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014

 息を潜めて耳を澄ませていると、まるで自分が消えていくような錯覚に囚われた。

 それは梟の耳というスキルのシステムエフェクトがそう感じさせているのか、それとも、およそ現実では及ばない集中の向こうに、そういう境地があるのか。


 目を閉じた、一面の暗闇の中にあちらこちらにさざ波が立つ。風切り音、葉擦れの音。これは……呼吸?

 いくつものランダムに沸き立つフィールドエフェクトの中に、一つ、継続的に移動する音を見つけて、ネージュは目を見開いた。


「スナイプショット!」


 神速でつがえた矢を撃ち放つ。それは何も無い木立の間に吸い込まれるかに見えて。


「ちっ!」


 隠密(ハイディング)によって景色に溶け込んでいた敵の姿をあぶり出した。

 直撃は得られなかったが、鏃にかすめられた空間から滲み出すように、クロバールのプレイヤーが姿を現す。


「ジークさん!」

「逃すかよっ! スラムチャージ!!」


 今一度森の奥へと紛れ込もうとする男を、しかし、巨体に似合わぬ俊敏さで走り出た重騎士が、肩からの突進で捉える。

 車にでも跳ねられたように、吹き飛んで、木立に激突するどちらかと言えば華奢な体。


――お気の毒様。


 そう心の中で呟いて、冷静に引き絞られた弓が過たずその首筋を射貫き、HPゲージを消滅させた。


「ジークさん、ないすー」


 トレードマークのポニーテールを揺らして、木立の上から声をかけたネージュに、ジークは手を掲げて、にっと笑って見せた。


「しかし敵さんも懲りねえなぁ。何人ぶっ倒したかわかんねえぞ」

「待ってるばかりで焦れてるんじゃないかなぁ」


 ネージュとジーク。今二人に与えられた役割は、敵の偵察の排除だった。

 ネージュは木立の上に陣取り、梟の耳のスキルを用いてさながらレーダーの役割。見つけた敵をジークが押さえ込む。戦闘に移ったら、ネージュは弓を用いて狙撃擁護。

 ユキを含めて、今まで何度も戦場で組んできた仲。連携はスムーズだ。


「なんかあいつ言ってたなぁ、相手が焦れて焦れて……忍耐の限界に達したとき、そこが仕掛けるタイミングだって」

「ユキ私には全然作戦とか教えてくれなかったんだけど、ジークさんは聞いてるんだ?」

「聞いたけどよくわからんから忘れちまった」

「……えー」

「いやぁ、すまんすまん」


 ぷーっとむくれたネージュに、ジークは全くすまなくなさそうに、あっけらかんとしてみせた。

 

「私はユキとよく遊ぶようになったの、ユキがソロプレイ始めてからだから……大丈夫って言われても不安なんだよー。ジークさんはそんなことない?」

「ああ、まぁあいつが勝てるって言ってんなら大丈夫じゃねぇかって思うよ」


 木陰にまた身を隠しながら、平然としたその言葉に、ネージュは感嘆ともなんともつかないため息を漏らした。

 カンディアンゴルトでも、ツィタディアでも、絶体絶命とまではいかずとも危機的な状況を切り抜けるユキの姿を見てはきていた。だが、それはその場の機転と呼ぶべきモノで、一つの戦場を支配するだけの能力をふるう兄の姿というのが今ひとつ想像がつかない。


 ゲームの中で――そんな、普通の人から見たら一笑に付されるような前置詞がつくとはいえ――一人の女の子を救って、自分の信念を通そうとする兄を応援したい、助けになりたいと思う。だが、普段の姿を見ているだけに、信じ切れない部分もあるのだった。


「あの兄様がねぇ……」

「まぁ人間色々あるってことさ。伊達に廃人やってないってことだろ」

「そう言っちゃうとなんか台無しだね」


 呆れた笑みをこぼして、ネージュは、木立の上で姿勢を正す。

 相手が焦っているのだとしたら……きっとこの任務の終わりも近いのだろう、そう気合いを入れ直して、梟の耳をまた発動させる。

 目を閉じ、静寂の水面につま先を浸す……そして、すぐに気付いた。


「……ジークさん、ごめん、油断した」

「うん? 取り逃した?」

 

