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ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている  作者: 紫花
同級生に踏みつけられたことってありますか?
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008

 両の手で握りしめたグレートソードは心地よい重さを伝えてくる。

 振り上げた剣を傾け、その切っ先を、ここ3日ほどで複雑な因縁が成立した魔法剣士へと差し翳した。


「何かっこつけてんだよ」


 遅れて追いついてきたジークが、俺と背中あわせになるように盾と片手斧を構える。無骨さが際立つ斧を選ぶプレイヤーは少数派だったが、筋肉モリモリマッチョマンなジークにはこの上なく似合う武器だった。


「いやぁ、リアルであれだけされたしもう一度おわかりいただかないと」

「リアルの仕返しをゲームでとかお子様か。つかここらでやられておいた方が、何かと角が立たずに済むんじゃねぇの?」

 

 やけに大人ぶった意見を言うジークを、俺は鼻で笑った。


「戦士には譲れない一戦というものがあるんだよ、ほら、無駄口叩いてるうちに、敵の援軍が来ちゃうよ」


 にじり寄る、包囲の輪。

 

「俺の中の人については内緒にしといてくれるって条件で、いっちょぶちかましてやるぜ」


 背中越しに目配せし合って、俺たちは動いた。


 敵は6人。6人ともネームの横に同じレギオンエンブレムが光っているが、互いに交わす控えめなアイコンタクトはとても連携慣れしているようには見えない。

 レギオンエンブレムには見覚えがあった。空色の地に白く翼を染め抜いた、いかにもライトサイドぶったエンブレムはクロバールでも五指に入る巨大レギオン、【エルドール】のものだったはずだ。

 大手の作戦で後ろの拠点保持を任されるような連中だ、まだスキルレベルも低い初心者なんだろう。


 地面を蹴って跳んだ俺の方に視線が集まる。


「おら、よそ見してんじゃねぇぞ!」


 それを引きはがしたのは、ジークを中心にほとばしる地鳴り。

 盾装備スキルの一つ、戒めの軛バインディング・ヨークは、使用者から一定ゾーン内の敵味方の行動をしばらくの間そのゾーン内に制限する。

 盾型の近接職の役割は戦線を維持して、攻撃力はあるが脆弱な中・遠距離職が敵の攻撃に晒されるのを防ぐことにある。守りにおいては鉄壁の人間要塞線。攻めるならば敵の塹壕を踏みつぶす鋼鉄の戦車、それがまさにタンクとも呼ばれる重騎士の在り方だ。

 そのためのスキルが盾向けのスキルツリーには豊富に用意されていた。戒めの軛バインディング・ヨークを受けた敵は、あたかも首を鎖で括られた獣。重騎士を無視して戦線をすり抜けていくことなど、能いはしない。


 そして、俺は一瞬の差で戒めの軛バインディング・ヨークの効果ゾーンから外れている。両手持ち武器の共通スキル強撃ブローイング・スマッシュを撃ちつけた、黒髪の魔法剣士と一緒に。

 掲げた剣でガードされ、ダメージはほとんど通っていないが、何メートルもノックバックを受けて体勢を崩したカンナを横目に、俺はもう一度地面を蹴りつけた。


――対多数の基本は、各個撃破、だろ。


 6人の敵のうち、4人は戒めの軛バインディング・ヨークに囚われ、その結界の外にいるのは俺、カンナ、そして、最初の一撃で大きく吹き飛ばされた茶髪の重騎士。既に大きくヒットポイントを失っている重騎士を先に片付けることを、俺は選んだ。


 後ろに下がって回復薬を呷る男は、自分がターゲッティングされることなど全く考えていなかったようだった。呆けたようなその眼にユキは、悪鬼のようにでも映ったことだろうか。

 縦一文字に振り下ろしたグレートソードが地面まで抉り、イエローまでは回復していた男のヒットポイントゲージを綺麗に削りきる。


 まずは一人。


 息をついた俺の背中を、しかし、痺れるような熱が焼く。剣を魔法の杖の代わりに真っ直ぐに差し翳して、その切っ先から迸った中距離魔法ゼウスの雷霆(ケラウノス)が、俺のヒットポイントゲージを1割強削り取ったのだ。

