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007

「理由を、教えて貰えますか?」

 

 ……わずかに険しさを帯びたレティシアの声に、ブラッドフォードは肩をすくめて見せた。


「簡単な話だ。そいつは半年前、クロバールに勝てなかったじゃねえか」


 嫌な感触が喉元を締め上げる。

 その通りの事実、ただの事実。なのに俺は、酷く動揺してしまった。


「……っ私は……」


 何を言おうとしたのか自分でも定かで無い。だが、絞り出しかけた言葉は、レティシアに遮られた。

 

「ユキが、ではなくて我々は、ですよ。半年前、我々がクロバールに負けたのは事実です。でも、だからといって」

「そうだ、勝てなかった。だから、俺達はこの半年戦い続けてきたんだよ」


 ブラッドフォードの眼差しは鋭く、厳しかった。

 

「俺も、あんたも負けて、それから戦い続けてきた。だから、あんたが指揮を執るんだとしたら、全く異論がない。

 だけど、そいつは居なくなった。戦争だけじゃねえ、レギオンも投げ出して。そんな奴がどんだけ凄え作戦たてようとよ、おいそれと俺達の剣を預けられるわけねえだろ」

「半年前、負けたことの全てをユキに押しつけたのは私たちでしょう!」


 レティシアの叫びに似た声が、議場の空気を打ちつける。

 沈黙の満ちる円卓。しかし、時間を経るに連れて、さざめきに似た話し声があちらこちらから沸き立っていった。


 半年前のことを知る人も、知らない人も。

 レティシアとブラッドフォード、そして俺に視線を走らせて、小声で何かを囁き合う。


「確かに、投げ出すような奴には任せられねえよな……」


 頭を揺さぶられるような動揺の奥底で、暗い感情が煮え立つ。

 そんな言葉。

 彼は……彼らは、キャメロットのことも知っては居ないんだろう。その名前ぐらいは知っていたとしても、ミハネという女の子のことは何も知らないだろう。

 投げ出した、その言葉は事実だ。俺はレギオンを解散して、ソロプレイヤーとしての道を歩んだのだから。

 だけど、彼らは、自分の仲間達に同じようなことが起こっても、同じようなことを言えるのだろうか。


 ……いや、そんな問いかけは無意味だと、俺も知っていた。半年前だって、そうだったのだから。

 ミハネのことを庇ってくれたのは、同じレギオンの人間でさえ、昔から付き合いのあった人達だけだった。

 ほとんどの人は、ミハネを身勝手だ、我が儘だと責め立てたのだ。

 キャメロットの多くのメンバーが望んだものと、ミハネ一人が望んだもの。一人一人がみんな平等なのだとしたら、ミハネの振る舞いは確かに、我が儘でしかなかった。『正義』という尺度から見たら、ミハネは『悪』だった。


 誰だって、他人と仲間を、友達を、同じ物差しで見ることなんて出来はしない。

 それなのに、みんな、他人に対してはどれだけでも『正義』を振りかざせるのだ。


 そんな簡単なことを解っていなかったから、半年前の俺は、正しくあろうと、みんなの前で正しくあろうと、正しさで自分をがんじがらめにして。


――ああ……そうか。

 

 そんなことをさざめきの中考えて、ふと、答えに辿り着く。


「……認める条件は何?」

 

 さざめきが止む。

 立ち上がって円卓を見下ろした。目を逸らした何人かなんて気にもとめず、俺は、ブラッドフォートへと視線を固定した。


「あ?」

「私はクロバールに勝たなきゃいけない理由がある。そのためには出来ることの全てをやるつもりだし、作戦に噛ませて貰うのが一番だと思ってる」


 ブラッドフォードは、虚を突かれたような顔をして……それから、唇の端を歪めた。


「随分大口叩くようになったじゃねえか。半年前のへらへら笑ってた奴とは大違いだ」


 彼からはそう見えていたのか、と思う。正しくあろうと、誰にも非難されるようなことがないようにとしていた自分の姿は。


「認める条件は何?」


 今一度の問いかけに、ブラッドフォードは、平手で円卓を打ち据えた。


「ジルデール丘陵をおとしてみせろ。もうクロバールからの宣戦布告まで時間もねえだろうしな。明日中に、でどうだ?」

「勝手なことを言わないでください! そんなことで力を証明しなくても、現にユキはツィタディアで……」

「おっと、レティシア、あんたは手伝うなよ。ラウンドテーブルがレギオンとして支援したんじゃ、ユキが成し遂げたんだか、あんたが成し遂げたんだかわからねえからな。それに、ラウンドテーブル無しで勝てば、一軍がなんだとかつまらねえこと言ってた奴も納得するだろ」

「だから勝手なことを……!」


 円卓に身を乗り出して、ブラッドフォードにつかみかからんばかりになったレティシアを、俺は身振りで制した。


「わかった。ジルデール丘陵だね」

「ああ、認めてやる」

「ユキ!」

「他の連中も異論ねえな?」


 恐らく俺よりは余程迫力のあるブラッドフォードの一睨みに、円卓から異論があがることは無かった。


 ……簡単なことだったのだ。

 正しくあることによっても守れないものがあるのなら……正義では守れないものがあるのなら、正義なんて捨ててしまえば良い。

 どれだけ怨嗟の声を浴びようとも、悪と指さされようとも、ただ、一人でも挑んで、この剣でねじ伏せる。

 

