005
二ヶ月ぶりでしょうか……間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
まだ少し忙しい状況は続いているのですが、なんとか更新です!
中央議事堂に足を踏み入れるのは、これが初めてでは無かった。
レギオン同士の交流、プレイヤー企画の国家イベント、あるいは、ネイショナルクエストに本気で挑むための会議。
ここはレギオンの枠を越えての交流を活発に行って貰うための施設として設けられた場所だ。
そういう場に積極的に顔を出していた時があった。
色々な人と交流を持ちたい。色んな人と仲良くなって、そしてアグノシアを強くしていきたい。
そんなことを思っていた時期が俺にも有ったのでした。カンナに言ったら鼻で笑われそうだな……。
長く続く天井の高い、ローマかギリシアの神殿と言った風情の回廊。両脇には、重厚な青銅作りの扉が並んで、会議室の名前が小難しい神聖文字で綴られている。銀剣の開発陣は、この世界の言語を緻密に設定していて、勉強しさえすればプレートの文字や、魔法の詠唱語も理解できるようになっている。
神聖語を覚える利益はそれだけではないのだが、とはいえ、そこに労力を費やすプレイヤーはほとんど居ない。プレートにフォーカスを合わせれば日本語訳がポップアップするし、魔法は詠唱は省略しても発動するし。ゲームの中に浸りたいと思っても、それは所詮目に見える景色とか世界観のレベルの話で、面倒なことはやりたがらない。人間現金に出来ているものだ。
「ユキのその格好はちょっと会議向きじゃ無いね」
そんなことをレティシアに言われて、俺は自分の装備を見下ろした。
普段と何も変わらない。黒と赤を基調にした短衣の上に、機動力重視の飾り気の無い革鎧。
言われてみれば、昔は紅のマントをつけて、精一杯偉ぶって会議に出ていたものだったっけ。
「しがないソロプレイヤーがそんなめかし込んでてもおかしいでしょ。私は隅っこで目立たないように縮こまってるよ」
「『歯牙』ばかりの癖に何言ってるんだか」
「レティシアは上手いこと言うのう」
ゲルトさんが顎を撫でながらかっかと笑う。いや、確かに上手いんですけどね。漢字で書かないとわからないからって、わざわざ文字チャットで打ち込んでこなくてもと思うんですが。
「まぁ目立たずに居られるかはわからないよ。万軍。この前のツィタディアの戦いで崩壊寸前の戦線を支えたって、一部では噂になってるみたいだし」
「ただ一瞬声上げただけじゃない……」
「勝ち戦で声を上げられる人間は多くとも、敗勢で声を上げられる人間は貴重なものじゃよ」
そんな優しい声と眼差しでゲルトさんに言われては、俺は頭を掻くことしか出来ない。
「何にせよ、路傍の石では居られないんじゃないかな。ユキがこの戦争に噛んでくることを歓迎する人と疎ましく思う人、両方居ることを一応覚悟しておいた方が良いと思うよ」
レティシアの声になんとも返しがたく、ただ頷いた。
好悪の感情なんていうのは、ある程度知り合った人との間にだけ生じるものだって思っていたのはもう昔のこと。中学生としてその認識が普通のモノなのか、それとも子供っぽかったのかは知らない。
ふとひっかかったのは、覚悟とは何だろうということだ。
心構えという言葉ならわかる。それはこれから起こるかも知れないことに動揺しないために備えるだけ。だけど、覚悟という言葉にはそれ以上の意味があるように思えた。
また益体の無い思考の迷路にはまりかけた俺を、扉の軋む音が引き戻す。
長い長い廊下の突き当たりに位置する、円卓の間の巨大な木造の扉。レティシアが指先で触れたそれが、ゆっくりと開こうとしていた。
回廊の天井も狭苦しさを感じないぐらいには十分な高さだったが、比では無い。普通の建物ならば2、3階分の高さを優に備えた天井を、いつの時代のものか、戦いの様子を描いた荘厳なフレスコ画が彩る。
古の戦士達に見下ろされた広間には巨大な円卓が設えられ、ほとんどの席は既に埋められていた。
6ヵ国最弱と見下されるアグノシアにあっても、武名を轟かせるレギオンというのはやはり存在する。
純粋な戦力だけならば、ラウンドテーブルを超える大手レギオン、グレゴリアン・チャント、パシフィズム。
構成員全てが近接ビルドからなる特化レギオン、オーダーオブメイランディア。
少人数ながら熟達の戦闘技能をもって鳴らす、ヌアザの左腕。
有名どころでもそれだけ、それ以外にも中堅のレギオンの代表者達が顔をそろえている。
遅れた参加者達に集まる視線。おそらく最初にレティシアに向かった視線のいくつかが、俺の顔の上を滑る。
鼓動が跳ねる。平静な表情を精一杯保っているつもりだったが、実際成功しているのかは甚だ疑問だった。
人の視線はやはり怖い。思い出させられるのだ。
