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006

「まず、みなさんと共有しておきたい情報があります」


 場の張り詰めた空気に比べれば、淡々としてレティシアはそう語り出した。


 落ち着かなく座った俺の前に、共有モードのインフォメーションウィンドウが立ち上がる。

 古紙を模したインフォメーションウィンドウのテンプレートにはいささか不釣り合いな、いくつものグラフや表が整然と纏められたドキュメント。他の会議参加者にも当然、共有されているんだろう。

 レティシアの次の声を待つまでも無く、自然とその上を目が滑り始める。


 一番上に掲げられた、青白い炎の旗、赤と白の旗と、それに続く、対比表。

 まず、アクティブなプレイヤーの数。

 近距離、遠距離、攻撃重視、支援重視、機動性重視、それらのカテゴリで括ったビルド別のおおよその比率。

 主要なレギオンと、マスター。その戦い方の傾向。

 これまでの戦争の勝率。 


 それは……アグノシアとクロバールの詳細な比較資料だった。


 プレイヤー数や戦争の勝率は公式データとして公開されているが、それにしたって綺麗にまとめ上げるのは労力がかかったことだろう。まして、ビルド別の比率なんて、どうやって調べ上げたのか、想像も及ばない。


 俺は息を詰めて、半透明のインフォメーションウィンドウ越しに銀髪の少女の顔を見やった。レティシアを甘く見ていたつもりは決して無かったけれど、これだけのデータを集めてちゃんと意味のある情報として纏めてあげてくるレティシアの力と、そして、意志には瞠目するしか無かった。

 円卓に居並ぶレギオンマスター達を見据える蒼氷色の瞳は、デジタルの作り物のはずなのに、強い光を湛えていて。


 ただ……あくまで平静なレティシアの声が響き渡る中で、俺は議場の空気が消沈していくのも同時に感じていた。

 

「……これだけの情報から総合して考えると、単純に戦力ということで考えるなら…アグノシアとクロバールの間には、およそ5倍近い開きがあると考えています」


 レティシア自身の言葉が全てを物語る。

 データが指し示すのは、『相手にならない』という厳然たる事実だ。


 みんな、なんとなくはわかっている。普段の戦場、戦争で、肌で感じてはいる。

 だが、それを改めて事実として突きつけられるのは、また別のことだ。


 ただ、そんな中でも戦意を失わない人間はいる。


「それは、アグノシアはどう転んでもクロバールには敵わないってことを言いたいの? そんなこと言うための会議ならもう止めようよ。私達は勝つためにここに集まっているのに」


 激高するでもなく、ただ声ばかりは鋭く告げたリオに少しばかり苦笑してしまう。ひたすら一人一人の戦場での強さを追求する、オーダーオブメイランディアのマスターらしい。勝てない、と言われようとも勝つと言う。


 だけど、レティシアも……怯むどころか、唇の端をわずかに上げて、リオの方を真っ直ぐに見据えた。


「誰も敵わないだなんて言っていませんよ。これまでは勝てなかったと言ったのです、私は」


 高温の炎のような蒼氷色の瞳が、円卓を端から端まで見渡した。


「勝つために集まっている、その通りです。私が言いたかったのは、これまでは勝てなかったということだけです。これまでと同じように戦っていては勝てないから、勝てる戦い方を考えなければいけない、その認識をまずみなさんと共有しておきたかった」


「……へえ」


 一瞬意外そうな顔をして、しかしリオも口元に笑みを浮かべてみせた。


「そういうことなら、歓迎するよ」

「そうは言うが、戦い方を変えるだけで勝てるのか? 5倍というのはそんなに甘い数字じゃ無いように思えるが」


 そう疑問の声を上げた青年に向かって、レティシアは小さく頷いた。


「簡単なことでは無いと思います。だからこそ、本気で考えなければ勝てないと思いますし、それに、単純に数値上の戦力が劣っていても、決して勝てないわけではないということは、既に証明されています」

 

 銀髪の少女が儀式のように中空に手を舞わせると、共有インフォメーションウィンドウの内容が切り替わる。


 銀剣の機能の一つに戦争の簡易リプレイ機能がある。戦況の推移を地図上の戦線の移動という形で簡略化して、後から振り返ることができるものだ。

 南に山脈と丘陵の迫り来る平原の地図は、つい先日目にしたばかり。


――ツィタディア……か。


 久しぶりにレティシア達と一緒に望んだ戦争。俺が無様な有様ながらも声を振り絞った戦い。

 

 じりじりと赤で示されたクロバールの戦線が、平原を席巻していく。押される一方のアグノシアは時折抵抗を見せるが、それもどんどん弱まっていき、やがて何カ所かで一本線だったラインが食い破られる。


 そのまま潰走するかに見えた青の戦線が、しかし、一瞬踏みとどまり、前に出る動きを見せた。


――……あの辺りで、俺は声を張り上げたのかな。


 無駄な抵抗だったのかなとも思った。ただの独り相撲だったのかなとも思った。

 でも、こうやって戦場の動きを見返すと、わずかながらでも味方に力を与えることが出来たのかなとも思う。


――味方に力を与える……なんて、さ。


 普段ロクなプレイをしていないソロプレイヤーが考えて良いことじゃないと苦笑する。

 

 戦況図はその間にも目まぐるしく変わる。

 左下の丘陵の影から突如として姿を現したアグノシアの援軍。鏃のような陣形をとって側面からクロバールの戦線に突き立ったそれは、赤い波を切り裂いて弧を描くように進んでいく。