 そうしようって決めていたじゃないか。

  



◇ ◆ ◇



 そうやって、正義と戦うということの意味を、俺は思い出して……

 めでたし、めでたし。そう思っていたのだけど。


 ――……翌日。


「ほんと、四埜宮くんは考え無しで困るよねー」


 すっかり我らの会議室となりつつあるような、喫茶店ボブテイルのボックス席。

 心地よい匂いを立ち上らせる紅茶を前に、ほわほわとした笑顔を振りまく藤宮さんは、おっとり優しいお嬢様ヒロインそのものといった風情だったが……なんですが、なんで俺の冷や汗は止まるところを知らないんでしょう。


「……それで、相手の挑発にのって言われるがままの条件を飲んできた、と」

「いや……そんな単純な話じゃ無くて」


 呆れたような色がわずかに見える栂坂さんに対して、弁明を試みようとした俺の語尾を、カップを置く音が完膚なきまでに遮った。


「そんな単純な話だよねー」

「いや……そんな……」

「だよねー」


 だから……笑顔で怒るのやめてくださいよ。レティシアのキャラダダ漏れですよ。


 会議が終わるなり、ログアウトしたレティシア。

 登校してからも……何も言われなかったのは、嵐の前の静けさだとは薄々感じていたのだ。


 放課後、委員長としての雑務もそこそこに、藤宮さんは俺と栂坂さんを捕まえると、有無を言わさずここまで引っ張ってきたのである。

 なんで栂坂さんも、と思ったけれど、あれか。俺を責め立てるための相づち要員か。


 ため息と一緒に、昨日のことを思い出す。

 うん、それなりに良い啖呵の切り方だったと思うんだけどなぁ。


「ちゃんと異論があった時のための反論も考えてあったのにねー。まさかユキに遮られちゃうなんて思わなかったよー」


 ……にこにこ笑顔と正反対の辛辣な言葉に、浅はかな自己評価は砕け散らざるを得ない。


「そ、その……ごめんなさい」

「何で謝るのかなー? 何か四埜宮くんは悪いことしたと思ってるのー?」


 うわぁ、これは相当怒ってる奴ですね……。


「あ、あの藤宮さん……四埜宮くんも反省はしているっぽいですし……」


 ほら……あの栂坂さんまで俺のフォローに回ってくるレベル。


 俺以外の言葉に、藤宮さんも少しばかり自分を取り戻したみたいだった。

 綺麗な色の紅茶の水面を見つめて、ふぅとついたため息が、さざ波を立てる。


「別にユキの言ったことが間違いだとは思ってないし、ユキなら勝てるとは思っているんだけどね……」


 栗色の髪がさらさらと流れ落ちて、俺からは藤宮さんの表情はうかがい知れなかった。

 ただ、その言葉だけは少し寂しげで。


「たまにはユキのこと守りたかったのに、また失敗しちゃったなって」


 そんな言葉が、胸を刺す。

 また、レティシアはそんなことを言うけど、大間違いなのに。


「そんなことないんだけどな。おかげでちゃんと言って貰ったことの意味、わかったから」


 レティシアの言った言葉の意味。

 それは……思い直してみれば簡単なことで、いつだって俺が心に決めていたことだった。

 誰だって正義の側で居たい。糾弾される側にはなりたくない。だけど、そうやって無意識に寄り集った正義は巨大となり……自分たちの正義にそぐわないモノを無意識に踏みつぶしていく。

 

 俺はそういうものに対して、自分の力だけを武器に戦おうと、決めていたじゃないか。悪辣に、世界の正義なんて関係無く。


 レティシアは俺にそれを思い出させてくれた。

 

 だから……。


「だから……その、ありがとう」

「……どういたしまして」


 少しの沈黙があって、それから。

 顔を上げた藤宮さんの、ふわりと、笑顔が咲く。


 それに一瞬見とれてしまって……それから慌てて顔をそらした。


「だから……その、今回は任せておいて。ああ答えた以上、ちゃんと勝つし」

「仕方無いなぁ、今回は許してあげる。後で埋め合わせはして貰うけれどね」


 向き直った、そこにあったのはいつものつかみ所の無い……ちょっとレティシアっぽい藤宮さんの笑顔だった。

 ……いつも、最後にはそんなことばかり言うから、やっぱり上手く手玉にとられただけのような気がして、俺はため息をついた。


 ま、藤宮さんが機嫌を直してくれたようで一安心だった。いざとなれば、このゲーム上の旧友は俺がネカマプレイヤーであることを言いふらして社会的に抹殺することも容易なのである。それを言うと栂坂さんもなわけですけど……。

 

 ふと、一時的に存在を忘れていた同級生の方に顔を向ける。

 ホットココアを啜る相変わらず表情の薄い栂坂さんの眼鏡越しの眼差しは、しかし、なんだか少しばかり冷たい気がした。

 存在忘却してたの気付かれてますかね……。


「勝つ、はいいんですけど、ちゃんと手段は考えてるんですよね。行き当たりばったり八方美人の四埜宮くんのことなんで心配なんですけど」


 ……今回八方美人関係無くない?


一週間よりは少し空いてしまいましたが、更新です!

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