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ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている  作者: 紫花
同級生に踏みつけられたことってありますか?
8/131

007

 ゲームの舞台となる、ユリオンと呼ばれる広大な大陸には、6つの国家が存在し、互いに覇を競っている。

 大陸の北から時計回りに、パライア連邦、クロバール共和国、アグノシア帝国、ラプラス王国、レメキエス王国、ヴィガリア共和国。

 プレイヤーはゲームを始めるに当たって6つの国から所属国家を選び、戦争の勝利と内政発展の二面から国に貢献して、属する国家を大陸の覇者へと導くことが、この銀剣――グラディウス・アルジェンティウス――のゲームの目的となる。


 ……戦域に降り立った瞬間に聞こえる怒号と喊声に、俺はジークと顔を見合わせて舌打ちをした。


 首都や前線都市からの転送先、あるいは、倒されてデッドした場合の復活先となる、フラッグポイントと呼ばれる簡易拠点。その近くまで、敵が迫ってきているというのは、つまり御味方はおおむね劣勢ということだ。


 俺とジークが所属するアグノシアは【帝国】と、いかつい名のつく国だったが、現状の勢力図では6カ国のうちで最弱と言われている。片や敵方クロバール共和国は、その領土を拡大する一方、飛ぶ鳥落とす勢いの最強国家。戦域を選ぶ前からある程度は予想していたが、と肩をすくめた。


「いつも通りたぁ言いたくねえが」

「クロバールってさ、こう【共和国】って正義の国っぽいじゃん?」

「まぁ、【帝国】よりはな。帝国は悪だよな、基本的に」

「なんかそういう正義とか好きな奴が多そうで気に入らないんだよね」


 剣が打ち鳴らされる甲高い音を後ろに聞きながら、手早く装備を確認する。機動性重視の軽鎧も、身長を超える長さのグレートソードも耐久力はまだ十分。問題は無い。


「8割方偏見な気がするけどな……ちなみに踏まれておかんむりのTさん……なんていうんだ、ゲームアバター?」

「カンナさん」

「カンナさんの所属は?」

「クロバール」

「そうか……」


 昨日俺がログインしてこないか待っていたというカンナさんのことだ。今日も俺のことを探しているかも知れない。

 まぁ、戦場で出会ったら、それは運命と言うことだろう。


「準備は出来たのか? ユキ」

「おっけ」


 ステータスウィンドウを閉じて、グレートソードを脇に構える。準備している間にも一向に引かない喊声と剣戟の音。このフラッグポイントが陥落するのも時間の問題だろう。


 銀剣における戦争はフラッグポイントの落としあいだ。フラッグポイントはそれほど頑丈なものではなく、襲撃されれば割とすぐに破壊されてしまう。それ故に、プレイヤー達は戦線を張ってフラッグポイントを背後に守りながら、その戦線を押し上げるというのが戦争のもっともオーソドックスな戦い方になる。


 戦域にある敵方のフラッグポイントを全て落とすこと、それが戦域占領の勝利条件。


 そんな戦い方だけなら正面力押しの単調なゲームになってしまいそうに思えるが、銀剣のフラッグポイントシステムの面白いところは、フラッグポイントが、首都や前線都市から連綿と続く【ライン】だという点にある。

 例えば、敵陣深くに切り込んだある戦線があったとしても、もし敵に後方を襲撃されて、途中のフラッグポイントが落とされると、どの都市とも【ライン】として繋がらなくなるフラッグポイントは、全て無効化されてしまう。

 戦力でいかに優位に立っていたとしても……少人数の一撃が、巨大な敵のラインを一撃で崩壊させうる。


 そんな、戦術・戦略といった知略でも、戦況をひっくりかえせるという点が、俺が数ある仮想現実型のネットゲームの中から、銀剣を選んだ理由でもあった。


 だから、こんな戦いで、俺たちが取る行動も決まっている。


「正面はレギオンで来てる連中に任せよう。はぐれ者の取る行動は決まってるさ」

「ま、普段とは違って気楽な個人行動だしな、楽しむとしようか」


 普段はレギオンの戦にかりだされるジークは、色々溜まっているものもあるらしい。普段からソロプレイの俺はいつも通りだが、にっと笑いあって、主戦線に背を向けた。



 戦場に赴く前には、地形を頭に叩き込む。

 この戦域、辺境属領ランフォールはアグノシア領を縦に走る霧の山脈が北に向かうに従ってだんだんと低くなり、開けた平野へと遷移していく、ちょうどその境目あたりの領域だった。

