010
「なるほど、悪辣なことだねぇ」
質問も差し挟みながら一通りの説明を終えた後の、フィルの感想はそんなものだった。
「こういう性格の悪い作戦は、とても俺には思いつけねぇなぁ」
「どの口が言うんだか……」
思わずジト目になる。
キャメロット時代、俺が戦力の動かし方の基本線を決め、そこに偽情報による欺瞞や混乱などの、性格の悪いスパイスを効かせるのが、フィルの役割だった。
「よくわからねえけど、フィルが感心してるんだから大丈夫なんだな」
そしてやはり事前に話しておいても無駄だったと思わせるジークのそんなコメントである。
「だけどよ、こんなにちゃんと作戦出来あがってんなら、別に俺を呼ばなくても良かったんじゃねぇの」
背もたれに寄りかかって椅子を軋ませながら、少し拗ねたように言うフィルに、俺は苦笑を漏らした。
作戦で勝負しようとするものの性か、作戦を自分の案によって向上させることが出来ないと、なんとなく不満を感じるのかなと思う。俺自身がそうであるように。
「この作戦は2手に分かれて部隊を動かす必要がある。その本隊の方の指揮をフィルに執って欲しいって言うのが一つ」
「本隊はユキが指揮するんじゃねぇのか」
「対クロバールなら、私自身が囮になれるようなところがあるからね。私が指揮どうこうって話は向こうにももう漏れてるだろうし……私が別働隊を率いて、こっちを本隊だと思い込ませる」
「なるほどな。やっぱりお前は性格悪いわ」
「お褒めに預かり光栄だよ」
まともに反論してももはや、しょうがない、そんな風に受け流しておいて、それから俺は頬を掻いた。
「それとあと……やっぱりちゃんとした戦争に復帰するなら、フィルも一緒がいいなぁと思ってね」
つい、目を逸らしてしまう。戦争の目的には真っ直ぐになれても、仲間に向ける言葉には、まだ、真っ直ぐにはなれないのだった。いや、たぶん一生真っ直ぐになることは難しいと思う。こればかりは性格とかそういうものの問題だ。
頬が少し熱くなっているのを感じる。そんな俺に向かって、フィルは少しばかり間を置いて。
「はぁ……やっぱりユキちゃん可愛いわ……」
「……あ?」
一瞬で表情が抜け落ちるのを自分でも感じた。
底冷えした俺の声に構うこと無く、軽佻浮薄な旧友は、両手を広げて俺に迫ってくる。
「ユキちゃあああああん、結婚して!」
「狼の……」
「おいユキ、お前技の威力昔と違うんだから」
「……牙ッ!!」
ジークの制止なんて聞くはずも無く、肩上に引き絞った右手の中に実体化させた清冽の剣がゼロ距離で青白く弾ける。
「ぐはあああああああああああああああああっ」
胸のど真ん中に直撃を食らったフィルは、出来の悪いコントのように、酒場のテーブルや椅子やらをなぎ倒した上で、背中から壁に激突して、ぼろ屑のように崩れ落ちた。
昔片手剣を使っていた頃はその場に崩れ落ちるくらいで済んでいたのだけど……まぁ、灸を据えるという意味だとちょうど良いだろう。
そう。フィルは見た目に反して、ゲームキャラクターが可愛ければ誰にでも言い寄る変態なのだ。勿論、ユキの中身が男ということだって知っている。それで迫ってくるのだから、ある意味筋の一本通った信念ある変態として尊敬には値すると思う。
もっともそれとこれとは別の話。
「何度も言っているようにユキさんは男になんか触られるのもごめんなの、可愛い女の子を踏みつけるのが生きがいなの、わかる?」
「お前もろくでもない主張すんなよ……」
どんよりとした視線で俺を見るもう一人の旧友に、鼻を鳴らして見せた。
「……ユキちゃんの愛は骨の髄まで染みたぜ……」
「うるさい変態」
「もっと言って!」
本物の変態は救いようが無いと改めて思いました。
まぁ、半泣きだったり、顔を真っ赤にして、うるさい変態! と言ってくるツンデレな女の子が可愛いというのはわからないでもない。なんで俺の回りの女の子は、生ゴミを見るような目でしかその台詞を言ってくれないんでしょうね……。
乱れた服を整えて、何事も無かったようにテーブルまで戻ってきたフィルは、ふぅとため息をついて、だけど、少しばかり真面目な顔をした。
「ったく、またちゃんとこうやって、馬鹿言って、一緒に戦えるようになるなんて、思っちゃなかったよ」
「私も……戻ってくるとは思わなかったさ、こういう戦争に」
一人のクラスメイトの女の子との突飛な出会いから色んな出来事が変にかみ合って回り始めてしまった結果の、一つの大きな戦い。
どうしてこんなことに……とは少し思わなくも無い。でも、そこに後悔に類する感情が交じることは、もう無かった。
「レティシアからちょっとばっかり聞きかじったんだが、カンナって言ったっけ。この戦争の引き金を引いた子」
「否定はしきれないかな……一番の原因になったのは私自身だと思ってるけどね。でも、クロバールの、聖堂騎士団の憎悪を一番買ってるのは、たぶんその子だよ」
「お前が守りたいって言うのも、その子なんだな」
「……そうだよ」
否定してもしょうが無い。答えた俺に、フィルは相変わらず軽い感じに目元で笑って見せた。
「ったく、お前も懲りないっていうか相変わらずだよなぁ」
「何がさ」
「言葉のまんまだよ。ま、今度はちゃんと守ってやらねえとな。俺も協力するからよ」
今度は。
平坦な調子で告げられたはずのその言葉が引っかかって、胸の痛みを覚える。だけど……それは、フィルも同じだろうと思う。
守ってあげられなかった、一人のレギオンメンバー。一人の友達。
その罪滅ぼしだなんて思うのは烏滸がましい。ただ、同じことを二度とは、と思う。
「後でちゃんと俺にも紹介してくれよな。可愛い子なんだろ?」
そんな言葉に、また俺は無表情になった。
「まぁ可愛いけど……いつもの態度で接したら、フィル死ぬよ?」
「死ぬな」
「何それ楽しみ」
やめてくださいよ。なんか俺までろくでもない奴紹介したって言ってリアルで報復受けそうだから……。
「それじゃ……戦争と参りますかね」
「戦力の当てはついてんのか?」
「オーダーオブメイランディアが来てくれることになってる、ブラッドフォードと仲悪いマスターが、積極的に協力してくれてさ。あとは、ヌアザの左腕の面識ある人が何人か。
ヌアザの左腕の人達に、私とジーク、あと妹のネージュで別働隊を組んで、オーダーオブメイランディアを本隊に据えれば、行けると思ってる」
「おいお前妹居るなんて聞いてねぇぞ紹介しろ」
「殺すぞ」
おっとつい素が出てしまいました。
「まぁ、そんだけ揃ってりゃ上々だな……」
「ああ、その上フィルが来てくれたんだ。負けるわけが無い」
そんな俺の言葉に、旧友はにっと笑って。
「そんなにおだてられちゃ、ちょっとサービスしないわけには行かねぇよなぁ」
そう、トークで誰かを呼び出す。
リモートウィンドウに現れたのは、ラウンドテーブルのマスター殿だった。
「レティシア、悪ぃ、ちょっと一つ頼まれてくれないかな」
フィルの頼み事を横で聞いていた俺は、ジークと顔を見合わせて、それから笑わざるを得なかった。
「やっぱり性格の悪さじゃ、フィルには敵わないよ」
ちょっとノってしまいまして……もう一つの小説を更新するつもりが、こっちが二編更新にorz