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015

―クロバール共和国 辺境属領ジルデール

 白露月 1の日



「増援の強行偵察も殲滅されたようです」

「随分と秘密主義なことだ……」


 難しい表情で腕を組むブリュンヒルデの青年幹部を大して興味もなさそうに流し見て、『一応』エルドールの幹部に名を連ねる少女は、辺りの景色をぼんやりと眺める。


 現実ではあり得ない蒼穹の色をした髪を背中一杯に流して、額に落ちかかるその数束の間から覗く、どこか憂いを含んだように潤む瞳。神秘的な雰囲気さえ帯びた、掛け値無しの美少女だった。


「ねー、ユラハ。暇だよー」


 ……もっとも中身まで見た目通りとは、限らないのだけれど。

 クロバール共和国、エルドール所属。ガランサスは、大きな切り株に腰掛けて伸ばした両足をぷらぷらと揺らしながら、そんなことをレギオンメンバー相手のトークに向かって呟いた。


『私は全く暇ではないのですけどね』


 レギオンに入ってからずっと、レギオンサブマスターであるユラハの彼女に対する対応は変わらない。邪険にするというほどでもないが、素っ気ない。

 だがそんな反応をされても、ガランサスは構うこと無く言葉を続けるのも、いつものことだった。


「全然戦争してるって気がしないよ-、暇暇暇ー」


 しばらくの沈黙の後、返ってくる深いため息。


『まぁガっちゃんが人の話を聞かないのは、今に始まったことでは無いですけどね……一体、どんな状況なんですか』


 早々に折れたユラハに、蒼髪の少女は嬉々として言葉を繋いだ。


「それがねー、全然戦ってないの、言葉の通り」

『レオハン氏が突然平和主義にでも目覚めたんですかね?』

「レオハンさんなら、さっきからずっと難しい顔でマップを眺めてるよ。こっちが動かないのはまぁわかるとして、アグノシアがねー。向かいの丘に陣取ったままずっと動かなくて」

『……へえ』


 また少し、ユラハの言葉が途切れる。

 所在なさげにまた足を揺らすガランサスの耳元に、しかし、声とは異なる音が響いた。

 目の前の空間に浮かび上がった、ファンタジーの世界には異質な無機的な彩りのシステムポップアップに記されていたのは、グループトークへの誘いだった。


『どうにも変わった状況になってるみたいじゃないか、ガランサス』

「そうなんだよー、マスター。もう、私一人で突っ込んでこようかなって」

『……それはまたブリュンヒルデへの申し開きが面倒だから止めて欲しいかな』


 トークグループに居たのは、ユラハと、そして、レギオンマスターのオルテウスだ。戦況に話が及ぶに至り、そういうことに通じたオルテウスを、ユラハが呼んだのだろう。

 相変わらずふんわりと優しい雰囲気を帯びた青年の声に、ガランサスは変わらない不満の声をぶつける。


 戦闘の起こらない戦争などと言うのは本来存在しないはずなのだ。

 戦争はその領域の支配権の奪取を目指して布告される。自国の領域を奪われて良い国など、存在しない。少なくとも戦争を主に据えて作られた銀剣において、当然、大多数のプレイヤーはそれをよしとしない。

 攻め側の勝利は、フラッグポイントの破壊によって。防衛側の勝利はその阻止によってもたらされる。

 極論を言うならば……防衛側には、まだ、戦闘を起こさなくても良い理由は存在する。攻め側が攻めてこなければ、自動的に彼らの勝利は確定するのだから。

 だが、攻め側は、座して訪れるのは敗北のみ。


 つまり……この状況は、アグノシアの異常だ。

 

「まさか、いざ攻めてはみたものの、ブリュンヒルデの守りに怖じ気づいたのかな」

『彼女に限ってそんなことは無いだろう』

 

