人の表情観察するの止めて貰えません……?』


 遠くからの妹の突っ込みに、ふと我に返らされて若干熱くなった頬を掻きやりつつ。

 俺は、攻め寄せるクロバールの、ブリュンヒルデのレギオンフラッグを正面から見つめた。


 じりじりと押し込まれる、味方の陣列。最初の攻勢で押した分を正味押し返され、予備兵力をつぎ込んだ分厚い敵の最後列までもが、丘を下りにかかる。


「おい、ユキ」

「兵は詭道なり、ってね」

「意味解らんこと言ってないでなんとかしろ!」

「……全くほんと、これだからジークに作戦言っても何の意味も無いって言ったんだよ」


 エノアさんが苦笑する。

 こほんと一つせきをして、俺はまた右手を高く振り上げた。


「信号弾用意! 赤三つ!」


 銀剣の戦場でのチャットシステムは本当、リアリティのある戦場を表すように上手く出来ていて、連絡線が繋がっていない相手には繋がらないように出来ている。例えば首都とフラッグポイントが繋がっていないフィールドに居たり、同じフィールド内でも間が敵によって分断されていたりする場合には、チャットでの連絡は出来ないのだ。


 信号弾は射手のスキルの一つ。いくつかの色分けされた花火のようなものを弓で打ち上げる非戦闘スキルだ。

 例えば。連絡線の通じない、敵の向こう側に居る味方に合図を伝えるために。

 エノアさんの隣のヌアザの左腕(アガートラーム)の射手の人が長弓を引き絞る。


「放て!」


 空高く放たれる三筋の光を、俺も、ジークも、敵味方少なくない人が目で追った。

 軌跡は蒼穹に吸われ、一瞬の間の後、赤い大輪を咲かせた。


 遠い喊声が聞こえる。

 クロバールの厚い陣列のさらに向こう。丘の彼方で。


 

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