 武器を構えようとするジークを手で制して、ネージュは唇を噛みしめた。


「囲まれてる……本当に焦れたみたいだね」

「……ったく、敵さん偵察ってそういうもんじゃねぇだろ」


 水面に円環を描くさざ波。よほど慎重に行動しているのか、小さな、小さな音。しかし、確かにその輪はじりじりと狭まりつつある。

 広く放った偵察では意味がないと見て、何カ所かに集中することにしたのか。

 それにしたってよりによって自分たちの持ち場じゃなくても、とネージュは思う。

 ジークの舌打ちがやけに大きく聞こえた。


「何人ぐらい居る? 抜けそう?」

「5人ぐらいいるかな……突破は出来そうだよ。とりあえずユキに伝えないと」

「頼むわ」


 システムメニューに指を走らせ、ユキとのトークを開く。いつもは何とも思わないその操作にかかる時間がやけにもどかしく感じた。

 戦争で死んだところで、幾ばくかのペナルティ時間の後に最寄りのフラッグポイントに戻されるだけだ。デッドを重ねれば馬鹿にならないペナルティ時間を課せられることになるが、まだネージュもジークも一回も死んでは居ない。

 それでも……危ない状況に陥れば、心臓が早鐘を打ち、掌には汗が滲む。


「……ユキ、聞こえる?」


『うん、聞こえるよ』


 返ってくる、いつもと変わらぬお気楽な色の乗った声。


「ごめん、敵に囲まれちゃった。クロバールは、纏まった人数でこっちの網を抜くつもりみたい。どうしよう、防ぎきれないよ」

『よし、敵さんも相当焦れてきたみたいだね。ばっちり、頃合いだ』

 

 全く焦る風も無い兄に、ネージュはこちらの顔は見えないとわかりつつ、思い切り眉根を顰めた。


「……抜かれてもいいの?」

『うん。ここまでちゃんと偵察潰せてれば、もう大丈夫だからね。ちなみに、ネージュ達は俗に言うピンチって奴だと思うけど、助けは要る?』

「このくらいの人数ならジークさんと私でも抜けると思うけど……」


「……まぁ、そう遠慮なさらずに」


 耳元で響くトークとは違う。

 梟の耳で拡張された聴覚に、遠くから確かに届いたユキの声に、ネージュは目を見開いて顔を上げた。


狼の牙(ウォルフスファング)ッ!!」


 音の水面を蹴立てる、地響きのような跳躍。折り重なった木立に覆い隠され目では何も捉えないものの、俄に騒音が辺りを満たす。


「何だ!?」

「ジークさん! 援軍! ユキが直接来てるみたい」

「はぁ? ったく格好付けやがって、俺達が包囲されるまでわざわざ待ってたんじゃねぇだろうな!」

 

 駆け出すジークに、ネージュは木立から木立へと伝って、後を追った。 


 金属音が弾ける、既に戦いのはじまっているだろう場所に急ぎなら、周囲の音にも意識をやる。

 敵も隠密(ハイディング)を続けている場合ではないと思ったらしい。大きな音がいくつも、ユキの方へと向かって集まっていく。

 それに対して、ユキは仲間を連れてきた様子も無い。


「もう、ユキが囲まれちゃうじゃん! 何やってるんだか!」

「大丈夫だ、間に合うぜ」

「え?」


 大柄な体に見合わず先を疾駆していたジークは、一際強く地面を蹴り、着地ざまに身を翻すと、盾を高々と翳した。


戒めの軛バインディング・ヨーク!」

 

 重騎士の拘束スキル。地鳴りのような音が横に広がっていき、木立越しにまさに飛びかかろうとしていた敵の足を縫い止める。

 気付けば、それは、ユキが敵の一人と剣戟を繰り広げる、その目前で。


「流石ジーク、ばっちり」

「間に合わせるってわかってておっぱじめたんだろ、たちの悪いこった」


 肩越しに悪い笑みを交わし合う二人を、木立の上から唖然と見下ろして、すぐに我に返った。

 普段のクエストでは馬鹿を言い合っているだけのユキとジークだが、長く長く戦場をともにしてきた戦友なんだなって、今更ながら思って。

 口元が自然と緩む。


「ネージュ、良い的が出来てるだろ、頼むぜ!」

「了解!」


 弓に矢をつがえ、たわむ限界まで引きしぼる。

 狙撃の一撃を放つ瞬間、見えたのは、こちらを見上げる憎々しげな敵の目だった。

 


なんか戦闘久しぶりですね(

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