 振り返れば、そこにはあくまで、冷静さを失わないカンナの姿。足摺で最適な立ち位置を探して、隙あらばジークの結界に囚われた仲間達との連携を取り戻そうとしているようだが、その前に一足飛びで斬りかかれる場所に、俺は居る。


「ユキ、戒めの軛バインディング・ヨークあと30秒! 俺の方は耐えるだけなら余裕だけどな」

「それまでに片付くかはわかんないな。切れたら教えて」

「おうよ」


 状況をきっちり連携してくれるジークに感謝しつつ、俺はグレートソードを上段に構え直した。


 昨日、そして今。その戦い方から見るにカンナは、稲妻の中距離攻撃魔法と炎付与系魔法をサポートとして、片手剣で戦うスタイルのようだった。魔法剣士タイプの場合、魔法には移動制限などコントロール力の高い氷系の選択が人気だったが、カンナは、出が速く攻撃力に特化した属性との組み合わせ。ある意味目指す方向性としてはユキと似ている。

 

 険しい表情で剣を構える魔法剣士。俺との間にそこまでの間合いはもうない。ここからは剣の勝負になると悟ったのか、その薄造りの唇が小さく動いて、カンナはそっと剣に口づけした。

 攻撃力上昇、火傷の状態異常付与の魔法剣スルトの剣(レーヴァテイン)。口づけされた柄の宝石を起点に輝く刀身に、青白く炎が巻き付く。


 その炎が切っ先に至るのを合図にしたように、カンナの方から、動いた。


「せああああああ!」


 『普段の』姿からは想像も出来ない裂帛の気合い。武器の重量が軽い分、その突進はユキのそれほど勢いは無いが、速い。右脇に構えた剣が光を帯びて、スキルの発動を告げる。

 俺は、グレートソードの刀身に左手を添え、ガードの姿勢を取った。


 衝撃と、閃光と。剣をホールドする両手に重い痺れが走る。


 青白い炎の軌跡が、左に右に揺れる。昨日もカンナはこのスキルを使って見せた。スキル名は忘れてしまったが、片手剣の8連撃。高威力だがガードしきれば、その後には大きなディレイが生じる。昨日も、そうやって俺は魔法剣士様を地べたに這いつくばらせたはずだ。まさか、同じ轍は踏むまいと、内心で首を傾げた。


 だが、3撃目あたりをガードした辺りから、俺は背中に冷や汗が滲むのを感じた。

 昨日より一撃、一撃がずっと重い。舞う剣の勢いに俺は左右に振られ、ガードの姿勢に揺らぎが生じる。

 

――そうか、魔法剣……!


 昨日はカンナは魔法剣付与を行っていなかった。まさか今日のための布石と言うことはあるまいが、俺は自分の迂闊な判断を呪って唇をかみしめた。

 4撃、5撃と俺の体勢の崩れはどうしようも無くなっていく。このままなら7撃目でちょうどガードを完全に崩され、8撃目の最強撃をクリティカルで食らうことになるだろう。剣からちぎれ飛んだ青白い燐光が彩る向こう、カンナは口元に笑みを浮かべる。


――……ならっ!


 6撃目で俺は、自分からガードを解いた。黒髪の魔法剣士は驚きにそのハシバミの瞳を見開くが、スキルは途中で止まりはしない。

 7撃目の袈裟懸けが、左肩に深く食い込む。ヒットポイントゲージは5割近くまでえぐり取られ、半身を麻痺の冷たい感触が満たすが、スキル途中の攻撃にノックバック効果は薄く、こちらの行動を阻害しない。俺はグレートソードを、切っ先が地面にふれんばかりに振りかぶった。


 強撃ブローイング・スマッシュが発動する。それは、大きく引き絞った8連撃の最後の一突きを、俺の胸に届く寸前でパリィした。


「っ!」

「くぅっ」


 恐ろしい硬質の衝撃にはじき飛ばされるが、カンナの方はスキルディレイも相まってほとんど行動不能状態だ。俺は勝利を確信して、もう一度グレートソードを振り上げた。

 

