017
大分間が空いてしまいました!(この台詞も何回目か……申し訳ない
短めですがお届けします!
山津波という言葉がある。
幸いにして現実の土石流に遭ったことはないが、今目の当たりにしている光景は、俺にその言葉を思い起こさせた。
遠い雷鳴のような轟きが、少し遅れて地響きとなって足に伝わる。
丘陵の斜面を白銀の凶暴な煌めきに染めて、クロバールの軍勢がゆっくりと坂を下り始めたのだ。幾度も響く喊声は、これまで無聊を託っていた反動だろう。だが、流石はクロバール二位のレギオン率いる軍勢。昂ぶっていても陣形は乱れること無く、整然と列を成して押し寄せてくる。
「重騎士戦列! 気圧されんなよ! 一歩たりとも下がらねえつもりで行こうぜ!」
「「おうっ!!」」
アグノシアの第一戦列を纏めるのはジークだ。普段と同じ調子で、普段とは比べものにならない凜と張った声に、応じる重騎士達の声にももはや動揺は無い。
大盾を地面に突き立てる音が響き渡る。
戦場で最も前に立ち、最も攻撃を浴びる重騎士。主力同士のぶつかり合いでは必ず彼らが先頭に立ち、その優れた防御力で敵の突進を受け止めるとともに、弓矢や魔法といった遠距離攻撃のターゲットをとり、脆い後衛の文字通り盾となる。
それでも彼らは文句一つ言わない。それが自分たちの役割であり、そして自分たちがダメージを受ける分だけ、仲間を守れているのだと知っているからだ。
続く第二列は、槍、両手剣使いと言った攻撃力重視の前衛と、単体中距離魔法を中心とした魔法職の混成戦列。前進してくる敵の前衛を瞬間火力で削りきり、打ち倒すのが役割。
俺が居るのも第二列だったが、今日は大剣を振るうことは無いだろうと思っていた。今日の俺の武器は、ジークの言ってくれた通り、この地面に突き立てたレギオンフラッグなのだから。
レギオンフラッグは指揮官とともにあり、倒れる時がその軍団の敗北を意味する。
レギオンというのは、古のローマ帝国で軍団を意味する言葉だが、語源となったそのローマでも、軍団旗は命を賭してでも守るものだったという。
……なんていうのは、半年前戦争が楽しくて仕方無かった頃、必死に戦術を勉強していて身につけた雑学知識だったりするのだけど。
翻るアグノシアの旗に目をやり、それからまた坂へと視線を戻す。
勢いを増して、迫り来るクロバールの戦列。
第二戦列の人達もじりじりと武器を構え始める。
目測だけど……もうすぐ遠距離攻撃の射程だ。
「弓隊、射撃用意! 魔法との連携射程まで引きつけます。合図あるまで、我慢してくださいね」
エノアさんの指示に、さざめきのような音が応じる。後衛職を選ぶのは――うちの妹様は例外として――理知的なタイプの人が多い印象があった。ジーク達のような目に見える熱さは無いが、心の奥底に静かに情熱を燃やして、弓に矢をつがえ、じっとその時を待つ。
火ぶたを切ったのは、クロバールの方だった。
「矢が来るぞ! 亀甲陣形!」
ジークの号令とともに、重騎士の皆が盾を前方と頭上に重ね、文字通り亀の甲羅のような防御陣形を組む。鋭い風鳴り音に少し遅れて降り注いだ矢は、タタタタッと小気味のいい音をたてて盾に突き立つばかりで、ほとんどダメージを生み出さない。
「最大射程で射てば良いというものではないんですよ、まだまだですね」
いつもどおりの穏やかな感じで、しかし、この人もやはり戦争に魅入られた銀剣プレイヤーの一人なのだ。エノアさんの黒玉の瞳の奥に炎が燃え立つ。その視線の先には、さらに前進を続けこちらの射程へと食い込むクロバールの重騎士達の姿がある。
「弓隊、構え!」
きりきりと引き絞られる弓弦の音。
「放て!」
澄んで通る声とともに、頭上高く撃ち出された矢が、空を黒く覆う。
それと同時に、エノアさんはフードの奥で詠唱を紡いだ。
「凍結の投槍!」
冬の夜空から降ってきたような冷え冷えとした青白い光が中空にいくつも浮かび、それが彼女の烈声とともに撃ち出される。
第二列に混じっているヌアザの左腕の魔法使いの人達も、同じように氷で作り出された槍を投擲していた。
第一戦列の頭上を越え、一直線に走る魔法の槍。矢に気付き、こちらと同じように亀甲陣形を組もうとしていた、クロバールの重騎士達の盾に魔法の炸裂光が弾ける。
魔法の槍は冷気の塊へと瞬時に姿を変え、盾を凍結させ、持ち上げることを困難にする。ほんの一瞬の隙、そこに過たず、矢の雨が降り注いだ。
俄に騒然となるクロバールの戦列。
その乱れを見逃す訳にはいかない。俺は戦旗を高々と振りかざした。
「ジーク!」
「おうっ! 突き崩すぞ、続けっ!」
待ち構えるばかりが戦争じゃない。俺の意図を正確に汲んでくれて、ジークは剣を高々と掲げ、先陣を切って駆け出した。
「前衛を見殺しにするな! ラインを進めろ!」
単体で高い耐久力を備えた重騎士のように後衛は身軽には動けない。頭上から降り注ぐ弓矢に備えることが可能な速度で、ゆっくりと陣列全体を前進させる。
「うおおおおおりゃあああああっ!」
左肩に盾を重ねて、ジークが未だ戦列の乱れ収まらないクロバールの最前列にチャージをぶち込む。先行弾けるエフェクトと、大槌を振り下ろしたような鈍い轟音とともに、何人かのクロバールの重騎士が派手に吹き飛ぶ。
もちろんクロバールも、吶喊してきた相手を放置するはずがない。強烈な反作用のように、たちまちに敵が殺到する。
「くおっ」
堪えるジークの鋼のグリーブが地面にめり込み、押し返されそうになる。その瀬戸際に……追いつく。
「放てっ!」
突破口を開くのは重騎士の役割。そしてそれを切り裂いて広げるのが第二陣以降の役割だ。
中衛の魔法がジーク達第一陣の周囲に集中した敵の上に炸裂した。
「ナイスタイミング!」
緩んだ敵の攻撃を盾ではじき返し、片手斧を振り上げる。そんなジークに、俺は――きっと正面を見据える奴には見えないだろうけれど――レギオンフラッグを振りかざして応じる。
エノアさん達、ヌアザの左腕の見事な連携もあり、滑り出しは上々と行ったところだ。そして、もちろん……この勢いで最後まで順調にいけるとは思えない。相手も歴戦の上位レギオンなのだ。
――どう出てくる。
自分自身に問いかけながら。それでも、今は目の前の戦況を進めるしかない。
「相手に立て直す時間を与えるな! じりじり押していくよ!」