だが、俺の動揺なんてあずかり知らぬこととでも言うように、円卓に座る少女が声を上げた。
「君たちで最後かな、ラウンドテーブル。それから……なんでこんなところに居るの? 大剣使い」
わずかに茶色味がかった長い髪に、少しきつめな角度を描く、不機嫌そうな目。見た目年齢的には高校生ぐらいといった印象。整った顔立ちだが、リアルではまずお近づきになろうとは思わないタイプの女の子だった。不良っぽい子とか苦手なんです……怖いし。
まあここは現実では無い。何度か戦場で言葉を交わしたこともある相手だ。オーダーオブメイランディアのレギオンマスター、リオ。全員が近接ビルドからなり、優れた剣士の多いオーダーオブメイランディアにあって随一の腕前を誇る刀使いだった。
ひたすら戦場での強さを求めるプレイスタイルはユキと似ていると言えば似ている。なのでどちらかと言えば気は合う方だと思っていたし、あちらも他意は無いのだろうけれど、この状況での無遠慮な発言は、俺の上に注目を集めることになってしまった。
さっきは上滑りするだけだったいくつもの眼差しが俺を見据える。
干上がる喉を鳴らして、応えを返そうとした矢先に、別のところから上がった声がそれを遮った。
「そいつが単なるソロの大剣使いだとでも思っていたのか? これだからぽっと出の新参は」
声の主を見つけて、俺は眉根に皺を寄せた。
浮かぶネームタグに刻まれた文字はは、ブラッドフォード。忘れ得ない名前だ。言葉の通り古参のプレイヤーで、半年前、俺がレギオンマスターだった頃から、大手レギオンパシフィズムのマスターとして、そして一線級のプレイヤーとして鳴らしていた。
……そして、それ故に、因縁のある相手でもある。
「いちいちうるさいな、アンタは。そんなに少しばかりゲーム始めたのが早かったのが偉いの?」
「一線を張るレギオンや人にも様々な変遷がある。それぐらいはちゃんと知っておけということだ。人を見誤るぞ」
「良くわからないね。そんなの戦場の強さに何も関係無いし。何か知ってるなら、説明してくれれば良いじゃん。単なるソロの大剣使いがなんでここに居るか」
険に溢れたリオの言葉に、ブラッドフォードはそのがっしりと幅の広い肩をすくめる。
「そいつも昔はレギオンマスターだったんだよ。ラウンドテーブルの前身レギオンのな。それで」
「今日は昔話をしに集まったのではないのでしょう?」
レティシアの良く通る声が、広間に響き渡る。
遮られた形のブラッドフォードは口を開き駆けて、そして舌打ちとともに腕を組んだ。流石に大手レギオンのマスターを預かる身、余計な話に時間を費やすことの愚を悟ったんだろうか。
俺は、しかしこっそりとため息をつかざるを得ない。まるでレティシアに庇って貰ったような形だ。格好悪くてしょうがなかった。正義と戦うだなんて、そんな悪の化身を演じるには度胸が足りなさすぎると思うんですけどね……。
「ここに居るユキを呼んだのは私です。その理由は後々ちゃんと話しますが、クロバールと戦争をするに当たって、彼女の力が必要だと思い、参加して貰いました」
「そいつのか?」
「へえ」
ブラッドフォードはふんと鼻を鳴らし、リオは面白そうに、頬杖をついてこちらを見てくる。
「宣戦布告を伴う全面戦争なんて、銀剣始まって以来の事態です。どれだけ時間があっても足りないでしょう。一番最後に来て不躾ですが、早速会議を始めたいと思います。大丈夫でしょうか?」
レティシアが議長役を務めることはもはや暗黙の了解らしい。
特に反論の上がらない様子に、銀髪の少女は頷いて、円卓の席に着いた。
俺達も、ラウンドテーブルのために空けておかれたと思しき円卓の一角に腰を下ろす。本当、部屋の暗がりに立って話だけ聞くぐらいのつもりだったんだけどな……。レティシアがあんなことを言うから、路傍の石で居られるどころの話では無くなってしまった。
その証拠に……ちょうど座った場所は、オーダーオブメイランディアの占める一角の隣で、リオがわざわざ席を移動してきて、耳元で囁く。
「ただの頭の悪い戦闘狂かと思ってたけど、色々あるみたいだね。あとで詳しく聞かせてよ、大剣使い」
「ただの頭の悪い戦闘狂のリオには、あんまり面白くない話だからやめときなよ」
「つれないな。君のこと昔から興味あったんだよね。腕は立つ癖にあんなプレイスタイルだし。いつかうちに誘おうかとも思ってたんだけど」
「会議始まるよ。少し静かにして貰える? ユキ」
「は、はい」
レティシアのほんわり柔らかな声に、しかし何故か刺すような鋭さを感じて俺は肩をすくめた。主にしゃべくってたのはリオだと思うんですけどね……。
こほんとレティシアは喉を鳴らし、そして表情を変える。
普段一緒に話している時のものでは無い。アグノシア最大のレギオンマスターとしてのものへと。
「それでは、対クロバール全面戦争の作戦会議を始めましょう」