 だけど、その瞬間、衝撃が背中を撃つ。


戒めの軛バインディング・ヨーク時間切れ!」


 ジークの声に、思わず舌打ちをした。背中に食らったのは、氷の中距離魔法、氷の槍(グラキエス)だった。威力はほとんど無いが、10秒の移動制約が付く。地面に縫い付けられた俺を、前はカンナ、後ろからは2人の戦士が、ターゲッティングしている。


「年貢の納め時ですね」


 頬を紅潮させて、カンナがそんなことを口にした。


 俺は、ふっと肩をすくめてみせて……。


 カンナが跳躍する。後ろからも何かのスキルを発動させる甲高い音が聞こえる。


「ジーク悪い、あれ頼む!」

「だろうと思ってたけどな、後で何かおごれよ!」


 両手を垂らして、構えを解いた俺を、観念したと敵は思っただろうか。

 前後から三つの武器が俺に到達するまさにその瞬間、絶妙のタイミングでジークのスキルコールが響き渡った。


献身(ディヴォーション)!」


 3秒のわずかな時間、対象が受けたダメージを肩代わりする盾系の高級スキル。効果時間が短いため汎用性に乏しく敬遠されがちなスキルだが、ジークはそれを完璧なタイミングで使って見せた。


「ぐうっ」


 三人分の強撃を肩代わりしたジークのヒットポイントゲージがうめき声とともに大きく減る。相棒に感謝と詫びを心の中で呟きながら、俺は得物を握りしめ、深く身を沈めた。


「くたばれえええええええ!!」

 

 刃の嵐(ブレイド・ストーム)。グレートソードの属する大剣固有の範囲攻撃スキル。近接範囲のため、有効な使い方を出来るときは、ほとんど自分が囲まれて死にかけのような状況だが、今回はジークの献身ディヴォーションとの絶妙なコンボアタックとなった。


 陽光を反射するグレートソードの煌めきが、嵐のように咲き乱れる。

 

 巻き込む人数が多ければ威力が増す刃の嵐(ブレイド・ストーム)。3人を綺麗に巻き込んで発動したそれは、致命的だった。

 

 嵐が収まったあと、残ったのはヒットポイントゲージを真っ黒にして倒れ伏す三つの死体。 


 俺もジークも満身創痍と言って良い状況だったが、残されたあとの2人は恐慌状態でまともな行動も取れずにいるのをあっけなく葬り去った。


「……思ったより苦戦したじゃねぇか。カンナさん、強いんだな」

「ああ、正直危なかったね。ちゃんと考えてプレイしてるし……見事だったよ。これからが楽しみだ」


 回復剤をあおりながら、地面に寝そべる……本人も好んで寝そべってるわけじゃないだろうけれど、リアルでは同級生な魔法剣士の華奢な背中を見つめた。

 カンナという名の魔法剣士は、昨日より今日の方がずっと強かった。もし俺との戦いが良い刺激になってるんだとしたら、明日はもっと強くなっているんだろう。次に戦うときはどうなるかわからないと考えると胸が躍る。


「……で、口では良いこと言いながら、ユキちゃんはなんでそんなゲスい笑顔なわけ」


「え? 何のことかなぁ」


 呆れたジークの声に、すっとぼけた返事をする。


「お前……まさか、さ。そんな向こう見ずな奴とは思ってないんだけどさ。リアルの命が惜しくないわけ?」


「いやー。良い戦いだったよね。ほとんど勝てると思ってたのに逆転負けして、今の気持ちどんなだろうって考えると、もう、たまんない」


「……好きにしてくれ。リアルの俺をまきこまんでくれよ」


 肩をすくめながら、フラッグポイントの破壊に向かうジークを横目に、俺はカンナの背中を見下ろして。


「残念でしたぁ」


 その肩甲骨の真ん中辺りをガシッと踏みつけた。


 後でジークに聞いてみると、その時のユキさんの表情はもう何かエロいくらいの良い笑顔だったそうです。


 

 後方フラッグポイントの破壊によって混乱したクロバールを、アグノシアの連中も奮起したのか、その後はなんとか押し返し、戦争はタイムアップ。引き分けとして終わった。

 

 

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