 思いの外強いマスターの口調に、ガランサスはこっくりと首を傾げた。


「ユキって人のこと、マスターは随分買ってるんだね?」

『いや、そういうわけでもないんだけどね。ただ、戦ってみた時に、負けず嫌いなんだろうなぁと思ったんでね』

『あの時は随分楽しそうなことをやらかしてくれて、色々大変だったんですけどね。二度としないように』

『……はい』


 ユラハの氷点下の声に、青い髪の少女はくすりと笑う。

 オルテウスは、アグノシアのプレイヤーユキに対して、メルドバルドの衆目の中でデュエルを挑み、勝利したのだという。

 レギオンの中からも外からも温厚という評価を得ているマスターの所行を聞いたときは、ガランサスも驚いた。


『まぁそれはともかくとして。難攻不落の前評判も十分なジルデールにわざわざ戦争を仕掛けて、怖じ気づくも何もないんじゃないかな』

「そうだよねぇ。じゃあ何なんだろう。このジルデールの戦争自体が囮とか?」


 問いかける蒼髪の少女に、オルテウスは教え子に対するような調子で言葉を紡ぐ。


『その可能性はまず考えられる。だけど、今は特にうちの側に重要な戦争も無いし、囮を使ってまで攻略したい場所があるとは思えないんだよねぇ』

「なら、あくまでアグノシアはここを攻略するつもりってこと?」

『そう考えて良いんじゃないかな。つまり、動かないのも、何らかの作戦の一部ってことだと思うよ』

「作戦ねー……」


 もう一度丘の向こうに視線をやる。

 正面にそびえる丘陵には、アグノシア帝国旗が何本も翻り、本格的な陣が敷かれていることを告げている。

 さらに言うなら、丘陵を占領した時、遠目にもアグノシア陣営が大盛り上がりしているのが見て取れた。

 まるで、もう勝利は決まったとでも言わんばかりに。

 その時はブリュンヒルデの首脳陣とともに呆れた目でそれを見やっていたが……あの丘陵を占領していることが重要な作戦の一部だとしたら……あそこを占領することが勝利に繋がっているのだとしたら。


「……さっぱりわかんないよ!」

 

 頭を抱えてため息を漏らすガランサスに、トーク越しに呆れたようなため息と苦笑が届く。


『……とは言え、私も同じくさっぱりわからないのですけどね』

『私もだよ。アグノシアは、クロバールの丘を攻略しない限り、勝利を得られるはずもないのだけど。勝利へと繋がる道に、全く沿わないアグノシアの行動には疑念ばかりだ』

「で、私はどうすれば良いんだろう、マスター」


 すがるようなメンバーの声に、しかし、オルテウスもまた苦笑いを返すほかは無いようだった。 


『私が思うような懸念はレオハン氏も抱いているだろう。とりあえずそこはレオハン氏に従うのが良いと思うよ』


 至極真っ当なことを言って、それから、ぼそりと付け加える。


『……別に負けても、うちのせいにはならないんだし』

『そういうこと言うから、他のレギオンに睨まれるんじゃないんですかね、エルドールは』


 相も変わらず冷え切ったサブマスターに、ガランサスは一笑いして。

 

 俄にざわめき立ったブリュンヒルデの首脳部に、すっと目を細めた。


「何か動きがあったみたい! 一旦切るね、ありがとう、ユラハ、マスター」

『頑張ってね。何にせよ勝つにこしたことはないからね』


 システムメニューからグループトークを終了させて、ガランサスは遊ばせていた足をすっくと伸ばして立ち上がった。繊細な装飾が施された金属のグリーブに包まれた足はほっそりとはしているが、鍛えられた筋肉の存在を感じさせる陰影をそこここに浮かび上がらせている。


「何かあったの?」

「東の森を敵が移動しているようだ。規模はわからないがね……」


 部外者が何を、という胡乱げな眼差しを向けてくる人も居る中、指揮官であるレオハンは口ひげをなでつけながら応じてくれた。

 貴族然とした容貌に合わせているのか、少し気取った仕草が特徴的なブリュンヒルデの幹部の男を、ガランサスはどちらかと言えば好ましい人物と見ていた。少なくとも、大して話したこともないのに、こちらを鬱陶しそうに見てくる人達に比べれば。

