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016

―クロバール共和国 辺境属領ジルデール

 白露月 1の日



「もうすぐ森を抜ける! 陣形を整えて、ジーク中心に重騎士を前に。前衛のアタッカー、射手、魔法使いの四列陣形!」


 張り上げた声に、おう!! と勇ましく返される、いくつもの声。


 現在の座標、辺境属領ジルデール(240、100)


 そんな風に言ってしまうと、ファンタジーらしさも何もあったものではないが、中央の丘陵を南に降りた俺達は真っ直ぐ東へと進み、ジルデールと名の付いたマップ領域の東端に辿り着く寸前、進路を北へと変えた。

 ジークやネージュのように哨戒に散っていた人達を拾いながら、規模も大きくなり、森の中を早足に進む様は、単なる移動というよりは行軍という言葉が相応しい様相だった。


「もう横陣に切り替えます? 移動速度は落ちちゃうけど」


 後ろからの声に振り返ると、エノアさんが小走りに駆け寄って来ていた。


「そうだね、もう少し進んでおきたいのは山々だけど……相手も一流のレギオン。そう簡単には許してくれないだろうなぁと思って。いきなり敵とぶつかって準備不足で崩されるのは避けたいからね」

「了解です!」


 冗談めかした敬礼をしてみせて、ヌアザの左腕(アガートラーム)のリーダーである女の子は、目の前の、俺には見えないシステムウィンドウを操作し始める。きっと、マップを確認しながら、レギオンメンバーに指示を出しているんだろう。


 もうすぐ戦いがはじまる。

 もちろん、戦争はずっと続いている。だけど、ここまでは長い長い下準備で……本格的な戦闘は、これから。


 作戦の真価は、そこで問われることになる。


 目の前に待ち構える戦いに、いつものように、いや、いつも以上に血が沸き立つのを感じる。だけど、それと同時に、いつもは感じることの無い、冷たい不安が胸の奥にわずかに存在するのも、俺は感じていた。

 

 果たして自分の考えた作戦は正しいのだろうか。勝利を信じて付き合ってくれている仲間達の期待に応えられるだろうかという、不安。それは、作戦を立案し、指揮を執る人間にとって、その高揚と表裏一体のもの。

 決して不快なだけのものではない。フィルにいい顔をしていると言われたように、もはやここまで来れば高揚の方が大きい。

 だけど、半年前、大きな……アグノシアにとっては一つの敗北にしか過ぎなかったのかもしれないけれど、俺にとってはとても大きな敗北を喫した身。その小さな不安を無視しきれないのも一つの事実だった。


 掌を見つめた。早鐘を打ち続ける心臓を鎮めようと、深く息を吸う。

 膨らんだ肺を満たした空気をゆっくりはき出そうとした、その時、目の前に何かが差し出された。


「ほらよ」


 同時に上がったシステムポップアップ。トレード申請。

 ジークの太い腕に握られたそれを、俺は一瞬何なのか正しく認識できなかった。


「……私、槍のスキルなんて持ってないけれど?」

「ばーか、違えよ。トレード用に縮小化されてるだけだ。良く見て見ろ」


 有無を言わせない調子の旧友に押されて、言われるがままに受け取ってしまう。トレード完了のメッセージに記されたそのアイテムの名前、そして自分の掌に載った金属のディティールを確認して、俺は言葉を失った。


「レギオン解散してから、ずっと預かってたんだ。レギオンエンブレムの部分はもう消えちまってるけど……お前が今日持つ武器はそれだ、わかってんだろ」


「えー、私も前線でクロバールのいけ好かない連中をぶっ飛ばしたい」

「お前ねぇ……」

「……ごめん、冗談だよ」


 手渡されたアイテムを握りしめる。


「取っておいて、くれたんだ」

「それなりに手に入れるのに苦労したアイテムだ、捨てるの忍びねえだろ」


 久しぶりに手にするそれは、愛剣と同じくらいしっくりとくる重さを伝えてきた。

 

「……なんかジークさんとばっかりずるいなぁ、戦友感ばりばり出しちゃって」


 そんなことを言いながら、相変わらずのポニーテールを揺らしてひょっこりと横から顔を覗かせたのは、ネージュだ。


「ジークさんには教えたっていう作戦、私には全然教えてくれないし不満なんですけど!」

「大丈夫、ジークは何も解ってないよ」

「そういう問題じゃ無いでしょー!」


 頬を膨らませて、だけどすぐに、ネージュはにっと笑った。


「頑張ろうね、ユキ」

「うん」


 何だかんだで俺に付き合ってくれている妹と、拳をぶつけ合う。

 

 ジークもネージュも自分たちの持ち場へと移動していく。この戦争は、いつもみたいに仲の良いもの同士で連携を競うものでなく……それぞれが自分の持ち場で役割を果たして、勝利を目指す戦争だ。


 そして、この戦争で俺が果たすべき役割は――



 森を抜ける。

 開けた平原の光景を目にした最前列の重騎士達が、ざわめきとともに停止する。

 索敵(サーチ)のウィンドウに注意を払っていた俺も、その理由を把握していた。

 森が途切れた平野の西側――俺達から見て左は、すぐに坂となり、中央丘陵の長い裾野を作っている。

 マップ上で、その坂の上をなぞるように満たした、真っ赤な光点。


 数知れず翻る、共和国旗とブリュンヒルデの紋章旗。


「……ユキさんの言うとおりだったね」

「もう少しは進めるかと思ったんだけど……流石クロバール2位のレギオンって言ったところかな」


 中央丘陵に布陣していたはずのクロバールの主力が、そこに整然と陣を敷いて、待ち構えていた。


「見事、と言っておこう」


 戦場を圧するように声が響く。

 誰とはわからなかったが、ラウドボイスによって拡張された、クロバールの指揮官のものであることは間違いなかった。


「中央の丘陵をあたかも要所であるかのように見せかけ、こちらの判断を鈍らせる間に、主力部隊は密かに戦場を迂回。よもや、陣を敷いているかのような中央が空っぽとは。偵察が今少し遅れていたら、危なかった」