「……片翼包囲か」


 ブラッドフォードが呟く。


 確かに、レティシアと事前に打ち合わせた作戦ではそれを狙っていた。だが、援軍が現れた時点で、クロバールは、切り裂かれた戦線の奥に縦層陣を敷いて遅滞戦術をとるとともに、その他の戦線で素早く後退を開始して、鏃が描く弧の内側から逃れていく。


 結果として、ツィタディア防衛には成功したものの、アグノシアの完勝とは言えない結果に終わったのだが、レティシアはそんなことにはおくびにも出さない。


「相手はクロバールの中でも最強と名高い聖堂騎士団(テンプルナイツ)を主力として、5大レギオンからなる軍勢でした。それに対して、アグノシアは勝利を得ることができた。やり方次第では、戦力で負けていようとも覆せる、という証明になると思います」


「それはアグノシア側がほとんどラウンドテーブルからなる一軍だったからじゃないのかな」


 円卓のどこかから上がったそんな声に対して、レティシアは視線をやって口を開きかける。

 だけど、それより早く声を上げた人間が居た。


「一軍とか、つまらねぇこと言ってんじゃねえ」


 少し意外に思う。身を乗り出すように、円卓を鋭く睨み付けたのはブラッドフォードだったからだ。


「一軍だったからなんだってんだ。一軍って言われてる連中に出来ることが、自分たちには出来ねえと初っ端から認めるつもりか」

「でも」

「うるせえ」


 平手が円卓を打つ。

 ブラッドフォードはこういう考え方の人間だったのだろうか。かつて……半年前、会議の場で彼とは対立することばかりだった。どちらかというと勝つために突き詰めた考え方をするブラッドフォードと、今できることに焦点を当てて進めようとする俺。

 でも、今の彼の発言は……その通りだと思った。


――勝てないから、戦わないの?


 少し前にレティシアから言われた言葉。言い方や趣旨は違うが、根底にあるものは同じものに思えた。


 ふん、と鼻を鳴らして椅子に深々と座り直したブラッドフォードの後を、レティシアが引き取る。


「ラウンドテーブルのメンバーは普通の銀剣プレイヤーですよ。特にレアアイテムを独占的に保有しているわけでもない。スキルビルドをレギオンが強いているわけでもない。それでも勝てるやり方はあると、私は言いたいんです」

「やり方はあるかもしれないな。だが、全面戦争が間近に迫っている今の状況で、それは実現できるのか?」


 マスターがリアルの用事で出席できないというヌアザの左腕(アガートラーム)からは、サブマスターのリエンツが参加していた。彫りの深い西欧風の顔立ちをした青年といった風体の男だ。

 

 レティシアは彼に向かってゆっくりと、頷いてみせた。


「連携の訓練や、スキルビルドの再構成とかは考えられ、また有効なやり方ですが、一朝一夕で出来るものではないと思います。メンバーへの負担も大きいですし。このクロバールとの戦争に間に合い、一番効果のあるのは、やはり、周到な作戦の立案と、それを実現できる連携網の構築でしょう」


「奇策でも何でもない分、普通に有効そうではあるね」

「だけど、5倍の戦力差っていうのは、正攻法で覆せるものには思えないけどな」

「奇策は、実際に立案される作戦の中に組み込まれるものですよ」


 そう、銀髪の少女は言葉を発したリオに微笑む。それから、何故か俺に向かっても。


「そして、それが単なるソロプレイヤーのユキに参加して貰った理由でもあります」


 思わず椅子から飛び上がりそうになる。


――いや……ちょっと、そんな話の流れにしなくても……。


 円卓中からの視線に再度晒され、俺は逃げ出したい気分を必死に押さえ込んだ。


「ユキはかつて、最強と呼ばれつつあったクロバールの対ネイショナルクエスト戦争で、何度も勝利を得たことがあります。今はソロプレイヤーですが……今回の戦争では、彼女に作戦立案と、指揮に携わって貰いたいと私は考えています」


 俺の方を見つめる眼差しの主には、半年前にも居て、その時は友好的だった人も……その時からどちらかといえば敵対的だった人も居る。その人達は知っている。俺が失敗したということを。

 半年前に居なかった人達……全く知らない人も居れば、戦場で会って一時肩を並べて戦った人も、敵対して煽ったことのある人も居る。


 そんな人達の、様々な眼差し。

 誰ということはない。ただ、それほど親しくも無い他人という集団から眼差し。

 半年前なら平然として受け止めることが出来た眼差しを、今は心から沸き上がってくる怯えに耐えながら見返すしか無い。

 思い出してしまうんだ。半年前、勝つことの出来なかった俺の無力さを無慈悲に見下ろした視線。

 ……レギオンメンバー(ミハネ)一人守れなかった俺の無力さを……詰っているように。

 お前は失敗したじゃないかと。お前には何一つ出来なかったじゃないかと。


 それはきっとその通りなのだろう。


 ……でも、思い出すのは、カンナと交わした約束。


――必ず助けに行くから。


 勝つために俺にできることをすると、決めた。

 なんでもすると決めたのだ。


 覚悟を決めて、顔を上げた俺の耳朶を、しかし、一つの声が打つ。


 円卓の向かいから、俺のことをしっかりと見据えた。他の視線とは混じらない、眼差し。


「俺は、反対だ」


 そう、ブラッドフォードははっきりとした声で言った。

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