 もっともユラハに言わせれば、ガランサスは普通にしてても鬱陶しいから仕方無い、とのことなのだが……。


「偵察は全部やられちゃったんじゃ?」

 

 純粋な疑問をストレートにぶつけるガランサスを、しかし、レオハンは鬱陶しいとは思わないようだった。にやりと口元に悪戯げな笑みを浮かべる。


「10人規模の強行偵察は、やられてもやられたということが情報になる。西や中央に差し向けた偵察に比べて、東の偵察ばかり速やかに撃退されてね、どうにもそれなりの規模の部隊が東に居るらしい」


「なるほどー。それじゃ、いよいよ戦闘になるのかな?」

「そんな単純な話では無いのだな。残念ながら……」


 顎に手をやって、レオハンは眉根に皺を寄せる。


「問題は、東が本命なのか、囮なのかと言うことだ。我々が東に戦力を差し向けたところで、この丘陵を主力で攻めようという算段かもしれぬ」


 敵が居れば倒せば良いという、前線の1兵士としての考え方ばかり先立つガランサスは、感心のため息を漏らすばかりだった。


――私が思うような懸念はレオハン氏も抱いているだろう。


 自分のマスターといい、頭の良い人はいるものだと思う。

 そのレオハンをもっても、アグノシアの作戦は読み切れないようだ。


「しかし、それではあの丘陵をわざわざ目立つ形で占領した理由が説明が付かない……」


 レオハンら、ブリュンヒルデの首脳部が取り囲む公開表示のマップ。レギオンマスターの特権スキルである兵棋盤のような多機能なものではないが、その上には、現状の戦力の配置が映し出されている。

 平地を挟んで、二つの丘陵に構えて対峙する、クロバールとアグノシア。

 今まさに追加されたのだろう、東の森の中に居るであろうアグノシアの部隊。

 単純に見るなら……丘の脇を抜けて、後背のフラッグポイントを襲撃しようとしているように見える。

 もし、それが大規模な部隊だったなら、早めに対処しなければ致命傷になりかねないだろう。


 ガランサスにもそのくらいのことはわかった。

 そして、言われてみれば……レオハンの言うこともわかる。そんな作戦なのだとしたら、正面に構えた敵の主力が動かないのが腑に落ちない。

 

 しばらくの間、顎を撫でて、マップを見つめていたレオハンが、顔を上げる。


「後背に回られても、3ラインを潰される前に対処可能だ。まずは相手の主力の動向を見極めよう。2パーティーの強行偵察を中央丘陵に出してくれ。主力がどう動こうとしているのか探る」


 指揮官の命を受けて、他のメンバーがトークで指示を飛ばす。


 ガランサスには何かが出来るわけでも無い。

 ただ、偵察が何か新しい情報を掴んでくるまで、手持ちぶさただ。


 風にたなびくアグノシアの旗を眺めながら、ふと……自分がこの戦いに参加した目的でも有る、アグノシアの敵のことを思った。

 

――ユキって人も……こういうことを考えて居るのかな……それは、カンナのためなのかな。

 

 ガランサスは、エルドールの最初期からのメンバーであり……カンナとも何度も一緒に遊んでいた。

 控えめで感情を表に出さないタイプのカンナとは、目に見えて仲が良いとかそんな関係では無かったが、強くなることに真剣で、そして……どこか、ゲームの中の世界で何かを求め続けているような、そんなレギオンメンバーのことを、大事な仲間と思っていた。


 そんなレギオンの仲間がエルドールを抜けるきっかけになった人。

 憎んでいるのかと言われれば、それは少し違うと思う。

 だが、一度は剣を交えて見なければ、気が済まなかった。


 バーサーカーなどとあだ名される自分は、色んなことを考えるには向いていなくて。

 戦いでしか、そういうことは確かめられないのだと。


……やがて、司令部がまたざわめきに包まれる。


「そんな……どういうことだ!」

 

 偵察がもたらした情報は、しかし、ガランサスやレオハンの予想を超えていた。


 それは、正面の丘陵は既にもぬけの空だと言うことだった。



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