 アグノシアの作戦を褒め称える言葉。

 ……だが、そんな戦場における騎士道のようなものは、発揮する側が優位にいるからこそ可能なのだ。


 事実、クロバール側の行動の速さは俺の予想を超えていた。

 おそらく強行偵察が簡単に打ち破られたのを訝しんで、こちらの中央にそれなりの規模の部隊を派遣したのだろう。そこが……もぬけの殻にされているのを確認して、素早い決断で全軍を東に振り向けてきた。


 クロバールの指揮官の声には、こちらの作戦を見破ったという余裕が溢れ、それを坂の上で陽光を反射して煌めく盾や槍の穂先が支える。


「偉そうなこと言うのは勝ってからにしろってんだ!」

「そういうの死亡フラグって言うんだぜ!」


 そう、味方からいくつも勇ましい野次が飛ぶが、その声に乗る動揺は隠せない。

 重騎士が多いクロバールの整えられた陣列は、巨大な存在感をもってこちらを威圧してくる。相手の方が高所に構えていることもあって、思わず後ずさってしまいそうになるのを俺も感じていた。

 

 ごくりと、渇く喉を鳴らした。

 俺が、果たすべき役割、それは――


 ジークから受け取ったアイテムを、実体化させる。

 トレードの時の縮小された姿では、あたかも槍のように見えた。

 しかし、それは淡い光とともに、頭上遙か高くまで伸び、本来の姿を現す。


 重厚な鋼の輝きの先に翻る、二つの旗。

 一つは、炎が燃え立つ如き、アグノシアの熾炎旗。

 そして、本来下の旗にはレギオンエンブレムが染め抜かれるのだが、そのエンブレムはもはやこの世には存在しないために……俺が消してしまったために、真っ白なまま、風にたなびいていた。


 そう……これは、キャメロットのレギオンフラッグだ。


 掲げられた旗を見上げて、ざわめきが収まっていく。この場の主力はヌアザの左腕(アガートラーム)の人達。半年前、何度も肩を並べて戦った。それ故に、真っ白な旗の理由も、解っているのだろう。


 今度のざわめきは、クロバールの側から上がった。


「それは、よもやとは思うが、白旗のつもりかね?」


「……しまった、そういう見方があったか」

「……ユキさん……」


 思わず感心した声を漏らした俺を、呆れたようなエノアさんの声が窘める。


「あ、いや……ごめん。上手いこというもんだなぁ、とつい」

「そんなこと考える余裕があるなら大丈夫ですね」


 そんな、相変わらずほんわりとした、フードの奥のエノアさんの微笑み。


「まだ、残ってたんですね、キャメロットの旗」

「うん……ジークが取っておいてくれたみたい」

「良いですね……良いですねなんていうのも失礼かもしれないけれど。ロマンチックで。今日この日掲げるのに、こんなに相応しい旗はないじゃないですか」

「うん……その通りだよ」


 エノアさんの優しい言葉が背中を押してくれる。


 見上げた白い旗。

 かつて黄金の鷹が染め抜かれていたこの旗とともに、いくつかの勝利があった。

 そして、消えない後悔と罪があった。

 だけど……両方ともそれは確かに俺が過ごした時間とともにあったもので。消したくても消せるものでもないし、消して良いものでも無いはずだった。


 思い出と呼べる日が来るのかどうかは知れない。

 たかがゲームのことと、普通の人には嘲笑われるだろう。


 だけど、もう逃げない。 

 

 俺はラウドボイスのスキルを起動させる。


「残念ながら。白旗じゃない。だって、この戦争はアグノシアが勝つのだから」

「……ほう」


 興がるようなクロバールの声に。俺は思い切り息を吸い込んだ。


「難攻不落と言われて、これまで陥落しなかった場所なんて存在しなかった」


 旗を見上げる仲間達に視線を巡らせ、言葉を繋ぐ。


「例外なんて一つも無い、ジルデールだって同じだ!」


 声が余韻を引く。訪れた静寂の中から、ゆっくりと、本当にゆっくりと、だけど、確かに低いうなり声のようにざわめきが沸き上がった。

 だけど、それはさっきまでのような動揺によるものではない。

 打ち付けられる、鋼のかかと。打ち鳴らされる、剣と槍と盾。弾かれる、弓弦。

 

 高まる戦意の奏でる、戦場の音楽。


「難攻不落の名に甘えて守るばかりの敵に勝利なんて無い。今日、この戦争で、ジルデールは陥落する!」


 波のように、ひいては寄せ、だがどんどん力強くなっていく音。これはフィルに中二病だなんだと言われても反論出来ないななんて、少し考えながら、それでも俺は、


「……ありがとう」


 誰にも聞こえないような声で呟いて、顔を上げ、丘陵を仰ぎ、声を張り上げた。


 一際強く風が吹いて、ばさりと厚布の旗が翻る。


「鬨の声を上げろ! アグノシアに勝利を!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!」」


 地鳴りのような、喊声とともに、戦闘の火ぶたは、切って落とされた。



燃え尽きた(ぇ

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