 そのためアグノシア領に寄れば寄るほど地形は山がちになり、森に覆われるようになる。


 アグノシア側に押し込まれている今は、森づたいに敵の側面へと回れる好機だ。

 狙いは、遊撃による敵の前線後方のフラッグポイント破壊。

 主戦線の騒音を遠くに聞きながら、俺たちは森へと忍び込んだ。


「ユキ、索敵(サーチ)の調子は?」

「オールグリーン、良好だよ。流石にこんなワンサイドゲームで入念に網を張ってなんかいないんだろうね」


 プライベートモードに切り替えた会話で、そんな言葉を交わす。


 銀剣はキャラクター成長の面から見るとスキル制のゲームで、特定の職業というのは無く、ただメインに据えている戦闘スキルのビルドによって通称が存在している。

 例えば、俺、ユキのように高攻撃力と機動力を組み合わせた近接戦闘ビルドは、「剣士」

 ジークのように防御力重視のタンクタイプは、「重騎士」

 カンナみたいに、中距離を魔法でカバーし、近接に剣技を組み合わせるようなのは、そのままだけど「魔法剣士」


 ジークの言った索敵(サーチ)も、スキルの一つだ。直接攻撃に表れないスキルも戦争においては重要で、索敵スキルを鍛えるとマップで俯瞰可能な範囲とその中で敵の隠密(ハイディング)見破り精度が大幅に上がる。

 森など遮蔽物の多い地形では、隠密(ハイディング)スキルは上方補正を受け、逆に索敵(サーチ)は下方補正を受けるが、上限近いレベルのユキのそれなら、目に見える範囲はほぼカバー出来る。相手が囲んできても、囲みが閉じられる前に逃げ切るのは容易い。


 森の伸びる限り、じっとり湿った足場を踏みしめ、北へと走る。この世界に初めてログインしてから大分たって、改めて考えることはほとんど無いが、足の裏を押し返す苔の感触も、頬をなでる空気の清涼さも、全て電磁波の作り出す幻影だとはとても信じがたい。久しぶりに今度銀剣観光ツアーなんかをやるのも悪くないと思ったけれど、それはこの戦争を切り抜けてからのことだ。


「敵は後衛、どれくらい残してると思う?」


 ジークの問いかけに、んーと、下唇に指を当てた。


「あの前線の様子じゃ、居て10人ぐらいじゃないかな」

「10人もいりゃ十分だろうけどな。あー、こういうの久々だからミスったら許せよ」

「許さない」


 笑って、剣を握り直す。


 どれくらい、走ったか。いつ敵が現れるか知れない軽い緊張感の中で流れる時間は多分に相対的だ。

 薄暗いくらいだった陽の光が次第に眩しくなり、瞼を焼いて。

 森を抜ける。


 戦域でいうならほぼ中央近くになるはず、障害の無い平野に出て、一気に広がった索敵(サーチ)の網に、アラートがいくつも上がった。


「敵数、ほぼ正面に5、いや、6かな。思ったより少ないか」

隠密(ハイディング)は?」

「こんな平野で、カンストの索敵(サーチ)からは逃れられないよ」

「まぁこんな戦況じゃ、後ろで燻ってんのもつまんねえだろうしな。どっちにしろ好都合だよ、行こうぜ」

「一気に行くよ!」

「OK!」


 身をかがめ、柔らかい草地を蹴りつける。

 グレートソードを脇に構え、全力で駆ける。

 こちらの接近に気付いた敵がざわめき出す。

 真正面の、茶色い髪を逆立てた男が大盾を構えるのが見えたが、俺は全く構わず得物を右肩に担ぐように振りかぶった。


「――!」


 無言の気合い。

 突進の勢いと、体の回転と、剣の重量。全てを載せた一撃を大盾めがけて見舞う。爆発にも似た轟音が響き渡って、男は吹き飛んで背後のフラッグポイントに激突した。ヒットポイントゲージがイエローゲージを越して、レッドゲージにまで突入する。


 グレートソードを振り切った姿勢のまま、俺は顔を上げた。

 周囲の連中は強引すぎる俺のやり口に、呆れたような、怯えたような……


 ……ただ一人、俺の方を視線の真ん中で捉えて、長剣を上段に構える剣士が居た。


「やっぱ……そんな気がしてたんだよなぁ」

「ストーカーされてますよ、ユキさん」


 ハシバミ色の瞳に、現実と同じ色の黒い髪を揺らして。『Kanna』という名前の女の子が、そこに居た。


 そんな姿を目の前にするとついつい口元が緩んでしまう。現実とゲームの中だと、やはり人間、性格も変わるのかな。現実ではこう、びくびくして接することしかできない怖い栂坂さんだけど、ゲームの中でなら、真っ直ぐに向き合うことが出来る。

 きっと、自分で確かめる術も無いが、今ユキはとびきり不敵な表情をして見せているんだろうと確信した。


「お望み通り、返り討ちにしてあげる」


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